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第四部 94

「貴史、みさっちゃんが来てくれたわよ」

 土曜の昼下がり、昼飯食ってベットに転がっているところで母から呼び出された。

「今行く。車庫に行ってろって言っといて」

 母が怪訝な顔をしているのをよそに、貴史は部屋の片隅にまとめておいた風呂敷包みを抱え、手提げに詰め込んだ工作道具一式を片手にぶら下げそのまま降りていった。

「車庫って何なの」

「工作とかやるから、うちの中汚したくねえってだけ。見たいなら見ればいいじゃねえの」

 言い残し、素早く長靴を履く。スニーカーなんてかったるくてやってられない。ちょうど今は父も会社で車はおいてないし、うるさい姉も学校で遊んでいる。部屋の中だと母もちょこちょこ顔出しに来るが車庫ならそれほど邪魔もされない。最初からそのつもりで美里を呼びつけておいたのだった。

 ──さーてと、これで試すとすっか! 

 風呂敷包みにはこの二週間、貴史が全身全霊で作り上げた魂の品が収まっている。

 美里に見せたら驚くに決まっている。


「寒いね」

 顔を合わせるやいなや、第一声がそれだった。美里も私服で、真っ白い荒編みのセーターにジーンズ姿だった。ぷっくらしたダウンジャケットというめったに見ないボーイッシュスタイル。今日のここでの目的をちゃんと理解しているとみた。えらいえらい

「だから厚着してこいって言っただろ」

「わかってるわよ。けど、そうだね。ここだったら安心していじれるね」

 貴史は車庫内の電球に灯を入れた。蛍光灯ではないが十分光は取れる。

「とりあえずだ。まず見ろ。こういうもんだ」

「どーれどれ」

 美里に命令しておいた以上自分もがっちり冬仕様の格好で降りてきた。手袋も持参した。ただ結び目を解くのだと素手でないとまずい。しゃがみこんでゆっくり開いた。

「うわあ、すごい、どうしたのこれ! もう借りてきたの?」

「まあ、持ってみろや」

 指差して促す。美里が恐る恐る持ち上げ、再び絶叫する。車庫の中なので響くことは響く。

「ちょっと、これなに! 軽すぎる!」

「だろ。軽いだろ」

 早めに貴史は種明かしをしてやった。目の前にある真っ赤な面の獅子頭を指差して、

「これな、実は全部発泡スチロールなんだ。冷蔵庫とかテレビとかに使う詰め物を組み合わせて作ったのがこれだぞ。全部俺ひとりでやったんだ。どうだ、まいったか!」

 言い返すと思いきや、美里はにやにやしながら親指を立てた。

「おみそれしました。あんたに一票あげる」


 まずは美里と発泡スチロール製獅子頭との対面式を行う必要がある。美里はまじまじと手にとって眺めながら何度も貴史の顔を見た。立ち上がってさらに上に掲げ、

「かるーい!」

 の連呼。

「気、つけろよ。壊れたらしゃれになんねえよ」

「わかってる! けどすごい。ほんとこれ、遠くからみても、ううん、近くから見ても絶対本物だとみんな思っちゃうよ。私も気づかなかったもん」

「だろ。本物を知る俺の目に狂いはないのさ」

「どうだか、って言いたいけど今回に関しては脱帽ね」

 次に美里は恐る恐る、

「かぶっていい?」

 貴史にお伺いを立ててきた。もちろん、それが次の目的だ。

「かぶれよ。でなかったら話になんねえだろ」

「そうね」

 両腕で抱えざるを得ない大きな獅子頭を美里は頭に載せた。少しぐらつくようで、首がふにふにしている。あまり見栄えがいい動きではない。

「うーん、いまいちだなこりゃ」

「どこがよどこが!」

「なんか、お前がかぶったとたんどうも露骨なハリボテに見えちまうんだよなあ」

「なぜあんたそんなにこだわるのよ」

 美里はかぶりものを外し、丁寧に風呂敷の上に載せた。

「あとはここで私があんたに肩車してもらってこれかぶってればいいんでしょ。あんたがその間なんかしゃがんだりたったりして」

「それが大変なんだというのがわからねえのかよ。いいか、お前の体重を俺の肩で支えてだ。それでどうやって動けってんだ。本番前までには五キロは痩せろよ」

「はあ?」

 呆れたように美里がつぶやく。

「俺の腰がおかしくなったら慰謝料請求するぞ」

「冗談! 獅子舞やろうって言い出したのあんたじゃない!」

「話に乗ったのはお前だろが!」

「けど痩せなくちゃいけないなんて今頃言われたって遅いじゃない!」

 またヒステリーを起こされそうだ。すぐに方向転換し、貴史は話を逸らした。

「わあったわあった。それよかお前、このこと誰にも言ってないよな」

「当たり前よ。この前も言ったでしょ。こずえにも内緒にしてるって」

「それならいいけどな」

 声のよく響く車庫の中で喚き散らしていると寒さも吹っ飛ぶ。少しガソリンくさいのも気にならない。貴史はしゃがみこみ、自分の肩を叩いて美里を促した。

「そいじゃ、軽くリハーサルやってみっか。お前、乗っかれ。まずなんも抱えないでそのまんまで行けるかやってみるからな」

「倒れても絶対ダイエットなんてしないからね」

「状況による」

 軽口叩き合いながら美里はそのまますとんと貴史の背中にまたがった。両肩に足をかける格好で乗っかった。


 ──まあこんなもんだろ。

 小さな子どもを高い高いするのとは勝手が違うにせよそれなりに歩くことはできそうだった。天井に美里の頭がつきそうなのであまり派手な動きはできないにせよ、ぎっくり腰になる心配はなさそうだ。

「どうだ美里、こんぐらいで動けるか」

「うん大丈夫。たぶん。けど本番は前が見えないとちょっと怖いかも。小さくていいからのぞき穴作ってほしいな」

「オッケー、その点は安心しろ。ただしっかりつかまってろよ。まじで落っことしたら大惨事だからなあ。卒業式だろ。中止になっちまったら悪い伝説になっちまうぞ」

「大丈夫。でも本番まで練習したほういいね。これから時間みつけてやろうよ」

「そうだそうだ」

 いつものことだが美里とのコンビでしくじることはほとんどない。

 中学卒業式のイベントだからといって、臨時評議として紛れ込むとしても。

 ──絶対、成功するに決まってるだろ。

 

 三年D組卒業証書授与の際に何を行うか。

 天羽たちの提案でクラス代表……ほとんどのクラスは評議委員男女の登壇となるが、D組だけは諸般の事情により貴史と美里のコンビで参加することになる。表向きは本来クラス評議である立村が勤めるべきところなのだが、

 ──今回立村は英語答辞を読み上げるという大任を仰せつかっている。

 という理由からその座を譲ったことになっている。実際はクラスのほぼ大多数から羽飛貴史クラス代表待望論によって押し上げられたというのが本当のところではあるけれども。貴史も菱本先生から言われて受けざるを得なかった。覚悟もないわけではなかった。やるからには中途半端なことをしたくなかった。というわけで、二週間かけてこしらえたのが見た目獅子頭実は軽すぎるほど軽い発泡スチロールという代物というわけだった。

 ただ、絶対に誰にも知られないように準備を進めたいという気持ちはあった。

 ──美里以外には。

 青大附中卒業という節目、実際は高校へそのまま持ち上がるわけだしさほど気にする必要はないという気も最初はしていた。しかし、水口や奈良岡のように他の高校へそのまま進学する奴もいるし、他クラスではあるけれどもいろいろ事情があって姿を消す生徒もいないわけではない。それならば、曲がりなりにも無事にクラス全員が卒業できることをめでたく祝うイベントを考えてもいいのでは、と貴史なりに考えた結果だった。

 

「けど、あんたが獅子舞やっててほんとよかったよ。これ他のクラスの人たち絶対思いつかないよ。かぶんないよ」

「だろが。俺だって正月いつも暇してたわけじゃあねえんだ」

 町内会のおじさんたちに誘われて小学校時代から毎年参加していた「獅子舞」。正月だけのイベントなのと実際獅子舞を踊るわけではなく、獅子の後ろにくっついて騒ぎながら歩くだけなので何か練習することは特にない。ただなんとなく、動き方などは頭に入っている。見ているうちになんとなく覚えているといえばいいのだろうか。

「頭は借りようかとも思ってたんだけどな。冷静に考えるとあんな巨大なものお前がかぶれるわけねえし、それ以前に女人禁制とか言われそうじゃねえの」

「重たそうだもんね。それこそ私、限界までダイエットしろってことになっちゃうよ」

 今のところあと用意するものは身体を全身覆う布だけだ。これは緑色の無地布を用意して白い絵の具で適当に書いて行こうと思っている。さすがにそこまで用意することは難しいが手作りでごまかせないものではない。貴史と美里をすっぽり覆い被せられる布についてはすでに準備が整っている。こちらは美里に任せて、縫い物を担当してもらうことになる。

「そっちの方はどうなんだ? 準備万端か?」

「もうちょっとかな。首を突っ込むところをゴムにしてるんだけど、今の頭をみた感じだともうちょっときつくしたほうがよさそうだよね。でも、大丈夫。絶対間に合わせる」

「姉ちゃんたちにはばれてねえだろうな」

 念を押した。学校が違うとはいえ、母経由で学校にばれ、同時に菱本先生にばれ、などとなったらせっかくのびっくり企画、がっくりくる。

「当たり前! 夜こっそり描いたりしてるんだから。安心しなさいよ」


 しばらく美里と獅子頭の練習を繰り返した。さすがに何度も美里を担ぎ上げるとしんどくなるのも当然のことで、最後は車庫に転がっているダンボールの上にへたりこんだ。

「あーしんど。今日はこのくらいでいいだろ。なんか母ちゃんに食い物もらってくるか」

「ううん、いいよ。それより」

 白い息を吐きながら、美里は天井の白電球を見上げた。

「あんた、この前菱本先生に言われたこと、準備してる?」

 疲れた風に、つぶやくように。

「なんだよ」

「ほら、立村くんに」

 言葉を選ぶように一旦黙った。続けて、

「あんたがクラスの代表として卒業まで仕切るってこと、ちゃんとあの人に言った?」

 ──あのことかよ。

 貴史は肩をいからせて腕組みをした。そう、そうなのだ。

「あと一週間しかないよ」

「んだな」

「どうするの。このまま忘れてたってことで流すのもありだと思うけど、あんたとしてはあそこまで菱本先生にはっきり言っちゃった以上何もしないってことはなしだと思うんだよね。けど、立村くんに言える?」

「言えるに決まってるだろ。あとはタイミングだ」

 そこなのだ。一週間、貴史もクラスの様子を鑑みながらいろいろと考えてはいた。美里にはまだ、菱本先生との対談以降特に相談もしていなかったので何も考えていなかったように思われるかもしれないが、貴史なりにはそれなりの計算がある。

「タイミングかあ」

「そういうこと。俺としてはあと一週間っつう、月曜の朝を考えてるんだわな」

 美里が黙って貴史を見据えた。

「月曜だとちょうど一週間後。俺なりにはちょうどいいタイミングだし、立村にとってもぎりぎり許せる期間かなと思ったんだ。一週間だと切りもいいしな。理由はねえよ。ただ中途半端な時期で言うよか、割り切れるだろ」

「言いたいことはだいたいわかるよ。そうだね。一週間だけちょうだいってのだったら立村くんも受け入れやすいかもしれない」

 美里は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「それでもしもめるようだったらそれもきっかけになるだろうし、それこそ一週間しかねえから我慢するってのもありだと思う」

「立村くん、拒否なんてしないと思う」

「わかってるそんぐらい。だがな、その一週間がこの獅子舞だってことが卒業式でわかれば、あいつもあとあと許してくれるんじゃねえのって気がするわけなんだわ」

「そっか。獅子舞だと、さすがに立村くんは思いつかないもんね」

「そういうこと。あいつが絶対思いつかないてか、やりたがらないことを俺たちふたりがやるのだったら、かえって引いたほうがあいつも得、そういうこと」

「あんたもちゃんと考える時は考えるんだね」

 さりげなく失礼なことを美里はつぶやいた。


 立村のプライドを傷つけずに卒業前最後の一週間をもらい、そこで立村の性格上絶対やりたがらない「獅子舞」のような派手な出し物を用意する。もしも立村が自然に思いつくようなことであれば、あいつのことだ、いじけるのは目に見えている。全くベクトルの違うことを貴史と美里が企画したと考えれば競合しあったりはしない。

「それにな、俺も一度はやってみたかったしな」

「何を?」

「そりゃあ、獅子舞だろ」

 たぶん町内会でも古参にならないと無理だろう。中学坊主はまだまだ青二才。

 せっかくこういう機会をもらったのだから、やりたい放題やるしかない。

「それに美里も今の体重でいつまでいられるかもわからねえしな」

「あんた、今なんて言った?」

「俺も腰が持たねえし。今やらねえと、もしお前と三年後の高校卒業式で組んだとしてもお前の巨大さに押しつぶされてお笑いになっちまったら冗談じゃねえよ。お前んとこのおばさんと同じ体重だったと考えてみろよ」


 無言で美里に頬をつねられてから、お互い黙って玄関から入りなおすことにした。このままだと身が持たない。ここで休戦、母に頼んでココアかコーヒーかまんじゅうか、何かお菓子を用意してもらって美里の機嫌をとってもらうに限る。


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