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第30話 結構痛かったよ!

 結局俺はそれから三日後の今日も、まだ学校に行けないでいる。グレーテルの卓抜した光魔法で外傷は癒えたものの、失われた体力が回復するには、まあそのくらいの時間が必要だったってことだ……明日はなんとかなるだろう。リーゼ姉さんが魔法を掛けてくれなかったら、もっと時間がかかったはずだけど。姉さんの操る水属性の治癒魔法は、即効性はないが失われた体力の回復をぐっと助けてくれるのだ。


「まあ、この程度で済んでよかったね」


 ジーク兄さんに言わせたら、そういうことらしい。一旦は瀕死の重傷を負った弟をまったく心配してなさそうな風情に俺が抗議の視線を向ければ、兄さんは落ち着き払ってこう言うんだ。


「ああ、ちっとも心配していなかったよ。 だってグレーテルが、最愛のルッツを再起不能にするわけないじゃないか。彼女の雷撃も拳も、愛情表現なんだよ……不器用極まりないけどね」


「それなら、言葉で表現してくれればいいのに……」


「それができないのが彼女なのさ。言葉で好きと言えない分、物理的な表現がより過激になるというわけなんだろうね」


 う〜む、これはうかつだったか。気に入られていることはわかっていたけれど、それはあくまで気のおけない遊び仲間としてであって、婚姻相手とか、子作りのパートナーとしては、意識されてなかったと思っていたんだがなあ。


 だけどもし、グレーテルが俺をお婿さん候補として望んでくれてたとしたら、ちょっとあの日の成り行きは、残酷だったかもしれない。王室に婚姻で縛り付けられたのは不可抗力だったのだけど、彼女へどう伝えるかに、気を配るべきだったか。


 そう、あの日寝不足で伯爵家に帰った俺は、二度寝して午前の講義をサボり、ちょうど昼休みの頃ゆっくりと学校に着いた。完璧王女のベアトはアサイチから政務も講義もビシッとこなしているのだろうけど、俺に勤勉さを求められてもな。


 だけど俺が登校した時分には「 ベアトリクス王女殿下ご婚約!」のニュースが校舎いっぱいに駆け巡っていて、もちろんそれは「 誰と」の情報とセットだった。早速ディーターとクラウスに両腕を固められていつもの芝生に連行され、根掘り葉掘り事情を聞かれているところに、夜叉のような顔をしたグレーテルが押しかけてきたというわけで……後は訓練場に拉致られて、あの一方的虐待に続くわけだ。


 王女との婚約にあれだけ怒ったのだから、やっぱりグレーテルは俺にある程度「 気持ち」を抱いていてくれたのだろうな。そこにいきなり王女への婿入り決定を、赤の他人から聞かされたら……彼女の性格なら間違いなくキレる。あの過激な虐待は勘弁してほしいけれど、雷撃を撃ち出しながらも涙をぼろぼろ流していた彼女の姿を思い浮かべると、胸が痛む。せめて俺から真っ先に直接、事情を説明すべきだったろうか……ああ、結局キレられる末路は変わらないか。


「だけど王室と婚姻の契約を結んでしまった以上、ルッツがハノーファー侯爵家へ婿入りするのは不可能になったよね、残念だけど」


 家のことを考えたら王家との婚約は喜ぶべきところなのだろうけど、ジーク兄さんの声も、憂鬱そうなトーンだ。まあ、幼い頃からグレーテルと三人で遊んできたんだ、彼女と俺がくっつくのが、兄さんの描く平和な未来図だったのだろうな。ルッツの記憶を失った俺にはそこまでの思い入れはないけど、初めて見た彼女の涙には、心臓を鷲掴みにされたみたいな衝撃を受けてしまった……もしかして俺も、彼女を「女として」好きになってしまったのだろうか。


「そうだね……」


 なんとなく会話が途切れ、兄さんとの間に沈黙が流れ始めた頃、寝室のドアをノックする音に、俺は顔を上げた。


「お客様が見えられておりますが、お通ししてよろしいでしょうか。ハノーファー侯爵令嬢マルグレーテ様です」


◇◇◇◇◇◇◇◇


 グレーテルの名前を聞くやいなや、ジーク兄さんはそそくさと部屋を出ていった。「二人だけで話したいことがたくさんあるだろうから 」って言っていたけど、どう見ても巻き添え回避のために逃げ出したとしか思えない。


 やがて入ってきたグレーテルは、いつもの有無を言わさない感じの快活さがすっかり影を潜め、なんだか弱々しく感じる。ベッドに身を起こした俺の姿に一瞬ほっとしたように表情を緩めたかと思ったら、次の瞬間には頬を染めて目を伏せたりするんだ。


「 いらっしゃい、グレーテル」


「うん。あの……大丈夫、みたいだね」


「 ああ。ひどい怪我は君がその場で直してくれたし、ここ数日は姉さんが水の治癒魔法をかけてくれてるから……明日は学校に行けるんじゃないかな」


「……なんか、ごめん。私、ルッツが婚約したって聞いて、事情なんか聞かずに勝手に怒って暴走して……バカだった」


 どうしたんだ、こいつは。俺に向かってバカだ死ねだとののしりまくる姿は嫌になるほど見てきたけれど、こんな自省的なグレーテルは初めて見た。


「事情……聞いたんだ?」


「うん、ヒルダ様から」


 そうか、母さんか。まあグレーテルは「英雄ヒルデガルド」に憧れているからな、母さんの言うことだから、素直に受け入れたんだろう。俺は口を閉じ、彼女の言葉を受け止めることにした。




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