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第230話 働くニコルさん

「はいぃ、鑑定終わりましたぁ! 第二坑道を掘るべきと思いますぅ!」


「いや、どう見ても第三坑道のほうが魔銀含有量が多いだろうよ」


「はいぃ、そうですねぇ。でもぉ、第三坑道はもう少し掘ると枯渇するって、鉱石が言っているのですぅ!」


「なるほどな。普通の山師の言うことなら信じられんところだが……今までニコル嬢ちゃんの予想は全て当たっているからなあ。ここはアンタのいうことを聞くとするか、第二坑道に人夫を振り向けるぜ!」


「ありがとうございますぅ! 明日も鉱石、持ってきてくださいねぇ」


 めっちゃめちゃ甘いアニメ声で真面目なアドバイスを送るニコルさんに、鉱山の掘削リーダーもデレデレだ。


 グレーテルが出産翌日には職場復帰してしまった。双子の世話には、実家から乳母が半ダースも送られてきていて、俺の手を出す余地などない。ルーティンの領政についてはマックスがきちんとこなしているから、俺が口など挟めばかえって邪魔になってしまう。そんなわけで、ぶっちゃけ暇になってしまった俺は、絶賛拡大中である魔銀鉱山の様子を見に来たわけなんだけど……。


「ニコルさん、何でまだ働いてるんですか!」


 俺が思わずでかい声を出しちゃったのは、仕方ないだろう。だってニコルさんに種付けしたのは、グレーテルより前のことだ。だから彼女の出産予定日は、もう過ぎている。いくらなんでも、もう休んでいい時期だろう。


「だってぇ……鑑定持ちが足りないんですよぅ」


 目尻をへにゃりと下げてそんなふうに甘ったるい声を出されたら、まあいいかという気分になってしまうけど……さすがにちょっとこれ、ブラック感が漂ってるなあ。俺は、試掘リーダーの方に目を向ける。


「本当に鑑定持ちが足りないのか?」


「い、いえね。いないわけじゃないんですがね、他の鑑定師より、ニコル嬢ちゃんのそれが、よく当たるもんで。普通の鑑定持ちなら、鉱石の純度はわかっても、枯れそうかどうかなんて教えちゃくれません。なもんで、つい……」


 男はこめかみに変な汗を流している。この女性が領主たる俺の子を身ごもっていることに、ようやく思い至ったようだ。気づくのが遅いんだよ。まあ、領のために魔銀をできるだけたくさん得ようって動機なんだから、怒っちゃいけないよな。


「そうか、わかった。ならさっきの鑑定で、当面の採掘方針は決まっただろう。しばらくニコル嬢は休職させるが、いいな?」


「へ、へい、もちろんで……立派なお嬢ちゃんがお産まれになることを、お祈りしまさ」


 男は、俺と目を合わさないようにしながら、すたこらと逃げていった。そうか、何もしないので有名な領主でも、やっぱり怖いか。


「あ〜あ、脅しちゃだめですよぅ」


「別に脅しちゃいないけど……」


「領主様のクールなお顔は大好きですけどぉ、にらまれたらかなり冷たくて怖ぁい感じになるんですよぅ、覚えておいてくださいねぇ」


 たぶん今俺は、ニコルさんに叱られているんだと思うんだが……ぜんぜんそう思えない彼女のゆるボイスだ。同じアニメ声でも、ミカエラの弾む元気トーンとは違って、ひたすら耳から甘やかされるようなニコルさんの口調は、ある意味男をだまくらかす魔法なのかもなあ。


「そんなことはいいから、そろそろ休んで。もういつ産まれても不思議はないんだから」


「だってぇ、私たちは戦争奴隷のはずなのにぃ、こんなに美味しいものが食べられてちゃんと清潔な服ももらえて、せめて働かないとぉ……」


 いやまあ、確かに奴隷としてみたら彼女たちの扱いは良いものかもしれないが、俺はこの人たちを奴隷だなんて思っちゃいないぞ。一緒にバーデンを開発して街を大きくしてくれる仲間で、大事な住民だと思っているんだけどなあ。ああ、ちなみにニコルさんやコルネリアさんみたいに「金のライラック」を身につけている女性は、正式な手続きで奴隷解放して、平民になっているんだ。


「真面目なのはいいですけど、ニコルさんのお腹にいるのは、俺の子ですよ。多少は大事にしてあげてください」


「はっ、そうでしたぁ!」


 いやいや、今頃驚くことじゃないでしょ。このお姉さん、真面目で有能だけど、なんだか抜けてて、放っておけないんだよなあ。


「いいから、宿舎で休みましょうね」


「はいぃ……」


    ◇◇◇◇◇◇◇◇


「はぁ~っ、温まりますぅ」


 ホットミルクにたっぷりはちみつ。多少贅沢な飲み物ではあるけれど、これから俺の子を産んでくれる女性なんだ、すこしはいいものを摂って、栄養を付けてもらわないとなあ。


「ほら、たまにはこういうお休みもいいでしょ?」


「そうですねぇ。こんなのに慣れちゃったら、なまけものになってしまいそうですぅ」


「いいんですよ、今のニコルさんには子供を丈夫に産んで育てるっていう大事な仕事があるんですから」


「えへへぇ……あっ」


 俺の言葉に目を細め、ご満悦の様子だったニコルさんが、何かに気付いたようにびくっと背筋を伸ばした。


「り、領主様っ! お、お子を産まれたばかりの奥様を放ってきているのではぁ!」


 がばっと立ち上がり、わたわたと慌て始めるニコルさん。相変わらず「奥様」グレーテルが怖いらしい。


「不義の女として、雷撃を落とされてしまうのはいやですぅ!」


 いやいや、大丈夫だからね。そもそも君に「金のライラック」をあげたの、俺じゃなくてグレーテルだから。いわば「奥様」公認の愛人さんなのよ、君は。


 おびえるニコルさんを納得させるのに、たっぷり三十分かかったのは秘密だ。


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