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第295話 【第六部終了】精霊の競演

「この調子なら、明日には森を抜けてバーデンの開拓地に出ます」


 探索魔法を使ったコルネリアさんが明るい声で報告すると、ベアトがゆっくりとうなずいた。


「そうだな。この樹とは往路でも話をした。最近ここを通る魔物は少ないそうだ」


 さすがベアトだ。森の木々すべてが彼女の監視カメラになっているというわけだなあ、おかげで安心だ。


 そのベアトが優しい視線を注ぐ先には、もちろんファニーがいる。今は俺の背中ですうすうと寝息を立てていて……この旅で、この子がかなり肝っ玉の太い大物だってことがよくわかった。しばらくはバーデンで預かることになりそうだけど……こんな子を辺境で育てたら、とんでもないお転婆娘になりそうな予感がする。


 後ろを振り返れば、ニコルさんがえっちらおっちらと、どでかいリュックサックを背負って歩いている。彼女の荷物、中身をずいぶん使ったはずなのに、明らかに出発した時より重くなってるはずだ。


「だってぇ、ベルゼンブリュックでは手に入らない錬金素材が、森人の里にはこれでもかってくらいあるんですよぉ。ああ、背負える荷物に限りがあるのが悔しいですぅ! 荷馬と一緒に、もう一度行きたいですよぅ……」


 まったく、何を言ってるんだか。錬金素材で君のザックが一杯になったおかげで、あれやこれやの生活用品を、サヤさんやミフユさんがかつぐ羽目になってるのを、俺は知ってるぞ、後でお仕置きだな……主に、寝室で。


 ま、彼女はこの旅で、バブルスライムみたいなボスから出た巨大魔石をゲットしている。Aクラスになった彼女の金属性……錬金魔法が、どんなおかしな成果を出してくれるのか、今から楽しみだ。


 サヤさんとミフユさんには、旅慣れないメンバーのお世話まで含め、ずいぶん働いてもらったなあ。彼女たちには何か、ご褒美を上げないといけないだろうなあ。


「そこまでおっしゃるなら、お屋形様の種を、うちの妹に……」

「うちの従妹も抱いてください」


 はあ。この調子だと闇一族は十数年後「若手は全部ルッツ様の子」になってそうな気がする。まあこのへんは、今回参加できずに凹んでるアヤカさんと相談だな。


 グレーテルのサポートからファニーのお守りまで、いろんなところで尽くしてくれたのはツェリさん……ま、彼女へのご褒美は、こないだのアレでいいよな。


 そうするとミカエラへのご褒美も、アレになっちゃうのだろうか。彼女は初めて自分から俺の種が欲しいって言ってくれたけど……あれってまわりの連中に言わされたようなものだからなあ。これも帰ってゆっくり話し合わないとな。


 そして、グレーテルだ。彼女は今回も、大樹を救う討伐の主演女優賞だ。ジェラルディーナ族長もその辺を特別に評価してくれて、彼女には二振りの短剣を授けてくれたんだ。なんだかよくわからない謎金属でできているそうで……。


「ヴィーとハルトへのお土産ができたってことかな、早く二人の顔が見たいわ」


 そんな母親っぽい言葉とともに振り返った笑顔は、めちゃくちゃ輝いている。ま、久しぶりに暴れて、ストレス解消になったのかも知れないなあ。


 最後は、フィオだ。彼女は最初から俺たちに好意的で……討伐の間も何かとサポートしてくれたし、戦闘でもなかなか活躍してくれたよなあ。彼女へのご褒美は……まあアレだったけど、ツェリさんと違ってまだ結果が出ていない。まあ、森人は子供が極めてできにくい体質なのだというし……共有ラ〇ホであるあの洞が持つ子宝パワーでも、そう簡単ではなかったってことか。まあ、焦らずいくしかないな。


 小休止の時間になって、背中から降ろしたファニーが目を覚ます。ベアトのちっちゃなおっぱいにしばらく吸いついた後、なぜかとてとてとこっちに歩いてきて……フィオの前に立って、少し首をかしげる。


「あれ? ふぃおせんせ、なにかかわったこと、なかった?」


「なにもありませんよ、ファニー様」


「おかしいにゃ、さっきゆめみたの、ふぃおせんせが、ままになるって」


「あらあら」


 可愛らしいファニーの様子に笑みを漏らすフィオだけど、もちろん本気にはしていない。


「ほんとなんだってば」


 ファニーはもう一歩踏み出して、フィオのお腹に、その小さな手を当てる。


「ファニー様?」


「ね、あなたは、ふぁにーのいもうと。はやくでてきて、ふぁにーとあしょぼう?」


「ふふっ、お可愛らしいですね、ですけど……あっ!」


 優し気に細められていたフィオの目が、驚いたようにまん丸く開かれる。


「どうしたの、フィオ!」


「だ、大丈夫です、な、なにか力が……」


 え、それって、いつものアレか? 呆然と見守る俺たちに見向きもせず、フィオは虚空に向かって両腕を拡げ、何か不思議な旋律で言葉を紡ぎだしている。


「うわぁ、とかげさんと、おねえさん!」


 その瞬間、ファニーの言葉が、俺たちにも理解できた。フィオが見上げる空間に、全身が炎に覆われた体長二メートルくらいのトカゲみたいな精霊と、透き通った体躯を持つ女の子がふよふよと浮いているのが、確かに見えたのだ。


「こ、これが……サラマンダーと、ウンディーネ?」


「はい。私に憑いていた、二体の精霊です。これまで私は、二体の精霊と意思を通じ制御するに十分な力を持っていませんでした。ですが……さっき、急にその力が体内から湧き上がってきたのです」


「それって……」


「ええ、ルッツ様のお子が、ここに宿ったということなのでしょう。私は気付いていなかったのに……いち早くファニー様が察して、この子を起こしてくれました」


 そう言うなり、彼女が何かつぶやいて、右手を優雅にくるっと回した。すると二体の精霊は虚空で追いかけっこでもするようにくるくるとらせんを描きながら飛び回り、その軌道が触れ合ったところから、じゅっと白い湯気が立つ。


「せんせ、きれい!」


「そうですね。みんな……ファニー様のお父上、ルッツ様のお陰ですよ」


 口角を上げながら振り向いたフィオは、森の姫にふさわしい、澄んだ美しさを振りまいていた。


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