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第306話 お兄ちゃん?

「大丈夫だったかな? 苦しくなかった?」 


「はいっ! でも、できるならば……」


「うん?」


「もう少しこのまま、撫でていて下さい……」


 そんなめっちゃ可愛い台詞をつぶやきつつ俺の胸に唇を寄せてくる、この愛らしい生き物はなんなんだ。思わずそのチョコレート色の頭を引き寄せ、抱き込んでしまう。もちろん俺もミカエラも、生まれたままの姿だ。


 節操のない俺は結局、妹枠というかペット餌付け枠と思っていたミカエラも、美味しくいただいてしまった。している最中もずっと、幼げなアニメ声が俺の耳に流れ込んできて……柔らかく俺を受け止めてくれる身体との組み合わせがまた刺激的で、なかなかグッとくる体験だった。


 まあ、俺もこの世界で何人もの女性としたけど、年下の子とする機会はほとんどなかったからなあ。ミカエラが初めて……じゃないか、自らを闇の蝶と呼んでいたアゲハも、年下だった。四ケ月くらい前に「子供が無事産まれました」って手紙が来ていたけれど、どうしているだろうか。


「む~ん、また女の子のことを考えていますねっ!」


「ご……ごめん、なんでわかるの?」


「もう三年も、ずっとおそばでお仕えしているのですっ! ルッツ様の考えていることなんか、まるっとお見通しなのですよ! これがルッツ様だって、わかってはいるのですが……今晩くらいは私のことだけ、見ていてくださいっ! 一応、大切なものを差し上げたんですから……」


 最後のフレーズで頬をぽっと紅く染めるミカエラだ。まあ普段の彼女は色気より食い気、こんな台詞を吐いたのも初めてなのだろう。


「うん、とっても良かった。ありがとう」


「そ、そんな……でも、こういうことなら、いつでもどうぞっ!」


 そんなに歓迎光臨されても困るのだが、少なくとも嫌なことではないようだ。だけどちょっとだけ、気になることがあるんだよね。


「あのさ、ミカエラ。答えにくいことならいいんだけど……『お兄ちゃん』って、どういう人なの?」


 そうなんだ。ミカエラとのそれは、とても盛り上がったのだけど……途中はずっと「ルッツ様!」って耳元でささやいてくれていた彼女が感極まったとき、一回だけ甲高く「ああっ、お兄ちゃんっ!」と声を上げたのが、ずっと気になっていたのだ。


 彼女を虐げていた実家のヘルスホルム家にも、唯一優しくしてくれるお兄さんがいて、ミカエラが淡い想いを抱いていたのか、それとももっと深い関係に……いやいや、正真正銘彼女にとって、さっきのアレが初めてだった。胸にしまっておくべきことだったかもしれないけれど、甘い余韻に気が緩んで、つい口に出してしまった。


「あっ、ごめんなさい! ルッツ様以外の男性をお慕いしているとかいうわけではなくて、あのですね……」


 急にわたわたと慌て始めるミカエラだ。どうもあの言葉は、無意識に発したものであるらしい。


「実家に、お兄さんがいたんだね」


「い、いえっ、うちは、女ばかりの三人姉妹で……」


 うん? ちょっとわけがわからんぞ。じゃあそのお兄さんは……近所のお兄さんとか? それはそれで初恋に発展してしまうパターンじゃないか。ちょっと妬けてきたかもだ。


 俺の表情がおかしな変化をしたことがわかったのか、ミカエラがくりくりの目を二割増し大きく開いて、また慌て始める。


「い、いえですね。そういうお兄さんではなくて……話しても、笑いませんか?」


「笑ったりしないよ、だってミカエラの、大切な人なんだろう?」


「まだ勘違いなさっている気もしますけど、『お兄さん』は、実在しないのですよ」


「はぁっ?」


 いや、どういうことだよ。さっぱり、わけわからんぞ。


「私、幼い頃から実家ではいじめられてきたことはご存知ですよね」


「うん、グレーテルから聞いてる」


「で、五、六歳の頃から冒険者にレンタルされて、こき使われるだけじゃなくご飯を抜かれたり、殴られたりしたことも」


「……うん」


「そういう生活をしているとですね、つい思っちゃうのですよ。『優しいお兄ちゃん』が、私にもいてくれたらって。そんなことばかり考えていたら、いつしか夜になると、見えない『お兄ちゃん』と、お話するようになって」


 ああ、そういうことなのか。彼女の持つ豊かな才能を妬み、その生まれを蔑む姉たちが、なんだかんだと意地悪をして、ろくな教育も与えずカネを稼がせ、それを収奪してきたのだ。幼い少女がそんな中で、現実世界には存在しない「優しいお兄ちゃん」を、胸の奥に住まわせることは、無理もないことだ。その「お兄ちゃん」が、壊れそうな彼女の精神を、つなぎとめていたのだ。


「でもそれは、十歳くらいまでのことです。この間の戦争が終わるまで、『お兄ちゃん』のことは、すっかり忘れていたのですけど……」


「どうして、思い出したのかな?」


「それは、ルッツ様に出会ったからです」


「ほえ?」


 せっかく彼女がシリアスな話をしてくれているというのに、間抜けな声を出してしまう俺だ。だけどミカエラはそんな俺を見て目を少しだけ細めた。


「ルッツ様をお護りするためにそばにずっといるうちに、思ったんです。私はこんな『お兄ちゃん』が、欲しかったんじゃないかって」


「俺って、そんな理想の王子様じゃないと思うけどな……」


「そうですね。ルッツ様は女性には弱いし、何かと流されやすいし……」


 おいおい、いきなりディスってくるのかよ。だけど彼女は、キュッと口角を上げた。


「でも、ふわっと包んで、甘やかして、癒してくれるんです。私たちは、戦争奴隷だというのに。そんなルッツ様を見ているうちに、思い出しちゃったんですよね。夢に見ていた『お兄ちゃん』が実際にいたら、こんな人だったんじゃないかって。それで、つい」


 じわじわと、感慨が胸に満ちてくる。この三年、グレーテルの次くらいに俺の近くにいて……あちこちに節操なく種付けしている姿もばっちり見ているはずなのに、こんなことを思い、家族のように慕ってくれていたなんて。愛しさがこみ上げて、たまらなくなる。


 俺は少しだけ乱暴にミカエラを抱き寄せて……本当の「お兄ちゃん」なら、決して踏み込んではイケない行為に、もう一度突入していった。


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