女神様がご神託を使って恋の実況中継をしてきます。 〜異世界転移で聖女になった平凡な私の受難〜
『それそれ! ソイツ! はい、断罪!』
――――はぁ。なんでこんなことに。
ただの不慮な事故なんだと思う。
タイヤがパンクしたトラックが、会社の帰り道をとぼとぼとあるいていた私に突っ込んできた。
そして、死んだ。
一瞬、めっちゃ痛かったけど、すぐにブラックアウトしたから、たぶん苦しんでない。
普通の何でもない仕事に就いて、普通に生きて、普通に…………死ねなかったけど、まぁ総合的には普通かな。
『ユリリン、ごめんね。助けてあげられなくて』
そんなことを考えていたら、いつの間にか真っ白な世界にポツンと立っていた。
そして頭の中に響く可憐な声を聞いた。
なんじゃこれ。
『私? 女神様よ!』
女神様。自分に様付けたよこの人。
『人じゃなくて、神様!』
女神様いわく、私はあそこで死ぬはずがなかったらしい。じゃあ生き返らせてくれるのかと思ったら、無理だから異世界に飛ばすそうな。
何かアニメな展開だね。と思ったら、そうやって飛ばした異世界人が小説家や漫画家になってそういう物語を作ってるんだとか。
――――なるほど?
で、私はどうなるんですかね?
『ユリリンにはぁ、ルーセルクという国で聖女をやってもらいます! 今ちょっとあそこの国が荒れて大変なのよぉ。私が指示するからユリリンはその通りにやるだけでいいから!』
聖女とか指示とか色々気になるけど、一番気になるのはユリリン。なんで小学生の頃しか使われていなかったアダ名を言うんだ。
私は悠里であって、ユリリンなどではない。
『ユリリン、可愛いのにぃ!』
次そう呼んだら断ろうかな……。
『ユーリ、あの国で聖女をやってくれるのなら、どんな願いでもひとつ叶えてあげるわ』
「…………」
急な掌返ししてきた……。どんな、願いも、か。
まぁ、生き返れないのは絶対っぽいから、それ以外でよね。どうしよう……特にない。
悩んでいたら別に今すぐでなくてもいいと言われたので、追々お願いすることにした。
そうして私が異世界に顕現したのは、王城の奥深くにある召喚の間。
女神様とかいう超絶美人な真っ白の銅像の足元に聖女神託用のイスがあり、そこに座らされていた。
「せ、聖女様だ! 聖女様の召喚に成功したぞ!」
『はい、ここでセリフ!【私は慈愛と廉潔の女神エルメリアの下僕ユーリ。この世界を正しく導くために使わされた】』
「……」
何だそのセリフは。
『ちょっとぉ、早く!』
「わ……たしは、慈愛と廉潔の女神アルメニアの使いで悠里です」
「「アルメリア?」」
『エルメリアよ! そこ間違わないで頂戴よぉ!』
「……あ、すみません。…………召喚? されたばかりで頭がクラクラして口が回りませんでした。エルメリアです」
なるほど、とその場にいたローブ姿のおじいちゃん六人が納得しつつ今日は部屋で休んでくださいと案内してくれたのは、驚くほど豪華な部屋だった。
テレビで見るような一泊百万とかしそうな部屋で、内装がギンギラしている。
「直ぐに飲み物をもたせますじゃ」
「直ぐに陛下を呼ぶのじゃ」
「先に飯じゃろう? 目眩は飯食えば治る」
「「おー、そうじゃな!」」
六人のおじいちゃんたちが、わちゃわちゃと話しながら忙しなく動いているのに、私はソファに座ったままでいいと言われた。
「あの…………」
「おい、陛下は誰か呼んだのか?」
「わしゃ、呼んじょらん」
「ワシもじゃ」
「知らんぞい。それよりもここにもエルメリア様の肖像を置いたらどうかのぉ?」
「あのー…………」
「陛下遅いのぉ?」
「昼寝か?」
「お前と一緒にすな!」
「………………あのっ!」
おじいちゃんたちを呼び止めようとしたら、思ったよりも大きな声になってしまった。
「「どうしたんじゃ、聖女様!」」
「あ……その…………少しだけ、一人にしてもらえたら、と……」
トイレも行きたいし。
でもこの状況で言うと、このおじいちゃんたちは笑顔で行っといでとか言ってここにいそう。なんか恥ずかしい。
「おお、そうじゃった! 聖女様はお疲れなんじゃった」
「ほれほれ、はけるぞぃ」
「聖女様、後で飲み物と食べ物持ってくるからのぉー」
おじいちゃんたちがキャイキャイとお喋りしながら部屋から出て行った。
凄い。おじいちゃんたちの生命力が凄い。
「はぁぁぁ」
『あの子たち、可愛いでしょ?』
「…………ええ、まぁ」
そうだった。この人いたんだっけ。
『人じゃないわよぉ。め・が・み・さ・ま。あ――――』
「はいはい。私はトイレに行きますんで。覗かないでくださいよ?」
――――ん? いま、なんか言いかけた?
「俺にそういう趣味はない。ジジィたちは知らんが。便所くらい黙って行け」
「――――ギャァァァァァァァ!」
真後ろに、真っ赤な髪の男の人がいた。
俯いて唇を尖らせてソファに坐っているのは許してほしい。
あのあとおじいちゃんたちが駆け付けて、全員を待たせてトイレに行く羽目になった。泣きそう。
そして、いつの間にか真後ろにいた赤髪の男の人は国王陛下だった。
『この前ね、前国王が死んじゃって、戦地から呼び戻されたのよぉ。イケメンでしょ!?』
確かに、イケメンだ。
燃えるような真っ赤な髪に、空色の瞳、鼻筋は通ってて、薄い唇。
しっかりと引き締まった身体は、つい最近まで武人だったんだなとすぐにわかる。
「陛下ぁ、乙女の部屋に無断で入ったらだめじゃよ?」
「そうじゃ、そうじゃ。だめじゃ」
「うるさい耄碌六匹が。確証もないのに勝手に呼び出しやがって」
――――ただ、口が悪い!
そして、どうやら私は望まれての召喚ではなかったらしい。
たぶんおじいちゃんたちには望まれてるっぽいけど。
『そりゃそうよぉ、本当に困ってるんだからぁ』
女神様いわく、前国王陛下はかなり気弱だったらしい。
この国は女神の神託が国政の重要な部分を担っていたらしいが、“国は神のものではない、人間のものだ”という派閥が現れた。
そもそも女神は人間がすべての国政を管理することに賛成だったため、それを是としてしばらく放置することにしたらしい。
『そうしたらね、いつの間にか三十年経っちゃっててぇ』
気付いたときには、人間の醜い業が国の中枢に蔓延っていたらしい。
「はぁ……それで慌てて神託でテコ入れして、世界のバランスを戻そうとしたんですか……三十年も放置してた女神様のせいじゃないですか」
『ちょっ! もうちょっとオブラートに包んで頂戴よ!』
前国王陛下は、女神の神託が届かなくなったこと、元々の気の弱さ、評議会の上位貴族と折り合いが悪かったり、王妃が病で亡くなったり、王太子(現国王)が戦地送りにされたりと、色々と重なりまくって心労で倒れてしまったらしい。
前国王陛下が亡くなられて、当時王太子だった現国王陛下が王城に戻った。
そして、クリーンな政治を目指し改革を進めていたらしい。
「じゃ、私いらなくない?」
『だぁかぁらぁー! それが進まないから頼まれたのよぉ!』
「おい」
なんだか声が近いなと顔を上げたら、目の前に赤髪の国王がいた。ローテーブルに座って、私を見下ろしていた。
「さっきから何をボソボソ話している?」
「……ローテーブルに座ってるよ、この人。本当に国王?」
『ダノちゃん、本当は優しい子なのよ。毎日のように私に祈りを捧げてくれるしね』
「ダノちゃん?」
ボソリと謎の名前を復唱したら、辺りがザワッとなった。
おじいちゃんたちは喜色満面。
国王陛下はなんだかブチギレ寸前な顔。
「どこで聞いた、その名前……」
「え……へ? いや……今、女神がダノちゃんは、優しい子だってひょえっ!?」
陛下が腰に差していた剣を抜き、私の喉元へと突き出して来た。
「その名で呼ぶな。俺はジョルダーノだ。本当に女神の声が聞こえるとでも?」
どうやら疑われているらしい。
陛下がおじいちゃんたちを怒鳴りつけている内容からするに、どうやら召喚はわりと簡単にできるらしい。ただ、女神の言葉を聞けるなんてわからない。聞こえていると言って騙そうとした人が過去に何人かいたらしい。
「あーなるほど。えっと――――」
女神が言えというので、言うことにする。死んだら責任取ってもらおう。
「――――子供の頃の愛称はダノちゃん。最後のおねしょは七歳。初恋は十二歳で……え? 戦地にいた娼婦? わお。あー……そこは端折ろう。恋人はゼロ、経験人数は二十人……多くない? え、戦場だからそんなもん? 毎夜、寝る前にお祈りしてくれるの嬉しいから、ずっと続けてほしい?」
女神と会話をしながら聖女の証明……という名の、国王陛下の過去暴露。
チラリと陛下を見ると、顔を真っ赤にして蟀谷を押さえていた。
――――あら? ちょっと可愛いかも。
たぶん年上だろう偉い人だけど、思ったよりも可愛らしい反応だったので、ちょっとだけキュンと来てしまった。
『それそれ! ソイツ! はい、断罪!』
――――はぁ。なんでこんなことに。
あの国王の過去暴露から半年。
毎日のように、誰かに面会しては謎の断罪劇を繰り返している。
「そこ紫のクラヴァットのおじさん。娼婦に産ませた子供を……は? 川に投げ入れて、娼婦は……は? 山に埋めた!?」
「ハァ……おい、地下牢に入れとけ」
国王陛下への謁見がある日は、陛下の横に座って、女神様の神託を待つ。
待つ……といっても、ずっと喋り続けてるけど。なんかスポーツ番組の実況中継並みに。
『ねー、ダノちゃんってカッコイイでしょぉ? ほらほら、あの気だるそうに頬杖をつく感じ。エロぉい』
女神様はちゃんとした神託もするけど、こんなふうに謎の恋愛トークというか推しキャラトークもしてくる。
心のなかで煩いですよと言いつつ次の謁見者の話を聞く。
『あら、とってもクリーンなオジサマね。うん、評議会に推薦するわ』
「評議会メンバーに推薦だそうです」
「……シルレオネ伯か。ん」
陛下が軽くうなずいたけれど、本人には何も言わなかった。どうやら後で打診するらしい。
三十年もの間、この国は女神の介入を排除していたのに、この政策はわりと受け入れられていた。
数百年前から地に根付いていた宗教だったので、介入がなくなっても、信奉することを辞める人はあまりいなかったらしい。
そして女神様と私はむしろ歓迎されているのだとか。
「ユーリ様、どうか陛下と!」
「ユーリ殿ぉ! わしからも頼む!」
『いいじゃない、いいじゃない! ユーリもダノちゃんもお互いのこと気に入ってるんだし!』
「むむっ! この感じは女神様も賛成しておろう!」
おじいちゃんたちと女神様が煩い。
国王陛下の年齢的にそろそろ世継ぎが欲しいらしい。
陛下が今一番気を許しているのが私なんだとか。
この国に来て一年が経ち、毎日のようにコレを言われている。
自室のソファに座ってそんな訴えをガン無視でお茶を飲んでいるけど、本当に煩い。
おじいちゃんたちは、女神様の声が直接は届かないはずなのに、「なんか、空気がそんな感じなんじゃ!」とか適当なことを言う。
まぁ、正解なんだけど。
「――――やっぱりここにいたのか」
「休憩時間ですもん。ノックくらいしてください」
陛下が部屋に入って来た。ノックなしで。
陛下いわく、おじいちゃんたちが騒いでるんだから、ノックの意味はないとかで、最近はノックをせずに部屋の扉を開ける。
『ダノちゃんったら、ユーリをずっと探してたのよー』
ほーんそうですかー。と心の中で適当に返事する。どうせなんか仕事を言い付けるつもりなんじゃないの?
『もぉ! 嬉しいくせに! 素直じゃないんだからー』
「来月の夜会にはお前にも出席してもらう」
「えー、なんでですか?」
「おま……国王の命令に普通に質問で返すなよ」
ハァ、とでっかい溜め息を吐かれた。
「こりゃ、陛下! ちゃんとお願いせねば!」
「そうじゃそうじゃ! ユーリ殿にお願いするんじゃ!」
「「そうじゃ」」
「っ! 耄碌じじぃども! 出ていけ!」
ワーギヤー騒ぐおじいちゃんたちが追い出された。
陛下と二人っきり、私の部屋で。
『あーら! ふたりともドキドキしちゃってもぉぉぉぉっ! カワイイー!』
「っ、煩いっ!」
……女神様はずっといるから、ノーカン。
「うおっ? すまん?」
「あ、いえ、女神様が煩かっただけです」
「フハハッ!」
陛下が少年のような顔で大笑いしだした。
意味が分からなくてキョトンとしていたら、私と女神様のやり取りの内容はわからないけど、まるで仲のいい姉妹や友達のようだなと言われた。
それはそれはとても柔らかな笑顔で。
謁見中に見る真面目な顔でも、勝ち気にニヤリと笑う顔でもなく、優しくてキラキラとしたオーラの、爽やかな青年だった。
『ダノちゃんはね、戦場でいっぱいいっぱい苦しさも辛さも悔しさも悲しさも体験して、強く見せること、弱さを見せないことを心に決めてるの。でもね、ユーリの前ではそれが消えるの』
「…………」
「なぁ」
「……なんですか?」
陛下が俯き、何かを考えるような動作をした。何かを言いたいんだろうなと待っていると、真面目な顔で目線を合わせられた。
「断罪劇は終わりかけているよな?」
殆どの王侯貴族と面会したと思う。
あまり王都に来ない貴族たちが集まるのが、たしか…………あ、今度の夜会なんだっけ? だから、出ろって言ったのか。
『んーっ、もぉ! ちゃんとダノちゃんの話を聞いてあげなさいっ!』
――――あ。
「うん」
「終わったら、お前はどうするんだ?」
「どうする?」
ずっと合っていた視線がスッと逸らされてしまった。
膝に肘を突き、そこに顎を乗せて何かモゴモゴと言っているけど、聞き取れなかった。
「…………だから! ……帰るのか? 元の世界に」
「あー言ってませんでしたっけ? その、帰れないです。あっちで死んだから」
「なっ!? もしかして召喚したせいか!?」
陛下がガタリと立ち上がって、私の横に座り直してきた。
両腕をガシッと掴んでユサユサしないで!
顔が近い近い近い近い!
『あら、やだわー。ユーリったら、ダノちゃんの匂い好きなの? シトラスってどんな香りかしら?』
「ちょ! 待って待って!」
「あ……すまん」
妙に乱れてしまった息を深呼吸でどうにかこうにか落ち着けた。
「戻れないから、この国に居たいんですけど…………いてもいいのかな?」
断罪劇が終われば、女神はまた介入を辞めると言っている。ある程度の基盤を整えれば陛下は大丈夫だから、と。
そうすると、私の価値は…………。
「なんでそうなる。居たいなら、居続けろよ。俺の側に」
「…………へ?」
「いま、女神の神託があった」
「え……えっ!?」
陛下に首の後ろを引かれて、ポスリと胸に飛び込む形になった。
「俺も愛してる。ユーリ」
え、何言ったのよ!?
ちょ、女神様!?
まじで、何言ったのよぉ!
『えー、ひみつぅ!』
――――くっ。イラッとするなぁ、もうっ!
ジョルダーノ陛下の腕の中、唇に熱くて柔らかなものが触れた。
それは甘くて刺激的な口付け。
頭の中には、いつまでも女神様の実況中継が流れていて煩かった。
――――女神様、煩いです。
『もぉ、素直じゃないんだからぁー』
―― fin ――
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