第323話 結構無茶振り?
大河が大きくヘアピンカーブを描いた内側に、その城塞は建っていた。その三面は河から鋭く切り立った崖が天然の防御をなしていて、攻め込めるのは一方向のみ。だがそこには堅固な城壁が行く手を阻み、望楼から矢や石、そしてさまざまの攻撃魔法が雨あられと降り注ぐという、カチカチの堅城だ。
「確かに、これは厄介だね」
「攻めには向かないけど、守りについては国内随一の城ね。もう使い道もなくなったからいずれ壊すつもりだったけど、予算の関係で後回しにしていたのが失敗だったわ」
ここに立てこもっているのは、例の貴族大粛清以降も生き残った、不平貴族どもを中心とした連中だ。
あの時、直接物理的に反抗してきた奴らや、反王室的な活動が立証できた者たちは一族含めて処刑や追放処分になった。だけど、ベアトの「精霊の目」が叛意あると認めても、悪事を企んだ明確な証拠が揃えられなかった者については、平民に落とすことくらいしかできなかったのだ。そんな没落不平貴族がいつしか連絡を取り合って、束になって乱を起こしたっていうわけらしい。
奴らは野盗みたいな連中を手下として集め、いくつかの村で略奪や暴行、放火といった暴虐を尽くした。そのあげく、貴族の減少で無主となり、わずかの兵しか詰めていなかったこの城塞を奪い取って、根拠地としているというわけだ。放っておけば周辺の領地が荒らされてしまうし、強引に攻め落とすにはあまりに堅い……まさに頭を抱えざるを得ない状況なのだ。
「まあそういうわけで、ベルゼンブリュックが誇る『光の勇者』マルグレーテのお出ましをお願いしたわけなんだけど……昨日のアレを見ちゃったら、その前に試してみたいことができたのよね」
いつも真面目なリーゼ姉さんにしては、やたらと軽い調子だけど、部下の損失を減らすために何でもやるぞという気持ちは、俺にも理解できる。まあ、だいたいやりたいことは、想像ついちゃったけど……。
「ミカエラさん!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
何に緊張しているのか、いきなり噛んでしまうのがミカエラだ。まあ国軍魔法使いのトップにいきなり呼び付けられたら、怖いかもしれないなあ。
「あれを、お願いしてもいいかな?」
「ふぇえ?」
姉さんが指し示した先には、急遽手配した荷馬車が五台ほど。そこにはめいめいに、一抱えくらいのデカい石が、十個くらいずつ積まれている。おいおい、あれ一個、たぶん五十キロ以上、間違いなくあるぜ。
「ま、まさかっ! アンネリーゼ閣下がおっしゃっていらっひゃるのはっ!」
また微妙に噛んでしまったミカエラだけど、彼女も姉さんがやらせようとしていることが理解できたみたいだ。
「そう、ルッツが強化した貴女の土魔法でこの石を、あのいまいましい城壁にぶつけて欲しいの。国随一の土属性魔法使いである女王陛下でも難しい業ではあるけれど……攻撃系が得意なミカエラさんなら、できるんじゃないかしら?」
「……そ、それは……」
うはあ、やっぱりそれか。
堅固な城壁を攻略するためには、中世の技術だったらまあ、投石機で石をぶつけて壊すか、移動する櫓を寄せて兵隊を送り込むか、どっちかが一般的だ。だけど魔法が支配するこの世界、木製の投石機や攻城櫓は、敵が放つ火球の魔法や、風魔法でホーミングされた火矢の格好の餌食になって、真っ先に壊されてしまうのだ。
公国戦で砦を一個陥落させた姉さんの「ウォーターカッター」は、柔らかい岩石の一個や二個なら、切り崩すことができる。だけどアレは石一個切るにもたっぷり時間をかけないといけない業だし……目の前にある城壁はやたらと複雑に石を積んであって、一つ石を切断したくらいじゃあ、壁全体はこゆるぎもしないだろう。
だけど、幼い頃から石を飛ばすことに特化し完熟しているミカエラが、投石に全魔力を注ぎ込んだら、違うのではないか。加えて、どうやら俺の種を孕んで魔力も一クラスアップしているらしい今の彼女なら……城壁の一部くらいなら壊せる人間チート投石機が、爆誕するかもしれない。
それにしても、あの岩石の大きさは、ないわ~と俺も思ってしまう。あんなでかい石、男が数人掛かりとかで道具を使って運ぶクラスの代物だろ。いくらミカエラの魔力が推定Sクラスになったといえど、精々浮かせるくらいが、関の山ってもんじゃないか?
「や、やりますっ!」
だけどミカエラは、姉さんの出した重たい課題に、敢然と挑戦することを宣言した。このへんが、この世界の魔法使い女性に共通の、魔法バカっぽいメンタリティ……目の前に己の魔法を使わねば解けない課題があったら、挑まないわけにはいかないらしい。
「で、でもっ、それには少し、魔力補充が必要かも……」
そんなことを口にしながらこの世界特有の紫色した上目遣いを向けられたら、逆らえるはずもない。俺より一回り小さい彼女の上半身を引き寄せて口づければ、意外なほど積極的に幼い舌が応えてくる。そのまま数分彼女の甘い唾液を味わって……背中に殺人光線のような視線が突き刺さるみたいに感じ始めた頃、ようやくミカエラの唇が離れた。
「ぷはぁ……十分です、やってみますっ!」




