俺と先生と入学式と(1)
心地の良い春風、暖かな日差し。少し肌寒さは残っているとはいえ、今日は絶好の入学日和である。
ある者は新しい環境に心をときめかせ、またある者は運命の様な出会いが無いかと胸をときめかせているのであろう。…いや初日からときめかせすぎだろ。
と他人の心臓事情に憂いている俺はというと…。
「……………。」
いつも通りの平常運転であった。
静かに小説を広げ目を上下に動かしページを1枚めくる、いつも通りである。
周りを見渡せばキョロキョロしている挙動不審な男子。
友人を見つけて喜んでいる女子。とまぁザワザワしている。まぁ入学初日だから仕方がないとは思うが。
もう少し静かにできないもんかね…と思いながら次のページをめくると前の方からガラガラと戸が開く音が聞こえた。周りの騒音が喋り声から机の向きを直す音に変わり次第に小さくなっていった。時間帯を考えるとおそらく先生だろう。
そう思い小説に栞を挟み机の中に放り込み前を見る。
前にいたのは黒いスーツのベストの上に白衣を着用し、髭を蓄え、真面目とは程遠い胡散臭そうな男性が出席簿片手に気怠そうに口を開いた。
「えー、皆、入学おめでとう。今日から一年間このクラスの担任を務めることになった熊谷だ。好きな言葉は他人任せ。まー適当にやるんで、よろしくな。」
紹介通り適当な挨拶を済ませると黒板に熊谷努と書き込み、チョークを置きクラス全体を見渡す。
「んー…よし。じゃあ窓側の前から順に自己紹介をしてくれ。すっ飛ばそうとも考えたんだが流石に会話のきっかけくらいはやらないとな」
と、クラスメイトの自己紹介が始まった。
熊谷先生のお母様、息子さんは名前の通りには育たなかったみたいです。
子育てって難しいんだろうな。
そんなことを考えていたら前の席の男子が席に座った。
おっと、もう自分の番か、と席を立つ。
「㓛梓です。よろしくお願いします。」
まぁ無難だろ、と内心思いながら席に座ろうとすると
「ちょ、待て待て。もう終わりか?なんか、趣味とかあるだろ?ほら、皆も言ってるんだしさ。」
「…趣味?…えー、小説を読みます。」
俺が"熊谷先生名前負けの件について"考えていた時に条件が追加されていたらしい。
「小説ね、良い趣味じゃないの。さっきも読んでたよな。何読んでるの?」
…意外に食いついてきた。ここで答えずに人間性に問題ありと思われても面倒なので素直に答える。
「官能小説を読んでいたらどうするんですか。プライベートなことなので黙秘権を行使します。」
あれぇ?思いとは裏腹に変な言葉がでちゃったみたいだ。
周りの視線が突き刺さる。痛い。
「官能小説って…エロい小説だよな?」「うわぁ…」「官能小説ってなに?」
…まぁ、これで変な奴らから絡まれることもなくなるだろう。
これも静かな学園生活を送るための布石、だな。
そう思っておこう。
あとそこのクラスメイトCよ、お前は純粋なままでいてくれ。
「…あー、まぁ、なんだ。そういうことに興味があるのは思春期なら仕方ないよな。うん。困ったことがあれば先生を頼れよ?相談なら乗ってやるから」
熊谷先生の生暖かい目がこちらを向いている。
やめてくれ、別に官能小説なんか読んでない。
…いやほんとに。まじで。
「…さて㓛の面白い自己紹介も終わったことだし次に行ってくれ。」
そう熊谷先生が言うと後ろの席の生徒が立ち上がり自己紹介を始めた。
特段クラスメイトの名前を覚えるつもりも無いので視線を窓の方へと向け今日の晩御飯について考えることにする。
今日から忙しいと言っていたしパスタかなぁ。いや炒飯かもしれないな。
なんて考えていると背中に視線を感じる。
先程の自己紹介でヘイトが集まったのか?
なんともまぁ、恨まれ役っていうのも大変だな。と思い気にはなったが振り返るほどのことじゃない。そのまま晩御飯について思いを馳せていた。
何分経っただろうか。…まだ見ている、見られている。
いくらなんでも見過ぎだろ。そんなにかっこいい?
自己紹介の声が男子から女子に変わり終盤の筈だがまだ視線を感じる。
…気になる、誰がそんなに見ているのか。もしかしたら俺じゃなく俺の先にあるものを見ているのかもしれないが。
少しだけ、チラッと確認したらもう気にしないようにしよう。
そう心に決め振り返ると…。
「…!っ…!」
恐らく俺を見ていたであろう女生徒は視線が合うとプイッとそっぽを向いてしまった。
なんだったんだ一体…?まぁ気にしていても仕方がない。
誰からの視線なのかもハッキリしたのでもう一度自分の世界へ入ろう。
「…おい?あー…良知?君の番だぞ?」
熊谷先生が出席簿を開きそう言うと先程自分のことを見ていた女性がビクッとしたかと思えば何事もなかっかのように立ち上がり淡々と
「良知凛華です。剣道を少々嗜みます。よろしくお願いします。」
名は体を表すとは(1人を除いて)よく言ったもので凛として華やかであった。
絹のような黒髪を耳にかけ、席に座るだけで周りの男子生徒がザワザワと浮き足立った。
「……おぉすげぇな。2年前の全国大会で2位、去年の全国大会で1位か。とんでもないのが入ってきたな……。」
熊谷先生が出席簿を見ながら頭をポリポリと掻き、つづけて
「えー、これで一通り自己紹介も終わったということで、入学式が始まるまで自由時間とする。ただしここから出て良いのはトイレに行くやつだけだ。それ以外の理由で外に出たら……」
と言い咳払いをする。
「…俺が怒られる。んじゃ適当に休んでてくれ」
手をひらひらさせながら教室から出ていく。
意味ありげな間は特に意味もなく、適当を具現化したらこうなんだろうなと思うほどには適当であった。
さてこの小休憩どう過ごすかと考えたのも束の間、先程の女生徒の周りに一気に人だかりが出来上がった。
どうやら質問責めにあってるみたいだ。
これでは五月蝿くてとても寝れたものではない。
机に突っ伏して寝るという選択肢が無くなってしまったので仕方なく先ほど机に放り込んだ小説をもう一度開き目を上下に動かす。
途中それラノベかい?と声をかけてきた男子生徒がいたがライトノベルは読まない主義なんだ。と伝えるとこっち側の住人じゃなかったか…と呟き自分の席へと戻っていった。すまない、君達の仲間にはなれそうにもない。
数十分後、教室の戸が開き誰かが入ってきた。
熊谷先生がおそらく戻ってきたのだろう。
そう思い小説から教壇へ目を向けると…
しっかりセットされた髪の毛、剃り残しの無い清潔な顔、丁寧にアイロンされてあるワイシャツにネクタイ、黒の上下のスーツに黒縁の眼鏡。
イケてるおじさんというか、教師の模範像みたいなのが居た。
誰だろう。そして熊谷先生は一体何処へ行ったのだろう。
「あ?なにお前ら鳩が豆鉄砲撃たれたような顔してるんだ?ほら、さっさと体育館行くぞ。校長の有難い話を山程聞きにな。」
フッと笑うとそのまま廊下へ出て行ってしまった。
「馬子にも衣装ってやつか…」
怒られる前にさっさと廊下へと出よう。
「男子と女子で2列、出席番号順で並んでくれ。………よし、こっちだ。」
体育館へと向けて歩き出す。
すると隣から
「ねえねえ…君」
「…ん?」
隣を向くも誰も居ない。呼ばれたと思ったが…なるほどこれが学校の七不思議か…。と感心していると
「あのねぇ…わざと?それとも喧嘩売ってる?買うよ?買っちゃうよ?」
目線を下に移すとシュッシュっとジャブを放つ少女がそこにはいた。
「あぁ…すまん。まさかそんなに小さいとは思わなかった。それでどうした?」
「やっぱり喧嘩売ってるでしょ!?…ぐぬぬ、いいよ今回は見逃してあげる。私優しいし。」
自分で自分のことを優しいという奴は大抵そうではないんだよなぁ。
がそれを指摘してしまうと今後目の敵にされてしまうかもしれないので黙っておく。
敵も味方も面倒くさいだけだ。無関心が1番。
そう考えていると
「私春風優香っていうの!あのねあのね…官能小説って…なに?」
そう言うと小首を傾げる。
…お前だったのかクラスメイトC。
とはいえ素直に答えてしまったらこの子が汚れてしまう。
きっと親に大事に育てられてきたのだろう。
純粋な瞳からは一切闇を感じないしこんな俺にも声をかけるあたり人が良いのであろう。であれば誤魔化すしかない。こういうタイプは教えなかったり嘘をつくと此方が痛い目を見る。そういうパターンだ。
「あー…説明したいのは山々なんだが、もう着きそうだし、また今度な。」
「えっ!あっホントだ!真面目にしてないと怒られちゃうね!また今度ね!」
手を小さく振りニシシと笑う。
彼女に誤魔化しているんだと思うと心が痛い。
今まで悪意に晒された事がなく、純粋に伸び伸びと生きてきたんだろう。
まぁこちらからは話しかけることはないし友人作りが得意そうだし入学式が終わればきっと周りから話しかけられるだろう。
「よしそこでストップだ。流れを軽く説明するぞ。まずー」
…憂鬱な入学式が始まる。
様々な小説があるなか目を通していただいてありがとうございます。
学園ラブコメに憧れてしまい執筆してしまいました。
ゆるーく連載いたしますので、気に入っていただけましたらブックマークや感想をお願いします!