第300話 君は何歳なの
結局のところ、フィオの立場は、俺の側室三人目、ということで収まった。
さすがに異種族とはいえ不思議な力を持つ一族の次期首長を「愛人」というわけにもいかない。だがもちろんベルゼンブリュック人にとっては、正室の座に就くのはベアト以外にありえない。そんなわけで一番据わりがいいのが側室ってわけで……公式にはベアトとグレーテルの次、三番序列の妻という扱いになった。何しろアヤカさんは、表に出ない「妻」だからな。
それにしたって、亜人が次期王配と結婚するなんていうのは、王国の歴史を紐解いてもまさに前代未聞の椿事だ。亜人に敵対、あるいは差別感情を持つ者も少なくなく、国民……特に貴族は、かなりざわついた。先立って反ベアト派の貴族をまとめて処断していなかったら、結構やばい事態になっていたかも知れない。ベアトたちに正座で叱られたのは、当たり前だなあと今さら反省する俺だ。
だがこの辺は、「精霊の目」のせいで人間の感情を熟知しているベアトが、実にうまくさばいてくれた。
王都でヒットした歌劇のおかげで、不本意ながら俺には「希代の女たらし」のイメージが染みついている。これを利用して、「プレイボーイ『種馬侯爵』の魅力にふらりと引き寄せられた亜人の美姫が、その長い生涯の一部を気まぐれにも、ルートヴィヒ卿と過ごす気になったようだ」というライトな感じにまとめるのが、ベアトの作戦だったんだ。
そのシナリオに基づいて王都の闇一族が酒場や市場で意図的に噂を流し、吟遊詩人たちにたっぷりカネを握らせてバーデン侯と森人娘の美しい恋物語を唄い上げさせる。そして極めつけは、例の歌劇団に指示して「種馬侯爵と森の美姫」なるベタなタイトルのミュージカルを超特急でつくらせ、王都で上演したのだ。単純明快な恋愛モノが大好きな国民性もあるのか、それは初日から満員御礼……すでに一年先までチケットは売り切れ、ダフ屋が十倍の値段で売っているとかいないとか。とにかくこの結婚に関する国民の受け止めは、極めて良好なのだという。ありがたいことだけど……この世界では娯楽であっても、政治宣伝の一手段なんだ、ちょっと怖いよなあ。
「受け入れていただけそうで、ほっとしました。私はルッツ様のおそばに暮らして、ルッツ様との子を慈しんで育てられれば、側室であろうが愛人だろうが、どちらでも良いのです」
よく考えれば強い力を持つ森人の次期族長で、王女の先生役……重要極まりない立場の彼女なら、かなり自己主張を通すことも可能だったはずだ。だがフィオはそんなそぶりは毛ほども見せず、ただ俺と一緒にいたいのだと、いじらしい言葉だけをぶつけてくるんだ。その健気で一途な姿を見たらムラムラ来て、たまらず性急に口づけてしまうのも、いつものことになっている。
そんなこんなの事情も含め森人の里と何回かやり取りがされて、族長から「娘をルートヴィヒ卿の側室として差し出す」旨記した女王陛下あての書状も、ありがたく頂戴している。これで何も知らない貴族たちの目からは、ベアトが森人一族を傘下に置いたように見えるわけで……彼女の立場的に、実に美味しい状況になっているのだ。
「ごめん、森人からしたら、一族の誇りというものがあるだろうに」
「いえ、ルッツ様。お母さんは私が平和に暮らすことを望み、そのために一番ベストな選択をしたまでです。体面よりも娘の幸福を願う、普通の母親ですから」
そっか。ぶっきらぼうな感じだったけど、族長さんは優しい女性なんだな……話し方といい、本心をなかなか見せないけれど家族思いなところといい、少しベアトに通じるものがあるのかもしれないなあ。だけど、ちょっとした心配ごとが、俺の胸にとげみたいに刺さっている。
「ねえフィオ、君は族長さんの一人娘だよね? そしてお腹の子は、たった一人の孫」
「そうですね」
「じゃあ、君たちは族長の後継者じゃないか。人間の街に永住したりして、いいの?」
俺の言葉に、彼女がきょとんとした顔をする。俺が胸の中で十を数える間そのままの表情で……いきなり破顔した。なんだよ、本気で心配してるのに。
「ふふっ。ルッツ様はそんなことが気になるのですね」
「だってそうじゃないか。あんまり不吉なことは言いたくないけど、フィオたちがここにいる間に族長さんに万一のことがあったら……」
「ごめんなさい、一族のことを真剣に考えてくれているのに、笑うなんて。でも心配はいりませんよ。順当にいけばルッツ様より先に、母さんが死ぬことはありません。森人は長寿ですから……あと百年やそこらは、元気に族長を続けるはずです」
あ、そうか。森人と俺たちでは、時間の流れが違うのだった。彼女たちの寿命は数百年と言われているしなあ。
「そして『万一』のことを考えたら、むしろ私たちが現族長と離れていた方が、危険分散になって良いはずです。母さんが寿命を迎える前に死ぬということは、里が外敵に破られるということですからね」
「族長は、そんなことまで考えていたのか……」
俺が感心していると、フィオはくくっと可愛く笑った。
「いえ、危険分散うんぬんは、私が母さんに説いたのです。そうでも言わないと……里の外へなど、出してはもらえなかったでしょうから」
「なるほど、す、すごいね」
俺の前では従順で健気な姿ばかりみせる彼女も、なかなかの策士だなあ。そんな策を弄したのも、俺と一緒にいたいゆえ……と思えば、愛しさがこみ上げる。思わずそのアッシュゴールドのサラサラヘアーを五指でくしけずれば、彼女が気持ちよさそうに目を閉じる。うん、ここは唇を重ねる流れだが……ちと妙なことに気付いてしまった。
「ねえフィオ。ジェラルディーナ族長は、そうすると年齢はおいくつなの?」
「二百二十五歳と聞いていますよ」
「うっ。女性に向かってこういうことは、ものすご~く聞きづらいのだけど……じゃあ、フィオの齢は、いくつなの?」
そうだ。母親が二百歳超えならば、娘のフィオは……百歳超えでも全然おかしくないよな、見た目はあくまで十代後半っぽいけど。四十歳のアントニアまではイケた俺だが、人生経験百年選手となると、どうなんだろう。
そんなことを考えてキョドる俺の様子を見て、フィオがぷっと吹き出す。
「ルッツ様は大きな包容力をお持ちなのに……意外にかわいらしいところを気になさるのですね。大丈夫ですよ、私は見た目通りの十九歳です。安心しましたか?」
ああ、良かった。もちろん俺はフィオが百歳でも二百歳でもいいけど、お付き合いした女性がみんな褒めてくれる「包容力」って、元世界で無駄に長生きした経験が、精神に余裕を与えてくれているからだと思うんだよね。その程度のちっぽけな人生経験より、はるか長く生きてるお相手に対して……余裕をもって向かい合えるって言い切る自信までは、なかったからなあ。




