可哀想な婚約者(クロード視点)
クロード視点で暫くお送りします。本編で入らなかった裏話も入ります。
ベアトリーゼが帰る際、ひと悶着があったがケッテンベルから馬車を出してその場を収めた。
立つ鳥跡を濁しまくりのダニエルには呆れよりも嫌悪が出てくる。
そして、それと暮らさなくてはいけない上、それを諦めて容認しているベアトリーゼに同情した。恐らく、何度も期待しては裏切られてきたのだろう。
十歳の少女が受け入れていい状況ではない。
苦々しさを抱えて家に戻ったクロードはフリードと話し合うことにした。
まだ親の庇護の必要な少女――それも実の娘に対し余りに酷いダニエルの仕打ちである。マーカスはカンカンに怒っており暫く部屋に籠っているという。
「いやー、よくやったクロード。まさかベアトリーゼ嬢があんなにお前を気に入るとはなー。可愛い令嬢じゃないか!」
「私も驚きましたよ。しかし、マルベリー伯爵は何を考えているのでしょう。娘を置き去りにして帰るなんて」
「どうやら父上に絞られて這う這うの体で逃げたらしいよ。あれは自分の苦手な物や嫌なものからは目を背ける典型だろう」
「さっさと追い出して掌握しますか?」
「いや、できなくはないがその前に埃を洗い出した方がいい。
今はまだベアトリーゼ嬢が成人するまでは大丈夫だと高をくくっているはずだから、情報を集めて二度と貴族社会に復帰できない様にしておくべきだ。
くれぐれも、取りこぼしはないようにな。
ルビアナ達は兎も角、ダニエルは本当の父親だからな。そこが厄介だ。
今日のベアトリーゼ嬢の様子からするに、食事を抜かれたり暴力は振るわれたりはしていないようだが……」
気を使っているとは思えない。マルベリー家にベアトリーゼの味方がいるのだろう。
ダニエルの無能さから言って、隙をつくのは難しくない。
「解りました」
「念のため父上が月に二度の茶会の席を設けさせた。
ケッテンベルとマルベリー、それぞれで行う。ベアトリーゼ嬢が虐待されていないかの監視でもあるから、なるべく時間を作ってくれ」
「善処はします」
クロードとしても、自分に全力で好意を寄せてくれる――というよりビシバシぶつけてくる女の子を無下にはしない。
恐らく、今までベアトリーゼが酷い目に遭っていないのは、未だにダニエルよりエチェカリーナを主人と仰ぐ人間が多いからだろう。
世話や身なりを整えているのは、古くからの使用人たちである。
ダニエルは碌に仕事をせず、家宰の言われるままにハイハイと書類にサインしているだけだという。
家宰はポプキンズ辺境伯が、マルベリー伯爵家を取り仕切っていた頃からの忠臣だ。
それでもコソコソと遺産を使い込んでいるという噂は絶えない。
裕福なマルベリー家だからどうにかなっている。
後日、マルベリー家の使用人たちの有能っぷりと、ダニエルの無能っぷりに悪態をつかずにはいられないクロードであった。
そして、ローゼスではなく自分が婚約者に選ばれてよかったと思うことになる。
ローゼスではあの使用人たちを御せない。
義理の兄の立場では、マルベリー伯爵家を掌握するのは難航するだろう。
幸い、クロードに重度の恋煩い状態のベアトリーゼ。使用人たちはベアトリーゼが大事なようだし下手を打たなければ、穏便に味方に引き入れることはできるだろう。
その頃のベアトリーゼはというと――
「それでね! 今日も、クロード様がかっこよかったのおおお!!」
スババババと照れ隠しスパーリングを無言で受ける執事に、思いっきりのろけていた。
最近は従僕では避けることも不可能となってしまった。
(日に日に拳が鋭くなっております、お嬢様……!)
あの小さく引っ込み思案な女の子が、と成長の目覚ましさに胸が熱くなるのであった。
時折フェイントも入るため、きちんと話は聞いていないといけない。
ベアトリーゼのテンションと、連撃の変調はシンクロしているのだから。
(ですがこのルドルフ、伊達に先々代からこの屋敷に仕えていません! ドラゴンすらデコピンで仕留める大奥様たちにくらべれば!!!)
その日のクロードは、特製ソースとレタスとトマトと牛パテの挟まった『ハンバーガー』なるものに舌鼓を打つこととなった。特にパテの牛肉は甘い油がジューシーなのにくどくなかった。
サンドイッチとはちょっと違った形だが、バーガーは持ちやすいように紙で包まれているしおしぼりやナプキンが数枚付いていた。
(素材がいいのか? 肉がいい。この前の迎賓館で食べたフルコースより美味いな……)
栄養が偏らない様にフルーツベースのスムージーとサラダも付いていた。
サラダは食べやすいように細かく刻んであるし、最初からドレッシングと和えてある。
その気遣いに、ふと笑みの零れるクロードだった。
初恋と共に覚醒したベアトリーゼは絶好調だった。
かつてはすっかり冷遇するようになった父親や、大きな顔をする義理の家族たちに表情は陰ることが多かった。
今はシカト気味なほど気にしていない。
そんな暇があるならといわんばかりに、愛しい婚約者の為に素材にこだわった料理を趣味とし始めた。
時折現地に買い付けに行くほど、アクティブに動き回っている。
「お嬢様、これは何の牛ですか?」
「黒毛和牛? ズドーンってマッチョで大きい割には繊細なサシが綺麗に入っていていいわよね。ちょっと二足歩行していたけれど」
「それって魔物じゃないですか……?」
「え? ひいひいお祖母様直伝のレシピによると、黒い二足歩行の牛は『最高A5ランク黒毛和牛』だそうですわ。
少々気性が荒いのが難点ですがどの牛よりも美味なので、見つけたら即座に首をコキャッとやれとありました。暴れて肉が傷つくことや、堅くなることがあるそうなので」
コキャッとの部分で、両手で何かを挟んで回すようなしぐさをするベアトリーゼ。
厨房に居た料理人たちは、肉の成れの果てで唯一残った頭を見る。
すっかり光を失った目は、どこか悲し気であった。
この牛もまた、ベアトリーゼの愛の犠牲になったのだ。
あまり知られていないが、強力な魔物の中にはそれはそれは美味な食料となる物が少なからずいる。
だが、大抵は食べる前の狩るという段階でつまずいて食卓に上がる可能性はほぼゼロに等しい。
「普段は僻地の住処から滅多に出てこないらしいですけれど、珍しく群れで見つけましたの。
思わず全部仕留めてしまったけれど、正解だったわ。
クロード様にお召し上がりいただくレベルになる前に、肉がなくなってしまうところでしたもの」
多分その群れは、人間の集落を襲撃に来た魔物の軍勢というべきものだったのだろう。
魔王はここ数百年とんと音沙汰もない存在感だが、時折腕に覚えのある魔物たちが徒党を組んでやってくるのだ。
大抵、ポプキンズ辺境伯領を大きく迂回してやってくる。
あの場所を通るとサクッと討伐されてしまうからだ。
「今回は軽食の様に食べやすくハンバーガーにしましたけれど、次はステーキかハンバーグにしようと思っていますの。
お仕事を頑張っているクロード様には、精を付けていただければ!」
これをきっかけに、クロードに『黒毛和牛』ブームが来てしまい近年ハルステッド王国の脅威となり、悩ませていたミノタウロスの軍勢がとある勇者の末裔に御命頂戴されることとなる。
ちなみに、最後のミノタウロスの首領を仕留めた時の彼女のセリフは
「最近の食糧は、生意気に武器なんて持っているのね」
だったそうだ。
ミノタウロスを肉といって何が悪い。
ついに彼女は黒毛和牛の真実に気付かぬまま、ハルステッドから根こそぎ殲滅したのだった。
ちなみにクロードが自分の好物の正体を知るのは、彼がマルベリー伯爵となって数年後にとある倉庫で大量のミノタウロスの斧を発見したのがきっかけである。
稀少なミスリル合金で作られた頑強な斧は、鉄の鍬と同じように並べられていた。
色々と胸に去来する衝撃はあったものの、また『黒毛和牛』が迷い込まないかなと思うあたりクロードも相当図太かった。
読んでいただきありがとうございました。




