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第164話 バカ兄再び

「すまんルッツ、あれは手に負えない、何とかしてくれ」


 バーデンに帰るなり、酸っぱい顔をしたマックスにぶっこまれた。泣き言なんか縁のないポジティヴな彼が、ほとほと困っているのは、一体何なんだ。


「面倒くさいから相手にしたくないのだが、ルッツの兄上だと言われるとなあ……」


 なんと、彼を悩ませていたのは、フロイデンシュタット家を出て放蕩自堕落の限りを尽くしている、マテウス兄とニクラウス兄だというではないか。


「いきなり押しかけてきて、冒険者宿の部屋がボロいとクレームだ。最高級のオークステーキでもてなしても魔物肉なんか食えるかと言われ、王都から運んだワインも気に入らないと。しまいには女をあてがえとまで言われると……」


「どう答えたの?」


「そこはストレートに『俺には、部下を夜の奉仕に差し出す権限はありません』と返すしかなかったが……キレられてしまってな。昼間から鯨飲馬食し冒険者に絡んではルッツや俺の悪口を吐き出して……狩りをあきらめて王都へ戻ってしまうパーティまで出る始末なのだ」


 はあ、そりゃ困るわな。冒険者宿なんてのは、リゾートホテルじゃない、魔の森で短期ひと稼ぎするための、いわばビジネスホテルだぜ。それでもクラーラみたいな特別な客のために離れも用意しているのだが……それすら気に入らないとなれば、打つ手がない。ワインへの難癖は、味がわからないだけだろう。そして、部下思いのマックスに「女を差し出せ」と命じるのは、まさに無体としか言いようがない。


「はあ……わかった、俺の言うことも聞かないと思うけど、一応当たってみるよ」


◇◇◇◇◇◇◇◇


「おいルッツ! 代官を名乗るこの無礼な奴隷男を追い出せ!」

「そうだ、領主の兄がわざわざ視察にきてやったというのに、もてなしすらないとは」


 何を言ってるんだ、このクソ兄たちは。思いっ切りあきれつつも、俺は一応の礼節をもって彼らに応ずる。


「兄上、なにしろ辺境のことにてもてなしなど行き届かないのは申し訳ありません。冒険者宿がお気に召さないとなれば、それ以上の宿はありませんが……」


「お前の館を供すればいいではないか!」


「私の居館ですか? 構いませんけど、シンプルなログハウスですよ? 冒険者宿のほうがよほど快適だと思います」


「ぐっ……とにかく一番まともな部屋を用意しろ! そして早くその奴隷を罰しろ!」


 はぁ……どこまでも愚かな兄にため息が出る。


「奴隷……とは、このマクシミリアン卿のことでしょうか? 代官マクシミリアンは女王陛下から騎士爵を賜っていますので、すでに奴隷ではありませんよ」


「騎士爵だと……騎士爵ごときで、侯爵家子息の俺たちにこんな態度を取りやがって……」


 ああ、もう付き合うのも阿呆らしくなってきた。俺はかぶっていた猫を脱ぎ捨てて、兄たちに言い放った。


「騎士爵『ごとき』とおっしゃいますが、兄上たちはそれを上回る爵位をお持ちなのですか? 兄上たちは侯爵家『子息』なのであって、跡継ぎですらない。ご自分は、騎士爵すらお持ちでないのですよ?」


「な……ルッツお前、兄に向かって何という……」


「さらに言えばね、こちらの方は帝国では第一皇子です。兄上たちより出自もはるかに上なのですよ。敬意を払わねばならないのは、むしろあなた方でしょう」


「この……許さんっ!」


 マテウス兄が額に青筋を立てて襲い掛かってくる。大げさなモーションで繰り出される拳を、俺は目を開けたまま、全く避けなかった。だってそれが俺にヒットすることは、絶対ないって信じているからな。


 俺の予想通り、馬鹿兄のパンチは、白くしなやかな掌で受け止められていた。マテウス兄が慌てて引こうとした拳は、細く長い指にがっちりとつかみ取られ、びくとも動かない。


「あら、口で敵わないと見るやいきなりの暴力ですの……年長の方の振る舞いとも思えませんわね。でも、まさかその拳がルッツに届くなんて、思っていたわけではありませんわよね? ルッツの隣には、私がいるのでしてよ」


 言葉の主はストロベリーブロンドを逆立て、グレーの瞳に苛烈な光を浮かべる。怒りで真っ赤だったマテウスの顔からだんだん血が引いで青白く変わり、脂汗がこめかみから流れ始める。俺にはわかる……彼女の華奢な指が愚兄の拳を万力のように締め上げ、すでに彼の中節骨は、あと十も数える間に折れるであろうことを。


「ありがとう、グレーテル。こんな屑でも一応兄なんだ。手を砕くのは勘弁してあげて」


 グレーテルの肩が落ち、手を解放されたマテウス兄が、地面に崩れ落ちる。


「ルッツ……よくも」


 なお向かってこようとするニクラウス兄も、苛烈なグレーの視線を向けられて、蛇に睨まれた蛙のように前進を止めた。まあ、グレーテルは怖いよなあ。


「お、覚えていろ!」


 結局ニクラウスも、テンプレっぽい台詞を吐きながらマテウス兄を助け起こし、グレーテルと視線を合わせないように逃げていった。


 ま、逃げ出したこと自体は、正解だったと思うよ。


◇◇◇◇◇◇◇◇


 結局バカ兄たちはその後も、バーデンにとどまった。まあ放蕩の限りを尽くし悪評も広まった王都には、帰りづらかったんだろう。仕方なく俺たちもそれを認めたけれど……重要産業である冒険者の邪魔をされると困るので、街の空き家で一番小奇麗なのを借り上げ整備し、奴らの宿舎にあてることにしたんだ。


 そんなわけで、俺たちはこのくだらない連中のことを忘れることにした。だけどそれがより大きな災いを呼ぶことを、この時はまったく予想していなかったんだ。




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