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第292話 ようやくツェリさんと……

「どうでしょう、辛いところはありませんか?」


「いえ、もう、ただただルッツ様に触れられることが嬉しくて、痛みも至高神が与えてくださるものかと思えば、まさに至福のときでした……」


 頰に流れる涙の筋を指でなぞりながらいたわりの言葉をかけたつもりだけど、予想通りの重たい台詞を返してくるのは、もちろんツェツィーリア……ツェリさんだ。


 愛しい正室側室があろうことかツープラトン攻撃で早く種付けしろと迫り、本人もここぞとばかり猛アピールしてくるのに負けて……ついに種付けをするに至ってしまったのだ。


 種付けの床は、昨日フィオとあんなことやこんなことをした例の、大樹の洞を利用したベッドルームだ。「孕みやすい」という森人の謳い文句を聞いたベアトが、俺とツェリさんの子作りもそこでと、族長にお願いしたのだ。まあ、ツェリさんは光属性のBクラス……属性特有の防御力で妊娠しにくい体質なのは間違いないのだから、そういう場所を選ぶのはおかしくないのだが……一日前にフィオレンティーナを抱いたベッドで、別の女性とするってのは、なかなかデリカシーがなあ。 


 そう悩んでいたのは、俺だけだったらしい。


 族長は「それもよかろう」と二つ返事で……なんでも、一族で子作り適齢期のカップルは、みんなあの洞を「ご休憩」みたいに時間貸しで利用しているのだとか……さしずめ公営〇ブホテルってところなのか。


 フィオ本人も「貴方をあのように強く求めておられる女性に応えるのは、義務です」とあっさり言い放った。なんでも森人は女性比率が高く……女性四~五人で一人の男を共有するのが、当たり前なのだとか。そして精霊使い能力を持つのが女性だけということもあり、まさに森人の男は女性たちに囲まれ、養われる存在……この世界、亜人も女性上位なのだなあ。


 そんなわけでフィオは何のこだわりもなく初めての男をその翌日にツェリさんに譲ったのだが……「でも、その後でまた、私も抱きしめてくれると嬉しいです」とか、耳まで桜色に染めて言うなり、走り去ってしまった。なにこれ可愛い。


 おっと、いかんいかん。初めてのひとを抱いた後に、他の女性を思い出すとか、失礼な話だな。俺がツェリさんと視線を合わせると、彼女は俺の胸に唇を寄せ、そのまま顔を埋めてくる。


「ああ、私は今、幸せです……」


 それが心からの言葉だってことが、ツェリさんの全身からびんびん伝わってくる。そう、「して」いる最中もずっと、吐息とともに熱い涙を流し続けてくれていて……彼女の思慕の深さを改めて思い知って、感動した俺だ。


「お待たせして、すみませんでした」


 まあ、俺は彼女が向けてくるヘビー級の想いから、ずっと逃げ続けてきたからなあ。こうなってみると、もっと早くに受け止めてあげればよかったと、今さら反省してしまう。


「いえ……気が付いていました、私の迫り方、少し怖かったですよね?」


「ち、ちょっとね」


「アヤカ様やマルグレーテ奥様から、あんまり露骨にアピールすると男性は萎えるって何度も注意されていたのですけど……抑えきれなくて」


 ああ、もちろん妻たちは俺のビビりようを見て、ため息をついていたのだろうなあ。特にツェリさんを激推ししていたアヤカさんは。


「ずっと諭されていたんです、アヤカ様から。『使徒様とか至高神の……とか言って崇めるのを控えなさい、ルッツ様はそういうのがお嫌いです』って」


 うん、やっぱりアヤカさんは、俺のことがよくわかっている。逡巡していたのには、もう一つ理由があったからな。もちろん「愛が重い」から怖かったってのもあるんだけど、重たさではクラーラの方がもっとひどいかもしれない。俺が考えこんじゃったのは、ツェリさんの「愛」が俺自身じゃなく、その背後にいる至高神に向いているってことが、わかりきってたからなんだよな。


 そんなことを考えていたのを感じ取ったのか、ツェリさんの腕が俺の身体をぎゅっと締め付けてくる。


「でも、こうして愛していただいて、ようやくですけど、わかりました。もちろん至高神への敬愛は変わりませんし、神官のお役目はずっと続けてゆきたいですけれど……私にとっての『一番』は、ルッツ様ご自身なんだってことが。私のすべてを捧げたいお方は、神ではなく、あなたに代わってしまったのだと」


 一気にしゃべり切って、胸に埋めていた顔を上げ、紫の瞳をギラっと光らせて、俺の目をじっと見つめるツェリさん。その視線は愛を語る女性のものではなく、戦いに臨む騎士のように鋭く、真剣だ。


 意外な言葉に、嬉しさがこみ上げる。至高神に生涯を捧げることを誓って、人生イコール聖職だった彼女が、それより俺の方が大事だって言ってくれている。


「つ、ツェリさん……」


「ツェリ、と呼び捨てて下さい。私は、貴方のものになったのですから」


 そんなしおらしい様子を見せられたら、もう辛抱たまらん。


「……ツェリっ!」


 亜麻色の頭を乱暴にかき寄せて、ピンク色した薄い唇を自分勝手にむさぼってしまう。さっきまでは優しく優しくと気を遣って扱っていた白く柔らかい身体を欲望のままに組み敷いて、予定外の二回戦へ……。


 突然野獣に変化した俺を、ツェリさんは優しく微笑んで受け止めてくれた。

 




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