第247話 久しぶりに闇一族の……
「さすがに、我が子とするのはだめだ。若い娘なら、他に世話をしてやるから」
病院でのやり取りが、いつの間にかベアトにご注進されていたらしく、王宮に戻るなり釘をさされた。
「いや、いくらなんでも娘とするってのはないだろ」
「もちろんルッツの倫理観は知っているのだが……欲求が猿並みで、おまけに流されやすいところまで知っているからな」
「信用されてないなあ……」
これ、マジで言われているなら、凹むぞ。あまりに信頼されてない自分にしょげかけた俺の腹に、仔犬みたいな何かがぶつかってくる。それは俺の胸にぐりぐりと鼻を押し付けて、なんだかくんかくんか匂いをかいでいる。相変わらず安定の犬系彼女っぷりだ。
「冗談だ。私はルッツとこうすることが何より好きだし、ルッツが私を深く愛してくれていることも、信じている」
「うん、もちろんさ」
「だから、他の女にも種付けしてきても許す。アヤカから話は聞いているぞ、闇一族の女に褒美を授けねばならぬのだろう。平民街の宿だがいい部屋を手配させてある、存分に野獣になってきていいぞ」
いやまあ、確かにミユキさんとアゲハさんとしてねって、アヤカさんにお願いされてはいるけど……それって今日なの?
「すでに一族の拠点に使いは出した。なんでも今夜はミユキという女がくるそうだ、据え膳状態で待っていてくれるそうだぞ。女に恥をかかせぬようにな」
「う、うん……」
なぜ正室から、浮気を命ぜられないといけないのか疑問は解けないが、そういうものと思うしかないらしい。ベアトもグレーテルも、おそらくアヤカさんも……俺が彼女たちに注ぐ気持ちと、種付け相手を愛しむ気持ちとはまったく違うものだと、はっきり割り切っているみたいなんだよなあ。ありがたいというべきなのか、ちょっと切ないと言うべきなのか。
「そうそう、もちろんファニーの顔を見ていくのだぞ。ルッツと私の……愛の結晶を」
白皙の頰に血色を上らせてそんなことを言うなり……ベアトは山積みの決裁書類に立ち向かっていった。俺と違って、忙しいやつなんだよなあ。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「ようやく念願がかなったわ、ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
そんな返しをして、どちらからともなく笑い合う。俺たちは今、ひとつのシーツにくるまって、夜の第一試合目を終えた余韻を楽しみつつ、まったりとじゃれ合い中だ。
闇一族の女性に種付けをするのは、久しぶりだ。最初にホタルさんたち四人、次にサヤさんたち三人に種付けして以降、一年以上してなかったからなあ。このへんはアヤカさんの采配だ……もちろん一族の力を強くするためには俺の子を多く作っておいた方がいいが、あまりに力が強くなれば、他の勢力から疑念を抱かれよう……最悪の場合は、彼女らを庇護する王室からも。そういうあたりのバランスを考えて、こんな風に少しずつ、忠誠に疑いなく、かつ功を挙げた部下たちに、俺の種を与えるという方針にしたのだそうだ。
俺の肩口に唇を寄せているこのひとは、ミユキさん。漢字で書くと深雪なのだろうか。西の民と混血が進んだせいなのか、アヤカさんのような漆黒ではなく、やや茶色を帯びた長い髪を、たった今はしどけなくシーツの上に流している。二十歳だというけれど、見た目二~三歳若く、俺たちと同世代と言っても通りそうだ。
「『神の種』をいただくだけじゃなくて、こんな丁寧に優しく扱ってもらえるなんて……頑張ってよかったかな」
そう、彼女は「頑張った」のだ。宰相派の陰謀でバカ兄たちがバーデン領に騒ぎを起こした時、連絡役が駆け込んだ子爵家に忍び込んで、宰相自身が書いた指示書を盗み出すという大仕事をやってのけたのは、このミユキさんなのだから。
「ほんとに、すごい功績でしたね。おかげで宰相を追い詰めることができました、ありがとう。でも……かなり危険な仕事だったでしょう?」
「ええ、捕まったら生命はなかっただろうけど……私は他の者より優れた『隠密』スキルを持ってるから」
そういや、帝国との戦で、ナツさんが気配を消す術を掛けてくれたっけ。その記憶を口にすると、ミユキさんが口許を緩めた。
「そう、あれみたいなものね。違うところは、ナツの術は身体を動かしたら解けてしまうけど、あたしのは気配を消したまま動けるってところなの。だから屋敷に忍び込んだりするのに便利ってわけ」
「確かに強力な術ですが……それを持っているがゆえに危ない仕事が次々回ってくるってのも、辛いですね」
俺の言葉に、彼女は意外そうに目を見開く。
「ルッツ様って本当に偉ぶらない人なのね、みんなの言ってる通りだなあ。普通のお貴族様なら、得意な奴にヤバい仕事を回すのなんて当然、最下層の民が傷つこうがくたばろうが、関係ないって言うはずなのに」
「俺、へんですかね……」
「ううん、素敵な領主様だと思うよ。まあ、あたしだって怖い仕事はいやだけど、他の子がやったら捕まる可能性が高いからね……実はあたしも一回捕まって、ひどい目にあわされているんだ」
「ひどい目って……」
「大したことないのよ。すぐアヤカ様が助けて下さったから、こうして五体満足で戻ってこれたしね。ただその時『初めて』は奪われちゃってね……そのせいでそれから四年くらい、男が怖くて、まだ子供を作ってなかったんだ」
ああ、そういうことなんだ。こんな仕事していれば、そういうこともあるよな。
「辛いことを思い出させちゃって、すみません……俺なら、大丈夫でしたか?」
「さすがに最初は、ちょっと怖いと思ったかな。でもあんなに素敵な経験をさせてもらったから、今は大好きだよ」
「なら、もう一度しませんか? 男はなかなかいいものだって、ミユキさんに思ってもらいたいんです」
ぷぷっと、ミユキさんが吹き出す。
「やっぱりルッツ様は、へんな領主様だね。うん、今度はちょっと、激しくしていいよ」
そんなことを口にするなり彼女が目を閉じて、紅も引いていないのに色濃い唇を、そっと寄せてくる。もちろん俺はそれを、心ゆくまでむさぼった。




