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第二部 70

 一人欠席しているくらいでクラスがぐらぐらすることもそうない。昨日の今日、おとといの今日、いろいろあったにせよ三年D組の教室内は表面上平穏だった。

「あのさあ、羽飛、これどうだろう?」

 金沢が張り付いてきて、完成直前のスケッチブックを見せてきたりしてそれなりに和んでいる。文集作成チームも、班ノートの面倒ないざこざがなくなったこともあって、みな好き勝手に切り盛りしている。まとめ方としては金沢に芸術風味高い絵画だけではなく、さまざまな詰め草的イラストもたんまり描かせて、そこでつっこみコメントをみんなに書かせるようなスタイルに持っていくことになったわけだが、誰も反対者はいなかった。

「金沢、お前ずいぶん軽い絵も描けるんだな」

 覗きこみ、ギャグマンが風のイラストの多さにびっくりする。ふだんの金沢なら決して手を出さないタイプの絵に見えた。スケッチブックをさらにめくると、四コマ漫画なども多い。元ネタがわからないものもたくさんあるのだがそこはつっこまないでおいた。

「女子たちのリクエストが多いんだよ。全員の顔スケッチは終わったけど、それだけじゃページ埋まらないから、なんか笑えるもの描いてこいって」

 なかなかナイスなりクエストだ。貴史は金沢の肩を叩き、親指を立てて見せた。

「じゃあ今回の文集作成のボスはお前だな。がんばれよ」

「ありがと。それにしてもさあ、立村、大丈夫なのかな」

 スケッチブックを閉じながら、金沢は前方扉側の空席を見やりつぶやいた。

「もう、班ノートのことなんか心配しなくてもいいって誰か教えてやればいいのになあ」


 ──班ノートのことだけじゃねえだろ、あいつの問題は。

 バームクーヘン状態の問題てんこ盛りだということを、意外とクラスの連中は気づいていない。実際立村と密接につながる機会のある奴は、かなり少ないはずだ。貴史、美里、こずえあたりか。あとはせいぜい南雲。評議委員連中ならまた話も別なはずだが、あまり詳しく聞く気にはなれない。特に今は、

 ──A組のやばい事件あるしなあ。ありゃまじいわ。

 さまざまな情報が飛び交っている中、当事者である天羽を捕まえて聞く勇気はさすがの貴史も、今はない。

 だったら他の評議連中を捕まえるという手もなくはないが、

 ──霧島のことに気遣えってなんで俺が?

 菱本先生の謎の依頼も気にかかる。C組の霧島ゆいについてわざわざ、D組の貴史に頼み込むこと自体が異例だ。はたして菱本先生は立村に対しても同様の行動をしたかどうかは気になるところだが、どちらにしても普通ではない。また霧島がC組の女子評議委員ということであれば、関連するのは当然男子評議の更科であり、更科とつるんでいろいろとやらかしているのがB組男子評議の難波でもある。このふたりに今絡むのもなんだかまずいような気がする。

 どちらにしても立村に関してはD組の連中でなんとか話をつけるしかない。昨日の段階で女子たちの反立村派……別に過激派ってわけでもないが……とは手打ちができたわけだし、あとは貴史なりに直接、「友だち」として語り合うしかないような気がする。

 しかし、当の本人が来ないことには、何もできやしない。今は足踏みするしかない。


 あっという間に放課後に突入した。昨日しゃべりすぎたのか、無理に話を蒸し返す奴もいない。唯一、南雲を中心とする集団がうさんくさそうに貴史を見ていたりする程度でそんなのはいつものことだ。無理にけんか沙汰にする気もない。ただ、南雲本人はやたらと静かに腕組みして考え込んでいるのが目立っている。そりゃそうだろう。昨日自分が杉浦加奈子をいじめた張本人だとか発言しやがったのだから。普通だったら当然はじかれるだろう。しかし貴史の観た感じだと、クラスで南雲が叩かれるような気配はない。むしろあれも、馬鹿評議の立村をかばうための演技だと思われているきらいがある。南雲のような奴は、顔だけで軽々世の中渡っていけるお手本のような気がする。

「美里、今日どうする」

 こずえとふたりで机にかたまりしゃべりあっている美里を、捕まえてみることにする。

「そうだね、どうしようか」

「立村のこと?」

 こずえも声を潜めた。他の女子たちに聞き耳立てられないように場所を返ることを促してくる。つまりわざわざ背中を押して、廊下に押し出そうとすることだ。

「菱本先生は明日来なかったら家庭訪問するってたけどな、俺たちも何にもしないわけいかねえだろ」

「ううん、今は黙ってたほういいよ」

 こずえと一緒に美里も頷く。この辺は意見がぴたりとあっていたようだ。

「さっきも言ってたじゃん。今の立村はかなりやばい状態だって。あんたのこともあるしその他いろいろなこともあったみたいだしさ。それならしばらく、様子見でいいよ。あいつだって出席日数のこと考えたら、このままとんずらするわけないじゃん」

「まあなあ、そうだけどな、けど、まあ、文集のことは無事丸く収まったってことくらいは伝えていいんじゃねえの」

「ばっかみたい、あんたよっく考えてみなさいよ」

 今度は美里がたしなめるように言う。

「あんたと立村くんが大喧嘩やらかしたきっかけって、その文集じゃないの。それを持ち出して過去の傷に塩もみこんだら今度こそ立村くん学校に出てこなくなっちゃうよ。言い方考えなくちゃ」

「ったく、面倒くせえ奴だよなあいつ」

「そういうの分かってて友達なんだからしょうがないじゃないの」

 三人で同時にため息をついた。窓辺からか、それぞれ白くふわりと浮かんで消え思わず笑いあった。なんだか笑えたのが久々のような気がした。


「あれ、どうしたんだろ。更科くんじゃないの」

 美里が不意に、教室の後ろ扉に目をやりささやいた。

「珍しいねえ、あの組み合わせ。南雲と話、してるよ」

 C組男子評議の更科が、チワワ顔を曇らせて南雲と言葉を交し合っている。

 男子連中からしても、更科が直接D組に来るなんてことはあまりないことだった。たとえば同じ評議でもA組の天羽なら分かる。B組の難波もまだぎりぎり理解できる。ただ更科の場合だと隣の組でありながら意外とD組との接点が薄い。これは更科のキャラクターから来るものではなく、C組自体のカラーの問題ではないかと貴史は考えている。女子中心でやたらと盛り上がり男子たちがひそひそおとなしいC組と、男女比較的例外ありにしても仲がよく、それなりに協力しあうタイプのD組とは雰囲気が違う。また、更科も三年男子評議同士で固まっていることこそ多いが単品で行動することは非常に少ない。

「ちょいと、行ってみるわ」

 女子ふたりに断ってから、貴史は更科に声をかけてみた。南雲が目の前にいるようだが知ったことじゃない。こちらは一応、立村がらみの代表権を持っているのだ。


「あ、羽飛よかった、いたんだ」

「お前めずらしいなあ。どうしたんだよ」

 貴史が近づくやいなや、軽く手を振りさっさと教室から出て行った南雲を見送りつつ、更科は相変わらずの愛玩犬顔を満開にした。

「更科来るったら、たいてい誰か連れがいるだろうんな」

「ああ、そうかもね。あのさ羽飛、聞きたいだけどいいかなあ」

 今度は更科がC組側に貴史をひっぱって行こうとする。自然と美里、こずえの前を通り過ぎることになる。片手を上げて謝っておく。

「立村、まだ戻ってきてないんだよね」

 さらに声を潜めて、更科が問いかける。C組エリアに切り替わったとたん表情は一気に暗く重くなる。

「ああ、風邪引いたってことにはなってる」

「頭、打って、ってことじゃないよね」

 そういえば更科は、貴史と立村との対峙場面に立会い、さらに保健室まで付き添ったという奴だった。やたらと都築先生相手に立村の体調を気遣っていたのを思い出した。

「たぶんそれはないと思う、思いたいけどな。あの後あいつ本人が俺たちのとこ来たし、ちゃんと歩いてたから」

「そうか、それならよかった」

 ほっとしたのか、改めて更科はほわりとした笑顔を見せた。

「頭打って入院してたら、ただ事じゃないなって思ってたけど、そうか、そうじゃないんだね」

「お前さ、あの時もずいぶんそのことばっかり考えてたみたいだけど、どうしたんだ?」

 前から気になっていたことを尋ねてみた。

「ほら、交通事故の後遺症とか、ちょっとした弾みで怪我してそれで寝たきりになるとか、よく新聞に載ってるから、それでなんだけどな。でも立村がなんでもなかったらそれでいいんだ。よかったよかった」

 話をごまかそうとする気配をびしびしと感じる。少しひっかかる。もう少し捕まえてみる。

「それだけであんなに騒ぐかよ」

 突っ込んで見ると更科はぶんぶん首を振って見せた。

「なんでもないってば。それよか、立村がまだいないってことは電話連絡しか方法ないってことだよね」

「いや、まだやめとけ。ってか、俺がそう菱本先生に言われてる」

 やはり何か匂うものがある。貴史は肩を寄せて更科に問うた。

「やっぱな、俺もあいつをぶんなぐっちまった以上きちんと筋を通したいんだけどな。今のところ菱本先生に止められてるって展開が実はあってなあ」

「そうかあ、まあそうだよね、当然かあ。でも、立村は頭を打ってるわけじゃないし、ただの風邪だったら話はできるってことだよね」

 ずいぶんすがりつくものだ。貴史はわざと首をゆっくり振ってやった。

「本当のとこ言っちまうと、立村の奴相当めげているようで、俺たちもどうしたらいいのかわからねえ状態なんだわな。俺がいっちゃん悪いのは承知してるしなあ、なんとかしたいんだけどなあ。今悩んでるとこなんだわ」

「そうか、そうだよなあ」

 困りきった顔でもって更科は大きくため息を吐いた。

「それで一応、俺が立村のいない間、評議も含め代行することになっちまったんだけど、もしよかったら菱本先生経由でも、でなければ俺自身でなんかうまくルート作って連絡することもできるけど、何かあったのか」

「羽飛がか?」

 仰天顔まん丸眼で更科が貴史に顔を向ける。相当驚いている。口がぱっかり開いている。

「そうなんだよ。俺が責任取れってことになっちまって、悩みどころなんだよなあ」

 まだ貴史がD組の実質クラスまとめ役に相成ったことは、一部の連中しか知らないはずだ。どこまで他の連中がばらしているかはわからないが、現段階ではまだ評議委員会代行出席とかそういうところまでは進んでいない。貴史も本当であれば口にするつもりはなかった。ただ、今の更科を見ているとなんとなく、緊急事態を思わせる様子が伺える。A組がらみの問題もあるのだろうし、同時に霧島ゆいのことも関係しているのだろう。評議同士でないと解決できない問題がぽっかり浮かんでいそうだった。ついでに言うと、同じ評議でも女子の美里では話にならない可能性もありそうだ。

「そっか、それなら羽飛に話したほうが早いよね。悪いんだけど、ちょっとどっか人のいないとこに行きたいんだけど、どっかないかなあ」

「そんなにやばいことなのか?」

 更科はそれ以上何も言わず、貴史に荷物を持って外へ出るよう目で促した。


 ──なんか疾風怒濤でまじかよって感じだわな。

 まさか更科とふたりで学校を出て、人気のない神社に連れ込まれるとは思っても見なかった。神社といえば初詣で手を合わせて拝むための場所であり、たいていの場合は大混雑だったはず。更科が貴史をひっぱってきたのは、神殿の真後ろに並んでるお稲荷さんの側だった。時折誰かが手を合わせに来る以外はほとんど人もいない場所だった。

「ずいぶん陰気な場所だよなあ」

「ここなら青大附中関係者も近づかないから大丈夫だよ」

 ずっと黙りこくっていた更科が、ようやくほっとした表情で笑顔を見せた。

「学校でうっかり誰かの耳に入ると、また根も葉もない噂が立っちゃうし、先生たちに聞かれたらもっとまずいことになっちゃうしさ」

 更科は短めのスタジアムジャンバーをがっちり着込んだまま、花のない藤棚に手をかけた。昨日からの雪が積もっていて、少しだけ水が垂れている。

「天羽たちの話は、もう噂聞いてるだろ」

「まあ、一応な。嘘か本当かわからねえけど」

 あいまいな返事のみにしておく。更科は頷いた。

「俺も現場にいたわけじゃないし、あくまでも難波の様子を観察してただけなんだけどな。ただこれは本当だったら立村に出てきてもらうべき話なんだよ」

「なんであいつが出てこないとなんないんだ?」

「だってさ、立村以外、まとめられそうな奴がいないんだよ。今の状況考えるとさ」

 手袋に白い息を吹きかけ、更科はゆっくり語り出した。貴史も近くにあった巨大な石に腰掛けて話を聞くことにした。尻が冷たかった。


「西月が視聴覚教室にいた近江を追いかけて傘で刺し殺そうとしたとか、それを天羽が全力で止めようとしたとか、そこで先生たちが西月を取り押さえて大騒ぎになったとか、いろいろ情報はあるけれど本当のところ、俺もよくわからないんだ。俺が知ってるのはその前の段階で、現場にホームズ、難波がいたってことと、その事件が起こる前に現場からあいつが逃走したってこと」

「難波もいたのかよ」

 不思議はない。もともと天羽と難波は評議委員同士だ。

「そうなんだ。俺が聞いた限りだと、最初その場にいたのが天羽と難波だったんだ。その後突然近江が駆け込んできて天羽に助けを求めて、その後を追って西月が傘を持ってって展開。それは間違いないんだ。そのことは、もうどうだっていいんだ」

 片手をポケットに入れて更科は俯いた。言葉を選ぶのに苦慮している様子がうかがい知れた。

「ただその騒ぎの後、西月が先生たちにしょっぴかれる直前に、難波に何か手紙らしきものを渡したんだ。俺も野次馬根性でその場に行ったのがその時だったから、直接見たよ」

「ああ? お前さ、現場にいなかったって言ってなかったか?」

 何気なく矛盾をつっこむ。そうしないと辛気臭くて聞いてられやしない。

「たまたま保健室にいたんだ。都築先生が呼び出されて俺もついてっただけ。まさか評議連中がずらっと勢ぞろいしてるなんて思ってなかったよ」

 ──やっぱりあの伝説本当だったのか。

 保健室の都築先生とできているという噂は、これだけ証拠が並んでいると本当だと思わざるを得ない。ここはどうでもいいことなので流して話を聞き続ける。

「その時、ぽっかーんとしているホームズに何かを渡しているのを俺、確かに見たんだ。そしてその後、すっごい勢いでかっ飛ばしてった。本当は現場にいた証人として残ってなくちゃいけなかったのにさ。俺、急いで難波を追っかけて何あったのか聞いたんだ。そしたらあいつ、俺にその手紙を渡して、殿池先生にそのまま見せるようにって言って、脱兎のごとく飛び出しちまったんだ」

「手紙って、なんだそりゃ」

「なんだそりゃって思うよねそりゃあ。俺だって同じだったよ。手紙ってか、紙切れぐっちゃぐちゃだったから開いて読んだんだ。そしたら」

 更科の顔が初めてゆがんだ。子犬じゃない。むしろブルドックのしわに似ていた。

「もう、急いで殿池先生探したよ。あんなに必死にあの先生探したの生まれて初めてかもしれないってくらいにさ。でもあの大騒ぎで緊急職員会議とか始まってるし、生徒はさっさと帰るように命令されてるし。しょうがないから、俺、職員会議に踏み込んでって、先生にその手紙渡して、さっさと帰ったんだ」

「あの、なんだその手紙って。西月が遺書でも残したのかよ」

 まったく話のつじつまが合わない。なぜ西月が手紙を渡したのか、その手紙がなんなのか、なぜよりによって難波なのか、貴史にはまったく意味がつかめない。立村だったらわかるのか、そういうことが。それが評議同士のつながりなのか。

「そう、遺書だよね」

 力なく更科がつぶやいた。

「あの手紙、キリコが西月に書いたものだったんだ」

 続ける言葉も、詰まっていた。

「スーパーの屋上駐車場から飛び降りる約束、してたんだよあの二人。西月が到着するのを待って、一緒に死のうって、そのつもりだったんだよ」

「まじかよ」

 言葉が出てこない。あまりにも軽くいい加減な反応しかできなかった。

 霧島ゆいの愛らしい姿かたちと似合わぬ手厳しい口調、それとつながらない。

「キリコ、あいつほんっとに頭悪いよ。だってあの駐車場、すっごく高い柵張ってるから飛び降りれるわけなんてないのにさ。ホームズもそのくらい分かってるはずなのにさ。急いで駆け出さなくたって絶対大丈夫なはずなのにさ」


 ここまで感情が高ぶった更科を見たのは初めてだった。涙こそ流さないが、身体を震わせ、貴史に背を向け、足をぎこぎこ動かしている。

 ──更科、お前もそのこと全部分かってるはずなのに、職員会議に割り込んだのかよ。

 確かに、ここは立村が必要な場面だった。



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