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第298話 フィオの気持ち

「ふむ、そういうことなら、仕方ないであろうな。まあ、そんなことになるのではないかと、思っていたが……」

「はあぁ……まあ、これで森人一族が末永くルッツの味方になってくれるんなら、アリね」

「ルッツ様が、それを望まれるのであれば、是非もありません」


 正室様と二人の側室様が、微妙なニュアンスのこもったジト目で俺を見下ろしている。俺は冷や汗をかきつつ、妻たちの前で正座させられていて……フィオがそんな俺の姿におろおろしているという、奇妙な構図だ。


 そもそもの元凶は、ファニーだ。


 精霊と遊ぶのに夢中になっている姿につい俺も油断して、我が子のいるすぐ近くでフィオと情熱的な口づけを交わしてしまったのだが……何に対しても好奇心を燃やすこの子は、俺たちのしていることをしっかり横目で見ていたらしい。


「ねえははうえ、おしえてほしいでしゅ」


「うむ、何でも聞くが良い、ファニー」


「あのね、ふぃおせんせとちちうえが、おくちとおくちをくっつけてたのでしゅ! あれは、にゃんのためにしゅるのでしゅか?」


 そして天真爛漫なこの子は、週末になって訪ねてきたベアトを交えた夕食の席で、俺とフィオがひっそりとしていたことを、母親に向かって無邪気にぶっちゃけてしまったのだ。全身をこわばらせる俺など目に入らないかのように、ベアトが平静な調子で愛娘に問いかける。


「ふむ。それは、男と女が仲良しになった印に、するものなのだ。ファニーは、もう少し大人になるまで、してはいけないことだ。で……父上はどのくらいの間、それを続けていたのかな、ファニー?」


「う〜んとね、ひゃくかぞえても、まだしてたでしゅ。ふぁにーは、ひゃくまでかぞえられるように、なったのでしゅよ! ね、ね、ほめてくだしゃい!」


「うむ、ファニーは本当に、良い子だな……グレーテル、どう思う?」


「ギルティですわね」


「……アデル。アヤカを呼べ」


 というようなやりとりがあって、この正座でお仕置きモードにつながっているわけさ。


「我が夫ルッツよ。帝国捕虜や闇一族の愛人ならば、いくら増やしても構わぬとは言ったが……特別な身分の者と単なる種付け以上の関係になるのは、いろいろ問題があるということ、無論わかっているな?」


「ハイ……」


 うん、まったく反論できない。


 フィオは森人一族の姫、おそらく次期族長に擬せられているのだろう。そして人間にない精霊に関する能力と長い寿命を持つ森人一族との関係は、ファニーの件を抜きにしても、非常に重要だ。フィオが来てくれると言ってくれた時にベアトが「国賓として迎える」と言ったのは、決して大げさなことはないのだ。


 さすがにジェラルディーナ族長が固辞したこともあって国賓扱いは取りやめたが、それくらい重要なポジションであるのがフィオだ。それをたらし込んで抱え込み「お前んとこの娘は帰りたくないと言ってるも〜ん」なんてことになったら、森人との関係は断絶、最悪は戦にもなりかねない。ベアトの視線が冷たく凍りつくのも、故なきことではないのだ。


 俺だって、それくらいわかってなかったわけじゃない。ないのだが……濡れた瞳をあんな真剣に向けられたら、ほだされ流されてしまうのは、男の性であって……いや、いくら言い訳しても、だめなものはだめだよな。


「ゴメンナサイ……」


「申し訳ありません、奥様がた! 私は決して皆さんとルッツ様の間に割り込もうというわけではなく……ただ、一緒にいさせていただきたいだけなのです!」


 いつの間にかフィオまで俺の隣に正座して、深く頭を下げている。その頬にはとめどなく透明なしずくが流れて……健気なその姿に、ベアトの陶器人形っぽい顔が、思わず緩む。


「いや、脅かして申し訳なかった、フィオレンティーナ殿。森人の里を立つ時、族長殿がおそらくこうなるとおっしゃった通りに、なっただけのことだ」


「お母さん、いや、族長がそんなことを言って……」


「そうだ。まあ我々の目からも、貴女がルッツを単なる種馬と見ていないことが、明らかであったしな。なあ、グレーテル?」


「ええ、森を出る前から、こうなる覚悟はしておりましたわ」


 お手上げポーズなどしながら、グレーテルが応じる。どうやら俺の妻たちも族長さんもみんな、フィオが俺との「特別な関係」を望むであろうことを、なかば予想していたらしい。


「それゆえ、今回に限ってはフィオレンティーナ殿が森に帰らずとも、森人との関係が損なわれることはないであろう。貴女がルッツに飽きるまで、存分にこちらに滞在していただいて構わない。しかしこの猿並み種馬が調子に乗って、隣国の貴人あたりをたぶらかしたりしたら、国際問題になるからな。そのへんをわからせるため、ちと脅かしたのだ」


「で、では……ルッツ様と共に生きることを、認めてくださるのですか?」


「うむ。フィオレンティーナ殿がルッツとともに在りたいというなら、我々に拒む理由はない。貴女がこの地に滞在しているということは、我が国と森人が親密な関係であることを示すことになろうし、精霊使いの師が長くここにとどまってくれることは、我が娘ファニーのためにもなるだろう。高位精霊使いがバーデンにいることは、街の安定にもつながるし……そしてなにより、この節操のない男が、喜ぶからな」


 長台詞を一気にしゃべったベアトが、珍しくにかっと笑顔を見せた。どうやらお仕置きはされないようで……俺はようやく胸をなでおろした。


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