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第280話 ままになります

「ね、ちちうえ、おねがいしましゅ!」


「あ……だけど、ママになるのは簡単じゃなくてね……」


「つぇりやみかえらが、ちちうえのこどもをうめば、ままとよんでいいのでしょ? ちちうえはとくべちゅだから、けっこんしなくてもこどもがつくれりゅって、ははうえがいってたよ?」


 うげげ。ベアトが子作りの生々しいところを思いっきり丸めて適当に説明したところを、この子は都合よく解釈してしまっている。それも、純真そのものの表情で、目をキラキラと輝かせて。


 いつの間にか一行はすっかり足を止めて、俺とファニーの漫才のようなやり取りをじっと見つめていた。女性たちの視線が俺に集まって……特に突き刺すようなグレーテルの眼光を感じて、背中に流れる冷や汗が止まらない。


「あのねファニー。子供というのはね、お父さんだけが願ってもできないんだよ。お父さんになる男とお母さんになる女性が、二人とも欲しいって強く思わないと、生まれて来ないんだ」


 よし、お下品なところに踏み込まないように、我ながら綺麗にまとめたぞ。ほっと安堵のため息をつく俺だ。


「そうなにょ? じゃあ、つぇり!」


「はい、ファニー様」


「つぇりは、ちちうえのこども、ほしい?」


「もちろん、主様の分身なら、すぐにでもいただきたいですわ!」


「うわあい!」


 うはあ。ファニーはさすが、交渉術に優れるベアトの子だ。今度は搦手から追い込んできやがった。しかも……ここんとこあちこちから愛人候補として激推しされている、ツェリさんのルートで。しかもツェリさん本人まで、ここぞとばかりにアピールをかましてきたりして……これって、逃げられないの?


「ちちうえは、つぇりとのこども、ほしくないの?」


「いや、あ、それは……」


 助けを求めてグレーテルの方を見れば、両手で呆れましたポーズなどしている。正室たるベアトも無表情を貫いて、救いの手を差し伸べてはくれない。


「ちちうえ!」


 ええい、ままよ。


「子供は、欲しい。ツェリさんはずっと父さんや母さんに尽くしてくれている、心が綺麗で、家族思いの一途なひとだ。きっと、厳しくも優しいお母さんになって、心正しい子を育ててくれるだろう」


 まあ、一途すぎて、ぶっつりと短剣を突き刺されたこともあったけどなあ。


「やったあ! じゃあすぐに、こどもができるね!」


 ひたすら暴走を続けるファニーだ。ツェリさんの方をちらりとうかがえば、俺の言葉に頬を桜色に染め、うっすら涙など浮かべつつ、至高神に感謝の祈りなど捧げてしまっている。この事態を止める力があるはずのベアトとグレーテルは、俺のすがる視線を避けるように、そっぽを向いてしまっている。


 かくして、これまでなんだかんだ理由をつけて逃げ回っていたツェリさんとの据え膳子作りは、確定事項となってしまった。だが、重いため息をつく俺の耳に、可愛らしい声でさらなる爆弾発言が突き刺さる。


「ね、ね、だったら、みかえらも、ちちうえのあかちゃん、つくろ?」


「こらこらファニー、いい加減にしなさい」


 いやいや、さすがにそれはないだろう。家族ぐるみで愛人希望アピールをしまくっているツェリさんと、ミカエラはまったく事情が異なるんだから。まあ、さんざん餌付けしたおかげで、懐いてはくれているけど……子作りするのは、ぜんぜん違う話だぞ。ほら、もうミカエラは耳まで真紅に染まって……両手で頬を覆ってしまっているじゃないか。


「まあ、このへんがいい機会かもしれないわ、ミカエラがルッツのそばにいてくれたら安心だし」

「うむ、ミカエラもそろそろ覚悟ができたであろうしなあ……」


 あれ? ファニーの暴走を止めてくれるはずの我が妻たちまで、不穏な発言をするじゃないか。まあもともとグレーテルはミカエラを愛人にしろと激推ししてきていて、わざわざ彼女に貴族令嬢の身分まで用意していたくらいなのだが……ベアトまで浮気を推奨し始めるのかよ。


「最後に私たちのところに戻ってくるなら、多少あちこちで種付けしようが構わぬ。むしろミカエラのように心の内がわかっている者なら、安心して仲間にできようというもの。ミカエラに『神の種』を与えれば、得た力を存分に振るって、ルッツを守ってくれよう」


 いつものことながら、ベアトの思考は、実利優先だ。夫が他の女とあんなことやこんなことをするのは、悲しくないのかなあ。


「もちろん最初は切ないと思っていたが、もう慣れっこになってしまったからな。ルッツの種まきにいちいち涙など流していたら、脱水症状になってしまう」


 うぐぐ、反論できない。確かにベアトと婚約して以降、一体何人に種付けしたのか……すぐに思い出せないのは、ボケたからではないと信じたい。


「ね、ね、みかえら。ふぁにーのいもうとをうんで、ふぁにーのままになってくれましぇんか!」


「……」


「みかえら?」


「……はい。私も、大好きなご主人……ルッツ様の子供が欲しいです。ファニー様の妹を産んで、この手に抱きたいです!」


 顔を覆っていた手をファニーが優しく除けると、くりくりの紫色した瞳がキラキラと輝き、涙が頬を伝う。


 ああ、最後の砦が落ちてしまった。俺は、妻たち愛人たちがジト目で見ている前で……我が子の無邪気な攻勢に、全面降伏した。


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