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第169話 グレーテルの妊活

「これ、いったい何なの?」


 怪訝な表情のグレーテルが視線を向けた先には、真っ黒い不気味な縄が置かれている。囲炉裏で燻したくらいではとてもそんなに黒くならないだろうという、光をすべて吸収する、真の漆黒だ。


「うん、大人しく、これで縛られてくれないかな」


「なっ、縛るとかって……ルッツ、あなた何か新しい性癖に目覚めたの?!」


 グレーテルが、思いっきりドン引きしている。まあ彼女の「夜」は、女性優位ではあるけど、ごくノーマルストレートだからな……いやここは必ず、納得してもらわねば。


「そうじゃないけど……お願い。一回だけ、実験に付き合ってほしいんだ」


「実験??」


「うん。グレーテルとの子供を授かるための、実験だよ」


「ええっ?」


 がっつり引いていたグレーテルが、その目を三割り増し大きく見開いて……やがてその瞳は、怪しくギラギラ輝き始める。


「それに付き合えば、子供ができるの?」


「もちろん約束はできないよ。できるかも知れない、程度さ。ベアトが勧めてくれたやり方なんだけど……だめもとで試させてくれない?」


 グレーテルの視線が、俺の顔と、真っ黒い縄の間を何回か往復して……やがてごくっと息を飲んだかと思うと、ストロベリーブロンドの頭が、ゆっくり一つうなずいた。


◇◇◇◇◇◇◇◇


「うあっ、そこは……ルッツ、そんなに見ないでよ……」


 夜着姿になったグレーテルの身体に、やたらと器用な手つきでアヤカさんが黒縄を掛けていく。この慣れてる感じ、まさかアヤカさんにもこんな性癖が……


「違います、ルッツ様」


 うっ。声に出していないのに、俺のよこしまな思考が、なんでわかったんだ。


「闇に生きる我々は、人を拘束する術を一通り学びますので、縄術に長けているのは当たり前です。一族の者が掛けた縄は、暴れれば暴れるほど固くなって……引きちぎりでもしない限り解けないものなのです」


「お願いルッツ、本当に恥ずかしいから見ないで……」


「ええ、ルッツ様にはしばらく、この部屋から出て行っていただきます。あとは、闇の女である、私の領分ですから」


 アヤカさんの目が妖しく光り、俺は有無を言わさず、部屋から追い出された。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 ふすま三枚ほど隔てた向こうから、グレーテルの悲鳴が聞こえる。恐怖や苦痛によるものとは違う、何か泣いて縋り付くような響きの声だ。追い出されてからもう一時間ばかり、いったいこの向こうで何が行われているのか……アヤカさんに「殿方にお見せできるようなものではありません」ときっぱり宣言されてしまったけど、そう言われると余計気になるんだよなあ。


 いつも強気に攻撃一辺倒のグレーテルが、泣きそうな声を上げているのはなんだかとても新鮮で……気が付くと俺もあらぬところを元気にさせてしまっている。いやいや、そういう目的ではないのだった。


 やがて声のボリュームがだんだん小さく、かすれてきて……しまいには消え入りそうな哀願の声に変わる。そしてそれすらも聞こえなくなった頃、静かにふすまが引き開けられて。アヤカさんが少し疲れた表情で姿を見せた。


「準備が、できたと思います。私の全力を尽くしました」


 彼女にいざなわれた先には一組の布団がひいてあって……その上にはまだ縛られたままのグレーテルが、すっかり力を失った風情で、浅い呼吸を繰り返していた。しどけなくはだけた夜着の中が、見えそうで見えなくて……はっきり言ってものすごくえっちだ。


「マルグレーテ様が持つ光の加護は、ほぼ削り取れました。あと二時間ほどは、戻らないはずです」


「うん、ありがとう」


 そう、ベアトのアドバイスを受けて俺がアヤカさんに頼んだのは、グレーテルが生まれながらに具えるSクラス光属性特有の超絶防御力を、闇のデバフで弱体化させることなんだ。


 高位光属性の女性は、妊娠しづらい。それは、彼女たちの強みである高い防御力が、子種に対しても働いてしまうから受精できないのだと言われている。ならば、光属性と対立する闇の魔力、それもグレーテルのSクラスを超えるアヤカさんの闇魔法で、その防御力を徹底的に失わせたところで子作りをすれば……デキるんじゃないか。ベアトらしくない、ものすごく安直な発想だけど、わずかでも可能性があるなら試そうと思ったんだ。


 グレーテルを拘束する黒縄も、別に性癖とは何も関係ない。きっと光属性加護がアヤカさんの弱体化に必死で抗うであろうから、その時グレーテルを暴れさせないためだ。この縄もざっと三百年前のマジックアイテムで、光の力を吸い取ってしまう怖いヤツなのだ。


「では、あとはルッツ様にお任せいたします、良き成果が出ることを、お祈りいたしております」


 アヤカさんは一礼すると、静かに部屋を出て行った。あとは俺と、グレーテルの二人きり……黒縄に動きを封じられ、力を失って途切れ途切れにあえぐ彼女の姿を見てしまうと、〇M趣味などない俺もさすがに興奮してしまう。


「……ル、ルッツ……」


 消え入りそうな声で縋るような視線を向けられたら、もうたまらん。俺は本来の目的など忘れ、ひたすら野獣になった。


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