オールドエージェントマン
ローズマリーは永遠に
おかしい。
わずかにずれている。スリッパの位置が、だ。
男は部屋の中を見回して、静かに拳銃を構えた。
人の気配は無い。 無いように見える。
だが、それが誰も潜んでいないという証明にはならない。彼と同じように年季の入った老練なスパイなら、気配を消すくらいはわけもないはずだ。
男はデスクの引き出しに指紋認証をさせて、それを静かに開けた。USBはちゃんと彼が置いた位置にあった。
だが、それで「情報」が無事だったという証左にはならない。マウスの位置が1ミリほど違うのだ。挟んでおいたはずの髪の毛も、ない。
男は油断なく銃を構えたまま、パソコンを立ち上げた。極秘ファイルが無事か、確かめるためだ。・・・・が、ファイルが開かない。
パスワードを変えられた!
男は険しい目で銃を構えてふり返った。相変わらず気配はない。
・・・が、いつの間にか冷蔵庫のドアが半開きになっていて、細く明かりがもれている。
何かの罠か?
男は銃を構えたまま、静かに近寄って冷蔵庫のドアを片手で勢いよく開けた。
何事も起きなかった。もちろん、何者かが隠れているわけでもなかった。・・・が、冷やしておいたはずのミルクがない。
誰かが、この部屋の中にいる!
たいしたヤツだ。長年A国のエージェントとして第一線で働いてきたこの俺に、みじんも気配を感じさせないとは!
男は、五感の全てを研ぎ澄ませながら、銃を構えてゆっくりとふり返った。
おかしい。
デスクの引き出しが開いている。
玄関に目をやると、靴がない。
何者かが、彼が冷蔵庫に気を取られている隙に、彼の靴を履いて玄関から逃げ出したに違いない! だがまだ遠くには行っていないはずだ!
男はすぐに、銃を構えて玄関を飛び出した。口のまわりにミルクを付け、靴を履いたまま——。
ローズマリーはボケ防止に効くそうです。。。
みなさま健康で良いお年を。