油断大敵ですわ!
ベアトリーゼは殆ど記憶のないタイプの異世界転生タイプ。
あふれ出るパッションや罵声に紛れて前世の言葉も出てくる。
私の妄想パワーを持ってすれば、長細いものを持っているだけでも補填可能だけど。
意外と鉈や斧みたいな武骨な打撃やぶつ切り系の武器でも乙なものですが……
きっちり着こなすクロード様に、粗野な武器という組み合わせもグッド! 正統派の得物もグッド!
よし、乗馬をしましょう。
今決めました。女に二言はありません!
頭の中ではクロードパリコレが開催されていました。軍服、作務衣、カマーバンドの執事服、着流し――カーッ! ナイス、ビバファッションショー!
ん? パリってどこだっけ? なんかお洒落な響きがしたからなんとなく出てきたけど。
勝手に一人で盛り上がっていたせいで、ひょいと目の前を通過した手に反応が遅れてしまった。
その手はバスケットを勝手に開くと、その中に詰まっていたベーグルサンドをひょいと盗った。
そして、そのままはむっとかぶりついた。
あ、それタルタルエッグベーコン……!
「お、美味いじゃん。ラッキー」
「いったろ、ぐいぐい来る女の菓子よりこーいう大人しそうなのがいい差し入れを持ってくるんだよ」
別の手がバスケットに伸びて、ローストビーフサンドベーグルを盗って行く。
呆然と見上げると、騎士の士官制服に身を包んだ私よりちょっと年上くらいの少年たちがベーグルサンドを食べている。
「な、な……」
「甘い系ある? お、この赤いのクランベリーかな。あ、ブルーベリーとクリームチーズも美味しそう」
「ざっっっけんなああああああ! ぶち殺すぞこのビチグソどもがああああ!!!」
ムカつくあん畜生の秘孔を滅多打ちにした。指突でドスドスと。
ホアチャアアアア! 貴様に北斗七星を刻んでやろうか! 某超人のごとく! お前は既に死んでいる! って! いや、殺しちゃいませんが!
一部途中でヘヴン状態の大層気持ち悪いのがいたから、そいつを痛めつけるのは途中でやめた。キモイ。
しかも足に縋り付いてきてキモイ。剣の鞘でケツパン食らわすと「ああんっ♡」ってなくんやで。
泣くじゃなくて、鳴いていた。もしくは啼いていた。
蔑みの視線で見た私は悪くないです。
とりあえず、無礼千万の奴らをその辺に吊るしておいて西棟に向かう。
そのうち優しい人が助けてくれるでしょう。
クロード様が戻ってくると言っていた約束の時間なのですが、足取りが重くなります。
トボ、トボと肩をすぼめてちょっと穴あきになったバスケットの中身を見つめる。
こんな食べ掛けのようなものを、クロード様に御渡しできない。
折角、朝から頑張ったんだけどなぁ。
しょんぼりしている私に影が掛かる。
そこにいたのは、いつも通りに一糸の乱れもないクロード様。
「お待たせしました、ベアトリーゼ」
「クロード様……」
渡したかったけれど渡せたくなってしまったバスケットを握り締める。
見上げたクロード様はやっぱりカッコよくて、忙しくても髪一筋乱れず撫でつけている。眼鏡のレンズにも汚れはなくぴかぴかで、着ている服もきっちりしている。
それに比べて、私はあの盗み食いのバカチン相手にファイト(一方的物理)をしてしまったので水色のドレスはばさばさに乱れ、髪の毛もぐちゃぐちゃになっていた。
勝手にやってきて一人ボロボロの私はさぞ滑稽に見えただろう。
「ううううぅ~……っ、ご、ごめんなさぁい……」
「差し入れを持った女の子が来たと聞いて、すぐにピンときましたよ。何かあったのですか?」
「士官候補生らしきビヂグ、ひぐ、ひっく……」
「ああ、そういえば大規模演習がありましたね」
「騎士たちに、差し入れを盗られてしまいました……」
私がぼーっとしていたから!
思い出すだけではらわたが煮えくり返る。悔し涙が止まらない。
次会ったら肛門ごとケツ毛を毟り取ってやる。股にぶら下がっているナニも。触りたくないから魔法で爆散の方が堅実だけど。
口惜しやあの無駄にキラキラした人種め。顔は既にうろ覚えだけど。
「制服の色は覚えていますか?」
「えっと、赤……だった気がします」
「襟章は?」
「金に水色!」
それは覚えている! だってクロード様のお色だもの!
「なるほど、第一騎士団の士官候補生ですね。騎士見習いです。
見目麗しく家柄の良い子息がそろっていますので、演習をすると女性が鈴なりで集まってくるんです。
ファンが多いですからその女性たちと間違われたのでしょう」
「演習場近くのベンチで待っていたので、そうかもしれません」
ぼたぼたと涙を流していると、飾り気のないがきっちりとアイロンが掛かった白いハンカチを差し出される。
「ですが、何事もなくてよかったです。ベーグルを取られたのは良くありませんが、あそこはプライドが高く荒っぽいのもいますから。
貴女に何もなくてよかったです」
「クロードしゃま……好きです!!!」
「知っています。折角ですので一緒に食べましょう。丁度お昼ですし、温かいお茶くらいは出せますから」
「はい!」
手を差し出してくれたクロード様。紳士……優しい……評価点が百億点に好き……!
後日新聞に、第一騎士団の団員が数名暴漢に遭ったという記事があった。
花形部署でもあるから、怨恨の線が濃厚らしい。
やっぱりあのビチグソどもは日頃から行い悪くて恨まれているんだ。
ベアトリーゼさん、犯人はあんたでっせ。
絡んだ少年たちは鼻っ柱バキベキにされたし、自分より小さな女の子から婚約者宛の物を盗んだことによる報復KOというアレな真実にこの事件の真相は闇に葬られます。
その代わり、騎士団ではどんなペナルティより上を行く地獄の罰に「ベアトリーゼ・マルベリー伯爵令嬢から、クロード・ケッテンベル公爵子息宛の差し入れを譲ってもらう」という罰が存在するようになる。天狗野郎こそ性根が矯正される。
コミュ力と誠実さを持って臨めば、イヤそうな顔をしながらも譲ってくれる。
読んでいただきありがとうございました。
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