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第264話 姉さんの副官と……

「アントニア卿がお見えになられました」


「ああ、よく来てくれたね、久しぶり」


 バーデン領の迎賓館……と言えば聞こえはいいが、早い話が素朴極まる温泉ログハウスで、俺はリーゼ姉さんの副官をここしばらく務めていたアントニア卿を、出迎えていた。そう、かねてよりの約束を、果たすために。


 彼女はリーゼ姉さんが妊娠している間、外向きの任務をことごとく代行して、姉さんが無事にティナを産めるように環境を整えてくれた。そして何か謝礼をしたいという姉さんの言葉に、「神の種を……」と要望したのだ。


「アンネリーゼ閣下が想いを遂げられた地にお招きいただけるとは、最高の栄誉です」


 まあ、そうだね。リーゼ姉さんと初めてしたのは、ここだった。だけどそんなところに感動されてしまうと、なんか背中がむずむずするぞ。魔法オタクであるアントニア卿が姉さんを師匠扱いしていて、弟子が師匠の足跡をたどることを至福に感じるのはしばしばあることだと理解してるけど、そういう下半身ネタは、マネしなくていいと思うぞ。


「しかし……申し訳ございません。ルートヴィヒ閣下はお若く、こんなにお美しく在られますのに……私のような中年女に触れるのは、おいやでございましょう」


「そんなことはないよ。私から見ても、アントニア卿は十分女性としての魅力をたたえているさ。今すぐ抱きしめたいくらいに」


「こんなに肌は日焼けして、若き頃のハリも失われておりますし……」


「日焼けや肌の疲れだって? それは卿が長年、民の暮らしを守るために野戦で奮闘してきた証じゃないか。俺はそれを、美しく感じるんだよ」


 そんなホストっぽいヨイショが、すらすら出るようになってしまった今世の俺だ。まあ、人生経験豊富な大人の女であるアントニア卿には、通じまいが。そう思いつつ彼女の表情を窺って、俺は驚くことになった。


 日焼けが気になると言っていたその頬が、真っ赤に染まっているではないか。いや、頬だけではなく耳まで紅く、まるで初めての恋に恥じらう思春期の少女のような反応……あんな歯の浮くような賛辞を軽く口にした俺だが、それを真正面から受け止めてこんな反応をされてしまうと、何か悪いことをした気持ちになってしまう。


「アントニア卿……」


「あ、はいっ、失礼をいたしました! あまりに嬉しいお言葉をいただいて……」


 う~ん、なんだか意外。アントニア卿は独身だって聞いてるけど、当然これまでの人生、いろんな人生経験……男性とのあれこれも含めて積んでるよね。だけどこんな返しをされると……いやまあ、ゆっくり話すとしようか。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


 自慢の貸し切り露天風呂に満たしたぬるめの湯に浸かり、俺は後から入ってくるアントニア卿を待っている。


 あれから、一緒にディナーを摂った俺たちだけれど、王都から取り寄せた赤ワインも、ポズナン王国から輸入した極甘のデザートワインも、彼女のお口を軽くするには力不足だったようだ。


 もちろん会話は成り立つのだけれど、俺が何か褒めるたびにかあっと頬を染めるし、何か聞いたら一生懸命応えてはくれるのだけど、噛みまくる。嫌われた……わけではないようだ、どうも軍においては超優秀とされているこの副官殿、男女のあれこれについては、あまり得意でないらしい。


「そんなとこで固まっていないで、入っておいでよ。俺しかいないから」


「ひゃい!」


 おいおい、また噛んでる。恐る恐るといった風情で湯船に近づいてきたその姿は、鍛え上げられた身体にぎりぎりと大判のタオルを巻いて、まさに完全防御だ。


 そういやグレーテルも最初に露天風呂体験したときは、こんな感じだったよなあ。いまやすっかり裸の解放感がお気に入りになって、どこも隠さずに堂々と入ってくるようになったけど。男としては今のアントニア卿みたいに、恥じらってくれたほうがイケナイことしてる気分になって、たぎっちゃうのだが。


「し、失礼いたします!」


 事前に、タオルを湯船に持ち込まないのがマナーであると教えられてきたのだろう。散々ためらった後に身体を守っていたタオルをするりと脱ぎ捨て、これも学んできたらしい掛け湯をあわただしくこなして、するりと湯に身を沈める彼女。そう、浸かってしまえば自慢の乳白色した湯が、あんなところやこんなところを、うまく隠してくれるのだ。


「はぁ~っ」


 やがて心地よさげなため息が、彼女の口から漏れる。身体が温まってくるとともに、心も落ち着いてきたのだろう。


 鉄の防御が緩んだところで、改めてアントニア卿自身のことを、あれこれ話す。まあ、はるか年上のひとなんだ、過去の男や子作りにかかわることを聞くのは、野暮というものだろう。現在独身だということまでは、リーゼ姉さんから聞いているのだが。


 代わりに彼女が得意とする土魔法に話を振ってみると……思わず俺が引いてしまうくらい、一気に食いついてきた。何についてもそうだが、一芸に秀でた人の話ってのは、とても面白い。若い頃自主訓練で土を掘り返して深い穴を作ったのはいいが、穴の底で魔力切れとなって一晩出られなくなった話とか本当はしゃれにならないんだけど、彼女に活き活きと語られると、ものすごく「魔法ってすごい!」って思えてくるんだよな。


 そんなわけで、ややのぼせそうになるまで、魔法談義に花が咲いた……まあほとんどアントニア卿が一方的にしゃべっていたような気もするが。おかげで彼女もずいぶん俺に心を開いてくれたのだろうか、湯から上がる時には恥じらったりもせず、静かに俺が差し出す手を取ってくれた。


 さあ、魔法の知識ではとてもかなわなかったけど……この先はベッドの上、俺の得意技を炸裂させてやるぜ。


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