マルベリーの新婚夫婦(クロード視点)
クロード視点。
ベアトリーゼの卒業を待ち、かねてより整えていた婚姻の書類を提出した。クロード・ケッテンベル改めクロード・マルベリーとなった。
真っ先にダニエル達を追い出し、クロードは王太子の右腕として、マルベリー伯爵として忙しい日々を送ることとなる。
結婚式間際まで、ダニエルは自分がベアトリーゼをエスコートしてバージンロードを歩くと思っていたようだ。
全く来ない連絡に首を傾げながらも、風の噂でいよいよ挙式がある日取りを聞いて慌ててすっ飛んできたがもう遅い。
ベアトリーゼは屑親のことなど忘れて
結婚式に浮かれていたが、クロードはやはり来たかとしか思わなかった。
あの厚顔無恥な男のことだ。今までベアトリーゼに行ってきた仕打ちも忘れ、晴れの舞台にしゃしゃり出に来るだろうとは思っていた。
念のため、ベアトリーゼをケッテンベルに避難させて正解だった。
マルベリー伯爵家から追い出され、実家のバティス子爵家から勘当されたダニエル。ルビアナとセシリアと共に手切れ金と共に、田舎に追いやったというのにわざわざ来たそうだ。
今まで通りの生活水準とは程遠いのだろう。小汚い姿でマルベリーに現れたダニエルを見る目は冷たい。
「私はベアトリーゼの父親だぞ!? 娘の結婚式に何故出席してはならない!」
「あれが実の娘にする仕打ちですか? 散々放置しておいて、今更父親面とは。お前の娘はタチアナとセシリアでしょう」
「あれは私の子供でない! 私の娘はベアトリーゼだけだ!」
今更である。
もと娼婦のルビアナの貞操観念は緩く、クロードの調べでは二人ともダニエルの娘ではないという結果が出ていた。
この男は、ようやくここまで来て真実を知った――というより、認めざるを得なくなったのだろう。
(あの姉妹は、ルビアナには似ていたがダニエルには似ていなかった。疑わない方がおかしいだろうに)
もと娼婦のルビアナには、常に男の影がいた。
職業柄というより、もともと男に持て囃されることが生き甲斐のようなところがある。
だが、今はすっかり自慢の容色も衰えてしまっている。
男を囲う余裕もなく、ダニエルの持っている小金目当てに一緒にいるだけだ。
だが、すっかり侘しくなった生活に喧嘩が絶えないという報告もあった。
セシリアも貧しい――といっても、普通の平民レベルの生活に毎日不平不満を垂れ流している割には一切働かないという。
お荷物だらけのダニエルは、今更になってベアトリーゼに縋ろうとしているのだ。
それでもルビアナ達を放り出さないのは、情というより優柔不断だろう。
「私は二度と顔を出すなと手切れ金を渡したはずですが?」
「ベアトリーゼは私に会いたがっているはずだ!」
今頃ベアトリーゼはケッテンベル公爵家で、サマンサと刺繡でもしているはずだ。
恋人や夫に、家の名や紋章の入ったハンカチやタイを贈るのはレディの嗜みである。
結婚記念品として、ケッテンベルとマルベリーの紋章を刺すと張り切っていた。
一度ベアトリーゼに聞いてみたが、実父のことは「ああ、あの糞親……こほん。ダニエルでしたっけ? ルビアナと新天地でイチャイチャしてんじゃないでしょうか?」と気にも留めていない。
バージンロードの引率も、ベアトリーゼの未来の義父マーカス・ケッテンベルと祖父のイヴァンが最後の最後まで争っていた。チェス、カード、双六、狩猟、くじ引き、チェスと平等にするべきだという案により数多の方法で勝負した結果、マーカスが勝ち取った。
ベアトリーゼはにこにこと微笑みながらも「クロード様を煩わせたら、フリード様かローゼス様にお願いします」と別の案を出していた。
なので、二人は粛々と静かにそして激しく争っていた。
クロードはきちんと双方納得して決まれば、どちらでも良かったが、争いが飛び火しかけたフリードとローゼスは、紅茶を吹き出した。
「貴方が思っている程、ベアトリーゼは興味がありませんよ。
興味があったのなら、今までの仕打ちに傷つき、悲しみ、恨み、憎んでいたでしょうね」
愛情の裏返しは無関心だという。
今まで散々、ベアトリーゼを無関心に蔑ろにしておいて、自分が逆の立場になるとは思っていなかったのだろう。
親という程親らしいことなんて、この男がベアトリーゼにしてきただろうか。
エチェカリーナが死んでから十二年以上――ベアトリーゼの人生の大半を、親としての責務を放棄しておいてよく言うものだ。
誕生日や時節の祝い事、社交界シーズンのエスコートなどの、タチアナやセシリアばかりにかまけて、ベアトリーゼのことなど忘れていたくせに。
その分を、カバーしていたのはマルベリーの使用人たちやクロードだ。
クロードが十二歳も年上の大人だからこそ、カバーできたことも多い。
婚約を結ぶ前の六歳から十歳くらいの時は、催し事がある度に落ち込んでいたと使用人たちから聞いていた。
同じ年の妹には手間も金もかけて盛大に祝っているのに、放置され続けたベアトリーゼを知っている。
それを憐れんだケッテンベル公爵夫妻が随分と憤慨と憐憫が絡み合い、ベアトリーゼに肩入れしていた。
(そもそも、ベアトリーゼが誕生日に家に居ないことに気づいたことなんてない癖に)
ベアトリーゼは、家を空けるときはきちんと言伝を残していた。
セシリアが夜になると大袈裟に同情してみせて、お下がりというゴミの詰め合わせを渡しに来るまでがセオリーである。
サマンサはダニエル達の所業に怒り、婚約後は未来の娘の為に毎年盛大なパーティーを開いている。その時ばかりは夫のマーカスにけしかけ、人脈を駆使してダニエル達をハブ返ししている。
一方、ベアトリーゼはクロードさえいれば有頂天気味に幸せそうである。
当然ながら、周囲は首をかしげる。マルベリー伯爵家でベアトリーゼが祝われないということは不審に思われる。しかも、誕生日パーティーに他のマルベリー伯爵家はいない。だが、ポプキンズ辺境伯夫妻をはじめとする親族はいるのだ。
主役のベアトリーゼは気にしないどころか、クロードの隣で始終ご機嫌。
最初はざわつきがあったが、数年もすれば誰もダニエルを相手しなくなっていく。
ケッテンベル公爵家と、次期マルベリー伯爵家当主を敵に回すくらいなら、現在の暫定当主でしかないダニエルの顔色をうかがうことに旨味を感じないからだ。
それらを忘れて、ダニエルは本当にどの面下げてきたのだろう。
「た、頼む。娘に会わせてくれ。このままでは生活ができない。田舎の別荘でもいいから――」
「結局、ベアトリーゼは口実ですか。二度と顔を見せるな」
クロードの一瞥で、兵が動き出してダニエルが摘まみだされた。
最後まで醜く喚いており、王都から追い出すまでしっかり監視するように言いつけた。
夕方になって戻ってきたベアトリーゼは、クロードを見るとはしたなくない程度の小走りで駆け寄ってきた。
「ただいま戻りましたわ、クロード様!」
「お帰りなさい、ベアトリーゼ」
ふと、ベアトリーゼがちょっと首をかしげてクロードを見つめる。
「なにか、ありましたの?」
「大したことではありませんよ。態度のデカい物乞いを追い払っただけです」
「まあ大変! 今から王都の外壁にでも吊るしてきましょうか?」
捕まえるのも縛るのも得意ですと言わんばかりのベアトリーゼに、クロードは首を振る。
ベアトリーゼの目に入れたくない物乞いである。
ちなみに書類上は夫婦でも、クロードは結婚式後まで初夜は待った。それは、ベアトリーゼをクロードに慣れさせるためでもあった。
同衾という時点でベアトリーゼが幸せそうに失神したため、結婚式後も十日ほど白い結婚は続いた。
使用人たちと話し合った結果、ベアトリーゼに酒を飲ませてほろ酔い状態にして『これはとっても幸せな夢ですよ』作戦を決行した。
クロードは出来ることなら夜会に出てくる悪漢のような真似はしたくなかった。
だが、夜着だろうがバスローブだろうが仕事帰りコートや礼服だろうがベアトリーゼは幸せそうに脱魂していた。幸福を噛み締め、昇天しかけていた。
これ以上はマルベリーの継嗣問題になると割とガチ目の使用人たちの訴えにより決行となった。
鉄は熱いうちに打て。このまま白い婚姻を習慣化してはならぬという、できる使用人たちの熱意にクロードも負けた。
流石に引かれるか嫌われるかと思ったが、翌朝のネグリジェのベアトリーゼは寝台の上で高らかなガッツポーズを決めていたので問題はなかった。
寝ぼけ眼のクロードはかける言葉が分からず「風邪をひきますよ」というどこか頓珍漢な窘めをしてベッドに戻すことしかできなかった。
だが、その日の夜に自主的に飲酒してベロッベロに酔っぱらったベアトリーゼがいた。
クロードの幼な妻は蜜月を満喫したかったらしいが、勢い余ったアルコール摂取をしてしまったようだ。
メイドたちは若い伯爵夫人の失態に頭を抱えた。
クロードは軽く眉を上げ、酔ったベアトリーゼを抱き上げて寝室に運んだ。
ろれつが怪しいほどベロベロに酔っ払っても、ベアトリーゼはクロードを見るとふにゃふにゃと幸せそうに笑う。
「くろーろしゃまぁ~、らいしゅきえしゅうう~」
「知っています」
「い~~~っぱいしあわしぇになりあしょーね~」
「解りましたから、次からは深酒は止めましょうね」
基本、ベアトリーゼの飲酒はそれこそ淑女の嗜み程度だ。
飲酒で暴走されては困るクロードとしても、そのあたりは厳しくしている。
あくまでそれは公共の場や社交場だけであり、自宅で自主的に飲酒することはないのでそこの辺りは気にしていなかった。
もともと、それほど酒好きではない。
ご機嫌のベアトリーゼはんふんふと独特の笑い声を漏らしながらクロードにべったり張り付いている。
ベアトリーゼは出会った当初からクロードに首ったけである。
クロードは生まれた家柄は良いが当主は兄であるし、容姿は端正さより冷然とした怜悧さが際立つタイプである。
仕事はできるが、人に好まれるタイプの性格ではないことは理解している。家庭的どころか、ガチガチの仕事人間だ。
婚約期間にあった月にたった二回の茶会も、何度も中止や延期にしたことがある。
必要最低限の手紙や贈り物はしていたが、筆まめでもなければ気前よく豪華なものを贈ったこともない。
なのに、いつもベアトリーゼは全力で好意をぶつけてくる。
それこそ、出会ったその日から。解りやすい一目惚れであった。
一目惚れは外見的要素が殆どだろう。中身は殆ど考慮されていない。
それにも関わらず、ベアトリーゼは変わらずクロードに大きな恋慕を向けてくる。
訳が分からない。
きっと、そう時間も掛からず飽きて嫌われると思っていた。
ベアトリーゼは年を追うごとに嫌うどころかもっと好きだと言わんばかりに好意を漲らせている。
勢い余って、数多の舎弟を顎で使って集めさせた『裏貴族名鑑』が作成されるほどだ。
時折、外国の要人の弱みすら握ってくるベアトリーゼ。
有能だがすさまじく気難しい外交官のオッサンが、実は無類の猫好きで野良猫ですら赤ちゃん言葉でしゃべりかけるなど知った時は驚いた。だが、親が猫嫌い、妻子が猫アレルギーで表面上は猫嫌いのように思われているところまで調べ上げていた。
トドメに彼の密やかな願望が猫妖精ケットシー族とお友達になりたいことだと知った時は驚いた。
これは外交官を始めとした諜報機関の情報網でも入ってきていない情報だ。
ちなみにケットシー族は知り合うのが難しい。かつてその愛らしい外見から愛玩用の奴隷として乱獲され、人間嫌いが多い。おまけに元々人を選ぶのだ。
つまり、余り人の前に出てこない。そこでクロードは暗礁に乗り上げたが、ベアトリーゼが数日後に「協力者を見繕いましたわ!」と非合法な奴隷商に捕まっていたケットシー族を根こそぎ奪ってきた。
「猫獣人や虎獣人やエルフや人魚やドライアドの方はそこそこいたのですが、猫妖精族はなかなかいなくて……」
シュシュシュと照れながらも高速シャドウボクシングをするベアトリーゼ。
その後ろで亀甲縛りのおっさん数名と、ゴリゴリマッチョのごろつきたち。奴隷商とその部下たちは、見事にボッコボコにされていた。顔が新手の根菜類のようにでこぼこしている。
シャドウボクシングをしていないもう片方の手に小脇に抱えられているケットシー族は、スペキャ状態だ。
白猫、黒猫、茶虎、三毛猫――と多種多様のにゃんにゃんパラダイス状態だ。一部猫好きの人間たちがその楽園に打ち震えていた。
さっそく説得を試みたが、ケットシー族は達観していた。
「奴隷用の魔法呪具を腕力で握りつぶせるのは勇者だけにゃ」
「腕力というか、指力だったにゃん」
「奴隷商が粉微塵になったにゃ」
「ザマァみゃん」
「勇者の血筋は基本善良にゃ」
「性格難アリの番を好きになることはままあるにゃぁ」
「助けられたからには借りは返すにょん」
「何を望むにゃん?」
もふもふたちはどこか泰然と全てを受け入れるように問う。
そんな愛らしいケットシー族に、笑顔でベアトリーゼはお願いした。
「猫を使ったバブバブプレイ好きのオッサンに全身を吸われてきなさい」
ベアトリーゼは可愛いアニマル系の妖精相手ですら、無慈悲だった。
クロードへの絶対的な愛の前では、どんなハイモフリティの魅惑の猫ちゃんですら路傍の石だった。
確かにその通り言えばその通りだが、一斉に阿鼻叫喚となるケットシー達。
「何たる拷問にゃあああ!」
クロードはケットシー達を落ち着けるために説得に取り掛かった。
恐らく例の人物はそういう願望はあるだろうけれど、初対面からそこまで攻めたプレイは要求されないはずだ。多分。
「肉球をこっそり握られる程度ですよ」
「ほんと? ほんとにゃ?」
「赤ちゃんみたいな言葉で話しかけられて頬ずりされないみゃ?」
「体臭を力いっぱい吸引されないにゃん?」
「クロード様の役に立たないなら今すぐ猫キャバに放り込むわよ? 役に立つわよね?」
小首傾げながら笑顔で脅すベアトリーゼ。
普段は動物にも小さいものにもそれなりに優しい彼女だが、クロードの役に立つか、立たないかの瀬戸際の前では動物愛護の精神は家出をしていた。
真っすぐなベアトリーゼの澄んだ眼差しはケットシー達にとっては抜群の脅しとなった。
可愛らしいレディの皮を被った猛獣より、強面眼鏡の野郎の方がまだ慈悲があるとクロードに縋り付いた。
「お役に立ちますにゃあああ」
「クロード様のお手伝いしますみゃーん!」
クロードはまたたびを被ったようにケットシー達にもみくちゃにされた。
今も昔も、猫にモテたのはあれが過去最高だった。
ちなみに、そのケットシー達はマルベリー家の使用人となった。
クロードの部下=ベアトリーゼの敵対対象外という天敵から逃げたい一心での選択だった。猫妖精たちは全力で保身に走った。
天敵ベアトリーゼは、奴隷商や犯罪者にとっても恐怖の対象である。マルベリーの紋章の入ったメダル付きのリボンタイを付けていると、一部の人間の顔色が変わる。
貴族とか、騎士とか、ゴロツキとか――主に一度はベアトリーゼの脅威にさらされたことのある人間が殆どだ。
(……なんてこともあったな)
クロードは思い出して遠い目をする。眼鏡をはずし、寝台についている棚に置く。
大き目なダブルサイズベッドなので、ベッド脇のテーブルに置くと目覚めて手を伸ばしても届かないのだ。
そして、いまそのテーブルの上には一つのベルベットのケースがある。
どうやら使用人たちは上手く立ち回ってくれたようだ。
僅かに笑みをこぼすと、もぞもぞと隣でベアトリーゼが動き出した。
「くろーろしゃまー?」
まだ眠っていなかったベアトリーゼが手を伸ばしてきた。
それをやんわりと躱しベアトリーゼに眠るように促す。漏れ出た声は、思いのほか優しいことにクロード本人ですら気づかない。
「おやすみなさい、ベアトリーゼ」
そういって額にキスを落とすと茹蛸のように真っ赤になってぐにゃぐにゃにのぼせたベアトリーゼが出来上がった。軽くベアトリーゼの寝姿を整え、ブランケットを引き上げる。
その隣で自分も横になるクロードだった。
翌朝、ケースに入ったスタールビーのペンダントを見つけたベアトリーゼ。
そのスタールビーは幼き日に失った母の遺品とよく似ていた。
モーニングティーを楽しんでいたクロードに泣きながら抱き着くのは、八時間後の話。
何とか見つけたスタールビーのブローチは少し壊れてしまっていたのですが、宝石は無事だったので土台を少し変えてペンダントにして贈りました。
ベアトリーゼのように情熱的な愛は示せないけれど、誠実さでカバーするタイプ。
ベアトリーゼの「子供は野球チームができるくらい!」と謎の希望を出されたので「とりあえず複数もうければいいのか?」となり割と子だくさんになったりする。
敵国や魔王たちにとっては恐怖の血筋がぽこぽこふえる。




