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第三部 87

霜柱立つ日まで 87


 轟の一方的な攻撃演説の間、貴史の隣りで美里が何度も腰を浮かせようとしたが、突然振り返った近江の不可思議な笑みに止められ、ふたたび落ち着いた。

「ちょっと言い過ぎっぽくない?」

「いやいいだろ」

「私も、あのくらい言ったっていいよね」

「いややめとけ」

 貴史は美里のノートをひっぱり、あえて制止することにした。

「お前に今の轟を圧倒する力なんかねえよ。それにな」

 素直に思ったことを第三者として言ってやった。

「まんざら、間違ってねえだろが」

 美里は黙った。ただ唇をかみ締めていた。 

 ──負けたと思ってるんだろな。

 貴史もあの出目金出っ歯の轟琴音があそこまで佐賀生徒会長を叩きのめしに行くとは思っていなかった。もちろん立村にほの字で、修学旅行にあえてデートを嘆願したくらいなのだから、それなりの気持ちはあるのだろう。しかしそこに繰り広げられている言動はその甘ったるい予想をはるかに超えていた。男子三年評議連中の表情がすべてを物語っている。

 もう完全に貴史は傍観者としてしか関われそうにない。評議委員会と生徒会の合体が何をもたらすのか、どうしたいのかなど正直どうでもいい。美里たちが慌てている様子を伺うのも正直疲れた。ただここの結果をそのままひっかかえて、

 ──立村に、どう伝えるか。

 ──あいつに、なぜあんな超チンピラキャラを作ったのかを問いただす。

 ──そして最終的にはあいつと一対一でとことん勝負する。

 このくらいの利用はさせてもらってもいいような気がする。

 ──あくまでも俺のたどり着く先は、立村との勝負なんだ。

 無理に美里を泥沼に押し込んでどたばたする必要はない。轟が背負ってくれているならそれで任せておいたほうがいい。


「轟先輩のお言葉を返すようで心苦しいのですけれども」

 佐賀が微笑みをそのまま崩さず、少し戸惑った風に答えを返した。

「今私と立村先輩との会話が誤解を招くような内容であれば申し訳ないのですけれども、私、決して生徒会でのいろいろな話し合いがその、あの、評議委員会のみなさまの問題につながったとは言いがたいところがあると思うんです。お友達同士の会話で少しとげとげしてしまうところはどうしてもあります。でも、そのことがもし先生たちに伝わったとしてもそれはあくまでも友だち同士の話であって、轟先輩がおっしゃるようないじめではないと思うのですがいかがでしょうか」

 遠慮がちに、それでも明らかな反撃に。側の霧島も渋谷も、その他の生徒会役員たちも黙っている。

「それに、個人のお話になるのであえて控えてきたのですけど、私たちがたまたまそのきっかけになったらしいとする人との会話は先生に知らされても別に問題ないように思います。先生たちにも、一年以上前からそのことは問題として認識していただいているようで、私が生徒会長に任命された時も、ある程度厳しいことになっても状況によっては話し合いをしていただけるということで伺ってます」

 轟が少し驚いた表情を見せた。それに合わせてか、佐賀もこっくり頷いた。

「もちろん私が誤解を招くようなことをついしてしまったことについては謝ります。でも、今のお話をそのまま先生方になさっても、おそらくですが評議委員会の方々に問題があるのではという結論には、どういう方向から見てもなってしまうのではと思われます」

 ──まあ、そうだなこりゃ。

 貴史もその辺は感じていた。轟の「生徒会室が火種で起きたA組傷害事件」も、教師連中からすれば生徒会イコール火種という認識hじゃされない可能性が高い。全く別個のものとして処理することも可能だ。轟の奮闘も認めるが、すでに生徒会側では裏ルートで教師方との話し合いがすんでいる以上、評議委員会ががんばっても無駄なのではと思わざるを得ない。むしろ、轟の論における後半の「評議委員会の経験を提供して今後の糧にする」ことの方がはるかにプラスになるような気がする。

「私、轟先輩のお言葉をすべて否定するわけではありません。評議委員会のみなさまがいろいろなさってこられた経験を受け入れたいしぜひ今後の参考にさせていただきたいとは思います。でも、これも本当に失礼なんですけど」

 また言葉を切り、大きく結った中国娘風の髪型に片手を当てて整えた。

「あえてこれも先生たちと相談させていただいたのですが、今までの経験に引きずられるあまり、どうしてもそれにとらわれてしまいそうな気もします。評議委員会で得た経験は貴重なのは分かってます。私も、評議委員してきましたから。でも、その経験を知っているために思い切った方法が取れないとか、その枠の中から飛び出せない、いわゆる『子どもの世界』の限界にとどまってしまいそうな気も、確かにするんです」

 ──まじかよ、きたかよ、もろ反撃じゃん!

 どうやらやわらかい口調の佐賀は、轟の提案など最初から相手にする気がないらしい。

「私、それよりは、全く白紙の状態ですべてに当たってみたらどうなるかって考えてます。過去は過去、未来は未来、そうわりきれればいいですけどやはり私たち子どもですから、どうしても引きずられてしまいそうです。それであればあえて、知識豊かな大人のみなさまの意見や他の学校の人たちの意見など、青大附中のものとは別の情報をもっと仕入れて、その上で構成しなおしたほうがいいような気がします。これも先生たちと最近ご相談したことなのですけれども。他の生徒会の方々と接することによって、井の中の蛙であることを最近、痛いほど気づいたので、なおのことそう思うんです」

「そうですか。生徒会イコール井の中の蛙ではなくて、評議も含めてですか。ずいぶん幅広いですね」

「青大附中という楽園がありその中でのみ通じるものがあるのは感じてます。でも他の学校ではそれは異なるのは当然のことです。これから将来私たちも社会に出て行きますのでそのために出来るだけ早く、別世界を見ておきたいという気持ちはございます」

 轟はしばらく首をかしげて目を吊り上げるようにして佐賀を見据えていた。何かを思案しているようだった。片手を腰に当てたまま、

「ということは、評議委員会からの過去の情報も要らない、必要ない、そういう解釈でよろしいですか」

「そういうわけではないのですが、おそらく先生たちがそれを求めてらっしゃらないのではという印象があります。そうですよね、霧島くん?」

 いきなり振られた霧島が大きく頷いた。

「会長の仰るとおりです」

「そうですか。残念です。そこでひとつ気になる点が先ほどのお話でひとつございましたがよろしいですか」

 いきなり口調が砕けた風に変わった。

「どうぞ」

「立村くんが言ったことがもし間違っていると断言できるのならば、ここではっきりと答えるべきでしょう。ここで聞いたことを百パーセント否定できるのならば、はっきりと証拠を持って返事をしておいた方が、明日以降くだらない噂に悩まされないですむんじゃないでしょうか」

 轟の方向転換に誰もがついていけずにいる。

「今、会長は他の中学の生徒会や大人のみなさんとの接触を重視したいとおっしゃいましたが、私はひとつ、会長に関して気になる情報をとある筋からいただいております」

「それはなにか」

 何も考えていないように素直に答える佐賀会長。

「佐賀会長は個人的な目的で特定の中学生徒会に接触しているのではという、あくまでも噂レベルのお話ではありますが、伺っております」

 轟の矛先はなんだか思い切り話を逸らす方向に持っていっているようだ。

 ──なんだそりゃ? 


「美里なんだありゃ」

「わかんない! 琴音ちゃんしか知らないことだと思うよ」

 美里も理解できていないらしい。貴史は言葉を追うしかない。


「先ほどの立村くんとのやり取りを伺っておりまして思い出した次第です。生徒会はあくまでも公共の立場で接しなくてはならないものと伺っておりましたが、佐賀会長は最近やたらと、特定の中学生徒会に接触しているのではという情報が入ってきております」

 いきなり空気がどよんと変わった。今まではきわめて折り目正しい生徒会と評議委員会の今後について語り合ってきたのだが、突如、別の絵の具が投下されたような感覚だ。

「何のことかよくわかりませんが」

 戸惑った表情でまた髪を直すしぐさをする佐賀を、轟は手を緩めずに続けた。

「一年前にさかのぼります。評議委員会主導で行われていた水鳥中学との交流セッションですが、その準備会の段階で佐賀会長がある男子生徒と接触してらしたという情報がございます」

「それが、どう関係あるんでしょう? 意味が全くわかりません。それに私、その頃は生徒会にも評議委員会にも関わっておりませんでした」

「水鳥中学との交流会はご存知の通り当時評議委員長の指名を受けていた立村くんが主導で行っていたことです。交流そのものはみなさんご存知の通り六月半ばに行われてよい付き合いを続けることができるようになったわけです。ただその際、佐賀会長が評議委員に入り、そこで特定の男子生徒と交流を続けてさまざまな情報を仕入れていらしたという話を複数の方面から耳にしました」

「あのう、私も少し戸惑っているのですが、轟先輩、それ、私だけではなく他のみなさまも同じだったと思います。立村先輩も、水鳥中学で当時生徒会副会長だった関崎さんとお友だちでしたし」

「そうです。評議委員長と相手校の生徒会副会長が交流するのは自然でしょう。もちろん佐賀さんもその関係者とつながることにより得るものも多かったことでしょう。私がお伝えしたいのは個人でそのような活動をするのは間違いではないけれど、今は公人である以上、ある程度の制限はかかるのではありませんか。もし交流するのであれば生徒会全般でお話するとかそのような形にすべきではないのでしょうか。少なくともその男子生徒の自宅を訪ねてこっそりといろいろな情報を得たりとか、いかにも後ろ暗いことをするのは避けたほうがよろしいのではと思わざるを得ません」

「あの、でも立村先輩も評議委員長の時に関崎副会長といろいろリレーのコーチとか」

「そうですね。これも反省点でしょう。立村くんには前もってそのことははっきり言ってもらうべきでした。彼も当時は公人でしたから。でも、そういうことがあったからご自身は許されるという論調は間違いです。少なくとも立村くんは関崎副会長と走る特訓をしてもらった時、評議委員会にそのことを持ち込もうとはしませんでした。評議委員長としてではなく一個人として、三年D組のリレー選手としての責任を果たすべく連絡を入れただけしょう。しかし、佐賀さんのなさったことは、他の学校の生徒に青大附中の機密事項をすべて流し、その上で助言をもらい、こっそりそれを自分の手柄のように振舞っておられたのではないでしょうか。何も後ろめたいことがなければ、それこそ生徒会のみなさんと相談すればいいことでしょうに。そういう過去がある以上、今仰られた他の学校との交流は佐賀さん本人の私益にしかつながらないのではありませんか? 先生のご意見と言われればそれまでですが、単純に佐賀さんが自分自身の人間関係を深めるためというのは、間違いでしょうか?」


 さっぱりわけがわからない。

「美里、わからん、なんだありゃ」

「私だってわかんないけど、でも、たぶん」

 美里は耳元に口をくっつけてささやいた。

「佐賀さんもしかして、新井林くん以外の人と付き合ってたってことかも」

「ちょい待て、それ、めちゃくちゃ会議の話とずれてねえか?」

「ずれてるけど、でも、琴音ちゃんにとってはつながってるのよきっと」

 みな、ざわめきが止まらない。それはそうだろう。轟の発言は非常識もいいとこだ。評議委員会の介入を佐賀生徒会長がうまく丸め込もうとしたところ、今度は本人の「浮気」に近い言動を証明しようとしているわけだ。これこそ「プライバシーの侵害」じゃないだろうか。貴史も佐賀の彼氏が新井林というのは知っていて、そいつが目の前にいる。いわゆる「浮気された旦那」状態だというのに、これはひどい。

「新井林くんかわいそう」

 じっと新井林の頭を見つめて美里がつぶやく。

「琴音ちゃん、ほんとにどう着地させたいんだろう。わかんないよ」

「わからねえでいい、美里」

 貴史は言い切った。伝えておかねばならないと思った。

「お前は、これから先、立村にどう伝えるかだけ考えてろ」

 貴史からしたらこの茶番はどうでもよかった。頭の中でこねくり回した限り、評議委員会としては轟によって最後っ屁かませたいだけのような気がする。たとえここで言い負かしたとしても生徒会側が反省するとも思えないし、この場で言いたい放題したとしても結局四月になれば評議委員会の面子は代わる。その上でまた新しい展開があるかもしれないが、今激しい議論を戦わせているのがほとんど三年……生徒会側は除外……と考えると、もうどうしようもないのではないか。のらりくらりと交わす佐賀会長としては、早く来い来い新学期と念じて、教師連中と生徒会のみで話をあわせ、あとでこっそり新井林のご機嫌とりでもしてやり過ごすつもりなのではないだろうか。貴史が佐賀の立場だったらたぶんそうしているような気もする。いや、天羽だって同じ状況だったら絶対そうしているはずだ。

 そんな先の見えたつまらない結果よりも、まだ終わっていない卒業まであと一ヶ月の締め切り事項のほうに貴史は力を注ぎたい。まだE組に隠れたまま戻ってこない立村とどうやって語り合えばいいのか、なぜあんなわけわからないことをやらかしたのか、なぜ、貴史をあれだけ避けるのか。そして、

 ──俺が、お前にしてやれることはないのか。

 それを面と向かって尋ねたい。

 ──どうせ俺は評議代行なだけであって、本業は三年D組のまとめ役ってとこだ。こんなわけわからねえことはちゃっちゃと置いちまってだ。あとはなんとか、立村をだな。


 いきなり、教壇前の男子が立ち上がった。新井林であることは明白だった。

 後姿の、スポーツ刈りが少しだけ伸びたような頭。身を轟に向けた。

「俺の顔を立てて、どうかこれ以上会長を責めるのはやめていただけませんか!」

 問い詰め続けていた轟の顔をじっとにらみ付けている。すっと佐賀会長を背にして立ちはだかり、

「もうこれ以上、佐賀会長を責めたてるのはやめて、もっと互い協力しあう方法について語り合いたいです。だから、もう、どっち側の攻撃をするのもやめにしてもらえませんか!」

 怒鳴りはしない。深く、重たい、沈んだ声での提案だった。

「俺は来期の評議委員長として、これから何をすればいいかを理解しています。三年の先輩方がご苦労されてきたことはわかってますし、これから先、俺たちが生徒会と交流してもっともっといいものを作り上げていくことが必要だとも十分わかってます。俺だってずっと評議一筋だったし、それにバスケ部で上に立つしんどさもちょっとくらいは分かっているつもりです」

 何度も「わかっている」を繰り返した。新井林は続けた。

「でも、先輩たちの持つ遺産みたいな奴を生徒会に押し付ける前に、まず俺たち二年生、いや、一年、それだけじゃなくてみんなにください。俺はまだ、先輩たちと腹を割ってとことん話したことなんて全くないし、天羽さんたちともこれから先の評議委員会についての展望も、それからさっき話を聞いた立村さんの本当の『大政奉還』の目的も、全く聞いてません。俺が聞いてないだけかもしれないです。けど、次期評議委員長としての俺が知らない以上は他の奴も、たぶんうちのクラスの奴も、他のクラスの奴も知らないと思います」

 腹から力を込めて、新井林は切々と訴える。

「俺がしたいのは、まず、天羽さんたち三年評議のみなさんから、その綿々と引き継がれたものを受け取ることです。それから、俺たち後輩たちなりに噛み砕いて、それから生徒会の人たちと一番ベストな方法を探りたい、それだけです。先輩たちが俺たちのこと心配するのは当たり前だと思います。けど、ここはあえて、次期評議委員長としての俺と、ここにいる一、二年の連中を信じてもらえませんか」

「新井林くん、それとこれとは違うのよ」

 厳しく言い放つ轟に、なおも新井林は食い下がる。

「互い、いろいろ間違ってたことは確かだし、人間誰でもやらかすことはあります。けどそんなこと、俺はどうでもいいと思ってます。少なくとも俺は、これ以上生徒会とけんかして権力争いなんてしたくない。権力よりも、互いに近づいてもっと何かができることないか、それをいろんなとこから探りたい。できれば評議委員会だけでも何かできないか、他の委員会にも役立つことが見つけられないか、そういった方面からも探りたい。やりたいことは一杯あります。けど、それを今すぐ結論付けるのではなくて、どうか俺たち後輩たちを信じて、ぱあっと鳩を飛ばすみたいに放ってもらえませんか」


 どこかから、拍手が聞こえた。

 委員会にかかわりのないグループからだった。

 次に聞こえたのは、一年、次に二年の評議委員男子チーム。そのうちに少しずつ拍手の音が大きく膨らみ、残りの三年評議グループを覗いてみなが激しく手を打っていた。

 隣りの美里が、大きく頷き、新井林に向かってつぶやいた。

「新井林くん、かっこいいよ」

「ほお、立村ふっきって新井林に切り替えるつもりかよ」

「ばか!」

 貴史の頭を思い切りはたき、とうとう美里が立ち上がった。ゆっくりと轟琴音の側に行き、

「これはもう、新井林くんに任せようよ。琴音ちゃん、座って」

 そのまままっすぐ今度は天羽の側に行き、

「三年がこれ以上邪魔するのは、時間の無駄だよ。もっと私たち、評議委員会を卒業してからすべきことがあると思うよ」

 真正面から言い放ち、次に佐賀委員長を始めとする生徒会役員たちの前に立った。つまり、新井林の隣りだった。

「何があったかわからないけど、評議委員会として今までやるべきことはみな言い尽くしました。生徒会のみんなはもう、邪魔されたくないってことなんでしょ。私たち評議委員がこれからできることはみんな伝えたし、あとはもう、好きにやればいいと思います。それと」

 美里は新井林の真正面に立った。一度ゆっくり頷いて、

「新井林くん、私は、新井林くんが次期評議委員長でよかったと思ってる。他の人たちはともかく、立村くんが高い評価を次期評議院長に指名意味がここで証明されてるもの。だから、あとはもう心配してないからね」

 ふわりと微笑んだ。最近の美里が見せたことのない、どこかおっかさんめいた笑みだった。

「清坂先輩、俺は」

「ありがとう。外野が何言おうとも、新井林くんは自分の考えどおり評議委員会を運営してね。大丈夫。少なくとも私は、評議委員長を隣で見守ってきた観点から、新井林くんなら成功すると信じてるからね」

 美里は貴史の目線を一切無視して席に戻った。残された新井林が気の利いた感謝の言葉ひとつ出ずに呆然としているのだけが目立った。しかしすぐにそれも打ち消された。天羽に続き難波、更科の三人が近づき、ただ黙って握手を求めた。それに重なるように二年男子たちが手を差し出そうとしはじめる中、新井林は評議連中を背にやり、佐賀会長の前に立った。

「こいつらはみな、俺たちの味方だ。敵じゃない。評議だって生徒会だって、対決なんてする必要ないからな」

 そのまま教卓に手を突いてしゃがみこみ、

「だから、お前も怖がるな」

 それだけつぶやいたのが聞こえた。それが何を意味するのか貴史にはわからない。ただ美里の言う「浮気発覚」とつながるのであれば、たぶん許したことになるのだろう。いやはや、結局何がどう片付いたのか分からないうちに、佐賀はるみが微笑みのなか、

「みなさん、ありがとうございます、本日はこれで、終了でよろしいですか?」

 声を放つのを、貴史は席に着いたままただ呆然と眺めていた。


 ──結局、これ、なんなんだ? いったい? 美里もいったい何のためにあいつにあんなこと、言ったんだ? なんだよこのぐだぐだぶり。

 隣りの美里に話しかけようとして気づいた。席はもぬけの殻だった。


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