第四部 95
霜柱立つ日まで 95
卒業まで最後の一週間ともなるとほとんどが卒業式の予行練習であったり、作文書きだったり、卒業生を送る会の全校集会だったりとか、結構行事が多い。
「やっぱし羽飛だと話が早いよね」
「おおさ、どんと来い!」
「面倒な説明しないでもさ、あっさり話が進むからすっごい楽だよねえ」
「ほんとそうだね、怜巳ちゃん」
奈良岡と玉城が楽しげに語らっている。卒業生も在校生たちにそれなりのプレゼントを用いせねばならないという慣例があり、クラスの女子たちがメインでオリジナルクッキーと造花をこしらえている。もちろんクッキー作成に当たっては奈良岡が担当で家庭科室を借り切って特訓を行っていたとかいないとか。クラスごとに内容が異なるとは聞いている。
「羽飛くんがちゃんと先生と話をつけてくれたから、家庭科室もすぐにみんなの都合いい時間に押さえることできたし、男子のみんなも力仕事手伝ってくれたし」
「ほんっと手際良すぎ」
いやあそれほどでも、と頭掻いて謙遜したいのだが実際あっさりまとまったのだからしょうがない。これが立村だと最初に菱本先生との余計なバトルがあり、そのあと話を持っていくにしても他クラスの連中との打ち合わせなどで時間を食い、結局自クラスが大損といったパターンが多い。遠慮深すぎるといえばそれまでだが、貴史のように特別面倒な事情を知らない場合はそんなの関係なくやりたい放題させてもらうだけですむ。
「まあ俺もなんかへまやってるかもなとは思うがなあ」
「やってないやってない! 羽飛くんが全部切り盛りしてくれたおかげだよ」
「本当にそうだよ。いったいこの三年間私、怒りっぱなしだったけど羽飛が仕切るようになってからはもうおかめさん状態だもんなあ」
──まあそう見えないこともねえか。
正真正銘のおかめさんは奈良岡だとしても、あのボーイッシュショートできりきり立村を罵倒していた玉城の性格が落ち着いてきたことには異存がない。
「なんかなあお前らと話してると、俺ってすげえいい男って気するんだけど、それ勘違いって奴か?」
「自分で言った段階で限定だっての!」
ぎゃあぎゃあ笑いつつ、貴史は決心した。
──今日の昼休みだな、行くか。
立村は三年D組の教室にいた。早退する気配は、ない。
──立村とどこで話を付けるか。
玉城と奈良岡との会話からしても、もう立村がクラスのリーダーとして振舞うことは許されていない状態だ。立村本人もおそらくそのつもりはないだろう。貴史が堂々としきっている状態だが、正式なものではないのもわかっている。
菱本先生からも、特に急かされるわけではないにせよ視線を感じることはある。
なんらかの形で貴史も動かなくてはまずいと思っていた。
いくなら今日しかない。昼休みが終わればロングホームルームが行われる。ここでも仕切り役は貴史と美里になりそうだが、ここでなんとか全員の前で決着をつけないとならない。なあなあで流したのではなく、きちんとけじめを付けるべきだろう。
美里とも何度か話をし、貴史のよかれと思うタイミングで、とは言われている。
──やっぱ、これから行くしかないわな。給食食ったら、さあ行くか。
貴史は美里をみやった。打ち合わせしておきたいがまあいいだろう。気配ぐらいは感じてほしい。クラスメートが全員揃った、先生が戻ってくる直前あたりを狙おう。
昼休み終わりの一分前、立村が教室に戻ってきた。
いつものようにどこぞへ逃げて時間つぶししている。他の連中の情報からするとあのE組だろう。三年D組の教室にいることはあまりなく、貴史もなかなか立村を捕まえるのが骨ではある。
──やっぱりあの杉本っていう女子に張り付いてるのかよ。
事情はどうでもいいとしてもやはり面倒であることには変わりない。立村にとってあの杉本という女子が「特別」であることは理解したつもりだ。だがここまでおおっぴらに出かけるというのはどういうことなんだろうか。かつての自分なら問い詰めたいけれどもそれが果たせないのも事実。貴史は立ち上がった。立村のいる廊下側先頭の席に向かった。机の上には英語の手書きノートが広げられている。赤チェックがところどころ入っている。すべて立村特有の文字の形をしている。
「立村、いいか? 今、話して、いいか」
久々に声をかけてみるとどうもきつい言い方になってしまうのがわかる。別に喧嘩をふっかけているわけではない。ただ、堅くなってしまう。
「いいよ」
立村は静かに答えた。友だちに対してというよりも、知り合いに向かってといった他人行儀の匂いがする。
──他の奴、見てるか。どうだろ。
クラスの連中の表情をざっと確認した。南雲と目が合い気まずい以外はさほどのものもない。思い切って言葉を放った。
「来週の卒業式の後なんだけどな、クラスの打ち上げ、やるだろ。本当だったらお前と美里が仕切って会場とかそういうとこ押さえるんだろうが、立村、今、そっちまで手、回らないだろ」
問いかけてみる。立村は無言のままじっと貴史を見据えている。いやな予感がするが呼吸を整え、何事もないような顔で続けてみる。
「これ、菱本さんも言ってたんだけどな、もしお前がそっちの方しんどいようだったら、俺と美里であと一週間、評議関連の仕事、全部仕切ることにするけど、どうする? 俺はかまわないんだ」
一気に言い切った。立村の表情が変わるのを待つが、特段驚く様子もなかった。穏やかに、ただ感情は全く見せることなく、
「もうとっくに任せてるだろ」
あっさり答えた。そう来たか。開き直っていると見える。少し爆薬を詰めてやりたくなる。
「なりゆきでそう見えるかもしれねえけど、評議はお前だろ、三年間」
どう出るか、確認する前に立村は即答した。全く表情は変わらないままだった。
「いいよ、羽飛に任せる」
そこまで言い切った後、ふと周囲をぐるりと見渡した。そのあとゆっくりと貴史を見返した。いらだちとかそういったマイナスの感情は感じない。ふと貴史もクラスの連中がみな一言も発せずに様子を伺っていることに気がついた。
──みんな見てるか。やっぱそうか。
なんだかまずいような気もする。方向転換をすべきか迷った。気づいていたのかどうかわからないが立村は、口元にかすかな笑みを浮かべ、貴史に残っていた迷いを断ち切ってくれた。
「これからの一週間は、羽飛がクラスを率いる方が必ずうまくいくはずだと俺は信じてる。それだけの力があることも、俺が一番よく理解している。だから、あとのことはすべて、羽飛、お前に任せる。俺はここで、黙って見ている」
──本当に?
息が止まる。本気で言っているのか、それとも建前なのか。今の貴史にはそれが見分けつかない。立村についてはまだ自信がない。
「本当に、俺で、いいのか」
立村はだめ押しをするように大きく頷いた。奴にしては芝居が買っているようにも見えたが、笑顔を見せた。
「俺は信頼してるから」
──本当に、信頼してるのか?
疑問が百パーセント消えたわけではない。立村が自分の本心を隠す性格だということは貴史もよく知っている。それでも、ただ湧き出すものには勝てなかった。やっぱりこいつは、心底いい奴なんだ。たぶん、
「立村、サンクス、あとは俺に任せろ」
背中を二回叩き、肩に手をかけた。たぶんこいつは、自分が思っているよりもずっと、ずっといい奴なんだと。
菱本先生が入ってきて、美里もすぐに黒板のチョークを片手にスタンバイしている。目と目が合った。小声で貴史に囁きかける。
「終わったね」
「まだだろ」
息を合わせ、貴史は教壇の上から菱本先生に声をかけた。
「菱本先生、じゃあこれから、最後のロングホームルーム、行くけど、OK?」
「よし、任せたぞ! 羽飛、清坂!」
すべて準備が整った。ここからは青大附中三年D組最後のロングホームルーム突入だ。
最初は軽く菱本先生と前座の駆け引きをしてみる。先生のそばに近づき、
「ええと、てなわけで、いきなり卒業式後の話となるんだけど、いいか、先生」
思い切りため口で話を切り出す。クラスの連中が乗りよく話を聞いてもらえるよう枕を置く。
「お前らそのことしか考えてないのかあ?」
「だってさあ、こういう全員揃っているとこで決めねえと、また心配だろ?」
「なにがだ」
「俺たちがアルコール入ったとこでどんちゃん騒ぎして、補導されて、『青大附中三年D組卒業式後のご乱行』なんて新聞一面に載っかっちまったら、先生もやだろ」
「お前ら、想像力豊か過ぎるぞ」
途中美里も口を出してくる。
「だから、ここで決めるんです。先生、いいですよね」
「わかったわかった。最後だししっかりやれ。俺は口出さんぞ」
やりとりが一段落したところで貴史は教壇ど真ん中に戻った。話が脱線しないうちに戻ることにする。
「それじゃあ、まず卒業式後の打ち上げなんだけどな、どこでやるかってことなんだけど、今評議委員会の中でもいろいろ意見が出てるわけで、まず俺としてはさ、教室でクラスの連中だけとじわあっとやるのも悪くないけど、どうせ俺たち四月から別々のクラスになっちまうわけだろ? それにこのクラス、三年間同じだったし顔もほとんど替わらなかったわけだろ? だったらさ、そんなこじんまりとしたやり方よりも、他のクラス合同でなんかぱあっとやろうぜって話が出てるんだ」
美里とかねて打ち合わせていた案をここでどばっと出す。たぶん他の連中には知られていないはず。奈良岡が穏やかに問いかける。
「全クラスって、ABCDクラス一まとめにして? 百二十人くらい?」
ここは美里に任せる。
「そうそう、そういうことなんだけど、でも、そんなたくさん入らないのは私たちもわかってるので、せっかくだったら全クラス、それぞれの教室に誰でも入れるような形にして、三年生限定の学校祭みたいなのりにしたらどうかなって、今思ってます」
「それか、せっかくだったら教室を一部屋にしぼって、ぎゅうぎゅう詰めでやるってのも手だと俺は思うなあ。先生だったら、どっち選ぶ?」
菱本先生が口をもぞもぞさせているのでしゃべらせてやる。
「教室も悪くないがなあ。どうせなら借りる教室を家庭科室とか技術室とかそのあたりにしてだ。二クラスくらいを一部屋に入れて、あとはみんなで盛り上がるってのはどうだ?」
「二クラス、かあ」
不満そうな美里に、菱本先生は細かく説明を続ける。
「四クラスとなると、人の波で誰が誰だかわからんだろ。大学でも卒業式の後謝恩会ってのがあるんだが、あれが殆ど何がなんだかわからん状態で、盛り上がったという感じがつかめぬままお開きになるのがいつものことなんだ。だが羽飛、清坂の言う通りクラスの連中三十人だけで盛り上がるだけというのも、もったいないよな。それこそ他のクラスの奴と触れ合うのもよいし、また教師の立場としてもこれから先、自分の生徒以外の奴と繋がりができるのも嬉しいことだ。ということでだ。俺としては大きい教室を借りてそこで、二クラスずつって形にした方がいいんじゃないかと思っている」
「なるほどなあ、先生、サンクス」
──随分先生も話変わったなあ。
先日、生徒相談室で話を聞いた時とは方向性が変わってきているが、それぞれいろいろ考えるところもあるのだろう。それほど貴史も自分の案にこだわりはないし、クラスの連中も楽しければそれでいいと思っているだろうし、その点はあっさり流す。
「じゃあさ、先生、その教室ってさ、今から借りられるかなあ?」
肝心なところをまずは押さえておく。菱本先生の案も悪くはないのだが、部屋が借りられなけれればしゃれにならない。
「わかった、俺が話しとこう。ただなあ、他のクラスの兼ね合いもあるから、そこんとこも相談する時間をくれ。どうだ、そんなとこで」
──ラッキー! じゃああとは任せるぜおとっつあん。
ここで突っ込むつもりだったのだが一歩遅く、こずえに割り込まれてしまった。無念である。
「ありがたやあありがたや! やっぱ菱本先生、やるじゃん、さっすが、一家のパパ! 羽飛、じゃあこれで決まりってことで、よい? 次は食べ物調達だよね。この辺は女子の管轄だし、手伝うよ」
──なんでこいつまた俺の予定をへしおるってんだろうな。
タイミングがどうもずれる。意地でもここは貴史の方針で進めようと思う。
「うんにゃ、その前にもうひとつやるべきことがある。その会に、何人くらい、出られるかってことだよなあ。あとただ食い物食ってるだけじゃあわびしいから、なんかクイズ大会とかビンゴゲームとか、そんなことの準備もせねばならないしなあ。これから一週間、超特急でやらねばならないんだけども、誰か手伝ってくれる奴、いるか? あんまりたくさんじゃなくていいんでさ」
誰かかしらいるだろう。読みどおり奈良岡が手を挙げた。
「じゃあ、私が手伝うよ。たぶんこれで、私が青大附属で一緒に盛り上がれるの、最後だもん。ぜひ手伝わせてほしいな。そうだ、私、クッキーとカップケーキくらいなら用意できるよ!」
──あと、もう一人か。
貴史が考える間もなく、即、こずえが続いた。なんでこのふたりこんなにわかりやすいんだろうか。自分に超能力あるんでないかと思いたくなる。するする進む。
「美里、私も立候補!」
その後隣の立村にこそこそと話しかけている。立村が首を振っているところを見ると立候補を進めているのかもしれない。この辺りはさっさと無視して進めることにする。
「じゃあ、卒業式打ち上げの委員は俺、美里、そいで姐さんと古川、以上でオッケーか?」
無理やりこずえの手によって立村が引きずり込まれるのを避けたいというのもある。さっさとまとめ、すぐに放課後の集合をかけることにした。面倒なことはちゃっちゃと終わらせて次、また次!
「では緊急の集まりってことで今日の放課後、よろしくな」
今度は隣りの美里がリードして進めた。
「それともひとつ。一緒に組むクラスは先生の方から決めてもらうってことでいいかなあ。一番楽なのはいつも体育や家庭科が一緒なC組だけど、それだけだとつまらないって人もいるだろうし。だったらもう、ロシアンルーレットって感じで決めちゃった方がいいと思うんだけど。どうですか?」
誰も何も言わない。貴史と違って美里相手の場合、どことなく空気がどんよりする。立村主導の時よりましといえばそうだが、やはり美里はいまだに敵をこさえているのだろう。まあいい、これは一週間で片がつく。貴史は美里に小声で、
「早く決めちまえ」
促した。美里も頷き、すぐにまとめた。
「誰も反対意見出さないようなので、これで決めます。あと、ええっと、何決めるんだったっけ、貴史」
意見を問われると何か言いたくなる。少しだけ考える。ああそうだ、忘れていた。念には念を入れてみなさんのご予定伺いをしとかねば。貴史は美里をどやしつつも次の質問をクラス全員に放った。
「肝心なこと忘れてるっての、おいおい当日、なんか卒業式の後用事がある奴って、いねえよな?」
立村が逃げないことを祈るしかない。手を挙げないでほしい。それだけだ。ちらと様子を伺うが特に動きはない。しかし廊下側の先頭席ではなく、最後列でひらひら手を挙げる奴がいた。
南雲だった。
「あのさ、悪いんだけどさ、俺、この日、どうしても都合が悪くてなんないんだけど、それってまずいっすか」
「南雲くん?」
美里がびっくりしたように南雲を見つめた。てっきり予定の言い訳をするのは立村くらいだと見ていたのだろう。菱本先生が怪訝な顔をして尋ねている。
「どうした南雲、用事でもあるのか」
「いやあ、すんません。実は俺の家の難しい事情がいろいろありましてですね。どうしても家族一丸の会議を開くことになっちまってるんですよねえ。ほんと、うちの恥をさらすようで悪いんですが、人生においてかなりいろいろ恥ずかしい問題が起こってるもんで、詳しいこと、言えないんですよ。ほんっと、申し訳ないんだけど、この日はまず卒業式で幕ってことにしていただけないかなあと、思うわけっす」
──家族の事情かよ、しかも会議かよ?
南雲についてはあまり詳しい事情を聞きたいとも思わないが、まあ参加できないという正当な理由があるのならしかたない。あっさりそのままOKしようと口を開きかけた時、南雲はさらに畳みかけてきた。
「それと、もうひとつなんですが、これは規律委員長としてのお願いをばよろしく」
──何が規律委員長だ、てめえとっくに引退してるだろうが! 元ってつけれよ!
「ほうほうなんだ」
ぶちぎれそうになる貴史を美里が教壇陰で足を踏みつけ制止した。その間に菱本先生が詳細を聞き出そうとしている。南雲は気味悪い笑みを浮かべ、貴史に目線を置いた。
「俺の場合はまだ口に出せたけど、人それぞれ家庭事情とか、その他いろいろ事情のある奴がたくさんいると思うんですよねえ。俺ももし、本当のことずらっと並べろって言われたら、ぎゃあとか言って逃げますし。たぶん、この中にはそんなこと言えないで悩んでいる奴もたくさんいると思うんですよねえ」
──こいつ、てめえ、お前、俺に公開ガン付けしてるってのかよ!
さすがにこれは受けて立つしかない。
「何言いたいんだ!」
「当日になっていろいろ事情のある奴も出てくると思うんで、この場で全員参加を前提にしちまうのはどうかと思うんだよなあ、俺としては。そうじゃないっすか? むしろ、参加できると確信している奴の数だけまず確認して、人数分の食い物なりカップケーキなりクッキーなりを用意してもらい、当日参加可能な奴を数人プラスする形でまとめたら、いかがっすか? それの方があせらないでいいと思うんですがねえ、いかがっしょ」
──てめえ、何考えてるんだ!
事情があるんだったら別に不参加でもかまわない。本音は確かにそうだ。
南雲だってその「家庭の事情」がある以上身動き取れないのはわからなくもないから貴史もとりあえずは受け入れるつもりだった。しかしなんなのだ。南雲の言い分は。まるで貴史が無理やり全員参加を強要して嫌がらせをしているよう聞こえる。
──これは正真正銘、俺に対する挑戦状だろ! そう取ってどこが悪いってやつだぞ!
貴史は正真正銘、ぶちぎれた。売られたけんかはロングホームルームにふさわしいやり方で受けるしかない。鉄拳なし、しょうがない。
「そりゃあそうだが、だが最後だろうが、全員出るのがほんとだろうが!」
立村が居心地悪そうに俯いているのが気になるが、それは無視だ、とことん無視だ。
「だから、いろいろ家庭事情で出られない奴のことも、考えてやったらどうっすかって言ってるの」
南雲のペースは変わらない。さらっと、おもしろがるような口調で貴史にぶつける。
「それでも都合つけるのが卒業生だろうが!」
──家庭の事情だからって大目に見てやろうと思ったらこんなやり方しやがって、もう容赦しねえぞ!
「あのさ、お前言える? ちょっとやばいとこの病院で手術しねばならなくなったんで、俺、欠席しますとかさ。妹の近親相姦疑惑でもって裁判がありますのでいかねばなりません、ごめんって普通言えるか? 言えないだろ? まあこれはたとえ話にしても人にはそれぞれいろんな事情があるし、できたら言いたくねえこともあるんじゃねえかって俺は思うわけ。別に豪華なオートブル用意するとかそんなんでもないんだろ? その辺でクッキーとかそんなもの用意する程度だろ? だったらあとで飛び入りした奴にも土産にできるし、腐るものを用意するわけでもないんだし、なあ、俺そう思うんだけどみなの衆、どうおもいまっか?」
美里が貴史の足を教壇の陰で蹴飛ばした。かなりきつく、足首にがつんとくるほどに。
すぐに割り込み、話の軌道修正を行っていた。貴史は美里の加減しない蹴り力に恐怖しつつ、気持ちを切り替えることにした。とりあえず立村は何も意思表明しなかった。それでよし。参加するかしないかは、あいつ次第。
「南雲くんの意見もそうだなって思うよ。貴史、とりあえず、当日確実に参加できる人の数だけ取ってみようよ」
「じゃあ、当日、確実に参加してオッケーって奴、どんぐらいいる?」
詳しく確認してみると、すべての生徒が参加できるわけではやはりなさそうだった。
「参加したいんだけどね、やっぱぎりぎりにならないとわからないし」
「そういうわけかあ。んじゃ、しゃあねえな」
「そうだね、じゃあ南雲くんの案通り確実参加可能組と、当日大丈夫かも組に分けて、準備だけどんどん進めていこっか! 私も他のクラスのみんなに声かけてみて、合同でできるかどうかも相談してみるからね」
ふと見ると、奈良岡がそっと南雲の様子を見つめ、なにやら手紙を渡していた。
いったい本当にこいつらどういう付き合いだったんだろう。わけが分からない。
──やはり、俺に惚れてたってのは何かの勘違いだったんだろうなあ。奈良岡のねーさんよ。
別に残念な気持ちもないが、南雲に対しては最後まで天敵で終わりそうな気がする。あと一週間で変わるとも、変わりたいとも思わない。