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第244話 バーデン領軍

 目の前に広がる平原に、初夏の日差しが降り注ぐ。少し汗ばむくらいの陽気だけど、吹き抜けていくそよ風がこころよく頬をなでてゆく。


 俺は、グレーテル率いる「バーデン領軍」の演習を観閲……という名目で、のんびりと見物させてもらっているところだ。いっとき俺も自身の鍛錬に凝った時期もあったけど、これ以上の上達が見込めないことをほどなく悟って……強き女性たちにお守りいただく頼りない種馬の地位を、甘んじて受け入れている。


 日除けテントの下で椅子の背もたれをだらしなく倒した俺の両手は、なぜか左右に置かれたゆりかごを、ゆっくりと前後に揺すっている。まあ、どうせ見物しているだけで、他にすることもないのだから、領兵の子どもたちをあやすくらいは、手伝うことにしたわけさ。


 もちろんおむつくらいなら俺も替えられるのだけど、さすがに領主にそれをやらせるのはまずいということで、従卒の男兵士が専属で付いて、十人ほどいる赤ちゃんの世話に、走り回っている。かくして俺の仕事は、ゆりかご係だけとなり……ちょっと申し訳ない気もするが、変に手を出すと、女性たちに叱られるしなあ。


 俺の左手が揺するゆりかごの中では、ダークシルバーの髪がしっかり生え揃い、茶色の大きな目がくりくりと可愛らしく動く、ちょうど二ケ月になる赤ちゃんが、実に機嫌良さそうに笑っている。キリッと系の美少女に育ちそうな素質を感じるこの娘は、俺と……コルネリアさんの子だ。俺の遺伝子がさっぱり感じられない母親似の容貌も、もはやお約束である。


 頼りない俺を守る風魔法護衛隊の隊長だったコルネリアさんだけど、産休明けを機に領軍の一隊を束ねてもらうことにしたんだ。彼女の個人的な戦闘能力は人並みだったけど、部下の能力や特性を把握して、集団として力を発揮させることに関しては長けているみたいだからなあ。そこに俺の種がついたことで、彼女の魔力は一気にAクラス相当に成長していて……もはや人並みとはいえない。もちろん帝国兵の中ではトップクラスだ。


 そんなわけで彼女は、俺が視線を向けたその先で、活き活きと元帝国兵たちを指揮している。うん、経験も魔力も豊かな彼女が率いる部隊は、きっと領軍の中核になってくれるだろう。


「うわぁ、コルネリア隊長、輝いてますよね!」


 弾むアニメ声で賞賛の声を上げるのは、もちろんミカエラだ。彼女のポジションは、俺の専属ボディガードのまま不動……そして帝国兵たちの間では「領主お気に入りの、公認愛人」とみなされているのだとか。う〜ん、俺はまだ、彼女に手を出していないのだがなあ。こんな風評が定着したら、ミカエラの将来には、何かとよろしくないのではないだろうか。


「まあ、今更ってやつか……」「はい、今更ですねっ!」


 俺の独り言に、アニメ声が食い気味に重なった。おいミカエラ、君の「今更」は、どういう意味なの?


「行動終了、一旦休憩!」


 号令とともに、女性兵士たちがめいめい日陰や水場に散っていく。現時点、実戦部隊には女性だけしかいない。グレーテルの意向で、バーデン領軍には男の役目である「肉壁」をつくらない方針にしたのだ。まあ外国と戦争するための軍じゃなく、魔物を迎え撃つための組織だからな。冒険者的な戦い方が求められるのだろうし……考え方は間違っていないと思う。だけどそういう編成にすると、前衛に立つのも貴重な魔法使いになるわけだから、犠牲を最小限にする戦い方をしないと、先細り確定だ、ご安全にいこう。


 俺のまわりの赤ちゃんの下へは休憩中の母親が集まってきて、一斉に授乳を始めている。大小さまざまの尊いポロリがよりどりみどりで拝めるチャンスではあるのだが……もちろんその間、俺は後ろを向かされている。背後に桃源郷があるというのに、ミカエラが俺から監視の視線をそらしてくれないせいで、赤ちゃんたちが満足するまで、不動の姿勢で耐えねばならないのだ。せめてコルネリアさんのシーンくらいは鑑賞させてもらえないものかなあ。


「行動開始三分前!」


 そして再度の号令とともに、母親たちはまたさあっと隊列に戻っていく。俺の無念そうな表情をじっと観察していたミカエラが、不思議そうな顔をする。


「そんなに見たいですか? 男の人って、なんでおっぱいがそんなに好きなんでしょうね?」


「いやあの、あれはとても、いいもので……」


 そんなツッコミが年下の女の子から飛び出しちゃうんだ。う〜ん、俺はよほど、物欲しそうな顔をしていたのだろう。


「やっぱり、大きくないとダメなんでしょうか?」


 そのセリフに思わず反応して、一瞬だけど彼女の胸に視線を向けてしまう。まあミカエラも、グレーテルやベアトほどではないにしても、どちらかというと控えめな……うんうん、こういう手のひらサイズも俺的にはグッとくるのだよ。


「問題は大きさではないんだ、形なのさ!」


 そんな事を女の子に向かって力説しながら、無意識に手をわきわきさせていた俺は、単なるセクハラオヤジでしかない。若干ノッてきていたミカエラが今や完全に引いているのに気づいて、さすがの俺も我に返った。ごめん。

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