胃袋を掴みたい婚約者(クロード視点)
クロードは純応力が高い。達観したところもあるが。
最近、クロードには面倒ごとが増えた。
一つはマルベリー家のダニエルが想像より愚かで糞だったこと。叩けば叩くほど大小の問題が出てくる。もう一つは毎月恒例の茶会を延期すると自分を心配したベアトリーゼがやってくることだ。
彼女がクロードに会いに来るのは問題ないのだ。
小さな婚約者が、顔を真っ赤にしてバスケットいっぱいに詰めた差し入れを持ってくるのは微笑ましくもあり、少し面映ゆくもある。
前の婚約者のタチアナが美貌を鼻にかけた超絶高飛車だったこともあり、不遇な中で自分を一生懸命慕うベアトリーゼはどうしても邪険にできない。
別にベアトリーゼが持ってくる差し入れがゲロマズというわけではない。
どこからリサーチしてくるのか、自分の好みの物を持ってきてくれる。
大方、家族の誰かから情報を仕入れしているのだろう。
そこでできた厄介事が、騎士団たちとのひと悶着だ。
ベアトリーゼの差し入れに手を出した馬鹿が、ブチギレさせた。そして、ベアトリーゼにコテンパンにされた。
それ以来、ベアトリーゼを騎士団に誘おうとしている。
だが、ベアトリーゼの夢は『クロード様のお嫁さん♡』なので全く相手にしていない。
それでもめげずに絡んでぼこぼこにされる騎士団員たちは、やがて決闘を申し入れて自分の騎士団に引き入れようとして返り討ち→舎弟コースが定番と化している。
小さな女の子に叩きのめされた集団ことベアトリーゼ舎弟騎士団員は、自分の名誉のために同胞以外にはその事実に口を噤んでいる。
クロードに会いに来るベアトリーゼは、大人しそうな小さな淑女といった風情だ。
恋する人に、頬を染めて差し入れを持ってくる姿は微笑ましい。
とてもではないが、徒党を組んだ騎士たちを瞬殺する暴れん坊には見えない。
クロードの把握している範囲で、既に第一騎士団は九割、第二騎士団は七割、他の騎士団でも半数近くに及ぶ。
ベアトリーゼの母エチェカリーナはハルステッドにこの人ありと言われた剣豪。
マルベリーの系譜を探れば、剣聖、武神、槍王などと数多の二つ名を持つ勇士がいる。
そもそも先代マルベリー当主がポプキンズ辺境伯になっているのは、まだ引退しないで欲しい王家や重臣たちの懇願があったからだ。
稀少な素材・食材・グルメ取り放題としか思っていないが、他にしてみれば魔物や周辺敵国への最大威圧勢力がいるようなものである。
過去にお歳暮なる謎の贈り物として、周辺国に被害をまき散らしていた風龍が肉として届いたことがあるそうだ。
ポプキンズ夫妻としては「美味しいものでも食べて喧嘩は止めなよ」というつもりだったそうだが、周辺の小競り合いしていた国々は「次にこうなるのはお前だ」としか取られなかった。
数十年続いていた紛争は、善意の威圧により終息したという。
ちなみにハルステッド王家はちゃんとポプキンズ夫妻の考えを正しく読み取って美味しくしゃぶしゃぶしたそうだ。
なので、あの夫妻は無理でもベアトリーゼにはお近づき、あわよくば自分の派閥へと考える人間は多い。
武力で敵わないならナンパで気を引こうとしたチャレンジャーは、視線すら寄越されず鳩尾にドボッッと鈍い音と共に重い一撃を食らう。
どんな堅い鎧を着ていようがゲロを吐き散らす必中クリティカルグーパンである。
そういうときのベアトリーゼは無意識だ。
漠然と第六感が『クロード様との逢瀬を邪魔するゴミ野郎を抹殺せよ』と脊髄反射のように叩いている。
「貴方がたに学習能力はないのですか? 毎度毎度『命に別状はないが重傷レベルの三分の二殺し』にされると分かっていて、ベアトリーゼに喧嘩を売るなんて」
「喧嘩なんて烏滸がましいです!」
「師匠に稽古をつけていただいているだけです!」
「普通にお誘いしても『私は普通の令嬢ですので』と相手をしてくださらないのです!」
「いい加減に諦めてください。貴方たちの勧誘のせいで、ベアトリーゼが騎士団は暇人か不良の集まりだと勘違いしています。
国の印象が悪くなります。ただでさえ私が多忙で、時々王城を不審な目で見ているのに」
もしこれで王太子に婚約者がおらず同性愛疑惑が浮上していたら、ベアトリーゼは間違いなく暴走しただろう。
あと男ばかりのむさくるしい職場に、この時ばかりは感謝した。
時々、瞳孔を開いた眼で執務室をガン見して同僚に女性がいないかチェックしている。
お陰で、クロードのいる部署は暗黙の了解でどんな戒律の厳しい神殿より女人禁制となっている。許されるのは定年間際の老女と十歳以下の小間遣いくらいだ。
一度、接待の関係で夜の店に行ったことがあるがどこで聞きつけたのか、ベアトリーゼがメチメチと背後からか強烈なオーラを迸らせながら穏やかに問うてきた。
「どなたがクロード様を御誘いになったのですか?」
「ええ、男性同士のお付き合いがあるのは私も解っております」
「それで、どなたが主犯なのですか?」
「どこのビチグソですの?」
冷や汗が出た。不正を糾弾する国王陛下の恫喝より、緊張状態にあった時の隣国の皇帝の謁見よりも背中がびちゃびちゃになった。
何とか一日デートで誤魔化したが、もしクロードが口を割っていたらベアトリーゼがその『主犯』の頭をカチ割っていただろう。
恐らく、ベアトリーゼの殺気が滲み出るどころか駄々洩れた一瞥からして、知っていた。
それでもクロードからのGOサインを待っていた。
だがクロードがGOサインを出さなかったので、引き下がった。
暫く、同僚の夜の店への出入りがぱったりと止むくらいには殺意のナイアガラだった。
(大人しい子だと思っていたのだが……)
それでも差し入れのフォカッチャサンドは美味しかった。
最近、ますますダニエル達の愚行が輪をかけていると聞く。
定期的に釘を刺しても、すぐに忘れて愚行を繰り返すのだから腹立たしい。それを問いただしても、言い訳にならない屁理屈をこねて正当化しようとしてはクロードに論破されるの繰り返し。
全力をもって使用人たちがベアトリーゼに被害が行かないようにしているが、それでもどうにもならないものがある。
成長に従いそういったことに興味が出るのは分かるが、ベアトリーゼの異母妹――正確には血も繋がらない義妹セシリアの男癖の悪さだ。
クロードが当初から危惧していた通り、碌に矯正されることがなかった。
甘やかすだけのダニエルと、もともとの素行に問題ありすぎなルビアナとタチアナ。
あんな非常識な連中に囲まれて育てばそうなるに決まっている。良心のある使用人は、セシリアに苦言を呈した。しかし、セシリアは大仰に泣いてダニエルに虐めだと密告し、使用人を首にするように仕向けた。
しかし所詮は暫定当主である。家宰は表面上はそれを受付、首にしたと言って書類上も解雇をし、同日付で再雇用をして一か月ほどの暇とマルベリー所有の別荘の掃除を申し付けて、ほとぼりが冷めたら元の場所に戻していた。
セシリアは使用人の顔など覚えていない。
半年もすれば戻ってきているが、髪型を少し変えさせてしまえば忘れるレベルである。
ベアトリーゼは「最近見ないわね……?」と訝しむのに、自分付きの侍女ですら忘れるのだから大したものである。
一度、クロードは何故ダニエルからマルベリーの全てを奪い取ろうとしなかったのか聞いたことがある。
家宰である壮年の男は、深い笑みを浮かべた。
「私と私の家族はポプキンズ辺境伯夫妻とエチェカリーナ様に命を救われたのです。
命だけでなく、人生も救われたのです。
ダニエル様達を追い出すのは簡単ですが、私はその位置に行きたいわけではありません。
お嬢様は女伯爵か夫人にはいつか必ずなるのですから、なるべく恙なく穏便に事を済ませたいのですよ」
そしてタマヒュンな物でも思い出したように、そっと視線を逸らした。
「あとお嬢様が恋に目覚めてしまった以上、何か下手を打てば汚い花火にされるのは私です」
長くマルベリーに仕えていると、色々とマルベリーの血筋特有の暴走を目にしているようだ。
保身と忠誠の為に職務に忠実だった。
その時、屋敷の方から見慣れた亜麻色がやってくるのが見えた。
頬を薔薇色に染めて顔からはち切れんばかりに喜びが漏れ出ているのはベアトリーゼだ。
「クロード様、いらっしゃいませ! お会いできて嬉しゅうございますわ!」
「私も会えて嬉しいですよ」
クロードの月並な挨拶や社交辞令にも、にっこおおおと笑みがさらに輝くベアトリーゼ。
ふと、クロードはベアトリーゼが簡易なドレスの上にエプロンを身に付けているのに気づいた。
また何かを作っていたのだろうか。
貴族の令嬢は基本厨房には入らない。古く伝統のある家は特にそうだが、下級貴族などでは珍しいものでもない。
マルベリー伯爵家は歴史と伝統のある家柄だ。立派な上級貴族であるがそのあたりは緩い。
好きな人に尽くすのが大好きなベアトリーゼは、よくクロードの為に色々拵えて持ってくる。
幸い、クロードの婚約者は消し炭やダークマターを錬成するタイプではなかった。
大抵差し入れられたものは、美味と言えるものである。
それもそのはず。ベアトリーゼの手料理は何度もレシピを試しぬいた完成品のみがクロードに納められ、未完成品はその他に納められる。
「今日は定例のお茶会ではないのに来ていただけるなんて。お時間はございますか? お昼は御一緒出来まして?」
「いえ、少々顔を見に立ち寄っただけです。また仕事に戻りますので……」
顔を見に来たのは本当だ。
あと、ダニエルの腐った所業についての確認と釘刺しの為である――ダニエルは先触れを出したというのに、逃げ出したようだが。
「そうですの、残念ですわ。あの、よろしければお弁当は如何ですか? クロード様はお忙しいでしょうから冷めても美味しいものを詰めますので、好きな時にお召し上がりください」
控えめながらに縋るようなベアトリーゼの眼差しに、クロードはそれくらいならばと頷く。
職場にも食堂はあるが、込み合っている時間をさけつつ仕事のキリの良い時に向かうと大抵人気のメニューはなくなっている。そして、不人気のメニューをもそもそ食べることとなる。
最悪、何も残っていないことや食堂が営業時間外だと閉まっていることもある。
そうすると、軍備品の携帯食を齧りながら冷めた茶か水で押し流す羽目になる。
ベアトリーゼの差し入れが来るまで、修羅場の友は常にこれだった。味は最悪で栄養価は少々偏りがちだが腹にはそれなりに溜まるのだ。
「嬉しい! その、ちょっと新しいレシピで作ってみましたの!」
ニコニコするベアトリーゼに、家宰も微笑ましそうに表情を緩めている。
ダニエル達を見るときの、出し忘れて異臭を放つ生ごみを見る目とは大違いであった。
ふと、クロードは弟のことを思い出した。
(そういえば、最近ローゼス……フォアグラがとれそうに膨らんでいましたね)
たびたび新レシピの実験台になる弟だが、激太りという容姿を犠牲にしてベアトリーゼとのダイエットに付きあってもらうという名の稽古をつけてもらっている。
ガチョウではないが、立派な脂肪肝になっていそうなメタボフォルムだった。
最初は何事かと思ったが、婚約して二年ほどして慣れた。
クロードが何かが美味しかったというとベアトリーゼは小まめにリサーチして、クロード好みの味を徹底分析・研究してくるのだ。
渡されたバスケットはやや大きかったが、くいっぱぐれるか不味い飯をかき込むよりはマシである。
ベアトリーゼの愛情の込められた、クロードの為の幸せの重さだった。
読んでいただきありがとうございました。




