初めまして、運命の人!
ポケットなモンスターの君に決めたのように。
場所は、ケッテンベル公爵家の広大な庭の一角。
本日は御日柄も良く、という言葉が似合うような麗らかな陽気。
四阿にセットされた茶器。そこには長身の金髪の青年と、私と同じくらいの年齢の金髪の少年がいた。
よく似た淡い金髪に、水色の瞳。顔立ちは青年の方が神経質で強面。パーツ自体は整っているのだけれど、特徴的な丸眼鏡の奥の切れ長な瞳や引き結ばれた口が気難しそうな印象を与える。かっちりとした銀鼠色のジャケットに、アイロンがしっかりしていそうなシャツ、しっかりと結ばれたタイ。長い脚に履かれたズボンも、非常に糊が利いている。
もう一人の少年は、紅顔の美少年というべき元気のよさそうな子供だった。生意気そうな大きな目をくりくりさせていた。
ブルーのスリーピース。半ズボンから見える膝に、少し土汚れの跡がある。恐らく、待っている間に飽きて遊んでいたのだろう。
見事に正反対だ。
伯爵は、青年の冷たい一瞥に「娘のベアトリーゼです」と尻すぼみな自己紹介だけで、そそくさと逃げていった。
だけれど、私はもうどうでもよかった。
頼りにならない、私を生贄のような婚姻に迷いなく差し出した父のことも、この際水に流せた。
私の目は、父の去った方を呆れたように見ているクロード様と、興味なさそうな弟君のローゼス様。父と入れ替わるように、苦笑しながらやってきた次期当主フリード様も目に入らなかった。
父はご当主にご挨拶をすると言い訳をしていたけれど、もうどうでもいい。
私の視界は色づき、頭の中ではファンファーレが鳴り響いて天地創造がはじまっていたのです。
恐らく、私は林檎のように真っ赤だったでしょう。
淑女としてあるまじき俊足でクロード様の前に立つと、ぎくしゃくとお辞儀をした。
「は、はじめまちちぇ! マルベリー伯爵家じょじょ、ベアトリージェです!」
滅茶苦茶噛んだ上に、名前まで間違えてさらに真っ赤になった。
頭から湯気が出そうなほどである。
頭を深々と下げていた私には見えなかったけれど、その時のクロード様はぽかんとした顔をしていたそうです。
義弟ローゼス様曰く「あんな兄様の顔初めて見た」というくらいびっくりなさっていたそうです。思わず、手に持っていたクッキーを紅茶に落としたそうですわ。
「あれ? ベアトリスじゃなかったっけ?」
「ベアトリーゼ嬢ですよ。先ほど伯爵もいっていたでしょう。セシリア嬢とは会ったことがありましたが、貴女は初めてですね。
私はクロード・ケッテンベル。公爵家の次男です。ローゼス、貴方も挨拶しなさい」
「はじめましてー。僕はローゼス・ケッテンベル。ケッテンベル公爵家三男」
頭上で、ローゼス様の声を訂正するクロード様。ローゼス様もクロード様に促されてシンプルに挨拶をしてくれた。かなり適当だけど。
クロード様……静かで、淡白そうな低くて渋いお声がまた素敵!!!!
痘痕も笑窪もいいところで舞い上がりまくりの私の耳は、初めて聞いたクロード様のお声に天にも昇るつもりでした。
「顔を上げてください、ベアトリーゼ嬢。貴女には選択肢があります」
選択肢?
顔上げると、クロード様のちょっと呆れた優しい眼差しの御尊顔が……! いっぱい好き!!
「貴女は十歳。私は二十二歳。だいぶ年齢が違います」
幼な妻って悪くないと思いますわ! エモエモな響きですわ!!!
クロード様の一言一句を聞き逃さない様に全力で耳を傾けます。
「マルベリー伯爵には内密にしておりましたが、私か弟のローゼス。どちらかと婚約を結んでいただければこちらは構いません。
貴女は、前当主エチェカリーナ様の娘ですし、貴女の御爺様であるポプキンズ辺境伯といざこざを起こしたくありません。むしろ、正しいご息女と良縁を結べるならばと歓迎しています。
どちらと婚約を」
「クロード様で!」
「ローゼスは貴女と同い年で」
「クロード様で!!」
「私は王太子付きですが、激務で碌に相手ができ」
「クロード様が! いいんです!!!!」
ゴリッゴリでクロード様推しを貫くと、鬼気迫るほどの圧にどんどんクロード様が仰け反っていく。
勢い余ってクロード様の御膝に乗っちゃった! きゃーっ!!
「あはっはははは! どうやらベアトリーゼ嬢はクロードがお気に召したようだ。
クロード、折角だからそのまま庭でも案内してやるといい」
「お義兄様、恩に着ます!」
がっとクロード様の首にガッツリと掴まるわたくし。
逃がさへんでぇ! クロード様!! レッツ、お庭散策デートですわ!!
コアラより子泣き爺よりもしっかり掴まると、諦めたのか溜息をついたクロード様。私を片手で支えて抱き上げた状態で、立ち上がった。
いやん! クロード様ってば意外と力持ち!!! もっと好き!!
その姿に、お義兄様――次期当主のフリード様はもんどりうってのた打ち回るほどに爆笑し、歯牙にも掛けられなかったローゼス様は私の勢いにドン引きしていた。
私が楽しいお家デ・エ・ト♡を満喫し、家に帰ろうとしたらお父様は先に馬車を出して帰ってしまっていた。
あり得ませんわ、あの糞親父。
クロード様の御実家に迷惑が掛かるではありませんか! 婚約者を徒歩で帰らせるなんて、クロード様の品位が疑われてしまいますのよ!
仕方ない。その辺の辻馬車を真珠のイヤリングで買収するしかないわね!
どーせこれ、セシリアのいっぱいあるうちのお下がりの一つでしょうし。
衣装持ちのセシリアは、自分でも管理しきれないドレスが沢山あるし、そでを通さず廃棄されるドレスも少なくない。
泣き虫セシリアを泣き止ませるために、馬鹿が安易にプレゼントするからですわ。
なんでしょうか。今まで溜め込んでいたもやもやが嘘のように、心から糞親父への罵倒がまろびでますわ……
私、なんであんな貧相なオッサンの顔色を窺っていたのでしょうか?
クロード様は気づいたのか、心配そうに私を見ています。慈悲深い! 好き!
「私が馬車で送りましょう……こういったことはよくあるのですか?」
「そもそもマルベリー伯爵はわたくしと出かけることがないので、意地悪なのではなく単純に忘れたのだと思いますわ! あの人、単細胞なのでいっぺんにたくさんのことできませんの!」
その言葉に、フリードお義兄様は吹き出し、クロード様は無言で眉間にしわを寄せる。
普通はあり得ませんわよね! でもお情けで当主をやらせてもらっている父ですもの! 恐らく、ケッテンベルのご当主に何か言われてショックで娘のことなんてポーンと忘れたのですわ!
これだからお母様が亡くなった途端、社交界でつまはじきにされるのです!
「きっとタチアナ様やセシリアであったら忘れなかったでしょうけれど、私は愛のある子供ではないのでどーでもよいのですわ!」
「それは、随分と貴族社会の不適合者ですね」
どこか冷徹に吐き捨てるようなクロード様も素敵!!
ドエス軍服と教鞭が似合いそう!
無能な父を押しのけて、早くうちに婿入りしてクロード様!! そしてラブラブハッピーなハネムーンと新婚生活をスタートするのですわ!
読んでいただきありがとうございます。
きっとローゼスだったら、手綱を握るどころか振り回された落馬していたでしょう。
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