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第三部 77

第三部 1


 ──今日で十人目?

 貴史が三年D組の教室を出て待ち伏せしていた女子の人数だ。

 最初は数えていなかったのだが、毎日こうも続くとついカウントしてしまいたくなる。

「羽飛、ほらほらお客さん」

 男子たちも最近は面白がってわざわざその女子たちに「羽飛連れてこようか?」などと受付まがいのことまでしている。

「それにしてもお前ずいぶんモテモテだよなあ」

 水口がにやにやして貴史に絡みつく。ついでに金沢も自分のスケッチブックを握り締めたまま、

「一年? それとも二年?」

 わざわざ確認に来る。

「今の子は一年だけどな」

 しかたないので貴史もあいまいに答えた。

「で、何通目のラブレター?」

「知るかよそんなの。それよかお前らももう少し自分でだな、明るい未来築けよな。ほら金沢、お前もだぞ。景色とか変な男の裸とか描いてるんじゃなくてだ、超かわいい女子をモデルにさせてもらうとか」

「女子描いても面白くないし」

 他の男子たちも遠巻きに眺めている。卒業式まであと一ヶ月とちょっととなれば、恋する女子たちの告白も増えてくるのは自然なことかもしれない。ただ青大附中卒業生のほぼ九割は附属高校への進学なのだから、無理に今結果を出さなくてもいいんじゃないかと言う気はしている。かえって振られたら気詰まりなんじゃないだろうか。

「何言ってるのよねえ、羽飛も女心わかってないねえ」

 古川こずえがまた様子を伺いつつからかいに来る。わざわざ隣に座り込む。

「気持ちの整理ってものをつけたいじゃないの。考えてみなさいよ。うちの学校はそりゃ付属校だけど学校分かれてるってことは完全に縁が途切れてしまうってそういうことなの。校舎内ですれ違うチャンスがないということは、ほぼ、さよならなの。わかる?」

「わっからねえなあ」

「あんたらしいったらそれまでだけどさ。けどあんたも、もう少しあの子たちの気持ちを汲んでやりなさいよ。女子にとってねえ、告白ってのは、命を懸けた行動なんだからね」

「そんな大げさなもんかよ」

 こずえに言われるというのがなんとも言えない。

「私の顔を見てそういうことやめなさいよ。まったくもうねえ、羽飛は女子に対してはクール気取っちゃってるからどうしようもないんだけどさ」

 わざとらしく声を出して「あーあ」とため息を吐く。その上で、

「だからやめられないんだよね、まったく」

 捨て台詞を残し、自分の席へ戻って行った。まったくまったく、貴史の方が「まったく!」だ。


 クラスからひとり欠けた状態で過ごし二週間近く経とうとしている。

 壮絶に物事が詰まりすぎた一週間を過ごした後は、完全傍観者として過ごしている貴史は、休み時間や放課後をほとんど過去三年間で起きたことの情報収集に徹して過ごしていた。今まで貴史が興味を持たなかった出来事。たとえば評議委員会とか生徒会とか、はたまた他クラスの連中との恋愛沙汰とか。美里からはよく聞かされていた内容ではあるけれども実際はよく把握できていない内容などが圧倒的に多い。

 美里が休み時間、廊下の窓際に呼び出し、小声でささやく。

「あんたも小春ちゃんとゆいちゃんたちの事情、だいたいわかったでしょ」

「まあな。更科からいろいろとな」

 主に評議関連の情報源は更科を活用するようにしていた。A組事変……いつのまにかそういう名称がつけられてしまっている……に関して一番詳しいのが更科である以上、そうせざるを得ない。美里も納得顔で、

「そうだよね。じゃあ他の事も知ってる? 評議委員会のあのこと」

「ああ」、お前なんかそれ言ってたよな」

 青大附中入試が途中挟まったりして学校が休みとなり、その間にさまざまな情報を美里から仕入れることができた。あまりも多いので頭の整理が必要ではある。

「実はね、生徒会側から申し入れがあったんだって。天羽くんが言ってた」

「あいつが?」

 すでに三年D組の評議代行として見られている貴史だが、肝心要の三年評議連中からはまだ直接詳しい話を聞かせてもらっていない。気にはなっているのだが、天羽がA組事変の張本人であること、脇役が難波であること、元評議の女子がほぼ関係していることなども考えるとなかなか声をかけずらい。できれば天羽の方から何か貴史に働きがけがほしいところなのだが。しかたないのですべて美里から聞き出すことになる。

「例の『大政奉還』のことよ。先生たちは生徒会の味方について、評議からの権力をすべて持っていこうとしてるってこと。でも、生徒会の人たちはそれがすべて先生たちのやってることだからしょうがないでしょって態度取ってるの。立村くんがやりたかったのは生徒会と評議委員会と一緒に仕事を分け合おうよってことだったのに、いつのまにか話がどんどんそれてるの。分かるそれ?」

「わからねえなあ」

 わからないのは当たり前だ。三年間もの歴史を一日か二日で叩き込むなんてそりゃ無茶だ。美里はあきれた風に口を尖らせ、それでも続けた。

「天羽くんは何度も生徒会の子たちに話をしてるんだけど、すべて『先生たちが決めたことだからそれに従うだけ』の一点張り。今までそんなんじゃなかったでしょ? 評議が権利持ってた頃って。本条先輩がすべてを切り盛りしてたでしょ? 生徒会だってそのくらい自分たちの考えを訴えたっていいはずなのに成り行き任せっておかしくない?」

「わからねえよそんなの」

「とにかく! それで天羽くんが一生懸命しがみついてたら、生徒会側から、先生たちをはずした席で教室かりてとことん話し合いましょうってとこまで進んでるの」

「お前なんでそんなこと知ってるんだ?」

「だって」

 声を潜めて美里はつぶやいた。

「近江さんが教えてくれるんだもの」

「もう元気に戻ってるんだなあ」

「うん、あの事件前よりも元気かも」

 美里は頷いた。窓辺の雪を見つめながら、

「今日もどっかのホールで落語会があるんだって。ひとりで行くってはりきってたわよ」


 すでにA組事変の被害者である近江紡が学校に戻り、加害者ですでに青大附中から姿を消した西月小春のいないまま和やかい過ごしているとは聞いていた。美里の話を聞く限り、実に元気一杯らしい。反対に西月小春のその後についてはほとんど情報が流れてこない。憶測ばかりが美里経由で届くだけだ。

 廊下はまだ暖かい。貴史は美里に寄り添う形でさらに尋ねた。

「生徒会側はなんでそんなめんどくせえことしようとするんだ?」

「当たり前でしょ。私たち評議委員がごたごたしているのを利用して、自分たちのやりたいようにしたいってだけよ。私も、あと天羽くんも同じこと考えてるみたいなんだけどね、きっと生徒会の子たちは、先生たちに自分たち有利の形を作ってもらってすっきりしたいだけよ。自分たちが片をつけるのは面倒だし。あとは全部先生たちがやりました、私たちは知りませーんって顔したいだけなんじゃないかって。天羽くんもそれにおわせるようなことを生徒会の子たちに言ったら、『それなら先生たちのいらっしゃらないところでゆっくり生徒たちだけで話し合うほうがいいかもしれません』とか言い出したらしいのよ」

「それ、あの生徒会長か」

「ううん、副会長の、ほら、ゆいちゃんの弟よ」」

 霧島ゆいの弟で、やたらととんがった声で叫んでいる高飛車な奴。立会演説会で思い出した。

「先生たちも生徒会の人たちの意見に賛成してくれて、それだったらやりましょうよって話になったみたい。どういう風に持ってたか知らないけどね」

「いつ頃やるんだよ」

「たぶん明日かあさって。それでね、ここだけの話だけど、今後の青大附中を支えたいと思っている下級生たちも含むって、生徒会の子たちが裏で呼びかけてるみたい」

 美里はずいぶんと急なことを言う。

「なんでそんなめんどくせえことするんだよ」

「しょうがないでしょ。でもうちの学校の場合、表立って声かけて成功したことほとんどないってあんた知ってるじゃない。生徒会なりに考えて、将来立候補しそうな生徒たちを集めて、青大附中の生徒会を売り込みたいんだと思うけどね」

「それで明日、あさってかよ。うちのクラス誰参加するんだよ。お前か?」

「それとあんた」

 きっぱり美里は答えた。

「あんた、まさか自分が関係ないなんて思ってなかったでしょうね。貴史、あんたが青大附中三年D組評議代行だって現実、忘れてないよね!」

 ──忘れてねえよ、そりゃ。

 言葉を発するのも忘れ、貴史は俯いた。自分らしくない、そのポーズ。

 ──立村がいればな。そんなこと考えなくてもよかったんだ。

「とにかく! 貴史、明日、あさってのどっちかで決まったら私のほうから連絡するから、放課後ちゃんとあけておいてよ! まかりまちがっても鈴蘭優のテレビ出演を見逃したくないとかいって家に帰らないでよ! そんなことしたら、思いっきりしばくからね!」

 相変わらず美里らしい暴力的脅しでもって話は終わった。鐘が鳴り、貴史も一緒に教室に戻った。他クラスの連中が扉にそれぞれ吸い込まれていくのを眺めながら、もうひとり、誰かの影が混じってないかを確認した。

 当然、混じっていなかった。


 ──立村の奴、本当に戻る気ねえんだか。

 いろいろな出来事が起きているとはいえ、三年D組での事件はすでに一段落したも同様と受け止められている。当の本人が席を空けているという現実はあるにせよ、三年D組の日常はするすると流れていっている。あえて言えば、朝の出欠で菱本先生が、

「ええと立村、休みか」

 最後の名前を呼ぶ時につぶやくのを聞く時、一瞬クラスの空気が冷える程度だろうか。

 ひとりくらいクラスメートが欠けても、実はたいしたことじゃない。

「羽飛くん、ちょっといいかな」

 声をかけてくるのは奈良岡彰子だった。相変わらずのふっくらしたあんまん姫は、つやつやしたほっぺをゆるゆるさせて覗き込む。珍しく今日は英語の授業が自習だったこともあって、みな自分の与えられたプリントを適当に解いた後、好き勝手いおしゃべりに興じていた。

「ああ?」

「今日の放課後なんだけど、ちょこっとだけ時間もらっていいかな」

 にこにこ、笑顔、満点。かつては貴史もこの笑顔こそ三年D組の宝だと信じていたことがあった。今はただ、ひたすら、恐ろしい。天使は一歩間違えると戦士となる。

「なんか用か?」

 適当にあしらう。嫌いになったわけではない。ただ、距離をおきたい。

「うん、羽飛くんとふたりだけでどうしても伝えておきたいことあるんだ」

「文集のことかよ」

 貴史なりに愛想よく返事をした。二転三転した結果クラス文集の編集は、悪名高き「班ノート」利用を避ける代わり、金沢のイラストをふんだんに使った作文集へと変わった。過去を引っ張り出すのではなく将来の夢に向かって、「書きたい奴」だけが書く、といった方向に。

「ううん、それもあるけどね。もっと別のことで羽飛くんに聞いてもらいたいことがあるんだ。私、もう、青大附属から出て行ってしまうから、ちゃんといろいろお礼したいこともあるし。それにこの前のことで、私、羽飛くんに感謝したくてなんないの。どうかな、ちょこっとだけでいいの。お時間ほしいな」

 ──何でだ? ねーさん何考えてる?

 その「この前のこと」が原因で貴史は奈良岡彰子の得体の知れない不気味さに気づかされたわけだった。決して憎むべき相手ではない。ただ、貴史が好感を持って接することの出来る相手ではないということだけは確かだった。

「今日だったら別にいいけどな。明日、あさってだとちょいと予定ある」

「そうか、うん、わかった。ありがとうね」

 小さく拍手をしながら、奈良岡はまた自分の席に戻っていった。相当満足したようだった。視線を背中で感じる。ひょいと振り向けば、奈良岡彰子の「公認恋人」たる南雲秋世が冷ややかな目で貴史を見つめている。いつものことだった。


 ──まあな。いい落としどころだったからな。文集も「書きたい奴が書く」ですんだから、結局嫌がる奴が無理に何かしなくてもいいってことだしな。書かない奴だって金沢ががんばって思いで場面集をどっさりイラスト描いてくれているし、それで参加してるってことにもなる。俺としてはベストじゃねえの。 

 無事まとまったクラス文集の編集もただいまラストスパート。貴史はもう一度前扉側の空席を見やった。

 ──ってことを、あいつは知らないでやんの。ったくなあ。いつまでE組もぐってやがるんだよ、ばっかやろう。


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