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第315話 皇女の境遇

 広間に戻ると、さすがのパーティーも終わりに近づいていた。


「どうやら、無事で済んだようね。ルッツが他の女を抱くことなんてもう今さらだけど、あの皇女様は、ちょっとやめて欲しかったのよね」


 俺の首筋あたりを軽くくんとかいで、グレーテルがうなずく。犬系のベアトならともかく、グレーテルに匂いを確かめられると、何だかむずがゆいような気分だ。


「匂いでわかるの?」


「メルセデス殿下は、ちょっと珍しい調合の香水をつけていたからね。あの縦ロールのセンスはいかがなものかと思うけれど、香りの嗜好は、私と合いそうだわ」


 ふうん、そうなのか……俺はとりあえず「臭くなきゃいいだろ」派で、香水なんてまったく興味なかったからなあ。ちなみにこの世界は、金属性の魔法使いが花や草木からアロマオイルを抽出することができることで、香りに対する文化がかなり発達している。俺は元世界で主流だった動物系の強烈な香水は苦手だったが、こっちの世界で楽しまれている植物系中心の香りは、理解できるぞ。まあいずれにしろ、皇女様の残り香をグレーテルにかぎ分けられる羽目にならなくて、本当によかった。


「ベアトお姉様は、あの皇女様とお付き合いが?」


「ほとんどない。もちろん大きな社交イベントで挨拶くらいは交わすが、まともな会話をしたのは今日が初めて」


 ああ、ベアトでもその程度なのか。俺やグレーテルに至っては、彼女が留学に来るのと入れ替わりみたいに王都を出てしまったから、素で今日が初対面だ。


「まあ、ああいう独特な雰囲気をいつもふりまいているからな。王立学校でも、ちょっと浮いた存在になっているらしい」


「確かに、ちょっとお友達になりたくないタイプね。でも……どうしてあんなに不確かな情報で、ルッツに突撃してきたのかしら? 帝国の王女にルッツの貴重な力を与えるなんてこと、ベアトお姉さまが許すわけないのに」


 そうだ。俺の種は、生まれてくる子供も、女性本人もAクラス以上確定の大盤振る舞いガチャなのだ。仮想敵国の王族などに、くれてやっていいものじゃあない。


「きっと彼女も、焦っているのではないか」


「どういうこと?」


 またベアトの、言葉が足りない癖が出たよ。彼女がいったい、何に焦っているというのだろう。


「メルセデス皇女は、ルッツたちの一つ下だな」


 いや、だからそれが何なんだ、解説してくれよベアト。


「ルッツたちは休学しなければ、今年の夏卒業だったはず。ということは彼女は来年の夏には、卒業だ」


 うん、まあ、そうなるんだろうね。


「皇女様は、『留学』っていう名目で、ベルゼンブリュックにいるんだよね。じゃあ来年になったら、帝国に帰っちゃうのかな? だけど実際は人質みたいなものだし……代わりの皇族か大貴族の令嬢でも、送ってくるんだろうね」


 俺が口にしたごく常識的な推測に、ベアトはゆっくりとうなずいた。


「普通ならば、そうなる。だが……帝国は、彼女を帰国させたくないらしい」


「え、そうなの?」


「卒業後も研究生として滞在させろと、皇帝からの親書が来た。息子しかいない公侯爵家があれば、婚姻を斡旋しろとも」


「それは……一生帝国に戻したくないということなのかな。だけど、彼女は継承権二位なんだよね?」


 ベアトがうなずく。その目には、虐げられる者を思いやるような光が浮かぶ。


「メルセデス殿はどうやら、皇帝や姉から疎まれているらしい」


「どうして……」


「アデルと同じようなものだ。優秀すぎるスペアを脅威に感じるのは、いずこも同じ」


 ああ、なるほど。アデルも前宰相家で、ひどく冷遇されていたなあ。開校以来の才女と謳われながらも、無能の上に努力すらしない姉の下に置かれ、与えられるべきものは何ひとつ与えられず……おかげでベアトは、最高の側近を手に入れることができたのだが。


「あの皇女様、そんなに優秀なの?」


 グレーテルが、意外そうな表情でつぶやく。うん、その疑問はもっともだ。悪役令嬢みたいなあのふるまいは、無用な敵を作るばっかりで……少なくとも対人能力が優秀とは、とても思えないぞ。


「きわめて優秀だ。王立学校では政治科のダントツ首席。そして……帝国では貴重な、Aクラス魔法使いなのだからな、水属性だが」


 そ、それは驚きだ。確かに「優秀」極まりない。


 帝国にはもともとAクラス魔法使いなんて十人ちょっとしかいないと言われていて……さきの戦争で過半が戦死し、ミカエラを含む四人が捕虜となり、今バーデンでせっせと働いている。残る二、三人のAクラスは、宝石より貴重なはずだが……。


「そう、帝国にとってメルセデス殿は、貴重な剣だ。だがその剣が自分の方を向く恐怖のほうが、姉たる皇太女にとって、大きかったのではないかな。そんな危険な刃を、二度と自分の近くに置きたくない……愚かなリュブリアーナ皇室の考えは、そんなところだろう」


「それなら、わずかの望みに縋ってくるのもわかるけど……じゃあ彼女は、ルッツとつがってSクラスの魔力を手に入れたら、どうしたいのかしら? 国に戻って自分が皇帝になるのかな?」


 グレーテルが、首をかしげる。


「どうだろうな。俺の目では、彼女が明確な未来図を、持ってないように見えたよ」


「私の考えもルッツと同じだ。あの皇女殿の精神は、意外に幼いようだ。本当に悪い子だったら、あの場で逃げ出したりはしない。ルッツに初めてを捧げても、帝国随一の魔力を求めるだろうに」


 俺とベアトの意見が、図らずも一致する。そう、あのテンプレ悪役令嬢みたいな悪目立ちスタイルといい、無闇に能力を高めたがる姿勢といい……あれは承認欲求なんじゃないか。


 自分を冷遇し遠ざけようとする家族であっても、自分が抜きんでた能力を付けてキラキラ目立てば、こっちを見てくれる……そんな、ひたすら親に注目を求める幼子みたいな願いを、あの子は持ち続けているんじゃないかなあ。だから陰で努力して抜群の学業成績を上げ、魔力を高めるためにあらゆる手段に突撃する……今回は、撃沈したけどな。


 だけど、やっぱり幼いよなあ。帝国の皇室がそんな奴らだったら、彼女が力をつければつけるほど自分の身が不安になって、遠ざけようとするはずなのに……それがわかんないんだから。


 ああ、めんどくさい子だなあ……ま、すぐ王都を去って辺境に向かう俺には関係ないわ。


 そんな俺の独り言は、後にフラグとなって返ってきたのだが。


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