第309話 新たな護衛
「あれ? なんでこんなところにいるの、アゲハ?」
短いけれど充実した新婚旅行もどきを堪能して、王都に戻ってきた俺を迎えたのは、フロイデンシュタット家の面々であったのだが……闇一族の娘、アゲハがなぜかまじっていた。
魔力は乏しいが傾城の美貌を持つアゲハは、主に文官のかなめにいる男を色仕掛けでたぶらかして秘密を探り出す「闇の蝶」となる定めだった。だがそれを哀れに思ったその父親が決死の任務を成功させ、その褒美として娘に俺の種をつけることを求めたのだ。
そしてめでたく一発で命中した結果としてこの初夏に女児を産んだのだが、四ケ月になるその子は、どんどん母親そっくりになって……俺もこの間見せてもらったが、まさに惹き込まれるような美しい赤子で、末恐ろしさを感じたくらいだ。
「はい、お方様より命じられ、本日よりミカエラ様とともに、御屋形様の護衛につかせていただきます」
「え、じゃあ『闇の蝶』の仕事は……」
「ええ。御屋形様の種をいただいたことで、私の魔力はAクラス相当になりました。そうなればあえて男に侍らずとも、一族のために役立つ仕事がいくらでもできます。ありがたいことに『闇の蝶』候補から解き放っていただきました」
深々とお辞儀をして謝意を示すアゲハ。彼女も決してその役目を望んではいなかった……他の女たちより劣る魔力のせいで、好いた男とだけつがい合う将来を、諦めていただけのことだったのだ。
俺も、とても嬉しい。結局誰かがその仕事をやらねばならないとしても、少なくとも俺の子を産んでくれた女の子に、そんな役目をしてほしくはないからなあ。
「良かったね。だけど、なんで今更アヤカさんは、俺の護衛を増やすんだろう? ミカエラは優秀だし、一族の男たちも交代で、俺のまわりを見張っていてくれるけどなあ」
そうさ。今だって過剰警備なのに、これ以上分厚くしてどうしようっていうんだろう。まあ、アヤカさんは俺の安全に関わることになると、掛け金が外れる人だからなあ。
「増やすのではありません、私はいうなれば、交代要員ですので」
「交代? いったい誰と?」
いぶかる俺の言葉に応じたのはアゲハではなく、弾むアニメ声だった。
「おそらく、私の代わりということですねっ!」
「え? ミカエラ、俺の護衛、やめちゃうの? 俺のこと嫌いになったの?」
確かに嫌われそうなセクハラをしていた自覚はあるし、先日にはついに……あんなことやこんなことまで、してしまった。いや、あの時はミカエラも結構ノリノリだったように思っていたのだが……上司には逆らえなかったってことなのか?
俺が情けない表情になったのを見て、ミカエラがぷっと吹き出した。
「違いますよ! そんなことが気になるなんて、ルッツ様は本当におかしなご主人様ですね」
「じゃあ、なんで……」
「それは……ルッツ様が私に、種付けなされたからではありませんか。マルグレーテ奥様以外には、百発百中の『神の種』を!」
自分から生々しいことを口にしておいて、ぽうっと頬に血色を上らせるミカエラは、実に可愛い。いやいや問題はそういうところじゃなくて……なるほど、きっと妊娠するであろう彼女を休ませるために、アゲハを送ってきたというわけか。
「そうです。お方様はおっしゃいました。王都行きの間に必ず御屋形様はミカエラ様をお抱きになると。ミカエラ様にご無理をさせず立派なお子を産んでいただくために、王都に赴けと」
バーデンで「お方様」と呼ばれるのは、アヤカさんだ。グレーテルは「奥様」で、週末ごとに訪れるベアトには「殿下」と敬称がつくが……アヤカさんの「お方様」という呼び名が、なんだか元日本人の俺には、しっくりしみ込んでくる。まあ、俺が「御屋形様」というありがたくない肩書で呼ばれることと、セットであることが微妙なのだが。
俺の子を三人も産んで、SSSクラス……魔王級に強くなったアヤカさんだけど、相変わらずいろんなところに気を回して、俺やベアト、そしてグレーテルに万一がないように手配してくれている。公式には妻として扱えない影の存在なのに、何から何まで助けてくれてる、本当にありがたい「お方様」なのだ。
「じゃあ、しばらくは……」
「ええ、ミカエラ様が受胎を自覚なさるまで、私は護衛に同行して引継ぎをさせていただきます。一月以内には妊娠がわかるでしょうから、そうなったらミカエラ様には外回りなどを控えていただいて、私がそこを担当いたします」
確かに、それはアリだな。種付けしちゃったからには、無事に俺の子を産んでほしい。出産後はこの世界の習いで専門家に育児を任せるにしろ、それまでは万一のことがないように、大事にして欲しいからな。
「まあ、私の身体はかなり丈夫ですので、それほど心配はしていないのですが……マルグレーテ奥様からも『くれぐれも妊娠中は休むように』と厳命されておりましてっ!」
ああグレーテル、ヤキモチ焼きのくせに、こうして愛人たちに気を配ってくれるんだ。管理されてる感満々だけど……俺は幸せなのかもしれない。




