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【書籍三巻7/30】定年後は異世界で種馬生活  作者: 街のぶーらんじぇりー
第一章 定年おじさんは天才種馬
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第11話 幼馴染

「それで、今日の用事は何だい、グレーテル?」


「重要ミッションよ。教会のはす向かいに出来たカフェで、新作ケーキができたのよ。食べないわけにはいかないわ、付き合いなさい!」


「何が重要なんだか俺には……」


「文句あるの?」


「……ありませんよ、お嬢様」


「よろしい」


 なんだかこの幼馴染らしい娘は、かなりアレな性格をしているらしい。かつてのルッツ君も、よくこんなのと……疲れなかったのかなあ。ま、中味は定年ジジイの俺から見たら、可愛らしいものなんだけれど。


 お目当ての店は、中心街の角地に広々としたテラスをしつらえた、贅沢な造りだ。その分お値段も素敵で、客層は貴族やら、金持ちの平民なんかが多い。新作のケーキは、元の世界で言うとモンブランのようなやつで、栗をたっぷり使った重量級だ。グレーテルはさっきまでの偉そうな表情を緩め、幸せそうに褐色のクリームをすくっている。向かいに座る俺は、レアチーズケーキだ。この世界のケーキ類は、日本で食っていたそれより、甘みが控えめで素材の味が勝っていて、俺好みだ。砂糖が高いからなのかなあ。


 二杯目の渋め紅茶にミルクをたっぷり注ぎながら、グレーテルはひたすらしゃべりまくる。適当に相槌を打っていると怒られるので、彼女の目を見てそれなりのお答えを返さないといけないのが、面倒なところだ。そして彼女の話題は、突然百八十度方向が変わる。侯爵家で飼っている猫が産んだ子供の話をしていたかと思えば、今は先週駆り出された魔物討伐実習の自慢をしている。なんだか、忙しいことだ。


「それでね、引率の冒険者がいい加減でね、いきなり生徒の後ろからオークが十体も現れたわけよ。後方は荷物持ちの男子ばっかりで戦闘能力なんかないわけ、焦ったわよ……ね、聞いてる?」


 ほら来た、このお嬢さんは俺の視線がティーカップに落ちたりすると、いきなりご機嫌が悪くなる。


「もちろん。だけど君のことだから先頭を切って駆け戻って、オークくらいなら一人で全滅させたんだろう?」


 俺の信頼が伝わったのか、グレーテルは得意気にそのツンと高い鼻をうごめかし、わざわざ胸を張って見せる。小さいんだから張っても張らなくても変わんないだろ。


「むっ……今、何か邪悪なことを考えなかった?」


「……キノセイダトオモイマス」


「まあいいわ、それでね、私の魔法剣で……」


 危ない危ない。十三歳とはいえ、やっぱり女の子ってのは、視線に敏感だよな。


「頑張ったよね、やっぱり強いよな。だけど俺は、グレーテルが無事に戻って来たことが、一番嬉しいよ。君は強いけど、あまり無理をしないでくれよな」


「なっ、あ、うん……気をつけるわ」


 討伐自慢が落ち着いたところで、何気なくフォローを入れたつもりだったのだが、いきなりグレーテルが挙動不審になり、その頰が紅に染まる。しばらく無言の間が続いて……俺が話題を変えようと口を開きかけた時、彼女がぐいっと前に乗り出し、俺を真っ直ぐに見て切り出した。


「あ、あの……あのね、その……」


 勢い込んでしゃべりだしたくせに、なにやらもごもご口ごもるグレーテル。だがやがて一回大きく息を吸い込むと、意を決したように言葉をほとばしらせた。


「せ、『洗礼』は、どうだった? うまくいったの?」


 ああ、聞きたいのはそこだったのか。やっぱり彼女も思春期だよな。なんと答えたものだろう……「すっごく気持ちよかった」とか口に出したら、キレて攻撃魔法を飛ばしてきそうだ。


「うん、まあ……きちんと出来た、と思う」


「そ、そっか……お相手は、どんな人だった?」


 それから、延々「お相手」情報を吐き出させられた。おかしなことを言うと怒りのスイッチを入れてしまいそうだったので、俺なりに慎重に言葉を選んだつもりだ。もちろんグレーテルだって「洗礼」システムのことは高位貴族の常識として知っているし、俺がお相手に対して「気持ち」を抱いてないことだって、当然わきまえている。だのになぜ、こんなに執拗に「お相手」のことを知りたがるのだろう?


 概ね落ち着いて聞いていたグレーテルが動揺したのは、アヤカさんの話をしたときだけだった。彼女にとって俺が初めてだったということを口にした時の驚きは、こっちが引いてしまうくらいだった。


「え、いくら『闇』適性の女性が少ないと言っても、それは……」


「え? 俺は協会が選んだお相手だからって納得してたけど、そんなおかしいことなの?」


「いや、だって……」


 彼女にしては珍しくもごもごと口ごもる。どうも、異性には説明しにくい何かがあるらしいのだが、この世界の常識を全く知らない俺には、推し量りようもないことだ。


「きっとその人、ルッツを知ってたはずだよね……」


「わかんないよ、だって俺には、二ケ月より前の記憶が、ないんだから」


 さっきまでの勢いはどこかへやってしまったかのように、ポツポツと彼女が語ったところによると、初子を儲ける相手に「洗礼」の少年を選ぶ女性など、いないはずだという。いくら良血とはいえ、なんのデータもない種馬相手では、まさに当たり率の悪いガチャを引くようなもの。かなりドライなこの世界の「種付け」でも、最初の相手というのには気合が入る。スタッドブックを穴が開くほど読み込んで最適な男を選ぶ……それも希少な「闇」属性のアヤカさんなら間違いなく選び放題で、種付料もおそらく大きく値引きされるだろう。それを捨てて「洗礼」に応募してきたということは、おそらく俺に対して、何か特別な想いを持っているはずだと、グレーテルは断言した。


「そうなのか……まあ初々しくてしとやかで、可愛いお姉さんだったけど」


 思わず口に出した次の瞬間、俺は自分の失敗を悟る。吊り上がったグレーの瞳と、魔力を帯びてぶわっと膨らんだストロベリーブロンドが、俺の真正面にあった。


「そう……そんなに可愛かったわけね。ふうん……今日はルッツとまったりお茶を楽しむつもりだったけど、気がかわったわ。これから、訓練場に行くわよ、たっぷり稽古をつけてあげる! 逃げちゃだめよ、暇なんでしょう?」


 ああ、終わった。




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