公爵子息の秘密(ローゼス視点)③
マルベリーは恋愛フィジカルがゴリラ。ビビッときたら、心のニトログリセリンが大爆発します。
そして、その日は来る。
真っ白なウェディングドレスを纏い、大好きな夫の隣で誰より美しく幸福に微笑むベアトリーゼ。
いつも厳しい顔の多い兄が、その日ばかりはほんの少し眦を下げる。優しく隣の妻を見つめていた。
主役の二人は寄り添い合い、目を合わせるたびに仲睦まじく微笑み合う。
真っ赤な天鵞絨のバージンロードの先で、幸福な未来を誓い合う二人。
背の高い兄が少し背を丸め、ベアトリーゼの淡い紅を引かれた唇に自分の唇を重ねた。
周囲に沸く歓声と拍手、冷やかすような口笛、泣きだすポプキンズ辺境伯の嗚咽と、花嫁を褒める母の声。明るい空の光に、弾ける様に四方から花弁のシャワーが舞った。
少し照れ臭そうで、でもこの上なく満たされた新郎新婦。
夢のような、花嫁にとっては夢にまで見た幸福が、そこにはあった。
なのに、ローゼスの胸には喜びと、どうしようもない喪失感があった。
――ああ、なんてことだろう。
(貴女が、貴女が好きです。ベアトリーゼ……いえ、義姉さん)
(僕は、貴女が好きでした。愛していました)
誰もが祝福し二人の門出を祝う中、一人素直に祝えない。
二人とも大好きで、幸せになって欲しくて、とても良い人で、そこにローゼスが入り込むことはできない。
ローゼスの初めての恋は、それが花開いた瞬間に自ら手折った。
フリードの言葉はすべて正しかった。
ブーケトスの騒ぎに紛れ、零した涙から逃げる様にその場を去った。
パーティ会場から少し離れた庭のベンチでローゼスは一人落ち込んだ。
自分がこんなに愚かで鈍臭いとは思わなかった。きっと、周りは気づいていた。少なくとも、両親や兄たちは察していただろう。
すぐに涙を乾かし、落ち着いたら会場に戻らなくては。
(クロード兄様に、義姉さんを頼まなきゃ。兄様以外にあの人をコントロールできる人なんて……いない……)
最初から、出会ったときから、きっと。
兄に恋をしたあの人に、ローゼスは恋をした。
誰よりも一途に兄を見つめるあの人に、ローゼスは焦がれていた。
大きな憧憬に隠れて、小さくそっと芽吹いていた。
ベアトリーゼのように分かりやすく、激しいものではなかったけれど小さな芽は生まれていたのだ。
二人の幸せを願っている。それは嘘ではないのだ。なのに、こんなにも苦しい。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
思考に嵌まり込みかけていたローゼスに、幼い声が問いかけてきた。
びっくりして手で覆っていた顔をバッと向けると、そこにはおさげの少女がいた。誰もいないと思っていたのに、いつの間に。
どこかデジャビュを覚える少女だった。十になるかならない彼の女の子。少し赤みのある金茶の髪には細いリボンが編みこまれ、大きなリボンも付いている。綺麗な緑のタフタドレスには同じリボンが付いている。
結婚式の招待客の一人だろう。
くりくりとした若草色の瞳が、キラキラに輝いてこちらを見ている。
やはりどこかで見おぼえがある。
(ああ、そうか義姉さんに似ているんだ。目の色が)
マルベリー家の縁者だろうか。
思わずまじまじと見てしまった。感傷に浸りすぎて、見ず知らずの少女に幼い日に重ねていた。
そんな自分に気付き、ローゼスは苦笑する。そして、気を取り直して人好きな笑みを浮かべて顔を上げた。
「ちょっと休憩してたんだ。丁度、花嫁のブーケトスだから――」
「はじめまして! わたちはエリザヴェータ・ホプキンスです!」
ブーケトスは男性より、どちらかといえば女性が湧くイベントだから――という言葉は繋がらなかった。
その前に、目をキラッキラにした少女ことエリザヴェータが鼻と鼻がくっつかんばかりに肉薄していた。
すっごく似たようなものを見た覚えがある。微妙に自己紹介で噛むところといい。
「今日の花嫁さんのベアトリーゼお姉様の従妹です! 今年十歳です! 結婚してください!!」
このゴリッゴリの押しの強さ、間違いなくマルベリーの血筋。
そういえば、義姉もクロードと出合い頭で好意を叩きつけていた。あのクロードがたじたじになるくらいの激しさで。
「ごめん、僕はロリコンじゃないから流石に子供は……」
「ベアトリーゼお姉様は十二歳年上の御婿さんを貰ったとお聞きしました! 合法! うちは嫁入り・入り婿OKです! まずは結婚を前提に文通からお願いします!」
圧が……圧が強い……!!
恋の目覚めと言わんばかりの、キラッキラに満天の星を瞳に宿したエリザヴェータはしっかりローゼスの膝に座り、シャツを掴んでいる。
離さんぞぉおおお! という執念を感じる。これ、やっぱり見たことある――と強烈な記憶の揺り起こしに惑うローゼス。
結局、彼女の圧に負けて文通をすることになった。
あのクロードですら圧し折ったラブパッションに、甘ったれ末っ子育ちのほぼ恋愛童貞のようなローゼスが勝てるわけもない。
ローゼスは急展開に失恋ショックも吹き飛び、虚ろな足取りでエリザヴェータと会場に戻った。
夫ラブなベアトリーゼは憔悴しきったローゼスなど気にしなかったが、聡明なクロードはローゼスにくっつく小さな少女にピンときた。
経験者は知る――本気の究極の恋愛体質を。
読んでいただきありがとうございました!
クロードはベアトリーゼを御せるけど、ローゼスは出来るかな(;´Д`)




