第三部 86
立村去りし後の三年A組教室はまさに混沌、カオスの極地だった。
──本当に天羽、これで片、付けられるのかよ。
本当は貴史もへらへらしながら去っていった立村を扉蹴飛ばして追いかけたかった。余裕で追いつくだろうし首根っこひっ捕まえて雪の中に突き飛ばしてやりたい気持ちで溢れている。それができずただぽかんと立ちすくむしかないのは、隣りの美里の思いつめた眼差しに引き止められたのと、目の前で、
「そいじゃ、しっきりなおしと行きましょ。近江ちゃーん待っててな」
眦がつりあがっている生徒会の連中プラス難波をなだめるような口調で、天羽がいそいそと教壇近くに立つ。さすがにさっきまで立村がやらかしたように、佐賀の隣りには立たなかった。新井林が仕方なさげに座ったのが最後、会議は再開された。
「とりあえずうちの元評議委員長が言いたい放題やってのけましたのはお詫びします。あいつも最近いろいろストレス溜まっているようなんでその辺は想像にお任せするとして」
まず天羽は両手をもみもみしながら切り出した。
「現評議委員長である俺としても、ずっと生徒会のみなさんとわだかまりあるなかで活動するのはなんか、いやってのはありますねえ。さっき立村がいろいろ話していた通り、評議委員、およびOB・OGたちを含めて波乱万丈な出来事が相次いだのは確かです。立村は一生懸命俺たちのことをかばってくれてそれはありがたいことなんですが、冷静に考えりゃあそんなわけがないわけありません。特に問題の中心人物である俺、天羽のまあ、なんだ、人間性って奴ですか。そういうものに問題があるのではというのも、また事実です」
──天羽、認める作戦できたかあ。
腰を押し付けてじっくり聞き入る。立村が佐賀を相手にまくし立てていた時には勢いに飲まれてはらはらしていたが、天羽の言葉だとそれほど怒りも感じることがない。むしろ当たり前、と思えるものもある。
「ただですねえ、評議委員長として言わせていただくと、個人のプライバシーに関する話を混ぜ込んでしまうとどんどんわけが分からなくなっちまうんでないかというのも正直あるんですわ。そうっすねえ、さっき、立村がいろいろ言ってましたけど、本来のテーマってのはどこにあるんですかってとこです。俺は別に、生徒会室で何があったかを知りたいとか、それがきっかけでいろいろ面倒なことになっちまったとか、それがきっかけで人間関係と先生方の信頼をパーにしちまったというか、そういうことを愚痴りたいわけじゃあありません。むしろ、俺としてはそういうややこしい問題を抜きにして改めて、なぜ評議委員会と生徒会同士の融合がなめらかなシュークリーム感覚で行えないのかが謎なんでさあ」
──天羽、言いたいことは分かるがちっとも面白くねえぞ、そのギャグ。
奴なりにすべってしまうギャグを嘴ってしまうほど、必死なのだろうとは思う。
「お言葉ですが」
いきなり立ち上がったのは霧島弟だった。
「短く答えさせていただきます。先ほど僕たち生徒会の考えをお伝えしたはずですが、最終判断は先生方にあります。立村先輩はそれなりにいろいろお考えで元生徒会長である藤沖先輩に提案なさったのでしょうが、その結果として評議委員会には半分の権限を与える価値もないと見切られてしまったゆえの展開だと、お考えにはならないのですか」
狐顔を尖らせて、ちらと三年評議連中を見返した。
「まあ、先生方が割り込んできたってのは俺も立村も誤算ではありましたがね」
「生徒会長もおっしゃったとおり、本来であればそのことは僕たちの判断ではなく先生たちの最終的な決断で、生徒たちが嘴を挟むものではありません。ですが、その一方で僕たちはこのまま評議委員会のみなさんに何も言わずさっさと欲しいものだけもらっていくのが申し訳ないから、このような会を開いただけのことです」
──どこが短いんだか。
何度見ても霧島ゆいとそっくりなその面を眺めつつ、貴史はひとつ前に腰掛けている難波の肩を眺めた。こわばっている。凝っている。思い切り揉んでやりたい。
「それに、付け加えますと」
割り込むように立ち上がったのはヘアバンド女子の渋谷だった。どうも霧島がしゃべるとどうしてもむずむずしてくるらしい。きんきんする声でわめきたてる。
「なぜ生徒会側に先生たちがお力添えしてくれるかというと、結局のところ評議委員会の培ってきた人間関係がややこしいからに他ならないのではないでしょうか! 天羽先輩の件が全く関係ない? どういうことでしょうか? 通常人間関係ってそんな促成栽培みたいに出来上がるものじゃないですよね? ずっと同じメンバーだったのであれば、一年、二年、三年と積み重なってくるものでしょう? それでたまたま何人かが委員から離れたからといってその人間関係って崩れるものですか? 関係なくなるものですか? そういう人間関係が出来上がる場所に問題があった以上、どういうきっかけがあったにせよその場所に問題があると判断するのは、普通ではないでしょうか? ねえ、みなさん、そう思いませんか?」
──どうでもいいけどうるせえなああの書記も。
隣りの美里も口を開きかけては飲み込んでいる。何かを言いたいのだけはわかった。
──なんか言っちまえよ。
美里のノートに書きこんでやる。ちらと美里が貴史をにらみ、首を振る。
──できるわけない!
──うちのクラスで言ったことそのまま言っちまえよ。
目を大きく見開き、美里が直接口で問いかけた。
「何よそれ」
「立村がなんで『大政奉還』したがったかその理由だ」
はっと気がついたように美里が口を押さえる。
「そっか、そうだよね」
「生徒会側は完全に権利を全部持ってくことしか考えてねえだろ。話、思いっきりずれてるだろ。ここで少し、立村がなんで藤沖相手に『大政奉還』させたかったのか、あいつの過去も含めていろいろあったってこと、しゃべったってばちあたらねえだろ」
部外者の貴史からしたら、この会議の存続意義事態よくわからない。大げさにわめきたてているけれども結局のところは、「船頭ひとりだけでいいから船から下りてくれないか」の一言につきる。ふたりで仲良く漕ぎましょ、という立村の提案もありかなと判断したのだろうが、実際その船頭の腕が危ういと判明した以上、出来る奴を別に挿げ替えて意思統一して懸命に漕ぐことを勧めたい、ただそれだけのことだ。観た限り天羽も腕力はあるし十分過ぎるものがあると客観的には思う。だが、生徒会からしたら全く価値観の異なるグループと一緒に漕ぎ漕ぎするのはいろいろとストレスが溜まるのだろう。だったら、せっかく先生がたのお勧めもあるし、潔く引き下がっていただけないかと頼みたい、そんなところだろう。
「生徒会だけで固まっちまったら、立村の目指す、学校の連中みなやりたい奴が交じり合える環境下じゃなくなっちまうだろ。大本そこだろ? 生徒会との権力争いなんじゃねえ、立村は評議や生徒会だけではなくて、もっと大きな視点から考えていたんだってこと伝える必要があるんじゃねえの」
「そう、そうだよ、貴史」
美里が手を挙げようとした時だった。
女子のひとつ前にいた席の女子が立ち上がった。
B組だった。
轟琴音だった。
隣りの難波がぎょっとして轟を見上げている。教壇側の天羽もひょっとこづらしている。明らかに仕組まれたものではなさそうだった。
「琴音ちゃん?」
響きの美しい名前を美里はつぶやいた。
出目金出っ歯の代名詞、轟はぐいと背を伸ばしたままぐるりと教室内を見渡した。
「お言葉ですが話がだいぶそれているようなので、修正していただいてよろしいですか」
歯のすきまからしゅうしゅう音が聞こえるようだ。どことなく発音が異なっているような感じがする。
「今日の議題は本来であれば、評議委員会と生徒会の融合がテーマだったのではないですか。私はそう最初聞いてきましたが、蓋を開ければいつのまにか互いの罵倒し合いのみでなんの発展性もないように思えます」
片手を腰に当て、唇の端をくいと上げた顔がどことなく魚の真正面からみたものに似ている。周囲もがやついているのがまだ止まない。
「生徒会長のお言葉によりますと、青大附中評議委員会が先生方から顰蹙を買っていてそこにすべてを任せることを危惧しておられた、それゆえに常識をわきまえた生徒会に権限をすべて引き渡し、評議委員会はクラスまとめに徹していただきたい、そういうことかと認識しましたがそれは正しい認識ですか」
「その通りです」
誰よりも先に渋谷が答えた。
「その原因が評議委員会のメンバーが引き起こしたトラブルに起因するものと決め付けておられるようですが、それはもともとの委員会内の風土によるものという解釈でよろしいですか」
「はい」
力強く、いやみっぽく、言い切る渋谷。轟は動じずに続けた。
「生徒会長としては、そのトラブルが全く起こっていない生徒会が権限を一括して管理する方がすべて丸く収まるとお考えですか」
「当たり前でしょう」
すべてここまでは渋谷の返答だ。佐賀はるみは何も言わない。穏やかな表情でこっくり頷くのみだった。このあたり、立村とやりあった時とほとんど変わらない。みな動揺しているなかで唯一冷静なのがこの女子なのかもしれない。そんな気がする。
轟はひとつひとつ確認を続けていく。
「では最終目的としては、ここできっぱりと評議委員会と生徒会との線引きをきっちりと行い、今後は互いの範疇を守り領域を侵さないようにしていただきたいと、そんなわけですか」
「露骨な言い方ですがその通りです」
鮮やかだが、どうみても評議委員会を負けに持っていきたくてならない質問にしか聞こえない。轟はふむふむ頷きながら、渋谷ではなく佐賀生徒会長に向かい呼びかけた。
「それであれば話は短くすむはずです。生徒会のみなさまが仰るとおり結論は出ていますし先生方の判断も生徒会寄りであれば本来はこれで決着はついています。ですが私が理解できないのはそれと、評議委員会で起きたさまざまな人間関係のトラブルを無理やり結びつけて縁を切る方向へ持って行こうとしているかです」
朗々と言い放つ轟の声を、それでもまだ一年、二年の男女生徒たちは聞き流している。時折「なんだろうあのブス」「気持ち悪いよねあの歯並び」とか、轟の外見を正確に観察して語り合う声が聞こえる。
「本来そのような話題はこの場には必要ないのではありませんか? 先生方が判断を行うに当たって確かにそれらの出来事は参考事象のひとつになりえます。しかし、生徒会と評議委員会とがこれから先ベストな形での関係を作り、権限の線引きを行うだけの話し合いであればプライベートに関連する話題で長々と引っ張り合うのはどんなものでしょうか」
「ですからお宅の元委員長がうちの会長にくだらない話を吹っかけてきたから私たちだって」
渋谷が噛み付く。否定できないと思いきや、轟は冷静に、
「うちの委員長が失礼を働いたのは認めます。その点は謝罪します。ですがあの場で明確になったものがあるのではありませんか。今まで評議委員会のみの問題として先生方の目から処理されてきた出来事が、実は生徒会側も一枚かんでいたという事実が証明されたのではないでしょうか」
「誰が事実と言いましたか? 生徒会室できっかけらしきものがあったことは認めますが、それは一方的な評議委員会さん側の一方的な言い合いに過ぎません」
「そうでしょうか。私は現場にいませんので断言はいたしかねますが、先生たちの問題視した一件はどの方向から見ても評議委員会と生徒会それぞれの立場で深く関わりあって起きた出来事ではないでしょうか。私ひとりの判断で信用していただけなければ、この内容を今からしかるべき場所で、大人の目で分析していただく必要があります。生徒会長の仰るとおり私たちは中学生で、子どもです。子どもの認識で判断するのは危険ではありませんか?」
──こいつ、こうきたかよ!
隣りの美里が目を見開きっぱなしのまま凍りついている。
自分の手元にあるカンペンケース」を思い切り叩こうとしてあえて止めた。余計な茶々入れるべきではない。轟琴音、こいつはただの出っ歯出目金じゃない。
──生徒会の奴らが「先生方の言い分」をやたらと押し出してきたから、轟は反対にすべてを大人の目の前にさらけ出して審判を求めてきたってことかよ! けどまじいんじゃねえ? それだと、評議委員会だって道連れだぞ。
立村や天羽が話していた内容がすべて事実とするならば、西月の傷害事件を含む展開の一コマに生徒会が噛んでいると判断せざるを得ない。評議委員会だけが問題視される言われもない。もちろん評議委員会も罪を逃れられるわけがないが、少なくとも天羽らのみつるし上げは避けられるはずだ。
轟は冷静に滔々と語り続ける。
「ただ、それを行うことで生徒会のみなさんにはどのようなメリットがありますか? 私からすれば全く見当たりません。まず、ひとつとしてひとりの生徒を集団いじめと誤解されるような行動を、生徒会役員が取ったということ。青大附中はいじめ問題に対して厳しい措置を行う学校であることは痛いほど理解しておられると考えますがいかがですか」
「確かにその通りです」
静かに佐賀はるみが答えた。見た目冷静だが、目の前でおろおろしている新井林を困ったように眺めている。そのまま轟に目線を向けた。
「その後のみなさんご存知の事件は評議委員会の問題に切り替わります。先ほど委員会内の風土、という言葉が出てきましたがそれは認めざるを得ません。評議委員会がそのような閉鎖的な環境に置かれていて、一切外部との交流を拒絶していたところは認めます。ただし、追加して言わせていただければ、今回の『大政奉還』はその現状を打破するために行われたものです。ここは非常に重要な点ですが、お気づきですか?」
心なしか、轟の言葉に針金が入ったように聞こえた。
「ご存知でしょうが、今回評議委員会が自分らの抱えていた権利を生徒会と分け合うことを判断したのは前期評議委員長である立村くんの意見です。私たち評議委員すべての意見が一致したわけではありません。立村くんの目的はひとえに、閉鎖された委員会組織を開放して、携わる人材を流動化することにあります。つまり、立村くんは青大附中委員会がすべて部活動化していたことを危惧し、それを打破するための一案として『大政奉還』を提案したということになります」
さすがに静まり返った教室内。美里の表情は固まったまま動かない。
轟の相棒、難波も同様で両腕を組んだままただ見つめている。
天羽は身動きしない。更科が小声で阿木とささやき合っているのが聞こえる。ひとりのんびり頬杖ついて外を眺めているのは近江ひとり。
──こいつも、あいつの本心を見抜いてたってことか。
──美里だけじゃねえのか。
「立村くんはこの提案を当時生徒会長だった藤沖くんに行った段階で、まさか生徒会が一まとめに持ち去ってしまおうなんてことは考えていなかったことでしょう。本来であれば佐賀生徒会長の言い分通り先生受けのよい生徒会に預けてしまえば一番楽ですから。それをあえて評議委員会も一枚噛むことに拘ったのは決して権力惜しさではありません」
拳を腰に当てて述べ立てる轟の口調が誰かに似ているようだが、ふと思い出した。いつか見た刑事ドラマの女検事だ。えらくおっかない姉ちゃんだった。
「六月に行われた水鳥中学との交流会を覚えていますか。あの時にも生徒会のみなさんにご参加いただいたかと思いますが、できるだけ多くの一般生徒を集めるようにというのが立村元委員長の指示でした。あの委員長の性格なので強引に、というわけではありませんが出来る限り委員会に携わったことのない人たちを積極的に参加させてくれ、というのが強い希望でした。本日もそうですよね。今まで委員会に参加したことのない人たちがここにはたくさん集まってますよね」
──確かにそうだわ。一、二年、そうだなこりゃ。あ、俺もか。
「同舟呉越とは言ったもので、本来であれば気心しれたメンバーのみでやりたいものでしょう。しかしそれだと組織が硬直化してしまい、後から参加したい人たちの入る隙間がなくなってしまう。同時にすべてを評議委員会が請け負ってしまっては、他の委員会の仕事がなくなってしまう。できるだけ手分けして仕事を分配し、その上で多くの派生した道筋をこしらえること、これが立村委員長の目的でした。決して、佐賀委員長をいじめるだけの能無しではありません」
──なんてかこの、すげえ言い方だな。
「残念ながら立村委員長の志は半ばにして潰えましたが、その代わり天羽委員長が残りの意思を背負い生徒会のみなさまと意見をすり合わせてきたわけですが、どうも話の内容からしますと、第二の悪しき評議委員会の道を歩もうとしているように見受けられます。それこそ、立村委員長が一番恐れていたことです。協力しあうことにより、組織をファミリー化させずに外部の生徒たちが積極的に出入りしやすい場所に育てていく、これが目的にも関わらず気がつけば生徒会ファミリーに戻ってしまう。それを恐れるゆえに私たち評議委員会はうざいと思われるくらいしつこく、合同の行動に拘ってきました」
窓辺の雪が白くはりついてくる。どんどん、積もっていくのが見える。窓ガラスを揺らすような轟の声。いつもの自信なさげな卑屈さはない。
「あえて申し上げれば、評議委員会を学級委員会に押し込めるような形でもある意味仕方がないのではと、個人的に考えています。あくまでも生徒会側のみなさまが外部に開かれた形でファミリー化されないように心がけていただければの話ですが。ですがここで思い出していただきたいのですが、生徒会のみなさまは私たち評議委員会が今までどのようなノウハウを生かして行事を仕切ってきたか確認なさったことありますか?」
「いいえ。お噂だけは」
佐賀の返事を引き出し、満足したのか轟はにやりと笑った。
「同時に天羽くん、生徒会の役員のみなさんがこんなに団結力強いのはなぜかとか、確認したことあります? 私たち評議委員会とは違ってずいぶん鉄板だけど、確認しようとしたこと、あったかな」
いきなり振られて戸惑う役割の天羽が哀れなり。コミカルに頭を抱え、
「トドさん、ねえなあ」
へらっと答えた。
「そういうことです。私個人の認識ですが、生徒会のみなさまと接していて感じるのはどの世代にも共通する団結力です。つーといえばかーと答える鋭さ、私たち評議委員会の質問に対してどの役員の方も即答できる頭の回転の速さなど、さすがと感じる次第です。残念ながら今の三年世代にいる評議委員メンバーにそこまでの結束はありません。そこが評議委員会の弱点であると同時に先生方から見切りを付けられた原因でもあるでしょう。ですが、私たちはこれまで三年間、いえ、結城先輩、本条先輩の委員長時代を含めると五年分の経験とノウハウが蓄積されています。今までは一子相伝で委員長候補が一年かけて学びそれで動かしてきたわけです。つまり、本来であれば立村くんがその知識の塊です。それでも立村くんは天羽くんにそれらの情報を丸ごと譲り、ついでに生徒会の人たちにも公開して一緒に行動をしたいと提案しました。そういう情報すら、まだ得てないというのに一方的に権利だけもらって喜ぶのは、ずいぶんもったいないことではと感じざるを得ません」
「そんなたかが、ノウハウなんて大げさな」
小声でつぶやく渋谷の声を無視して轟は続けた。
「評議委員会の経験と生徒会の団結力を利用してもっと素晴らしい行事を組み立てられると思ったから、立村委員長は『大政奉還』を提案したということはご理解いただけましたか。そのことよりも誰がいじめたとか誰が問題を起こしたかといった話に時間を割くよりは、これからどのように手を取り合っていくかが最大のテーマでしょう? さらに申し上げれば、生徒会の皆さんだけが先生たちの援護射撃を受ける形で活動したとしても、今度はそこから追いされた評議委員会を始め他の委員会たちが孤立してしまう可能性もあります。生徒会ファミリー化のために家族になれなかった委員会の生徒たちが孤立し、そこからさらに外にいる生徒たちも同様に取り残されてしまいます。それは立村委員長が求めた理想像ではありません。同時に先生たちも決して、生徒会だけが仲良しグループとして凝り固まってしまうことは望んでおられないのではないでしょうか」
轟は締めに入った。
「所詮私たちは義務教育期間の子どもです。先生たちの言い分を受け入れざるを得ない中学生です。それならば、私たち生徒が出来ることは、かつて評議委員会が抱えてきた豊富な情報と体験を提供し、それを参照しながら生徒会が互いの意見をかみ合わせつつベストな方法を探るのが一番よい方法ではありませんか。評議委員会には『教師は反抗する相手ではなくて利用するもの』という価値観があります。先生方が責任を取ってくれるのであればどんどんとことん利用しましょうよ。そのくらいのしたたかさを青大附中の評議委員会文化として持っています。どうですか、本来話し合うべき部分は、その点なのではありませんか」
──なんなのこいつ。半分以上言ってることわからねえけど、なんかすごいってことはわかった。立村に惚れ抜いてるってこともわかった。けど、なんでお前らみな、轟の顔を菩薩眺めるみたいに眺めてるんだ? 天羽、難波、更科?
窓ガラスを揺らす轟の発言がいったん止まり、かすかに三年男子評議三羽烏が指先でぱたぱた拍手をしたのを、貴史は見た。美里だけが唇をかみ締め俯いているのが露骨なコントラストとして残っていた。窓辺の雪幕で外は全く見えなかった。