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第三部 82

「じゃあそろそろ行く?」

 帰りの会が滞りなく終わり、みなばらばらに教室を出て行く中、美里がコートを腕にひっかけ、かばんを抱えて近づいてきた。

「ったくめんどうくせえよなあ」

「しょうがないじゃないの。A組でやるからさっさと行こ」

 まだこずえが教室に残っている。やはりまぜっかえしに来たいらしく近づいてくる。

「そっか、あんたら、これからまた委員会なんだもんねえ。羽飛も評議代行としてかあ」

「そういうことなんだけどなあ」

 美里も頷いて、こずえに話しかけた。まだ時間があるということらしく、貴史の前席の椅子を引っ張り出し腰掛けた。こずえを「ちょっとこっち来て」と呼び寄せた。

「生徒会側からの提案なのよ。一緒に仲良くやってこうねって話だったのに、いつのまにか先生たちが生徒会の味方についちゃったもんだからもう大変。評議委員会にはもう余計な口出ししないでよって釘を刺したいみたいなの」

「いろいろあるからねえ。美里も大変だ」

「そうよ、ほんっと大変なんだから! けど、まだ私たちはいいよ。どうせ卒業するんだから。けど四月からどうなるんだろ。もう知らないよ」

 ──気になってしかたねえくせに。

 教室を出て行く男子たちが、「羽飛、両手に花か? それともアマゾネスか?」とかからかう声も聞こえる。誰も甘いイメージを持たないところが我が三年D組なのだと思う。

「でさ、あいつは来るの?」

 貴史の方を見やりつつ、こずえが尋ねる。言いたいことがこの三人だとよく伝わる。貴史は美里と顔を見合わせた。答えてもいい相手だ。

「わからねえ」

 まず一言だけそう答えた。

「けど、来るようには言ってきた」

「昼休みでしょ」

 すぐに美里が打ち返すように答えた。

「どうだったあの人」

「相変わらず、びびってたけど、話は聞いてたみたいだな」

「そうか、相変わらずってとこね」

 美里がため息を吐いた。言っちゃなんだが恋人の甘さはない。母ちゃんのため息だ。

「難波も説得してたけどなあ、ありゃ逆効果じゃねえのってとこ。もうちっとなだめるとか、持ち上げるとかだなあ」

「貴史、立村くんに会った時の様子なんだけどもうちょっと詳しく聞かせて」

 美里に無理やり割り込まれた。貴史も腕時計で確認する。緑の文字盤が光っている。まだ十分くらいは間がある。

「俺に対してば逃げたそうな顔してたけどな、難波とは評議の話で少しばっか盛り上がってたぞ。全く捨てたってわけじゃあねえんだろう。ま、結論は一緒だけどな。『委員長は天羽であって俺は結局役立たずなんだ』ってな。これ俺にも同じこと何度も言ってた。評議は俺がなるべきものであって、自分がもどるもんじゃねえって。いつもの繰り返しだな」

「やっぱりそうか。立村くん頑固だもんね」

「けどやるべきことはやったぞ。天羽だって立村が伝説の元評議委員長として切った張ったするのを期待してるわけじゃなさそうだしな。それよか、やっぱ、評議四人組の形を取って終わらせたいっつう気持ちの方が強いだけなんじゃねえの」

「そうだよね。わかるよそれ。女子だと二度と叶わない夢だもん。男子だけでもそうしたいよね。天羽くんも辛いんだ」

 しばらく黙って話を聞いていたこずえが、ふたりとちろちろ見ながら、思い切った風に口を開いた。

「ちょっと気になること聞いてたんだけどさ、小春ちゃんがぶっちぎれた理由って杉本さんのことがきっかけだったらしいんだけど、それほんと?」

「なんだそりゃ」

 ──古川も知ってるのかよ。

 意外だった。美里が貴史の顔をじっと見やりながら、答えを待っている。

「まあ、一応、ちらとな。けど俺は生徒会の話全然聞いてねえから細かいことは知らねえよ」

「そうか。そこに賭けるしか、ないよね」

 独り言をつぶやく風に、こずえは窓辺を眺めた。ふたりに語り掛けたいことではなかったらしい。美里も答えなかった。あいまいなのは好きじゃないので貴史なりに切り替えした。

「お前にしては似合わんロマンチックな雰囲気漂わせてどうするんだよ。さ、知ってること言っちまえよ」

「いやね、思い出しただけだよ」

 こずえは立ち上がり、自分のかばんを持った。

「修学旅行とか、宿泊研修とか、その他いろいろ。立村の性格上、大切にしている相手に対しては自分がどんなに馬鹿にされたって言うこというじゃん。美里だってそれ知ってると思うけどさ。もしかしたらって思っただけなんだよね。それじゃ私も、図書局で江戸時代の春画ではあはあしてくるよ」

 ──なんだそりゃ。

 いつもの下ネタ女王にしては切れ味の悪い締め方に、少し戸惑った。見送る美里もいつものように、「なにエッチなことまた言ってるの、もうやだ!」などと突っ込んだりしなかった。ただ、

「そうだね、こずえは鋭いね」

 小声でつぶやいただけだった。

「さ、行こ。どっちにしたってもう少しで始まるんだから」

 促されて貴史も立ち上がった。廊下から眺めると雪は止んでいるようだった。


 三年A組の教室ではすでに生徒会役員連中がみな、教壇周りの席に陣取っていた。早めに集まっていたのだろう。それにしても、

「A組のホームルームってこんなに早く終わるんかよ」

 美里に聞いてみると、

「狩野先生あまり力入れてないみたいだしね。終わったらみんなさっさと帰るみたい。今日は特に、こういう予定があるってわかってたからさっさと離れたんじゃないのかな」

 放課後だらだら組の多いD組とはカラーが異なるらしい。

「んで、天羽はまだかよ」

「天羽くんだけじゃないよ。評議で来てるの私くらいだよ」

 見ると、窓際の一角はまるまる空いている。いかにも評議連中専用席ですといった風に。

「これってなあ、上座と言っていいのか? 一応戸口からは離れてるけどな」

「ばっかじゃないの。そんなこと誰も考えてないわよ。第一、窓際だったら夏はともかく冬寒いじゃない」

「てことは、いつも扉のまん前で鎮座ましていた立村はいつも上座だったってことか」

「さあね」

 あきれた風に美里は首を振り、窓際から四番目の席に着いた。貴史もその隣りに座った。美里の顔を見つけてすぐに挨拶してくる生徒会の奴らもいるのだが、貴史に対しては会釈程度。ずいぶん軽く見られたものである。

「清坂先輩、どうもです、かよ」

「なにいじけてるの。私だって三年間評議やってきたんだから知り合い多くたって不思議ないじゃない?」

 別に文句があるわけではない。気になるのは、女子の生徒会連中が寄り付いてこないのに対し、男子の書記やら会計やらがにやにやしながら挨拶するところだけだ。少しずつ席も埋まってきて、今度は下級生の評議男子たちがばか丁寧に、

「清坂先輩、こんにちは」

 とか挨拶し出し、うちひとりは何を考えたのか、

「これどうぞ」

などと薄荷飴を渡して去っていく。何なのだろう謎の一年生は。

「ありがと。でもみんな遅いね」

 適当に笑顔で交わしていく美里。こうやってみると意外とこいつも男子には受けがいいのかもしれない。貴史としてはひとりひとりに鈴蘭優の写真集を渡して本来あるべき女子の姿を説教したいのだが、そんなことはどうでもいいわけだ。

「あ、美里早いね」

 三年評議連中内で美里たちの次に現れたのは、B組評議の轟とC組評議の阿木だった。ふたりともよく顔を知らない。いや、轟に関しては非常にインパクトのある前歯で印象に残っているがさほど付き合いがあるわけではない。

「羽飛くんが来てくれたんだね」

「しょうがないよ。だってこいつが代行なんだもん」

「そうか。じゃ、座ろうか」

 それ以上会話を交わさずに轟は前から二番目の窓際席に座った。意外と轟に自分から挨拶をしにいく下級生はほとんどいない。美里とはその点、明らかに扱いが違う。阿木に対してはもちろん、霧島ゆいの穴埋めということもあるのでさほど印象が薄いのかもしれないが、一応は轟も三年間B組評議を勤めてきたはずだ。ずいぶん軽んじられているものだ。

「野郎連中はまだかよ」

「まだみたい」

 ──立村を説得してるのかよ。

 本当は聞いてみたかったが、なにせ美里のまん前にはC組評議の阿木がいる。余計なことを口走ってスパイじみたことされたらたまったものではない。


 三年男子評議がまだ揃わないうちに現れたのは、佐賀はるみ生徒会長と、その騎士たる新井林健吾だった。このふたりの関係を知らない青大附中生はほとんどいないだろう。しっかり寄り添うようにぴたりと佐賀の背中に張り付いている。もっとも佐賀はあまり気にしていないようで、ためらうことなく教壇席に自分から椅子を用意して座った。自分の立ち位置は理解しているようだ。新井林もまん前の席に座ろうとし、ふと腰を浮かして美里のほうに振り返った。ジャンバーを机の前に置き、駆け足で来る。

「清坂先輩、今日は」

 ここまで口にした後、つと貴史に気がついたかのように丁寧な礼をした。

「羽飛先輩お久しぶりです」

「まじ久しぶりだよな。んで、今日何やるんだよ」

 美里が微笑むのに合わせて新井林が頭を掻く。どうも気になるこのタイミング。

「生徒会と評議委員会の最終の詰めです。いろいろと誤解が残っているようなのでここできっちりと話し合いをして、来期につなげようというのが目的です。喧嘩ではありません」

「誰もそんなこと言ってねえだろ。まあ俺は完全部外者だし、よくわからねえけど、手伝うことあったらなんかするよ」

「ほんとですか! あの、ではあの、明日の放課後なんですが、うちのバスケ部で」

「あ、わりい、そっちはパスな、俺完全に身体なまっちまってるし着いてけねえよ」

 妙に和む。やはり新井林の本質はバスケ部キャプテンであって、次期評議委員長として彼女の配下として縮こまるタイプではないんじゃないかと貴史は思う。

「新井林くんも大変だろうけど、私も手伝えることあったら言ってね。かえって邪魔かもしれないけど」

「いえ、そんなこと絶対ないです。あ、それでは」

 これもまた妙な間だ。難波がちらりともらしていた美里とのいろいろな噂もこういうところから漏れ出しているのかもしれない。もっとも美里の態度を見る限りまったく埃立ちそうもない。

「ゆいちゃんの弟、来たわよ」

 美里に向かって阿木さんが振り返りささやいた。戸口を覗き込むとやたら顔がとんがった、きわめて霧島ゆいにそっくりな男子がつんと澄ましたまま教室に入ってきた。軽く教室の連中に会釈をするところが気障だ。その後すぐに教壇前の佐賀に駆け寄り、なにやらささやいている。気がついたのかぺこんと新井林に、教壇に立ったまま頭を下げるところがいかにもと言う感じではある。

「ゆいちゃんの弟くんは、佐賀さんのこと大好きだもんね」

「そうなの?」

 忌々しげにつぶやく阿木さんと、知らなかった振りをしている美里との掛け合いに耳を済ませた。

「ゆいちゃんは、あの弟がいなかったら、学校辞めなくてすんだのに」

「そうなの、そうなんだ」

 相槌に困り果てている美里が、貴史に救いを求める眼差しを投げかけてきた。

「霧島今どうしてるんだよ」

「学校になんて来てないよ。来れるわけないよ。あんな辛い思いしてたら」

 阿木は貴史に目もくれず、美里にだけささやいた。露骨に声は聞こえる。ふんふん美里も頷いている。黙って聞け、とのお達しだ。

「小春ちゃんもかわいそうだよ。杉本さんが生徒会の子たちにひどいこと言われていて見るに見かねて抗議しにいったのに口利けないからってことでばかにされてあしらわれたんだから。そりゃ、近江さんにしたことはやりすぎだと思うけど」

「そう思ってたんだ、阿木さんも」

「私たち、C組のみんなは、絶対許してないよ、生徒会のこと」

 さすがに声を潜めている。しゃべり声が周辺でもかなり盛り上がっているのでうまくカーテンと化しているがそれでも貴史には聞こえる。

「小春ちゃんがちゃんと口利けてたらゆいちゃんがあんなに煮詰まるまで何もできないなんてことなかったもの。ゆいちゃんが追い詰められたのはあの弟のせいなんだもの。杉本さんがあんなにいじめられることになったのも、結局は生徒会のあの子のせいじゃない」

 ──よっくわからねえけど、C組の女子連中が霧島のことを恋しがってるってのはよくわかった。


 その他にもわさわさと見知らぬ男女が現れ、適当に席についていた。

「今日はね、委員以外で二年以下の生徒会に興味ある子たちにも声かけてるみたいなんだ。天羽くんたちが話してたけど」

「そういえばそんなこと言ってたな」

 適当に阿木の恨み節をあしらいつつ、今度は貴史に話しかけてきた。

「生徒会の子たちがそうしたみたいなんだ。味方を早めに増やすなんて敵ながら天晴れね」

「評議はやってねえのかよ」

「できるわけないじゃないの」

 美里は首をすくめて後ろ扉を眺めやった。

「それにしてもほんっと、男子遅い! どこ行ったんだろう!」

 同時に前扉が開いた。


「おまたせいったしやした! でははじめまひょか」 

 評議三羽烏登場。天羽が高らかに告げた。教室内が静まり返った。

「遅すぎます、みんな待ってたんですよ」

「いやいやこちとらも準備がありましてなあ。三年生はいろいろいそがしいんでさあ」

 どこかの政治家が選挙活動するかのように天羽は手を振りながらにこやかに愛想を振りまいた。当然、反応する物好きはいない。反対側の扉から近江も忍び込んできたようだが誰も関心を持つ奴はいない。

 難波と更科は無言でそそくさと貴史の前席、前々席に着いた。難波が険しい表情なのは別としても、更科はちらと阿木に向かって、

「結構いらついてた? みんな?」

 と問いかけている。阿木が首を振ると、

「そうか、意外だなあ」

 とぼけた口調でつぶやき、次に貴史へ振り返った。

「立村来るって言ってた?」

「いや、わからねえ。話はしといた。難波から聞いてねえか」

「聞いたけど、羽飛はどうかなと思っただけなんだ。あっそか。わかった」

 あっさり流され、拍子抜けする。更科は次に難波へ、

「ホームズ、ホームズ、なんとかなるって」

 ささやきながらノートを取り出した。メモは取るつもりらしい。意外と堅い。

「さあてと、じゃあよろしく。せっかくいい機会なんだから、俺ら評議と腹かちわってとことん語りましょうってとこで」

 満面の笑顔が周囲の固まった表情とは不釣合いに見えた。ちらと貴史に目を向け、にやりと笑い、次にA組席にいる近江に向かい、

「近江ちゃーん、惚れ直しておくんなさいましよ」

 わけのわからないことを声かけし、うるさく席に着いた。


「それでは、本日の生徒会・評議委員会合同会議を始めさせていただきます」

 佐賀はるみが涼やかな声で宣言した。今まで脂ぎった雰囲気だったのがその声だけで一気にやわらいだような気が、貴史にはした。


 

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