第二部 65
──本気で考えているのかわっからねえ。
「じゃあ、古川、とりあえず時間もやばいからどんどん進めてくぞ」
杉浦加奈子との「和解」らしきものが成立してから三十秒経過。時計を見ながら一応は進めている。あと二十分を切っているこの状況無事に片がつくのか貴史にも不安がよぎっている。
「じゃあ美里、加奈子ちゃん、定位置に戻って。残りのもいっこ片付けるからさ」
「いいよ、けど私ももうひとつ言いたいことあるからその分時間残しといて」
「オッケー」
仕込みとは考えづらいのだが、古川も手馴れたもの。美里が教壇に上がるのを待って、さっそく仕切りを開始した。なんとなくクラスのムードが和らぎ、がちがちの冷凍肉まんに箸を突き刺そうとしていたのが電子レンジでチンして難なく突っ込めるようになったような気がした。腹がちょこっと空いてきたせいだ。
「で、なんだけどさ。私が思うにこの件は根が深すぎるよ。男子たちは懸命に立村のがんばってきたことを説明してくれたし、私からしてもあいつ意外とやるよねえとか思うし。まあ一言言わせていただければね、図書局にももう少しなんか権限、ほしかったんだけどねえ、ま、あいつが戻ってきてからそれは言うわ」
忘れていた。一応古川は図書局員だった。似あわなすぎる。
「もちろんっそれは認めるし、立村が青大附中の評議委員、あと評議委員長としてやりたいことをきっちりやってきていたのはわかるような気がするよ。でも、ね。ここからが本題なんだけど、率直に言って私らそれを望んでた?」
──望む、ってなんだよそれ。
思わず声を上げそうになる。前かがみで、教壇乗り越えて貴史も問いかける。
「おい、なんだそれ。望むったってなあ、一応前期後期改選やってらろが」
「そうよねえ、一応、ね」
こずえは貴史にウインクを一発送ってきた。状況把握してるのかこいつは。
「これ、入学してからずーっとなんでかなあって思ってたんだけど、一年の時誰もなんもわかんない時に委員がみんな決められてって、その後みなさまご存知の青大附中委員会部活動主義に突入していって、そう簡単に委員の入れ替えができない現実ってあるよね。まあ一部の委員会はそうでもないかもしれないけど、一応はクラスの代表でもある評議委員があれだけ強固に団結してしまったとしたら、そうそうかんたんに頭の挿げ替えなんてできないと思うんだよね。立村と美里で三年間突っ走ってきてしまったわけなんだけどさ。単刀直入に言うよ。それで、よかった?」
一瞬にして教室は急速冷凍、当然だ。
美里が片手を握り締めて、無言のままこずえを見据えている。
たぶん、貴史と同じ直感なんだと思う。
──あいつ、また蒸し返す気かよ?
「おい、古川、それ今更聞いたってなあ」
「羽飛、ここは古川の時間だ、黙ってろ」
菱本先生が制した。こういう時、担任が大人だと面倒だ。
「先生サンクス。これ、下手なこと言ったら、羽飛や美里がかみついてくるからD組の中でも禁句になってたと思うんだけどね。本当は早い段階で立村を評議から下ろしたくてなんなかったって本音、あるんじゃないかな」
「あのさあ、古川、これ今更なんだって」
「貴史あんた黙りな」
びしりと、今度は隣の美里に叱られる。裏で足を蹴ってやる。
「これさ、怜巳ちゃんも言ってたし、美里もそういう動きがあったことさっきの話でちらっと認めてたし、何よりも立村本人が危機感持ってたってこと本人の行動で証明してたじゃん? さっきの『大政奉還』も、評議委員長としての立村が、委員会メンバーの固定化による弊害っての? それをなんとか打破したくってたくらんだことだって判断したんだけど、それ私、間違ってたりする?」
「間違ってないよ」
美里が短く答えた。他の連中の様子はえらく真剣だ。貴史が見ている限り、みなが頷きたくてならない風に、首をかすかに動かしている。さすがに男子連中は口をへの字にしているけれども女子は押しなべてみな、納得顔だ。立村にこの光景は見せたくない、つくづく思った。
「そうだよね。で、さらに突っ込んでみるとなんで女子たちは立村を評議にしたくなかったんだと思う? 男子の意見からしたら、立村はやるべきこときっちりやってるし結構面倒見もいいし目的を達成するためにはありとあらゆる手を尽くしてるし。男からしたら仕事しっかりしてるじゃんってとこだよね」
「あったりまえだろ」
東堂をはじめ男子の一部……貴史とはつながらない連中……から同意の声が上がる。
「そうそう、そうなんだけどさ。けどさ、はっきり言って女子からするとそんなこと、どーだっていいんだよね。そうじゃない? 怜巳ちゃん?」
美里と杉浦加奈子との和解劇で涙ぐんでいた玉城が頷く。
「そう、こずえちゃんあんた偉いよ。代わりに言ってよ」
「もっちろん! つまりそういうことなんだよ。女子たちの本音を代表して言っちゃうけど、あ、美里は例外にしとくから怒らないでね、つまり」
古川こずえの結論は簡潔だった。
「女子の本音は、立村が生理的に受け付けなかったってそれだけなんだよ」
──おいおいそこまでお前言うかよ! ったくお前に任せとけばなんだこれ、もうど修羅だろがおいおいおいおい!
せっかく今まで必死に押さえてきた展開をひっくり返されてしまった。男子連中が黙るわけがない。あと十五分を切っているロングホームルーム、ちゃぶ台ひっくり返されてさらにどうやって片付ければいいんだか。
「古川そりゃねえだろ? 女子そこまでアホなのかよ」
「ったくだから女子は馬鹿なんだ、仕事してくれる相手をみとめねえでどうするんだよ」
「あーあ、これじゃあ立村学校逃げたくなるわ」
「なんだか俺、立村に食い物おごりたくなるわこれじゃ」
手をぱんぱん叩きながら、こずえはさらに呼びかけた。ちっともあわててない。女子たちの、声を出せずに顔だけ上げて共感露にしているさまを眺めながら、
「ちょい待ち、まだ私の話は終わってないんだってば! でね、聞いてよ。これはもう本能なんだよ、しかたないの。男子だってもしさ、好きにもなれない女子から迫られたら断りたくなるじゃん? やらせてもらえるかどうかにもよるかもしれないけどさ」
「古川、下ネタは封印してそのまま続けてくれ」
止めるべきは担任の方からだと思うのだが、勘違いした突込みを入れる菱本先生。
「ごめんなさいねえ、つい先走り汁出ちゃって。とにかく、女子たちの多くは立村と深く語り合うことなんて全くないし、どんなにあいつががんばっていたとしても知ったことじゃないのよ。評議委員としてクラスの外では手腕お見事だったと思うよ。でも、私たち女子からしたら、クラスの中での言動で判断するしかないじゃん? クラスのほら、ロングホームルームで文集作りましょとか合唱コンクールの準備しましょとか、その他いろいろなイベントに対してがんばりましょとか、そういう時の仕切りの技術っぽいっところで判断しちゃうわけよ。いい例がさ、男子クラス対抗リレーの時、立村が一生懸命アンカー勝負のぐたぐたを仕切ろうとして、女子たちからど顰蹙買ったことあったじゃん? あの時もし別の奴が片付けてたとしたら私ら女子も冷静に受け入れてたかもしれないし。立村の考えていたこともあとでいろいろ聞いたから、理論上はわからなくもないよ。けど、それ以上に、あいつが上からものを言われてなぜ言うこと聞かなくちゃあなんないの?って気持ちがすっごく女子の中にはあるんだよ。ろくにクラスをまとめようともせず、肝心要のことは羽飛や南雲にまかせっきり、なんかわかんないけど教室の外ではべた褒めされているようだけど全然クラスには還元っての?されてないじゃんって気がどうしてもするんだよ。そういう相手、信頼したいと思える? いや、まあ男子からしたらちゃんとがんばっているとこよっく知ってるから受け入れられるかもしれないけど、女子からするとそれは目の前で見せてもらえないとわかんないんだよ。美里がかばって羽飛がフォローしてたからまあ、がまんして受け入れてたところもあるけれど、結局は最初っから最後まで立村を評議委員にしとくって言う展開が三年間耐えられなかったってとこが、いろんな問題につながってきてると思うんだよね」
こずえがひとしきり語り尽くす中、隣のパイプ椅子で大きく頷く菱本先生の姿が視界に入った。驚きはない。前から菱本先生は同じことを貴史に語りかけてきたのだから。ただこの場で滔々と述べられている中、目に見える形で共感はしてほしくなかった。立村がもう教室に戻ってこないのならしかたない。しかし、明日、登校してきた時に立村自身が突きつけられる現実に、果たして耐えられるのかそれを想像してほしかった。
──古川、あとでなんかかんか、絞めてやりたいところだが、なあ、嘘とも言い切れねえんだよ。どうすりゃいいんだか。しっかし美里、全然泣こうとしやしねえの、なんとか言えよ。
「さあここでクライマックスだよ。私が言いたいのは女子が目の前しか見えないとか男子が視野が広いとかそういうことじゃないんだよ。女子としても反省なんだけど、もう少し立村がやってきたことを冷静に判断する必要あったと思うんだ。何も「忠臣蔵」の松の廊下で結城先輩に切りかかってるだけじゃあない、男子らが評価しているならそれがどこからくるのかくらい考えてもよかったんじゃないかとは思ってる。でも、女子ならわかってくれると思うんだけどさ、ぞわっとくる相手ってどうしようもないんだよね。私は立村そんな嫌いじゃないからそう思わないけど、理屈じゃないサムイボ立っちゃう相手っているじゃん? もしそいつが評議委員だったらどうしても受け付けられないってとこはあるし、大多数のその対象が立村だったとしたら奴にはかわいそうだけどしょうがないんじゃないかってね、思うんだ」
反論を封じ込めるためか、こずえは勢いつけて早口に発砲し続ける。貴史もなんとか隙間を縫って反撃したいのだが、これができない。
「今さ、みんな、もう卒業まで一ヶ月しかない、もう遅すぎるって思ってるとこあるんじゃないかな。まあ時間経ち過ぎだよね。本当だったらもっと早く、立村を別の委員に回すとか、もしくは英語の研究会でも作らせてクラスの語学苦手連中のために協力してもらうとか、なんとかあいつが活躍できる場い行ってもらうようたくらむのが筋だったんだよね。でも、そりゃあもう無理。だけどさ、三年D組をまとめて全員笑顔で卒業したい、納得させて卒業させたい、それだったら今からでも十分行けると思うんだ。言いたいことわかるよね?」
「おい、やめろよ」
無言で美里につま先を踏まれた。かなり本気の強度だ。
言いたいことはわかる。だから黙れと言いたい。のになぜだか、口から言葉が出ない。
こずえはじっと貴史を見据えた。笑ってない。女子ではない、男子のひとりに見える。
「ここから先、卒業まで羽飛が三年D組の指揮を執る、これしか今の状況を変換できる方法ないよ。菱本先生、どう思います?」
あと十分。完全に崩壊状態だった。
教室全員、そして貴史の中も。
「古川いい加減黙れ! そんなことなんで今議論する必要あるんだよ! あのな、今話し合わねばなんないのはそんなくっだらねえことじゃあねえだろが!」
「くだらくないってば! あのねえ、これ、あんたの贔屓目で言ってるわけじゃあないんだよ。それとまだ続きあるんだからさ、私がメガホン用意しなくてもいい声でしゃべらせてよねえ、ちょい黙りな!」
さすがにここでは止まらない。男子たちがとうとう立ち上がった。ひとりふたりではなく、座っている奴がひとりしかいない。その一方で女子たちが全力で拍手している。まるで仕込まれたかのように、タンバリン打ち鳴らすかのように、わざとらしく手を打っている。奈良岡がこずえに向かい、
「よく、言ってくれたね、こずえちゃん、ありがとう!」
両手を握り締めているし、玉城も駆け寄り、
「ありがとうそうだよ、私の言いたかったこと、全部そうなんだよ。こずえちゃん、ありがとう」
側にいる杉浦加奈子の肩を抱きながら、熱く語っている。
「お前なあもう少し話わかる奴だと思ってたが結局立村の叩き落としか? 今からあいつ突き落としてどうするんだよ。三年間評議やってたことを全部なかったことにして、そいで相手を羽飛かよ? それは話、違うだろうが!」
発言した男子たち、今まで発言控えていた男子連中、みなが詰め寄る。交通整理が必要な状況だ。菱本先生は立ち上がらない。静かに貴史に向かい、こずえに指を指した。何も言わない。肝心要の美里も同じように貴史を見据えている。
「お前なんとかしろよ」
「ここはあんたが鎮める番だよ。いっちゃいな」
背中を拳骨でぐりっとやられた。無表情だが、壊れてはいなかった。
「結論は出ちゃったんだから、ここはあんたがまとめるべきだよ。こずえのためにもね。立村くんのためにも、あんたが動きなよ」
──美里、お前とうとうあいつを見限ったのか……?
わからない。だがこれはもう、賽は投げられた。
「おめえら、黙れったら黙れ! 俺にしゃべらせろ!」
腹から絶叫した。一瞬静まり返った。
「よっし、ご指名どうもってとこでまず、お前ら席につけよ。それと古川、俺この三年間いやってほど言われ続けてきたことをよりによって今の今になって持ち出す理由が全くわからねえんだ。なんで俺が、あと一ヶ月クラスの指揮とんねばなんねえの? それをまず聞かせろよ」
「待ってました!」
今まで笑顔を封印して語り続けていたこずえだが、貴史の声にほっとしたような表情を見せた。親指を立てて「GOOD!」を一発。
「そうそうそれ説明してる途中じゃん! みんな座った? 時間ないから一気に行くよ。あのさ、まず一年入学当初なんだけど覚えてる? 評議に羽飛が立村を押した時のこと。この学校が委員会部活動主義だとは聞いてたけど、正直、なぜにって感じだったじゃん? 私は正直、羽飛と美里で決まりだと思ってたけど、こいつがなぜか立村推薦して、みなあっけにとられている間にそうなっちゃったでしょ。その後、なんか下ろしちゃまずいよねムードが広がっちゃってさ。それでなあなあで来たってことよ。でもなんで、立村で決まっちゃったかわかる? それはさ、羽飛が『推薦』したからなんだよ。これすっごいポイントなんだけど、立村の名前が出たからじゃあない、羽飛が推した奴だったからなんだよ。だって私たち、立村がどんな奴かなんてあの時知らないじゃん」
まずここまでこずえは言い切った。貴史なりに一応褒められてはいるので喜びたいところなんだが、もちろんそんな気持ちにはなれない。
「次に一年後期、だいたい委員会最優先主義がこんなものかなって思えてきた頃。どんな奴かもだいたいわかってきた頃。この段階でなんとなくだけど好き嫌いってのは出てきたよね。本当だったらここで、羽飛にバトンタッチしてもおかしくなかったんだよ。けど、それもできなかったのはなぜだかわかる? 羽飛が後ろ盾になって立村推したからなんだよ。ここもすっごく重要。羽飛が『推薦』したからであって立村が評価されたからじゃあない。もちろんあいつもクラスの外では本条先輩の弟分だったしいろいろ評価はされてたみたいだけどそんなのクラスでは知らないよね。加奈子ちゃんとの誤解もあって女子の中での評価は最低だったけど、それでも『羽飛がここまで言うんだからまあいっか』なムードはあったのよ」
「俺すげえ褒められてるけど、悪いがあんまりうれしかねえな」
「喜ばれると話、進まないから先いくよ。そいで二年、今度は立村が本条先輩から評議委員長の指名を受けるかもしれないという情報が流れてきたというわけよ。ただまだ平だし、二年の新井林も入ってきたしそっちに指名変更されるかもしれない、女子からの評価ぼろぼろ。それでも立村をそのまま指名したのはずっと羽飛、あと規律だった南雲、あんたたちがしっかり立村を推してたからなんだよ。クラスの総意じゃあないんだよ。男子たちはOKだったかもしんないけど、女子からは納得言ってないまま、流れで進んじゃったんだよ。それが間違っているとは思わない。けど、クラスがまとまる最後のチャンスを逃したことは確かだよ。結局ここでもう評議委員から立村を解放するチャンスがなくなってしまい、とうとう今日まできちゃったわけ。不満は積もる、本当は羽飛の仕切りなら納得できてすぐ終わることが、立村だと延々と続いてしまい勘違いした展開になってしまう。なおも悪いことに、羽飛、立村がいない間しっかりクラスの面倒見てくれてたしさ。立村がクラス外の活動に燃えてた時、羽飛の実力が見事に発揮されていることを見ちゃって、女子たちとしては、なんで立村が評議委員になっちゃってるわけ?と疑問の嵐に吹きまくられたというわけ」
──やべえ、完璧古川にのっとられてる。
下手に切り込んだらウインク一発でがたがたにされる。どうすべきか迷う。
「で、現在。立村に罪がないことはわかった。それなりにがんばってくれてたこともわかった。けど、もやっとしたものは消えない。本来トップになるべき羽飛が影武者状態だったから、正直気持ち悪いんだよ。本当にクラスの貢献者であるはずの羽飛が平の生徒のまんまで、ろくすっぽクラスの面倒を見なかった立村が大きな顔して評議委員で卒業しちゃうのが女子としては納得いかないんだよ。男子にはほんっと申し訳ないんだけどそれが女子としての本音。だからこそ、女子たちからの希望としては、羽飛で残りの一ヶ月をしっかり仕切ってもらって、すっきりさわやかなお通じでもって卒業させていただきたいわけ」
「あのな、古川。よく考えてみろよ。評議委員代えれってことか? そりゃ無理だ」
「いや違うってよく聞きな。何も今さら評議委員を挿げ替えろとかそういうこと言ってるんじゃないよ。そんなことしたら、本来立村が活躍している『クラスの外』の方に大迷惑かけるからね。立村は評議委員会で全力尽くしてもらえればいいの。私が言いたいのはこのクラスの中ってことよ。あいつはこういったらなんだけど、クラスのことについては全く無関心だったと言って過言じゃないよ。美里がいつも面倒見てて、しつこいようだけど羽飛が全部フォローしてたからね。だったらこれを影武者フォローじゃなくって、羽飛が完璧に担当者化してもらって、こういうロングホームルームの時は羽飛が、外では立村がって方式に切り替えれば一番いいんじゃないかってことよ。前からそうなってたようなものだけど、こういっちゃなんだけどねえ、正式ではないでしょ。せっかくこういう場があるんだから、正式にクラスの中の切り盛りは羽飛で文句言わせない、かわりに外での評議委員会活動は全部立村が持っていく、そう決めちゃえばいいんだよ」
「お前、今自分でどんなおっそろしいこと言ってるかわかってるか? それ、立村に言えるか?」
「言えるよ。もちろん」
「下手したらあいつ死ぬぞ。お前もあいつの性格知らないわけじゃあねえだろ?」
切り返し、瞬時だ。丁々発止。
「大丈夫だよ。立村はすべて承知してるよ。美里だって言ってたでしょ。自分はクラスで評価されてない、ただ流れで選ばれているだけ。だからそれを改善するために努力してるって。それなら話し合えばわかるよ。卒業式はもちろん立村が先頭で入ってもらうことになるけれどそんなのはどうだっていいんだよ。私たちが求めてるのは、クラスのことをちゃあんと面倒見てくれて、納得する形で収めてくれるそういう奴だから。しつこいようだけど評議委員だからどうのってことじゃないんだよ。クラスでしっかりまとめ役に立ってくれる奴を羽飛にしてほしいってだけ。立村は渉外でいいの。そっちの方が断然力出せるじゃん? あいつのためなんだよ」
小声で「そうだよ、そうだよ」と女子たちのささやきが響く。ひとり、ふたり、そして数限りなく。
「話、戻すようだけど、美里と加奈子ちゃんの一件だってもし羽飛が評議でこの事実を聞いていたとしたら、もっと手際よくぱっぱと片付けられたたんじゃない? 羽飛、どうしてた? 一年の冬、立村と加奈子ちゃんが誤解されていた時、あんただったらどういう風に切り盛りした?」
「えーと、取り合えず話し合いはさせただろうな」
「でしょ? そうだよ。美里も含めて、何かさせたよね? それから?」
いきなり問われても困る。本能で答えるしかない。
「あの件はどう考えても、立村が悪いってとこもあるし、謝らせるかなんかしたろうなあ。終わっちまったこと言ってどうするんだよ」
「女子は過去が大切なの! それからこのことは暴露する、どうする?」
「暴露させちまうだろうなあ。だってたいしたことねえもん」
考える間もなく勢いで答えてしまう。そうだ、もしあの時自分が評議に回っていたら、すぐ立村と杉浦をつき合わせて話を聞いて、もしかしたら立村を一発くらい張ったおして、なんとかしていたんじゃないかと思う。
「じゃあ美里にはどうしてた? こんなひどい状態になる前に、どうしてた?」
ちらと美里を眺めやる。
「いいよ、本音言っちゃいな。もう終わったことなんだから」
小声でささやかれる。それなら延髄で答えるしかない。
「女子のことはどうだっていいけどな、まあ、杉浦を無視はしなかっただろうなあ。事情ある程度わかってたら他の女子にも頼んで、立村も悪気があってやったんじゃないし、まあそこんところはうまくやってくれるよう頼むかもしれねえけど、そんときになんないとわからないぞ」
その時、玉城が立ち上がった。
「そうだよ、羽飛がそれ、説明してくれてたら、こんなに長い間誰もが苦しまないですんだんだよ。加奈子ちゃんも、清坂さんも、他の女子たちも。たぶん平のままだったら、立村に対しても私たちは、空気扱い程度ですんで嫌ったりすることもほとんどなかったと思うんだ。羽飛が評議としてそこにいたら、今まで起きたことの半分は、片付いていたよ」
また漣攻撃「そうだよ、そうだよ」女子声の響きが走る。
男子連中はぶつくさ文句のみ。漣の強さにはかなわない。
「三年の時の、ほら、男子リレーアンカーを決める時も、何も考えずに羽飛がまとめていたらよかったんだよ。立村はそれなりに仕事をしてくれたんだから、あいつがトップになんていなかったら素直にすごいと思って、それで終わりだったんだ。そうだよそうだよ、すべての発端そこなんだよ! 私、それ、言いたかったんだよ。なんで羽飛、最初っから評議にならなかったのかって! 羽飛だったら、これ以上嫌われ者作らなくてもすんだんだよ。そうだよ、羽飛が評議やってたら、立村はここまで女子にゴキブリ扱いされなくてすんだんだよ! だっていたっていなくたっていい存在だったら、それだけじゃん?」
「おい、玉城、お前完全に頭に血、昇ってないか? 落ち着けって」
なだめて見るが無理だ。こずえもぽかんと口を開けたまま、玉城の顔を見つめている。
「すべては羽飛が評議委員にならなかったことから、すべてが狂っちゃったんだよ。羽飛、責任とってよ。今まで私たち、何言ったって変わりっこないと思ってたしあきらめてたから何も言わなかったけど、今なら叫べるよ。羽飛、クラスをまとめるのはあんただけしかいないんだよ! 責任取りなよ!」
間髪入れず菱本先生が手を打った。誰かが文句を言う間もなかった。
「よし、ここまでだ。あと十分。少し俺にもしゃべらせろ」
右手で平らに上下し玉城に座るよう指示した。次にこずえにも。
ゆっくり貴史に近づき、肩に手をかけた。
「ここから先は、D組の担任として語る義務がある。まずはほら、お前も、清坂も席に着いてくれないか」