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第241話 奥様の出番です

「うわぁっ!」「これは敵わないわ!」


 ジェネラルのこん棒が一振りされただけで、左翼の冒険者が三人吹っ飛び、包囲網があっという間に崩壊する。続いて右翼に突っ込んでくる敵の勢いに、本来なら身体を張って止めるべき盾戦士が逃げだして……後はジェネラルのやりたい放題だ。まあ、壁にたたきつけられた冒険者も、戦闘不能ではあるけど死んじゃいないようだ……なあ、君たちが助かったのは、俺の優しい幼馴染が推定SSSクラスの魔力で、規格外の防御バフを掛けてやってたからだぞ。感謝してほしいね。


 それにしても、冒険者たち弱すぎないか。まあ今回は探索調査が目的で、こんなでかい討伐任務を想定しておらず、中級パーティーを集めただけなんだそうだ……そういう意味では仕方ないのかもだけどなあ。だったらギルドもへんな意地を張らずに、最初からグレーテルに任せればよかったんだ……まあ、支部長のメンツなのだろう。


「支部長。もう気が済んだでしょう、私が出るわよ」


「……はい」


 終始大人の対応をしていたグレーテルが、スレンダーな身体に不似合いな魔銀の大斧を両手持ちにして、一歩前に出る。それを見送るギルド長はうなだれているけど、実力不足なんだから仕方ないだろう。文句あるなら王都から上級パーティーを連れて来ればよかったんだよ。


「貴方の相手は、私よ!」


(ほう、お前はなかなかやるようだな)


「お褒めいただいて光栄だわ……いくわよ、ふぅん!」


 彼女が気合を一発入れれば、その身体がプラチナ色のオーラを帯びる。そしてすかさず横殴りの一撃を、敵の胴体に送り込む。


(そんな華奢な身体で振るう斧など脅威にもならぬわ!)


 オークジェネラルが、旋回しつつ襲う斧の刃面に、真上からこん棒を全力でたたきつける。彼の恐るべき膂力をもってすれば、女の力で扱う斧を地面にたたき落とすことなど、容易に思えたのだろう。


 だが残念ながら俺の幼馴染は、何かと規格外なのだ。


 ジェネラルの振り下ろした重いこん棒は、確かに円弧を描く斧の軌道を捉えた。しかしその軌道は、岩をも砕くであろう強烈な打撃を食らってもまったく揺らぐことなく、そのまま敵のどてっ腹を薙ぎ切った。


(何だと……お、お前は……何者だ)


「ふふっ、そうね。強いていえば……世界一素敵な男性の、妻かしら」


 この場に似合わぬ不器用なのろけ台詞をグレーテルが吐き終わったとき、斬り飛ばされたジェネラルの上半身が地面に落ちる、ぐしゃっという音が響いた。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「ねえルッツ、私の戦い、どうだった?」


 なあグレーテル、意気揚々と戻ってくるなり、俺に感想を求めるのはやめてくれないかな。どうだったもなにも、一振りでカタがついちゃったじゃないか。普通はダンジョンボスとのバトルなら、もう少しつばぜり合いとか、押されてピンチになった後に一発逆転とか、なんか盛り上がりがあるもんだろ……とか考えてしまうのは、俺の思考がド〇クエとかファ〇ナルファンタジーとかに染まり切っているからなのだろうな。ここは素直に、俺の大事な妻が、傷一つなく帰ってきたことを喜ばないといけないか。


「うん、度肝を抜かれた、と言うしかないかな。あんなでかい魔物を相手に、落ち着き払って対していたグレーテルは、本当にカッコよかったし……まさか一撃で決めてくれるとは思わなかった、俺が知らないうちに君はまた、強くなったんだね」


 食いつきそうな目で俺を見つめていた幼馴染の白い頬が、見る間に桜色に染まる。愛する女の強さを信じ尊敬し、かつ称賛するパートナーの姿は、彼女にご満足いただけたようだ。


「え、ええ……私が強いのは当然よね! これからどんな敵が来たって……私がルッツを守ってあげるわ!」


 うん、頼りにしてるよ。俺もようやく、この世界の感覚に慣れてきた。ひたすら女の子に守られる情けない男のポジションを、甘受することとしよう。


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「そうか。森の外縁部で、ジェネラルを含むそんな大きな魔物の拠点が築かれているということになると……」


「やはり『魔の森』全体に、大きな異変が起こっていると考えるべきだな」


 俺とグレーテルは、今回の経緯を陛下とベアトに報告したところだ。もちろん王都までの道のりは遠い……アデルの転移魔法で迎えに来てもらったことは言うまでもない。


「こうなると、先んじてシュトゥットガルトの防壁構築をはじめておいたのは正解だな。どのくらい進んでいるか?」


「すでに二段の空堀と土壁が完成して、三段目にとりかかっています」


「よし。街の防衛はなんとかなるだろう。だが、これだけ森が騒がしいということになると……ベアトの計画は延期した方が良いのではないか?」


 陛下のおっしゃる「計画」は、精霊使いを求めて魔の森深くに住まうという「森人」を訪ねることだ。確かに森に数キロ踏み込んだくらいでジェネラルが出るような状況では、その先にどんな恐ろしい強敵が出てくるのか、全く読めない。正直なところ俺も、しばらく様子を見た方がいい気がしている。


 だがベアトは、陶器人形にたとえられる冷たい無表情を崩さず、きっぱりと宣言した。


「ファニーの将来を拓くためには、できる限り早く精霊使いに教えを請わねばならない。もし一人になっても、私は行く」


 反論を許さない決然とした態度に、陛下も反対する言葉を失う。


「君を一人では行かせないよ、ベアト」

「ベアトお姉さまとルッツの在るところ、もちろん私も参りますわ」


 俺とグレーテルの言葉に、陶器人形の表情が、へにゃりと緩んだ。



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