初恋は暴走しがちなものなのです!
ローゼスは生涯ベアトリーゼを敵に回さないと決めた。
クロード様との逢瀬は月一、二度ほど。
クロード様は王太子様付きの侍従でございます。あの若さで、将来の約束されたお方なのですわ。流石ですわー!
逢瀬の時間はほぼ私が一人喋りまくっている。
クロード様は静かに相槌を打つ程度だけれど、そのクールさもたまらないのですわぁあああ! クロード様が寡黙ならば、私がその分沢山話しかけられるということなのですわ!
クロード様から口を開くことは少ないですが、私の質問にはちゃんと答えてくださるの!
好きなもの、嫌いなもの、御兄弟やご両親のお話。
時折手作りのお菓子や軽食を持って行き、お庭でピクニックデートをする。
たまにローゼス様が顔を出して、食べ物を取っていきます。未来の義弟なのですから許しましょう。
クロード様は窘めますが、将来の義弟を餌付けするのも悪くないです! ご兄弟だけあって、色々と情報を持っていそうですもの。ウフフフフ……
フリードお義兄様やマーカスお義父様は私とクロード様を温かく見守ってくださいます。
お義母様のサマンサ様は、たまに見かけるのですがよく震えて、柱や家具に突っ伏しているのですが何故でしょうか。
「も、もしやサマンサ様は私のお顔を見るのも耐え難いくらいお嫌いで……!?」
おさげが逆立つくらいショックを受けていると、ぽんとクロード様が頭に大きな手を乗せます。
大きいおてて……大人の包容力ジャスティス……好き……!
「違います。母は笑い上戸といいますか、ある意味ではとても気に入られています。
タチアナより余程、お眼鏡にかなっていますよ」
「ではなんでいつもご挨拶するたびに顔を背けるのですかぁああ!?」
あれですか!? タチアナやセシリアと違って判り易い美人じゃないから?!
この国では金髪碧眼は割と多いですが! あの二人は文句なしに美しい分類です!
タチアナはお色気美人で、黄金といわんばかりの豊かな金髪に妖艶なダークブルーの瞳!
セシリアは天使のような金髪碧眼! 大輪の薔薇もかくやといわんばかりに正統派美少女……
正直、くすんだ金髪というような亜麻色の髪に若草色の瞳の私は、二人と比べるとかなり見劣りする。
いえ、ブスではないと思うんですが大衆に埋もれがちな顔といいますか。
ルビアナもかなり派手で華やかな美人。そう、遺伝子からして勝ち組。タチアナもセシリアも母様似だからですかね。
しょんぼりとする私を撫でてくれる優しいクロード様……!
「それでね! それでね! クロード様がすごく! カッコ! いいの!!! 私の息の根が止まりそう!」
「うぐっ! ぶっ! い、いきが……っ! くる、タイが絞まって! 俺の、息の根が、止まるぅ……っ!」
クロード様が、急な会議が入り定期のお茶会が午後になりました。
お手紙と入れ違いで来てしまい、午後には来るはずだからとローゼス様がお相手をしてくださることに。
鑑賞に値するような美少年っぷりは相変わらずですが、私のラブ・パッションがはじけるのはやはりクロード様だけ!! ラブイズジャスティース!!!
そんな訳で、クロード様の素晴らしさを称えるべきだということに、そして貴方はクロード様という素敵な殿方を兄上に持っているというシチュエーションロマンに乾杯するべきだとローゼス様に演説しまくった。
別名、のろけとも言いますわ!
途中、何度か逃げようとしたローゼス様に足払いをかけ、サブミッションで仕留めて落ちたところで椅子に座り直させたところでエンドレスのろけ。
水量増量中のマーライオンのようにクロード様への賛美がやめられないとまらない!
往生際が悪いローゼス様は、話の途中でも逃げようとしますの! 将来の義姉の、実兄への愛の雄叫びを聞けないというの!?
もうめんどくさいので首輪のように、タイをひっつかんでぶんぶん首ごと振り回しながらお話することにしました。
「ベアトリーゼ嬢、クロードが戻ってきたよ。サロンルームで待っていてくれるかな?」
「っしゃあオラアア! 勿論ですわ! お義父様!!!」
淑女が走っていけないのですわ! なので、競歩で向かいます!
ローゼス様をうっかり引き摺ってしまいましたが、途中でちゃんとリリースしました!
髪型ヨシ! ドレスヨシ! 笑顔ヨシ! アクセル全開出発ですわぁ!
マーカスお義父様が「ベアトリーゼ嬢は今日も元気だなぁ」と朗らかに笑っておいでです。そんなお義父様に泣きついて離れないローゼス様。
まだまだ父親に甘えたい、可愛いお年頃なのね。これくらいの年頃の男の子って女の子より、心が幼いって聞くし。
今日はクロード様の金髪をイメージしたクリームイエローのドレスにしましたの!
宝石はついていませんが、繊細なレースと細いリボンがあしらわれた可愛らしいの!
クロード様、気付いてくれるかしら?
思わずクロード様に褒めていただけることを想像してしまいます。
『可愛いですよ、ベアトリーゼ』
「なんちゃって! なんちゃってええええ!!!」
思わず傍にあった木をペチンと叩いてしまいました。
その木はメシャアアアアと音を立てて折れて吹っ飛んで、広大なケッテンベルの外庭の悠々と通過し、外壁を超えていった。あっという間に針より小さくなって遠ざかっていく。
私はぶんぶんと手を振って妄想の中のクロード様に照れまくってそれどころじゃなかった。
とある街はずれの、やや廃れた街道で立派な幌馬車を囲う野盗がいた。
どれも荒くれ者という風情であり、馬車の周りには戦っただろう数人の騎士と十数人の野盗らしき人々が倒れている。
しかし、幌馬車を守るのはもっとも立派な鎧を付けた老騎士一人となってしまった。
それでも逃げ出さず、だが焦りのある顔で周囲を睨みつけている。
対する野盗たちは、にやにやと厭らしい笑みで馬車の中の貴婦人とメイドたちを値踏みしていた。
「お逃げ下さい、アルテナ様!」
「いいえ、わたくし一人で逃げても追いつかれるだけ……! それならば、残って戦った方がまだ生き残れる!」
「ですが、貴女に何かあっては旦那様やあのお方がどれほど悲しまれることか……」
「このような男たちに汚されるくらいなら切られて死んだほうましよ!」
馬車から出てきたのは、凛とした顔立ちの美人だ。プラチナピンクの長い髪に菫色の瞳が映える、柔らかそうな春色の美女。予想以上の上玉に、野盗たちは色めき立った。
孫娘ほどの年齢である若い姫君の悲壮な覚悟に、老騎士は目頭が熱くなる。
心なし、視界まで暗くなってきた気が――
ズドオオオン、と音を立てて野盗たちが蹴散らされた。
空から落ちてきたのは大木。
脂下がっていた野盗どもはボーリングピンでいうとストライクされた。
フルスコアフィーバーが出るんじゃないかというくらい、運悪く落ちてきてスピンして転がった大木に吹き飛ばされたり潰されたりした。
一方、大きな幌馬車は馬が驚いて失神した以外には特に被害はなかった。
「……神が降臨成された……」
思わず天を仰ぎ、ありえない僥倖に出会ったように呆ける老騎士。
その奇跡は、恋の暴走する少女が起こした人災一歩手前のラブパワー(物理)によって起こされたものだとは知るはずもない。
野盗たちをストライクした大木は、勢い余って近くの森にまで転がっていた。
「あの木は、持ち帰れるかしら?」
「それは良いですな! 何かに加工すれば持ち歩けるでしょう」
「では。ティトス殿下とお揃いでお守りを作りましょう」
九死に一生を得て、アルテナは笑った。
アルテナ・クレア・バルトロメロイ――バルトロメロイ公国第一王女のちのハルステッド王国で賢妃と称されて、今は王太子であるティトスの最愛の女性である。
オシドリ夫婦として後世に受け継がれる、国を代表する理想の夫婦と呼ばれることとなる。
その後、回転スピンして少し離れた森にまで吹っ飛んでいた木は回収された。
その際、大木に下敷きになっていた男から、とある貴族の関与が浮上して大捕物になる。
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