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第285話 ストリーキング?

「サヤ、ミフユ、頼むぞ」


「はっ!」「直ちに!」


 あらかじめ申し合わせておいたものだろうか、闇一族の精鋭二人が左右からボスに肉迫する。厄介な敵だが動きの鈍いスライムの動きをするりとかわすと、小さな布袋から大小さまざまの粒っぽい何かをつかみだし、ボスに振りかけたかと思うと、素早く飛び退く。


 それを命じたベアトは、いつもの通りなんだか長ったらしい古代語をつぶやいている。そしてその大きな翡翠の目をかっと見開いて、命じた。


「草木よ、我が意に従い、根を張り、枝を茂らせよ!」


 ゆっくりとこっちに向かって進んできたボススライムの動きが止まり、おどろおどろしい叫び声が耳を打つ。サヤさんたちがバラまいた種子が一気に発芽して、その根を奴の本体に、食い込ませ始めたからだ。


 なるほど、これは名案だ。粘液っぽいボスの本体は水分たっぷり。樹木の種子を乗っければ、それはまさに水耕栽培みたいなものだ。そこに、植物を信じられない速度で成長させるベアトの木属性魔法をかぶせれば、樹木の根は魔物の本体をあちこちから食い破り、苦しめることができるだろう。


 樹木の根を振り払わんともがくボスの動きが、徐々に鈍っていく。口もないのにどこからか発せられる不気味な雄叫びも、弱々しくなってきた。


「なんと素晴らしいベアトリクス殿下の魔法! これは……やったか!」


 おい、フィオレンティーナ。なんで君はそういうフラグを連発するんだ。こういうパターンだと大体次は……。


「くっ、限界か」


 ベアトが悔しそうな声を発して、珍しく眉など寄せる。その視線が向く先では、巨大スライムに根を食い込ませていた植物たちが見る間にしおれて、ボスがその巨体をまたゆっくりとこっちに向かってずるずると動かし始めている。


「どうして……」


「瘴気だ。あの大樹すら弱らせる、奴の強力な瘴気には……その辺で拾ったドングリの苗程度では、対抗できぬ」


「やはりあれが、大樹を病ませた元凶! でも、こんなすごい魔法でも倒せぬ敵を、どうすれば……」


「落ち着くのだ、フィオレンティーナ殿。こうやって奴を足止めしている間に、我らが勇者は準備を整えたであろうよ」


 その「勇者」の方を見れば、着けていた軽装の鎧を脱いで、白い絹のブラウスに手をかけていた。


「マ、マルグレーテ殿! なにゆえ防具のみならず、服まで脱いでいるのだ?」


「まあ、着ていても意味がないというか、むしろもったいないというか……」


 少しだけ恥ずかしそうな仕草で答えるグレーテルに、フィオレンティーナが「こいつわけわからん!」と言いたげな表情をする。ま、ボスと対戦する時にわざわざ服を脱ぐ戦士は、大陸中探したってそうそういないだろうなあ。


 フィオレンティーナが呆然としている間に、俺の幼馴染は形良い脚にぴったりフィットしたボトムスをもぽいっと脱ぎ捨て、肌着だけの姿になった。もちろんグレーテルに露出趣味があるわけじゃないぞ、これからボスに挑む、準備なんだ。


「ルッツも早く!」


「う、うん」


 遅れて俺も、ズボンを脱いで、パンツも含めて真っ裸になる。ミカエラが紅くなって目を逸らしていて……ああ、また俺は部下にセクハラをやってしまっている。だけどこのストリーキングは、決してえっちな目的ではないんだ、それをこれから見せてやる。


 俺は全裸のまま、肌着姿のグレーテルに、背後からしがみつく。筋肉質で均整のとれたスレンダーボディに素肌で触れれば、ついあらぬところが元気になってしまうのだが……いまはそういう場合じゃないぞ。


「いくわよ、はあぁっ!」


 気合を一発入れれば、グレーテルと俺の身体が、プラチナ色の光を帯びる。これが大陸唯一のSSSクラス光属性術者が掛ける、おそらくこの世界で最高の防御バフだ。


「ルッツ、しっかりつかまっているのよ!」


 そう叫ぶなり、この勇者は俺を背中にへばりつかせたまま、武器の一つも持たずに突進した。目指す先はもちろん、ボススライムの巨体。


「はっ!」


 迷わず黒い粘液に突っ込んだグレーテルは、ひたすらそれをかき分けて前進する。つけていた肌着は粘液の働きで見る見る溶かされ、彼女も俺と変わらぬ全裸になってしまうけど、もう恥ずかしがっている余裕などない、一歩一歩、巨体の中心に向かって進むだけ。


 すぐに、俺たちは全身、粘液に取り込まれた。身体が溶かされずにけ目も開けたままでいられるのはもちろん、幼馴染が操る最強防御魔法のおかげだ。鼻も口も粘液におおわれて空気呼吸はままならないけれど、グレーテルが切れ目なく掛け続けてくれている光の治癒魔法のおかげで、酸欠にはなっていないみたいだ。


 そして俺たちがまとう光のオーラは、逆にボスの粘液体を徐々に焼いていく。ゆっくり、ゆっくりとだけど魔物の中心に向かって迫るグレーテルの手に、やがて暗赤色の塊が触れた……もちろんそれは、この得体のしれない巨大スライムの「核」とでも言うべきもの。


 スライム系の魔物は、粘液状の部分をいくら切り裂いても、何のダメージも与えられない。倒すには粘液体を焼き尽くすか……その中心にある「核」を壊すか、そんな手段しかない。そんなわけでこいつみたいな巨大スライムは、物理攻撃に対してならほぼ無敵になってしまうのだが……グレーテルは粘液の海に全身浸かりつつ、それを根気よくかき分けかき分けして、「核」にたどり着いたのだ。


「!!!!」


 もちろん声は出せないけれど、俺の大事な幼馴染が全力の気合いを入れたのがわかる。その両手から放射されるプラチナ色の光が一層明るくなって……握りしめた「核」が、ぐしゃりと潰れる。次の瞬間に俺たちを取り殺さんとしていたいまいましくも黒い粘液体は、色を失って、さらさらの液に変わって流れ落ちた。


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