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第二部 63

霜柱立つ日まで 63


 意を決した美里に逆らうものはいそうでいない。これもいつものパターンだった。貴史はまず、南雲の様子を伺った。すましてやがる。次に玉城、杉浦にも目をやった。玉城は憎憎しげに美里をにらんでいるし、杉浦も顔を上げずにいる。最後に、

 ──古川は?

 どういう位置づけで古川が美里を見守っているのか、貴史にはまだ把握できていない。

 親友であることは間違いないけれど、いろいろな意味でスタンスが違う。

 いきなり貴史と目が合い、ピースサインをちらと送ってきた。やっぱり謎だ。


「今、国枝くん、須崎くんが立村くんのいいところについて一気に話をしてくれたけど、たぶんみんな、ひいきの引き倒しにしか聞こえないって思っているんじゃないかって思う。私ももし、立村くんのこと知らなかったらふーんで流していると思うし。ただ、私は三年間このクラスで評議委員を務めてきて、立村くんと一緒にコンビを組んできていて、いわゆる『評議委員会』の中のことであれば客観的に評価できるんじゃないかって思ってるの。今から話すことは、あくまでも『評議委員会』で立村くんがどういうことをしようとして、結果成し遂げてきたかってことだから、まずは一通り聞いてほしいんだ。私も、できるだけ感情入れないで説明していくから」

 ──評議委員会ネタかあ。

 国枝がD組内の事件を、須崎が放送委員会関係への影響として、それぞれ立村に対する応援演説をやってのけたのだから、美里としてはやはりお膝元である評議委員会について語る必要を感じたのだろう。

 いったんD組メンバーを見下ろし、美里は真正面のロッカーを見据えるようにして語り始めた。さすがに誰も私語やらかす奴などいなかった。

「みんなも知ってると思うけど、私たちが一年から二年にかけて、青大附中評議委員会は本条先輩っていうものすごくやり手の人が仕切っていたの。さっきちょこっと話にも出た『評議委員会ビデオ演劇』もそうだし、学校祭の時になぜか評議委員会がしきってお茶席担当したり、それからもうたくさんありすぎて言い切れないくらい、ものすごいことをした人がいたの。ふつう委員会って、委員長、副委員長、書記って分かれていて指名される仕組みになっているけど、評議委員会だけは違うって有名だよね。本条先輩の前の代、結城委員長の頃からまず委員長以外の役職がなくなっちゃったの。権力を一括するすることによって、どんどん決断しやすくして、いろいろなイベントを進め易くするためにね」

 美里はそこで言葉を切り、考え込むように俯いた。すぐに始めた。

「もちろんそのおかげで私たち評議委員は楽しい経験いっぱいしたし、盛り上がったし、たぶん学校内の行事は問題なく進んだと思うんだ。公立の子たちに話を聞いても、こんな自由にやりたいことをやらせてもらえて、しかもそれがすべて成功するなんてこと、めったにないんだって聞いてびっくりしたくらい。でもふつう、そうだよね? 私も青大附中にいるからこうやって普通にしているけど、外から見たら変だなって思うだろうな」

 ──まあそりゃそうだよな。給食時間中いきなり「松の廊下」放映するなんてアホなこと普通しねえだろ。委員会の合宿でホテル取ったりなんなりしねえだろ。

 確かに普通でないことは認める。

「私も委員会のど真ん中にいたし、それで楽しければいいじゃないって思ってたよ。でも、評議委員会が本条委員長のもとでどんどん盛り上がれば盛り上がるほど権力が集中しちゃって、どんどん仕事が他のとこから回ってきてしまうってのも、確かにあったの。須崎くんが言ってたよね? 放送委員会なのになぜか、イベントの司会は全部評議委員会だったって。私からしたらそうとは言い切れないんじゃないかって思うけど、目立つところを本条先輩が持っていってればそう見られてもしょうがないかもしれないなって気はする」

 ──まあな、それはあるな。

 貴史は頷いた。須崎の発言には正直なところ、大げさなところもあるんじゃないかと感じていた。放送委員会の仕事が全くないような扱いではなく、目立ち根性バリバリ連中の本条先輩、そして最近だと天羽あたりの出番が多すぎただけではないかと思う。美里は流されずに分析している。冷静に話を進めている。

「他の委員会でも、きっとそういう風に思ってた人、いっぱいいると思うし、確かに評議委員会はやることいっぱいあったなって、今考えるとなんかそんな気する。私はそれでいいと思ってたの。他の評議委員の子たちも。ううん、立村くん以外は全員!」

 力をこめて言い切った。

「私たちが二年の半ばあたりに立村くんが評議委員長に指名されて、その頃からいろいろ準備してたんじゃないかなって気がするんだけど、立村くんがまず最初に当時の本条委員長に提案したのが『他中学との交流会』だったの。最初は偶然だったよ。学校祭の時、水鳥中学の生徒会の人たちが訪問してくれて、顧問の先生同士が盛り上がって交流しようよって、それだけだったはず。たぶんあの話だけだったら、生徒会の人たちが水鳥中学に行って挨拶してとか、せいぜい評議委員長だけがお迎えしてとか、そんな話で終わったんじゃないかなって気がする。でも、立村くんは本条先輩に、この機会を使って学校内でのイベントを何かできないかって提案したの。そうだよ、あれ、立村くんの提案だったんだから!」

 ──修学旅行後になんかやったな。全校生徒参加自由の交流会な。

 立村と美里がやたらと走り回っていた頃の話だ。もっとも貴史が聞く限り、立村のかわいがっている後輩をそこの中心人物として押し込むための小細工だったはずだが。しかも失敗して『E組』の誕生きっかけにもなってしまい立村はかなりいじけていた。だが、美里の話だとかなり前から考えてきたことらしい。

「立村くんは心底本条先輩を尊敬していて、そのやり方とかいろいろお手本にはしていたと思う。話、してれば一発でわかるよ。でも、本条先輩の『学校内だけで盛り上がる』とか『評議委員会の部活化で一切一般の生徒たちが参加できないイベントが増えるのはおかしい』とか『生徒会と評議委員会とが協力できていないのはもったいない』とか、納得できないところもいっぱいあったみたいなんだ。特にこの交流会、二年の冬に私も水鳥中学に訪問したけど、生徒会の人たちと直接話すのが評議委員会という形はやっぱりもったいないって思ったんだ。楽しかったからなおのことなんだけど。いっぱい委員会があるんだから生徒会主導で他の委員会の人たちも混ぜて、いろんな企画とか立てられたら楽しいんじゃないかって、そう立村くんは考えていたみたいなんだ」

 疲れたのか美里ののどは少し嗄れていた。

「きっかけはあるの。少し話がそれちゃうけど、二年の評議で新井林くんっているじゃない? 評議とバスケ部のキャプテンやってる子。青大附中の体育系部活動が全く盛り上がらないからって業を煮やして、自分ひとりでまず、壁新聞作り始めたの。『青大附中スポーツ壁新聞』ってもう、今は体育委員会で作ってるはずだけど、きっかけは新井林くんなんだよ。一年下なのにすごいって思っちゃった。そういうのを立村くんも見ていて、きっと刺激を受けたんだと思う。これだけ自分でどんどんやりたがっている人たちが委員会に集まっているのに、ずっと飼い殺しにしてしまうのって変だよって、思ったらしいんだ。想像じゃないよ、これ、私も立村くんから直接、なんどもなんっども聞かされてる。そんなの考えすぎじゃない?って私は思ったけど知ったことじゃないよね。本条先輩の作り上げた評議委員会のみで盛り上がっていれば、委員会部として楽しいことひとりじめにできたし、生徒会より上の扱いしてもらえたし、いい事尽くめなんだよ。そりゃ仕事がいっぱいだと大変だけど、やりがいあるのも確かだもん。本当だったら放送委員会に仕事返さなくたっていいじゃないって人たちも、たくさんいたと思うよ」

 小声で「ひえー」とつぶやくのは須崎だ。

「その後立村くんが三年で正式に評議委員長就任してからはもう、本当に、やりたい放題だったんだ。いい意味でだよもちろん。本条先輩がいた頃はやはり尊敬しているから気を遣っていたけど卒業式は違ったなあ。さっき須崎くんが言ってたイベント協力のお願いだけど、あれはそう、立村くんの判断。その他先生たちと交渉して美化委員会とか体育委員会とか、交流会やってなかった? 私は評議のことしか知らないけど、みんな修学旅行終わってから夏休み以降いろんな委員会が交流会に燃えてたような記憶あるんだけど」

 委員会関係者がみな顔を見合わせて頷きあう。思い当たるふしはあるようだ。

「でも、あまりおおっぴらにはしてなかったから気づかれてないだけかもしれないね。たぶんクラスでそういうこと知ってる人ほとんどいないよね。でも動いてるんだよ。山が動くって言ってた人いるけど、とっくの昔に動いてる。きっかけは修学旅行後の水鳥中学交流会だけだったかもしれないけど、あれをきっかけに少しずつ波が広がっていってるってこと、私も感じてたの。立村くんは自分がやり遂げたことをでかでかと言い放つ人じゃないから黙っているけど、ここまでの流れはぜーんぶ、立村くん主導で行ったことなんだよ」

 菱本先生が「ちょっといいか、清坂」と声をかけた。

「なんですか」

「俺が聞き間違えていたら申し訳ないんだが、あの水鳥中学との交流会、仕切ったのは実質、A組の天羽だと聞いてたんだが、あれ、立村主導だったのか?」

「ばっかみたいなこと言わないでください!」

 あきれ果てた声で美里が言い放った。ここでちょこっと、能面が外れた。

「それも全部、立村くんの計算です。あれだけ目立つこと嫌う人が自分で喜んで仕切りたがるわけないでしょ? 天羽くんは最初あまり乗り気じゃなかったんです。本条先輩というより結城先輩派だったから立村くんのやり方に百パーセント賛成してたわけじゃないんです。もちろん、立村くんとは仲良しだったから協力はしてたけど。私、企画から全部手伝いましたけど、仕切り役おもてなし役全部得意な人に振ってやってもらってました。ここだけの話ですけれど、C組の霧島さんには頭下げて、お茶出す役をお願いしてました。どういうことか、わかりますよね?」

「ああ、納得した。そうか、あいつやるな」

 ──どこがどういうことなんだかわっからねえ。

 貴史が首をひねる間に美里は能面かぶり直し再開していた。


「とにかく、立村くんは評議委員長としてまず、今まで権力が集中していた部分をそれぞれ得意な委員会に分割しようって考えていたんです。それ、決断できるのって評議委員長だけだから、当然です。それが一段落してから、最後の大仕事をしようとしていた矢先にああいうことになっちゃったので中途半端な終わり方でしたけど」

「何それ、あいつの最後の大仕事って」

 こずえが質問してくる。知らないのだろうか、こいつも。そんなわけないだろう。さくらだきっと。

「評議委員会に集中していた権力を、生徒会に一部返すってこと」

 短く「青大附中『大政奉還』」についてまとめて答えた美里。

「これも今、ごたごたしていてクラスのみんなは誤解しているとこ、あると思うんで長くなるけど言いますね。ちょっとだけがまんしててください。立村くんが評議委員長になってからやりたかったことって、本当はこれだったんじゃないかって、今になって思います。立村くんはずっと、生徒会の人たちが先生たちの御用機関で言いなり扱いされていることが申し訳ないって思っていたみたいです。その理由が、結城先輩本条先輩の作り上げた評議委員会への権力集中であって、それにより他中学の交流も、また学校の楽しいイベントも、評議委員会が全部仕切ることになってしまい、生徒会は影が薄くなっているってとこは、なんとなくわかるよね? 生徒会改選よりも評議委員長選のほうが大事件なんて、この学校にいたら自然だけど公立にいたら変だと感じると思うんだ。でも冷静に考えれば、委員会はいったん選挙で選ばれれば一年間任期あるし、転校でもしない限りはじっくりやりたいことに取り組める環境だよね。一方評議委員会をはじめとする委員会は、前期後期と一応は改選があるし、そのタイミングによっては別の人が選ばれてしまう可能性もあるってこと。せっかく途中までやりかけたことを、別の委員会に入ったりもしくは落とされちゃったりなんかして、できなくなっちゃうことって結構あると思うんだ。不安定な場所だって、これ、委員会に入っていたら誰もが感じることだよ。今だって、評議委員長が天羽くんになってるから、立村くんの思っていなかった方向に進んでいるんじゃないかって感じることは正直あるし。どうしても、半年だけだとそうなっちゃう。今までは暗黙の了解で、いったんなった委員会には卒業まで参加できるようなしくみになっていたけど、それじゃいやだって人もいること、わかってる。そうなんだよね、特に女子のみんなはそう感じていたんだよね?」

 誰も何も言わない。言える奴はいない。

「立村くんが生徒会になんで評議委員会の持つ権利権力を返したかったかっていうと、そこの問題を解決したかったからなの。今の立村くんのように、なんとかして最後までやりとげたかったことを、委員長からはずれることによって成し遂げられないっていうことを、できるだけ避けたかったの。もし立場が逆転していて、評議委員会が御用機関で生徒会がやりたい放題だったとしたら、どう動いてたと思う? 私が生徒会長だったらまず、評議委員会に少しずつ何かやってもらうための権利を譲るよ。クラスのみんなを集めて、手伝ってもらったっていいしね。でも先生たちや偉い人に交渉しなくちゃいけない時は生徒会長の出番だよね。じっくり相談しなくっちゃいけないもん。交流会だって、まずは生徒会のみんなが出て行って、それで盛り上がったら次に評議、他の委員会、そして全校生徒って流れで広げていくよ。時間かかる内容は生徒会に、短期集中するイベントは評議委員会に、そう分けていって盛り上がれば自然とクラスにもいい影響出てくるし。もっと長く三年間かけてやりたいことがあれば、今度はそうだよ、須崎くんみたいに放送局にしちゃえばいいの。立村くんも同じだったんだ。私、最近になってやっとわかったけど立村くんは、そうすれば今うちのクラスのみんなが頭に来ている問題も片付くんじゃないかって感じていたんだよ」

「何それ」

 どこからか声がする。誰かはわからない。ひとりふたりではなかった。

「女子のみんなが思ってること。なんで青大附中はいったん委員を選んだら簡単に三年間入れ替わりできないのかってこと。文句、みんな立村くん承知してたよ。自分がたまたま入学した時に評議委員に選ばれちゃって、惰性でそのまま流されていること知ってたし、みんなが不満たらたらでいい加減降りればいいのにって思ってたこと、よくわかってた。私にも、貴史にも、いつも言ってたよ。申し訳ないって、そればかり」

 静まり返った。


 ──あいつ、そんなことばっかり言ってたよなあ、ぐちぐちぐちぐち。

 菱本先生を覗き込んでみる。こくこく頷いている。

 女子たちも俯いて考え込んでいる様子だ。


「でも、対抗馬が出るわけでもなかったし、立村くんも評議委員会でやりたいこといっぱいあったし、三年間このままできたわけ。誰とは言わないけど別の奴に代わってくれとかささやかれても、正面から声上げる人もいなかったしね。それはしょうがないよ。でも、立村くんは普通の人よりずっと神経使う性格だから、死ぬほど辛かったと思う。だから、せめて自分の代で委員会が部活動化して身動き取れなくなる環境を変えたかったんだよ。立村くんがいろんなところで話をしているの聞いて、まとめるとそういうことになるんだ。そのために、委員会で長期でやらなくちゃ話になんないことを生徒会にゆだねて、委員会では主に任期で収まる内容に絞っていけば委員がころころ代わってもやっていけるんじゃないかって。そういう風土になれば、D組のみんなが立村くんをリコールして落としても平気な顔で入られるんじゃないかって。結局そういうこと。立村くんは自分が評議委員としてD組のみんなに評価されてないことくらい、十分わかりきってたの!」

 

 ──美里、泣いてるんじゃねえの?

 貴史は美里の側に立ち、頬に目を留めた。涙は流れていない。声だけがかすれるだけだ。


「ううん、もちろん国枝くんや須崎くんをはじめ、ちゃんと立村くんはやることしていたってこと理解している人だっているのはわかってるよ。でも、きっと、そう思ってない人の方が圧倒的に多いよね。特に女子。私もたぶん、評議じゃなかったらそう感じてたと思う。さっさと隣のどっかの鈴蘭優ファン男子に引導渡すよう言ってたかもしれないね」

 ちらと貴史に目をくれた。乾いた表情だった。

「もちろん立村くんのやろうとしていたことは、評議委員会満場一致なわけなくって、裏ではいろいろ意見も分かれたけどね。でも、最後は評議委員長の立村くんが説得して、なんとか一年間かけて話を持っていこうとしていたの。元生徒会長の藤沖くんとも話、煮詰めていて評議委員会ともよい関係を保つ形で共同でやってこうねって話にまとまりかけてたの。このまま立村くんが評議委員長で後期もいられたら、生徒会が丸ごと権力分捕ってしまおうなんてこと、絶対無かったよ。天羽くんももちろんがんばってくれてるけど、立村くんの目指した方向じゃないってことだけははっきりしてる。やりたいことは全部生徒会の丸儲けじゃないの、協力しようねって、それを立村くんは成し遂げたかったの。そうしやすい環境を作れば、今までは評議委員会をはじめとする委員会が全部ひとりじめしてきたものも、一般の生徒たちも参加しやすくなるし、部活じゃなくてもサークルとして盛り上がれるかもしれないし。それに、先生たちだって変にいばらなくたって興味あるサークルに参加すれば趣味だって楽しめちゃうかもしれないし。菱本先生、もし規律委員会が手芸交流会やることになったら、赤ちゃんに何かかわいいぬいぐるみ作りたくなりませんか?」

「俺? ああ、確かに、でも針と糸、苦手なんだよなあ」

 誰も笑わない。笑えない。なぜ、ここで菱本先生に突っ込む必要があるのか貴史にはわからない。

「私が今ここで言いたいのは、立村くんが三年間ただ黙ってクラスのみんなから昼行灯扱いされたままでのほほんと評議委員やってたわけじゃないってことなんです! 確かに言葉が足りなすぎるし、自信なさ過ぎるし、ろくに紙数えられないし、男子としてどうかって言いたい気持ちはわかります。でも、評議委員会で立村くんがトップに立ったからこそ成し遂げられたことってこんなにあるんです。私もそれに気づいたのはつい最近だし人のことは言えませんけど。でも、これだけは言っておきたかったんです」

 美里は呼吸を整えた。しばらく黙りこくるクラス全員を見渡していた。目を閉じて、少しだけ空白を作った。何かを続けようとした。


「清坂、お見事だ!」

 拍手して空気をかき乱す奴がやはりパイプ椅子から立ち上がった。明らかに迷惑顔で美里が横を見る。連れられて貴史もその主に目を向けた。

「初めて知ることが多くて腰抜かすかと思ったなあ。そうか。俺も六月の他中学交流会をきっかけにいろいろと渉外活動への興味が全校生徒たちに湧いてきたんじゃないかって気はしていたんだ。この前も美化委員会が主導で、近所の老人会に華道展示会の手伝いに行き、そこで花の生け方をみっちり学んだとか、体育委員会が保健委員会と組んで病院見学に行って、ボランティア活動を継続して続ける話が出てきているとか、いろいろ聞いてはいた。そのきっかけが立村の案だったわけなんだな」

「そうです、その通りです」

 堅い口調で美里が答えた。用心しているようだ。

「その他あいつがそれなりに計画していたことをひと通り聞いて思ったんだが、清坂、やっぱりお前はいい女房役だなあ。さすがだよ」

「え?」

 思わず美里と顔を見合わせる。仮面なんてない。ぽかんとしたまぬけ面で返してくる。動揺しているのがありありとわかる。

「確かにだ。立村が評議委員会で取り組んできたことは素晴らしいし、みんなが気づかないうちに土台を作って学校内の委員会活動を活発化させようとしていたことは評価するよ。こりゃ大人顔負けだな。だがな清坂。これは立村ひとりでやり遂げたことではない、というのもわかるよな?」

「え、どういうことですか?」

 きつく言い返す美里。やはり、きたと思っているようだ。

「もちろん長という名のつくもとでしかできないこともある。いわゆる『決断』だな。それをきっちり行った上で適材適所に仕事を振り分け、長い目でみてプラスになるように種まきをする、これはたいていプライドが邪魔してできないことだと俺は思うよ。男としてもな。それをあえてやり遂げようとした立村は偉い。ただ、それを受け入れられるだけの器のある奴が、あいつの周りに集まっていたことも否定はできないと、わかるな?」

 かみ締めるように話しかける菱本先生。貴史にもゆっくり頷いてみせた。

「その一人が清坂だし、A組の天羽もそうだし、他の評議委員たちもそうだ。さらに言うなら立村の通常考えにくい案を受け入れようと努力したB組の藤沖はじめとした生徒会役員たち。もっと言ってみるか。その情熱にのっかってさらに自分たちでその波を広げようとした生徒たちみな、すべてが素晴らしいんだ。決して立村ひとりががんばったからではない。もちろんきっかけを作ったのは確かだがな」

「先生、立村くんを否定するんですか?」

 あえてがまんしているのが見え見え。美里は怒鳴り声をつぼめて問いかけた。

「そういうわけじゃない。誤解するな。清坂、お前は立村と評議委員でコンビを組んで三年間、見事なフォローをし続けてきた。その上で今回あえて、立村の弁護をするためにこういう裏話をしてくれたんだろう? もちろんそれはわかるんだ。だが、本当に俺からしたら申し訳ないんだが、こういう時間のかかるやり方を裏で手を回して行うよりももっと手早い方法がもっとあったんじゃないかという気がしてならないんだ。清坂、今の話だと立村が思い立ったのは二年の半ばあたりだったんだろ?」

「はい、たぶん」

「それならなおのことだな。もし立村が考えた案をもっと別の、リーダーシップの取れる奴に渡してそいつの手で実行させたとしたらどうなっていたと思う?」

「え? それってどういうことですか?」

 貴史とまた顔を見合わせ尋ね返す。美里も、貴史も一緒に。

「誰でもいい。立村ひとりでその計画を抱え込まず、たとえばA組の天羽や、ほら清坂お前とか、それとも直接生徒会の奴らに提案するとか、いろいろあるだろ。先生たちに相談するとか、もっと立村よりも手際よく、誰の目にも見えるようなやり方でやり遂げることもできたんじゃないのか? 去年の六月に初めて水鳥中学との交流会が行われた。これはすごいことだ。だが、別の奴が手がけていたらもっと早く、それこそ二年の段階で行われていた可能性も高いんじゃないのか?」

「先生でもそれは、別の委員長が担当していたし」

 言いかける美里を制し、菱本先生は続けた。

「だからそこで立村の出番になるんだ。トップが反対しているなら、別の実行力ある人間に案を手渡してうまく口利きしてもらう方法だってあったはずなんだ。立村の計画および努力は認める。それこそ千パーセントな。だが、やり方はまずかった。あいつが懸命に努力していることを、現にここにいるD組の連中はじめ全校生徒はほとんど気づいていないんだ。それどころか、昼行灯か、そんな扱いまでされている。評議委員にしがみついている役立たずと思っている奴も、そりゃいるかもしれない。こんな惨めな思いを立村はひとり耐えていたわけだろうが、それをもっと早く別の奴にゆだねていれば、なんらかの形で救うことができたはずなんだ。ずたずたに傷ついて、卒業まで間もないこの時期まで引きずらなくても、もっといい形で立村をクラスの一員として存在させることができたはずなんだ。遅すぎるとは言わないが、あまりにも時間がかかり過ぎたんだ。あいつにはきつい言い方かもしれないが、自分ですべてを抱え込もうとした立村は評議委員長としてベストではなかった、そう思わざるを得ないんだ」

 じんわりと空気がやわらいだような気がした。男子たちの黙りこくった中、女子たちの小声でのささやき声が響く。

「わかってるじゃんひしもっちゃん」

「ざまみろってとこじゃん」

 ひどい呼び名だが、菱本先生は怒りもしなかった。

「だが、まさに天才参謀だな立村は」

 何かを言いかけたがすぐに切り替え、パイプ椅子に座った。菱本先生はもう一度美里に声をかけた。

「立村側の応援演説が続いたから、次は反対側の意見も聞くんだぞ」

 悔しげに唇を噛んでいる美里の腕を、貴史は外から見えないように軽く指で叩いてやった。菱本先生の盾は見た目よりも堅かった。


 不意に女子のとっぴょうしない声が響き渡った。

「先生! 時間が限られてるし、ここで中立派の私がまとめに入っちゃっていいですか? 大丈夫、公平な判断するから安心してよお、ね! ひしもっちゃーん!」

 遠慮がちな爆笑が教室内にじわじわ響く。湿った笑いを背中にしょった格好で立ち上がったのは、予想通りあの女子だった。


 ──古川、いったいお前何考えてるんだあ?


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