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第160話 クラーラ、生きて

 ベアトの言葉で、鈍い俺にも、ようやくわかってしまった。


 慌てて首元に手をやると、そこにあったはずの小さな石彫の神像は、跡形もなく砕け散っている。クラーラが別れぎわにくれたこの人形は、俺に何かがあった時、その災いを代わりに製作者が引き受けるという、呪いのような怖い怖い魔道具だったのだ。だからこの人形を目にしたグレーテルとベアトは、驚きつつも黙って「必ず身につけておけ」と俺に告げたのだ。


「じゃ、クラーラは……」


「短剣に魔法が付与されていて、その傷口から生命力を吸い取られているように見える。グレーテルでも回復は難しいだろう」


「何だってっ!」


 叫んだ俺が己の胸に刺さった短剣に手を掛けると、何事もなかったかのようにそれはするりと抜け、後からは血の一滴すら出ない。本当に、クラーラが全部引き受けてしまったんだ。慌てて、必死で魔法を使うグレーテルのそばに駆け寄る。


「だめ、私の回復魔法でも、間に合わないわ……」


「マルグレーテさん……お願いです、私にはもう構わないで、お腹の子供だけでも救って下さい……」


「そんなっ!」


 かすれたメゾソプラノを絞り出しながらクラーラが縋りつけば、グレーテルを包むプラチナ色のオーラが、大きく揺らぐ。魔法付与短剣で負った傷は、彼女の魔力でも、癒せないのか。


「ルッツお願い、助けてっ!」


 何を……って、もちろんわかっている。俺はグレーテルの背中にへばりついて、できる限り彼女と密着する。魔力が、なるたけたくさん伝わるように。


「至高神よ、我に力を与えよっ! はあぁっ!!」


 ハイトーンの気合がもう一度響くと、俺の抱いている少女がまとうオーラが一層輝きを増した。そしてその光は彼女の手からクラーラの身体にも伝わって……気がつけばクラーラの下腹、ちょうど子供が宿っているあたりが、まばゆく輝いていた。


「生命の流出が、止まったわ……クラーラ殿下! この子があなたを死なせないと言っています! 頑張るのよ!」


「……この子……ルッツ様の子供が、私を……」


「そう! だからこらえてっ!」


「はい、頑張ります。生きて……この子を抱きたいです……」


「その調子! ルッツ、もう一度行くわよ! はあぁっ!」


「はうっ……」


 プラチナ色の閃光が再び彼女たちを包み、周りにいる者たちは皆、そのまばゆさに思わず目を細めた。そしてその光がゆっくりと減衰した後には……静かに横たわるクラーラの姿があった。浅く苦しそうだった呼吸が落ち着き、苦痛に歪んでいた表情も、いつしか穏やかなものに変わっている。


「なあ、グレーテル……これって……」


「ええ、もう大丈夫。クラーラ殿下は、生きる力を取り戻されたわ」


「……ありがとう、全部、グレーテルのおかげだ」


「違うわ。あの短剣に掛かっていたのは、ただの魔法じゃない、強力な呪いよ。呪いを解くのは光魔法の得意とするところだけど……私の魔力では、とても解呪できなかった。ルッツが魔力を無限にチャージしてくれていたことと……何より、この子が助けてくれたからよ。体内から魔法を働かせられなかったら、今回のケースは難しかったわ」


 彼女の指差す先では、クラーラの下腹が、まだ薄く光を放っていた。


 Cクラス魔力であるクラーラの子だ、俺の種だとはいえ魔力はAクラスがせいぜいだと思っていたけど……グレーテルの言うことが本当なら、胎児のくせにグレーテルの強力な魔法を受け止め、中からクラーラを癒す働きをしたのだ。ひょっとしてこの子、光属性の治癒魔法が使えたりするのだろうか? 俺の「安定性」パラメータをもってすれば、クラーラの子は金属性になると思うのだがな。


「おおっ、殿下は助かったのかっ!」

「クラーラ殿下、ご無事で!」

「でかしたぞ、ハノーファー侯爵令嬢!」


 俺たちがようやく安心のため息をついたところだというのに、これまで呆然としていたクラーラ派、というより反ベアト派の貴族たちが、俺たちを押しのけて我先にとクラーラを取り囲む。まあ、奴らにとってはいくら軽かろうが、担ぐべき神輿が失われれば困るわな。それにしたってさっきの刺客は、明らかにベアトを狙っていた。たった今わらわら集まっている奴らのなかに黒幕がいる可能性も高いのだが……


「うむ、そこなる神官の罪は、次期王配に対する殺人未遂を始めとして極めて重い。即刻死罪に処するべきであろうな」

「まさにその通り、神聖な儀式を汚した不届者、最高法務官の私が身柄を預かろう」


 何を言ってるんだこいつら。ようはたった今気絶しているこの神官が余計なことをしゃべらないように、口封じをしようっていうんだろ。よし、この二人の高官だけは、顔を覚えておこう。


「ダメよ。この神官は、私が預かるわ!」


 きっぱりと言い放つグレーテルに、法務官を名乗るでっぷり太ったオバちゃんが、眉を吊り上げる。


「な、何を……貴女には侯爵令嬢としても、次期王配側室としても、そのような権限は……」


「あるわ!」


「ど、どんな根拠で……」


「わかんないの? じゃあ教えてあげる、役立たずのあなたたち高位貴族の誰もが手を出せなかったこの神官を、打ち倒して捕まえたのは誰? 逆に言えばね、あの場で動かなかった者は、全員容疑者なのよ。私とルッツ以外に、この女を尋問できる資格のある者はいないわ、なんか文句ある?」


 気持ちいいくらいズバッと啖呵を切るグレーテルは、すごくカッコよかった。思わず、惚れ直しちゃったかもなあ。



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