第259話 クラーラとデート
翌日はクラーラとお出かけ。本来の名目であったグレーテルたちへのプレゼントはもう準備してあるので、純粋に二人で街を楽しむだけのイベントだ。
「そういえば、クラーラと二人で遊びに行くなんて初めてだね。初デートだな」
「そ、そうですねっ!」
俺の何気ない言葉に頬を一気に染めるクラーラは、十歳も年上とは思えないほど可愛い。栗色の髪を三つ編みにしてメイクは控えめに、そして街娘が普段着で使うようなワンピースで装った姿も、実に新鮮でいいなあ。
そういやクラーラとは結構付き合いが長いけど、人前に出るようなことを避けてきたから、お外デートなんてしたことがなかった。彼女はちょっと前まで大貴族たちを気にして、したいこともできない境遇であったから仕方ないのだけれど……彼女だって女の子なんだ、恋人らしいことしてみたいって気持ちは、ずっと持ってたんだろうな。
「クラーラは王都にお忍びもしたことないよね? 街へ出たらやりたかったことは何?」
「そ、そう言われても……公務の時以外は王宮から出してもらえなかったのです、街なんて何もかも初めてで……」
そうだよな。王女がのこのこ街へ出るなんて、護衛付きでもなかなか難しい。そこへ持ってきてクラーラの場合は、宰相をはじめとした大貴族たちが傀儡として使うために、わざと世間知らずの箱入りになるよう仕向けられていた側面もあるからな。
「……でも、侍女たちから聞いて、ずっと歩いてみたいと思っていたところがあります」
「どこ?」
「『市場』というところですが……大丈夫でしょうか?」
ああ、なるほど。なんでもかんでもきちっと決まり通りに整えられた王宮に暮らしてきたクラーラには、ごちゃっとして人々が無秩序に行きかい、民たちのエネルギーが五感で確かめられる市場はまさに異世界。ある意味憧れの場所だったのかもな。
「じゃあ、一緒に行こう。王都東の庶民街にある朝市は、昼過ぎまでやってるはずだよ」
「ええ、連れて行ってくださいませ!」
自分の気持ちを素直に出せるようになったクラーラは、出会った頃の彼女と比べ物にならないほど、活き活きと輝いていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「お肉ってあんな風に、吊るされて売られているのですね……」
ワイルドに屋台の天井からぶら下がった豚の半身から、屈強な男がわしわしと肉塊をごついナイフで切り分けている光景に、目を丸くしているクラーラ。しまった、いきなりこんなの見せたら、箱入りちゃんである彼女には刺激が強すぎたか。彼女にとって「肉」とは、綺麗にソテーされて、銀の器に盛りつけられているものであったはずだからな。
「ごめんね、あまり気持ちのいいものではないだろ? 次に行こうか」
「いえ、これはとても新鮮で、面白いです……」
深窓のお嬢ちゃんだったら白目をむいて失神しそうな場面なんだが、クラーラは平然としている。まあこの子、対人関係で気弱な欠点はあるけど、芯は強いんだよな。
「重い肉塊を吊るすのも、そこから必要な部分を切り出すのも、結構な労力ですね。どのような魔道具を開発すれば、楽になるか……」
さすが、クラーラはクラフトを得意とする金属性だ。庶民の肉体労働を、魔道具に置き換えることを真剣に考えている。まあ普通の王族なら、下々の者が汗水たらして働いていても、それを助けてやろうとか、思わないもんだけど……ここが彼女の美点であり欠点なのだろう。ベアトだったら「そんな魔道具を開発したら、彼らの就くべき仕事がなくなるではないか」とか言いそうだ。
「ほら、仕事のことなんか考えてないで。他にも面白いものがあるよ?」
「はっ、はいっ!」
クラーラは王宮にいるときの姿とは違って、何にでも興味を示す。魚をさばいているところを見て目をみはり、並んでいる野菜の一つ一つに、これは何だと聞いてくる。そうだよなあ、彼女の立場じゃあ、カットする前の食材を目にすることなんて、ないだろうからなあ。
そして、やっぱり彼女が一番興奮したのは、工作モノが集まるエリアだった。さすがは金属性、モノづくりの現場を目にすると、うずうずしてしまうらしい。綿を叩く布団屋、刃物を打つ鍛冶師、質素なキャビネットを組み上げる木工職人……彼女の目には、すべてが珍しいものに映るらしく、声を上げて喜び、その技を称賛している。
男ばかりの職人たちも、若い女に褒められて悪い気がするはずもなく……やたら饒舌に説明してくれて、クラーラがまた目を輝かせる。こんな何でもない庶民の街でこんなに喜んでもらえるのなら、もう少し早く連れてきてあげればよかったなあ。
そして、最後に訪れたのは、彫金の店。やっぱりクラーラは、こういうものが見たかったらしい。熟練の老職人が、銀の地金に根気よく精緻な紋様を刻んでいる姿が自分に重なるのだろうか、食い入るように見つめているクラーラの真剣な目に、少しドキドキしてしまう。
さんざん楽しませてくれたお礼というわけではないけど、その店でちょっとしたものを買うことにした。いつも控えめなクラーラが、珍しく欲しいとねだってくれたんだ。それは銀プレートをトップにした、二個一組のペンダントで……プレートの一辺が複雑なカットになっていて、二枚を組み合わせると至高神の精密画になるというシロモノだ。
「嬉しいです……一生、大切にしますね」
そういや元世界でも、二人ぶんのペンダントを合体させるとハートになるとかいうやつ、あったっけか。デートの記念にこういうのを選んでしまうあたり、やっぱりクラーラの愛は、重たいわあ。




