第291話 精霊術の師
「そなたたちが約束をすべて果たしてくれたのだ。我々も応えねばなるまい」
俺たちの漫才みたいなやり取りに含み笑いを漏らしていたジェラルディーナ族長が真顔に戻って、俺たちが待ちに待っていた言葉を発した。
「我が娘に精霊との交信を指南していただける師を、差し向けてくださるというお話でしたね」
「そう、我が里でもっとも優秀な者を遣わすとしよう」
「それは重畳です、深く感謝いたします」
う〜ん、願いが叶いそうなのはありがたいけどこの流れ、なんかヤバくね?
「では、そこなる娘の師となる者を紹介しよう」
族長の背後に張られた麻布のカーテンがはらりと開き、若い森人女性が姿をのぞかせる。アッシュゴールドの髪を一本の三つ編みにまとめ、ライトグリーンの瞳を何故か俺に向けている、細面の女性は……。
「我が娘、フィオだ。よろしく頼むぞ」
ああ、やっぱりこうなっちゃうんだ!
俺の酸っぱい表情を横目に、族長が続ける。
「精霊王が相手となれば、なまなかな者では務まらぬゆえ、最も優れた精霊術師を送るしかない。なれば、フィオしかおらぬ。フィオはそこの種馬氏との子を孕めば大陸最強の精霊使いとなる……これ以上の適任者はいなかろう」
「ご配慮、おそれいります」
ベアトが一層深く頭を垂れて……俺としては、それに倣うしかない。
「そして、もう一つの意味もある。フィオと種馬氏は先程ねんごろになったが……森人には子供ができづらいのだ。大樹の恵みがあるとはいえ一回で孕むとは限らぬゆえ……そなたらの国で一緒に暮らし、時折は抱いてもらわぬとな」
母親の露骨な表現に、フィオがまた耳まで紅に染める。う〜ん、娘を導く女教師とのイケない関係……これはそそられるテーマだ。
「ね、みんな、なんのおはなし、してるの?」
大人たちの生臭いやりとりに、無邪気な声が割り込む。
「うん、フィオお姉さんが、父上の子を産むという相談だ」
露骨極まりない表現をするベアトだが、あまりに平然とあけっぴろげに語るので、かえってえっちな感じがしないのはさすがだ。その言葉を聞いたファニーが、また目を輝かせる。
「じゃあ、ふぃおおねえさんも、わたしの『まま』になるの?」
「そうだな、ママとも言えるが、ファニーにとっては先生になってくださるのだ」
「せんせい?」
「ああ、ファニーのために役立ついろいろなことを、教えてくれる。ファニーが勉強するのを、助けてくれるのだ」
「わあい、ふぁにーべんきょうする!」
「ファニーは、フィオお姉さんが好きか?」
「うん! きれいだし、ゆみをひくところがかっこいいの。すき!」
子供らしく単純なファニーの返答に陶器人形フェイスを緩めたベアトが、ジェラルディーナ族長に向き直る。
「族長殿、私たちはフィオレンティーナ姫の来訪を歓迎します。ぜひ我が娘フランツィスカに、精霊と語らう術をお授け下さい。もちろんご懐妊まで、責任を持って我が夫との逢瀬を設けますので、ご安心下さい」
「頼む。となると、フィオはそなたらの王都に行くことになるのか? できれば森に近いところが良いのだが……」
族長の気持ちはわかる。愛娘を異種族の群れに放り込むのだ、差別や迫害だってあり得る。いざとなったら連れ帰れるようなところにいて欲しいってのは、自然な望みだよな。
「そこは私も悩んだところです。我が国の貴族にとって森人は珍しき存在、残念ながら亜人として下に見るものもいます。王宮で暮らすこととなれば、姫に対し不快な言辞を吐く者も出てきましょう。そこで……我が夫ルッツが治めるバーデン領でお預かりすることにしてはいかがでしょうか」
「まあ、その方が種付けにも便利よな。だが、そなたの娘は……」
「娘も、バーデンで育てます。王国の将来を担う、グレーテルやニコルの子と共に暮らすことは、この子のためになるでしょうから」
まあ、そうなるか。同じくらいの子供に囲まれて育つのも、それはそれでありだ。家族をことのほか大事にするという森人の感覚では信じられないようで、族長は何度も首を傾げていたけれど……王都にはバーデンまで一気に転移する魔法を使うアデルがいることを説明して、ようやく納得してくれた。
「もちろん毎日我が子を愛でられぬことは残念ですが……娘の将来がそれで広がるならば」
「なるほど、こちらはそれで良い。バーデンならば森のすぐそばであるし、いつでも会いに行けるゆえな。フィオ……そこなる人間の姫を、よく教え導くのだぞ」
「はいお母様、ルッツ様が愛してやまぬお子に、必ず精霊の恵みをもたらします」
うん、きっぱりとしたフィオの宣言は嬉しいけれど、なんで「ベアトの子」じゃなくて、わざわざ「ルッツ様の子」って言うんだよ。
「やれやれ、いつの間にやら我が一族の後継者が、人間の男などにたらしこまれたようだ。まったくけしからんことだが……これではフィオは、里に帰ってくるかどうかも怪しいではないか。やむを得ぬな、早く孫をたくさん育てて、返してもらうしかないか、のう?」
「申し訳ありません、これが我が夫です。もう何人も……」
ベアトがわざとらしいため息をつく。いやこれ、俺悪くないよな?




