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第180話 さあ、踏み込むぞ!

 闇一族御用達のショートカットルートを使って、俺たちがバカ兄たちの館に着いたとき、ちょうど奴らが、ニコルさんたちを馬車から降ろすところだった。かなり手荒に扱われているというのに、目を覚ます気配もない……やはりかなり強力な睡眠薬の類を盛られてしまっているようだ。


 そして館の手前で、アヤカさんと闇一族が十名ほど待っていた。併せて王都から派遣されてきた国軍将校たちが十五名。そしてそれを率いるのは、俺の大事な……リーゼ姉さん。柔らかい髪を動きやすいようにポニーテールにまとめ、ぴったりと身体にフィットした黒の軍服をまとった姿は、凛々しく格好いいけど……機能的なスタイルがかえって色気を感じさせる。


 いや、いかんいかん。今はそういう場合ではないのだった。最強戦士のグレーテルに大事をとらせている今回は、このメンバーだけで作戦を成功させないといけないのだ。


「注文通りに引っかかってくれたわ。あとは現行犯で拘束するだけね」


「うん、そうだね。だけど兄さんたちはまだ、彼女たちを『連れ込んだ』だけ」


「そうね、いまにも暴行する寸前っていうような状況を押さえたいわ」


 そう、踏み込む準備は万端だけど、そのタイミングはきわめて難しいのだ。たった今なら「悪酔いした彼女たちを落ち着くまで休ませるつもりだった」とか言い抜けられちゃうだろう。かといってコトが全部終わるまで待ったら、彼女たちの心に深い傷が残ってしまう。


「そのあたりは、カエデにお任せを」


 アヤカさんが静かに口を開く。そう、カエデさんの持つ闇魔法は、どんなにぶ厚い石壁を隔てても、向こう側の音をつぶさに聴くことができるのだという……まさに人間コンクリートマイクだ。まあ正確に言うと、俺の子を孕んだことで、そのレベルまで鋭敏になってしまったらしいのだけどね。


 彼女はたった今、ひそかに館の敷地に潜んでいて……奴らが決定的な行為に及ぶ直前に、俺たちに合図を送ってくれることになっている。しかし、闇魔法って便利な術がそろってるよなあ……元世界でも諜報活動で引っ張りだこになりそうだ。


「うん、頼りにしてる。だけど、アヤカさん自身は、無理しちゃだめだよ。お腹には、大事な子供がいるんだから」


 俺のそんな言葉に、アヤカさんが優しく表情を緩めて……それを見たリーゼ姉さんは少し寂しそうな顔をする。姉さんも俺の子を産んで、フロイデンシュタット家の跡継ぎにしたいって言ってたから、うらやんでいるのかな。今の姉さんは軍の要職で激務を極め、子作りより仕事を優先しなければいけない状況だ。そして俺は不本意ながら、辺境バーデンに張り付けられている。いずれにしろ俺と姉さんの子作りは、かなり先になりそうだ。


「大丈夫。子供ができるのはちょっと困るけど……デキないようにすればいいのよ」


 俺の考えていることが漏れてしまったのだろうか。姉さんが不意に俺の耳にささやきかける。えっ、もしかして……する気満々なの?


「さすがに今回の遠征では、しないよ。この事件、闇が深そうだから……真面目にやらないとね。ルッツとの初めては、もっと素敵なシチュエーションを準備するつもりよ」


 一方的に期待を吹き込んで、リーゼ姉さんは部下のもとへ向かうため離れていった。なにかこの生殺し感が……辛いんだけど。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ニコルさんたちが運び込まれてから、もう二十分ばかり過ぎただろうか。しばらく静寂の時が流れている。


 館の中ではごそごそと怪しい動きが続いているのだろうが、窓からわずかに漏れ出す明かりくらいしか、俺には感じ取れない。壁に張り付いているカエデさんに何も動きがない以上、まだ決定的な何かは起こっていないはずなのだが……時間が経つごとに心配になってくる、気の小さい俺だ。


 今回の作戦で、奴らを引き付ける「おとり」になってくれる女性の選定は、とても難しかった。


 無能だが、女の経験値だけは無駄に積んでいるバカ兄たちが確実に触手を伸ばしてくるくらい魅力的で、しかも俺たちを絶対裏切らない高い忠誠度を持っていて、万一の場合は大切なものを失うリスクがあることを承知で引き受けてくれる女性なんて、そんなにいるもんじゃないよな。


 結局俺は、それでもいいと手を挙げてくれたニコルさんとその親友だというコリンナさんに頼ることになってしまった。俺たちを信じて身をゆだねてくれたのはとても嬉しいけど……それだけに、間違いが起こっちゃいけないって思いはひときわ強いんだ。じりじり焦って唇をかむ俺の手を、ひんやりとした両掌が包む。


「ルッツの気持ちはわかるわ……でも、今はアヤカたちを信じて、待ちましょう」


 茶色の瞳に真剣な光をたたえて見つめてくるリーゼ姉さんに、うなずくしかない。


 う~ん、ダメだなあ俺って。大空を自由に飛ぶ鳥のような女性たちが帰ってくるための、安定した大樹になろうって、いつだったか決心したっていうのになあ。こう簡単にぐらぐらしてちゃあ、女の子たちが安らげないじゃないか。


「ううん。そうやって女の子一人ひとりを大事にして、心配してくれる優しさが、ルッツの魅力でもあるの……私も、好きよ」


 くうっ、いきなりこんな可愛いことを言ってくるなんて……あざといけど、心臓をわしづかみにされてしまう。思わず抱き寄せたくなるけど、さすがに今はそういう場合じゃない、我慢我慢だ。


「カエデの合図がありました、参りましょう」


 アヤカさんの低めた声に、リーゼ姉さんがその眉をきゅっと凛々しく寄せて、走り出した。俺も後に続く……別に急いでも役に立たないんだけどな。


 扉の前に少し離れて立った姉さんが短く詠唱すると、虚空に差し上げた手のあたりに、直径五十センチくらいの水玉が浮かび……見る間にそれは氷塊と化す。


「弾け飛びなさい!」


 その声とともに氷塊はものすごい勢いで撃ち出され……重厚なオークの扉は、一撃で粉々になった。


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