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第29話 これっていわゆる制裁?

「どう、済ませた?」


 翌朝、顔を合わせた母さんの第一声がこれだ。


「まだ。そのへんは、ゆっくりと進めるから。でも、嫌われてはいないみたいだ」


「まあ、王宮内ではもうこれで『既成事実 』だからね。あきらめなさい、未来の王配殿下」


 苦笑いするしかない俺だ。王配候補だの王太女の婚約者だの、一夜にして押し付けられたそんなポジションには、当分馴染めそうもない。


 朝方になってようやく寝付けた俺だが、朝食二人分を乗せたワゴンとともに押しかけてきたメイドに叩き起こされた。メイドはなにやらシーツをチェックしてがっかりした顔などしていたが、知ったことか……もう少し寝かせてほしかったよ。


 ベアトは何事もなかったように黙々と朝食をとり、政務が待つ自分の書斎に向かっていった。十五歳以上の成人王族にはそれなりの書類仕事が振られ、王立学校にも通わねばならない彼女は、登校前に執務をしなければならないのだ。役立たず婚約者である俺はへらっとそれを見送るだけだったけど……去り際に一瞬だけ見せた彼女の恥ずかしげな笑みに、思わず胸が高鳴ったんだ。


「そんな顔しちゃって……これは完全に、捕まっちゃったかな。エリザの思惑通りになっちゃったというわけか……まあベアトリクス殿下は、綺麗だからね〜」


 どうやら母さんも、俺とベアトが寝室に閉じ込められたことを知っているらしい。だったら助けてくれたっていいじゃないか。少し恨めしさを込めた視線を向ければ、母さんは余裕たっぷりに微笑んだ。


「ごめんね〜、でも、仲良くなれたんでしょう?」


「……うん」


「じゃあ、良かったじゃない、終わり良ければ全て良しよ。あの様子だと、ベアトリクス様も満更ではなかったようだしね。頑張りなさい」


 何を頑張るというんだよ、そう思いながら、俺も少し頬が緩んでいるのを感じる。俺にとっても、昨晩のそれは、心地よいものだったから。


「あ、だけど今日はこの後、ルッツにはある意味地獄が待っているかも知れないわね 。まあこれも試練だと思って、耐えなさい」


 ん? 母さんの言葉が意味不明だ。地獄っていったい……母さんはニヤニヤ微笑むだけで、答えを教えてはくれないのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 必死で逃げる俺に、容赦ない雷撃が突き刺さる。全身の毛が逆立ち、呼吸ができなくなる。いやこの電圧だ、心臓も一瞬止まってしまっているんじゃないだろうか。


 逃げることをあきらめて立ち向かう俺の腹に、惚れ惚れするくらい綺麗なフォームのキックがクリティカルヒットする。朝食った物を逆流させながらもなんとか起き上がったところに、今度は左ストレートが。躱す間もなく撃ち抜かれ、今度こそ地面に倒れ込む。だけど、伸びたままだとまた雷撃が飛んでくるから、やられるのを承知で立ち上がるしかないのだ。


 無慈悲な連続攻撃は、もはやいじめか虐待の領域だ。だけどこの場面の奇妙なところは、いじめっ子の方が、ぼろぼろ泣き続けていることだ。俺を殴り蹴り、罵声を浴びせ、しまいに殺人級の魔法をぶち当てながら、この大魔神の目からは、止めどなく涙があふれているんだ。


「どうして……どうして、ルッツなのよっ! 」


 絶叫したストロベリーブロンドの髪が炎のように広がり、グレーの瞳が苛烈な光を帯びる……たった今俺を虐待しているのは、まごうかたなき幼馴染の、グレーテルだった。


 なんでここまで彼女が激昂しているのかなんて、わからない。だけど、大事な幼馴染みは、不器用に何かを訴えようとしてるんだ。


 この身体にはどうやら魔法攻撃への耐性がある程度備わっているらしい。この世界の設定なのか転生チートなんだかは、わからないけど。お陰でSクラス魔力といわれるグレーテルの雷撃に、何とか死なずにこらえることができている。


 だけど彼女が本当に得意としているのは肉体を自在に駆使した物理攻撃だ。素の能力に加えて光属性の身体強化魔法が乗っかっているから、こればっかりは俺の実力程度じゃ防ぐことすらできない。ひたすらぶちのめされ、倒れては起き上がり、また地面に沈む。


 そんな暴虐を尽くしながらも、グレーテルの両目からは涙が流れ続けている。俺が何かを言っても、彼女の心が鎮まることはないだろう。俺にできることは……気力の続く限り何度でも立ち上がって、あいつの激情を受け止めることだけだ。


 十何回目かのダウンから立ち直ろうとした俺の膝から、不意にカクンと力が抜ける。倒れまいと抗っても、踏ん張りが利かない。俺の身体は今度こそ、完全に地に沈んだ。


 追い討ちの雷撃が来るかもという考えが頭に浮かんだが、もう身動き取れない。もう、これだけ頑張ったんだから、勘弁してもらおう。一発雷撃を食らって起き上がらなかったら、グレーテルも許してくれるだろう……さすがに、俺を殺したいわけではないようだから。


 しかしいつまでたっても、雷撃の衝撃が襲う気配がない。さすがに怪訝に感じ始めた俺だけど、不意に覆いかぶさってきた柔らかい身体に、自由を奪われる。


「うっ、うっ…… どうして……」


 幼馴染の涙声とともに、折れているであろう骨や裂けた皮膚から、痛みが引いていく。グレーテルの、光属性の治癒魔法なのだろう……なんだか気持ちいい。これだけ手ひどく痛めつけておきながら、優しく癒やしてくれるって、マッチポンプってのはまさにこのことだ。だけどたった今、触れた彼女の体温はとても心地良くて……そして俺の意識はやがて、闇に沈んだ。






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