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第318話 魔法が、使える?

 たっぷり寝くたれて、爽やかに目覚めた俺は、我が娘ティナ……アルベルティーナの部屋に向かった。


 一歳になったティナは、ますます姉さんに似てきている。伸びてきたライトブルーの髪に、ぱっちりとした茶色の瞳……すっきりとした目鼻立ちと流麗なあごの線を見たら、将来が楽しみで仕方ない。俺に似たところがまったくないのも、もはやお約束だ。


 寝が足りたのか、もごもごと動いているティナの横で、静かに寝息を立てているリーゼ姉さんを起こさないように、傍らの椅子に静かに座って、この美しい母子を眺める俺。ああ、これって幸せだよなあ。


 姉さんは、起きる気配もない。ま、昨夜は大変だっただろうからなあ。俺と時間無制限デスマッチを夜半まで戦ってくたくたに疲れた後に、乳母では泣き止ませられなかったティナをなだめないといけなかったんだから。この世界の女性は、ものすごく忙しい……外でカネを稼いでくるのも女性、家の当主として看板を務めるのも女性、その上に子供を産むのも女性なのだ。猿のようにヤるだけヤッて、あとはぐうすか寝るだけの俺は、本当に役立たずだよなあ。


 ま、そんな申し訳なさも手伝って、俺はすっかり目覚めてしまったらしいティナをひょいと抱えて、次の間にあるソファに移動する。少しでも姉さんを寝かせておいてあげたいからな。


「ぱぁぱ」


「うん、パパだよ」


 めったに姿を見せないのに、賢いティナは俺を父親だと認識してくれているようだ。こういうの、結構嬉しいよなあ。無心に見つめてくる茶色の瞳を見返しながら我が子を抱いていると、時間のたつのも忘れそうだ。


 そんな幸せな時間をしばらく過ごして、ふと気になる。


「ティナには、少し寒いかな?」


 そう、季節はもう十月の末、朝の空気はキリッと冷えて……身が引き締まるような感じは俺にとって心地よいけれど、幼子にはよろしくないだろう。風邪なんかひかせたら、姉さんにこっぴどく叱られること間違いない。


 ……と思ったら、なぜかこの部屋、暖かさを感じるのはなぜだろう。それも、乾燥したこの時期の気候だというのに、潤いのある空気が、俺とティナのいる空間を包んでいるのだ。


「ぱぁぱ」


 ティナがまた、俺に何かを訴えかけつつ、小さな手を伸ばしてくる。その手を見れば、なぜだかそこから、湯気のようなものがかなりの勢いで立ち昇っている。俺の手をかざしてみれば、かなり熱さを感じる。まるで沸かしたやかんの口から吹き出してくるようなアレで……部屋をしっとりと温めているのは、この湯気のようだ。


 う~む、こ、これって……。


 その時、不意にガタンと音がした。驚いてそっちを見れば、俺以上に驚いた顔で、ティナの手を凝視するリーゼ姉さんの姿があった。


「ティナっ!」


 まだ少し寝不足で疲れた感じを目元に漂わせながらも、二割増し大きく目を見開いた姉さんが、ほかほかと湯気を発するティナの手を取る。そこからは今も熱い何かが噴き出し続けているけど、当のティナは熱さを感じていないらしく、きょとんとした顔をしている。


「姉さん、これって、もしかして」


「ええ、もしかしなくても、魔法よ! ティナが、魔法を使っているのよ!」


 マジか。水属性SSクラス確定と目されていたティナの洗礼結果は、古文書にしか存在しないとされる「無属性」だった。そんな化石みたいな魔法の使い方なんて知っている者はこの国にいるわけもなく…かくして今の今まで、魔法を使えるようになる気配など、ティナにはまったくなかったのだ。


「湯気が出ているということは……やっぱり水属性なんだよね?」


 そう、俺の種はベアトみたいなごく一部の例外を除いて、子供の属性が母親と同じであることが特徴のひとつとされてきた。温かい湯気を扱えるってことは、水蒸気……つまり気化した水を自由に操れるということなのだから、リーゼ姉さんと同じく、水属性に間違いないのだろう。


 だが、驚きから自らを取り戻したリーゼ姉さんは、喜びを爆発させることもなく、考え込んでいる。ティナに下った「無属性」の判定に、いたく落ち込んでいた姉さんをこの目で見てきた俺には、その反応が意外だ。


「……私、過去に存在した水属性魔法については徹底的に研究していて、そのほとんどを使うことができるわ。だけど、湯気が出るほど水を熱する魔法は、どの文献にも載っていない」


「そうなの? だって温度を変える魔法なら、姉さんだって……」


 そうだ。姉さんは水の表面から分子レベルで水を気体として引っぺがすことで、気化熱を奪って水を冷やし、氷にするという超絶技法を使えるじゃないか。だったらその逆だって、できるんじゃないの?


「できないわ。ルッツの教えてくれた魔法理論は、冷やすことにしか使えない。だって魔法は、対象とする物質が術者に認識される必要があるのだもの」


「あ、そうか……」


 これは、思い至らなかった。確かに水の分子を認識して気化させる姉さんの魔法制御力は恐ろしいものだけど、それはそこに「水がある」っていうことが、視覚や触覚で容易にわかるからできることなのだ。


 逆のことをやろうとしたら、空気中の水蒸気を認識して、それを凝縮液化させないといけない。空気中の水なんて、見えないし触れない、味もしないのだ。認識できないものに魔法を働かせられないのは、クラーラの金属性魔法でさんざん実験したことだ。


「じゃ、ティナはいったい、どうやって……」


「水を熱することは、火属性の力を借りなければ、できないわ。どういう仕組みなんだかわからないけれど、ティナは水属性魔法と火属性魔法を、同時に使っているのよ」


 姉さんの表情は、娘が魔法に目覚めた喜びと、隠せぬ疑念の間で、揺れているようだった。


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