第二部 46
46
文集準備は万端のはずだったが予定変更が多すぎた。 まず、奈良岡彰子の出番の件だが、菱本先生との話ではてっきり受験終了までひっこんでいてもらうはずと聞いていた。
貴史もそのつもりで予定を組んでいた。しかし、
「羽飛くん、心配してくれたんだね、ありがと! でも、文集作りの手伝いができないほど追い詰められてないから大丈夫だよ!」
ーーそうしてもらうと困るなんて言えねえしなあ。
目を輝かせてふっくらほっぺとお腹をふるわせて微笑む奈良岡に、貴史も感謝するふりをするしかなかった。
もともとは立村の関わっている一件を闇に葬るための計画だけに、本当だったら奈良岡の受験勉強期間中に形を拵えておきたかったのだ。
原稿をさっさと片付けたのちに、製本作業だけ奈良岡に手伝わせればそれで完了とも思っていた。
「班ノートのことだけど、先生もぜひ使おうよって話に乗ってたんだ! だから、とことん凝ろうよ。そうだ、今度私のうちでみんなで編集会議やらない? 美里ちゃんやこずえちゃんもいっしょに」
「いや、おめーさんの受験勉強の邪魔になっちまうだろ」
なんとかその場は逃れた。バターのくっきり効いたクッキーに食指は動くが、男の矜持たるものいかにってとこだ。
もうひとつ予定外だったのは、古川こずえが不参加ということだった。
あの性格のこずえが自分から身を引くわけがない。菱本先生からの命令だ。
「あーあ。私だって羽飛と一緒に文集作りしたいよー!」
聞こえよがしに叫ばれてしまった。仕方ないので理由を尋ねると、
「だってあんた、この前さ、菱本先生に呼ばれて、文集作りなどのイベントに今回参加禁止とか言われちゃったんだもんね。ふざけんなって感じだよ」
菱本先生にしては珍しい。生徒の自主性を伸ばしたい発想の教師じゃなかったか? そうつっこみたい。
「だよねだよね! 私だってそう思うよ。けどさ、頭来るじゃん! 英語科進学予定の生徒の中で私が最低点なんだってさ」
「最低点だろうがお前、受かっただろが」
貴史が首をひねると、こずえも大きく頷いた。
「入っちゃえばこっちのもんじゃんねえ。けどさ、菱本先生が言うには、高校に上がってから苦労する前に今の段階で力をつけておかないとだめだとかおっさん臭く説教すんのよ! 英語の先生に頼んで特別にドリルどっさり渡されてさ、これを毎週解けとか言われるんだよ! しかも」
言葉を切った。
「あんまりすごい量だったんでね、立村捕まえて半分やらせて提出したのよね。ずるいとか思ってるだろうけど、ほんと、ありえない分量なんだからね。大学ノート半分使うんだよ。そしたら即、その場で私ひとり残されて確認の小テストやらされたってわけ。たった一人でなんでって思うよね」
「まあなあ」
英語科進学の連中もいろいろ苦労があるのだろう。まあ貴史の場合、ひとり突き抜けた語学の秀才を基準として考えているのだから、その他の生徒たちがどういう状況下に置かれているかは想像できない。立村は涼しい顔してそれらの教材を片付けているんだろう。
「立村と比較してどうするってのさ! あいつは大学で今でも特別授業受けてるじゃん! 私らはなーんもそんなことして来なかったんだよ! それがいきなり特別ワンツーマンレッスン受けるはめになってもう大変! ワンツーマンで初体験手取り足取りって感じじゃん? 相手がもっとうっふんあっはんする相手だったらまだいいけどさ、中年のおっさん先生に心なんかときめかないってさ!」
完全に勘違いしている気がするが、こずえの言葉はあっさり流すが勝ちだ。
ーー奈良岡の相手をしてもらえれば助かったんだがなあ、まあしゃあねえか。
ただこのあたりはまだなんとか貴史がふんばってやりくりできそうな範疇の問題だった。
男子代表、徹底してリーダーシップを意識し、とことんひっぱっていってこっちの勝ちに持っていく。そのくらいならなんとかなりそうだ。しかし。
一番の予定外とは。
ーー立村とまだ話、できてねえし。
A組の教室で美里とふたり、立村のしょんぼりした姿を見下ろした日からだいぶ立つが、なかなか差しで話をするタイミングがつかめなかった。
ーーまあああいうことありゃあ、避けられるのもしかたねえわな。
美里が延々と立村を叱りつけていたあの日以来、休み時間に奴を見かけることがとんとなくなった。
もちろん学校には来ている。授業も出ている。ただ、フリータイムというところで捕まらないのだ。
体育の着替えとか技術の授業とかそれなりに男子同士でつるむ場面もないわけではないのだが、その時はしっかり貴史が話すことを失念している。
そんなこんなの繰り返しでもうすでに一ヶ月以上経ちつつある三学期の冬だった。
変わっているようで変わっていない。雪は膝下くらいまでつもり雪かきの必要な朝が続くこの頃だけど、貴史も立村も自転車での通学を諦めていない。やたらときしむ音と滑りやすい道が危なっかしいが、卒業式までこのペースを変える気はさらさらなかった。
雪崩は突然襲ってきた。節分終わってすぐの昼休みだった。
「羽飛くん!」
本当にこいつは受験生なのかとつっこみたくなるような軽いのりで、奈良岡彰子が声をかけてきた。
「今日の放課後なんだけど、一気に文集をまとめようと思うんだ。羽飛くんも一緒にいいかな?」
ーーおい、ちょっと待てよ。俺たちまだなんもやっちゃあいねえだろ! 準備段階だろが!
文句を言おうとした貴史をまんまる笑顔で押さえ込みつつ、奈良岡は自分の手提げ袋を軽く叩いた。
「先生から班ノート預かってきたんだ! 全部昨日の夜のうちに読みきったんだ。ある程度この内容を使いたいなってことがまとまったんで、一刻も早く羽飛ぶくんに利いてもらいたかったんだ」
「俺、に?」
ようやく一言返すと奈良岡は頷いた。
「うん。私も最初、全員の思い出話とかそういう内容でいいかなと思ったんだけど、やっぱりこれはきっちりとまとめないとまずいよねって結論に達しちゃった。きっと羽飛くんならわかってくれるんじゃないかな」
ずいぶん回りくどい言い方である。
「悪い、ねーさん、結論から言ってくれねえか」
「この前話したことと同じなんだけどね」
ふんわり笑顔で、奈良岡彰子は留めを刺した。
「立村くんと加奈子ちゃんのことをこの機会にきっちりけりつけたいんだ」
ーーそれだけはやめろって言ってただろが。
とうとう来た。貴史の苦手な根回しをしまくり、うまく自分が引っ張りまわせる状態に持ち込んだはずなのに、いとも簡単に奈良岡は突き破ってくる。
「この前言ってたよなあ」
とぼけてみる。
「そう、ちょっと、生徒玄関のところで話していい?」
それには賛成だ。立村はもちろん美里にも聞かれたくはない。
手首をがっちり握られ、奈良岡は貴史を廊下へ引きずって行った。本人はきっと「連れていった」程度の認識しかないのだろうが、その握力たるや、本当に手錠としか言いようがない。すれ違う他クラスの連中が奇妙な顔でふたりを覗き込む。ラブラブカップルとは誰も思っていないだろうしそれが救いではある。ただ、露骨に南雲とすれ違い、
「あきよくーん!」
などと呼びかけるのはちょっとどうかと思う。いったいこのふたりはどういうつながりなのだろう。仮面の熱々カップルなのかそれとも別の何かなのか。
「あれから美里ちゃんんともじっくり考えたんだけどね」
いつから「あれから」なのかはわからないが、ポケットに手を突っ込んだまま話を聞いた。
「美里とか」
「うん、文集の話が出てから美里ちゃんにも相談してたんだけどね」
ーーおいおいなんだよ。美里に話してねえって言ってなかったかよ。
「やっぱり私は、ここで白黒はっきりつけたほうがいいと思ったんだ」
「何をだよ」
「つまり、立村くんと加奈子ちゃんとのけんかが原因でクラスの中がおかしくなっちゃったってことを、きちんと整理したほうがいいなって思ったんだ」 「美里はなんて言ってた?」
まだ計画段階だし美里にはまだ伝えていなかった。それがまずかったのだろう。先手、打たれまくりだ。
「美里ちゃんは立村くんが誤解されたままだっていつも言ってるんだよね。それはそうなのかもしれないけど、私たちは事情説明されてないから全然わからないんだ。てか、うーん、誤解じゃないと思うところもあるんだよね」
「なんだそりゃあ?」
わざと軽く鼻で笑って見る。
「そりゃ、立村くんはいい人だし真面目だしクラスのために一生懸命だったと思う。それは認めるよ。でも、実際やったきたことを考えると、クラスの子たちが立村くんを嫌ってしまう理由もわかるんだよね」
「嫌いって、お前もか?」
奈良岡はあっさり答えた。
「嫌いじゃなくて、苦手なんだ。話をしていて、どうしてもつながらなくなる人だよね」
ーーお互い様っつうことだよな。
表に出ない天敵なわけだ。
そこまで奈良岡はほわほわした笑顔で続けた。
「羽飛くんもわかっていると思うけど、うちのクラスの子たちはどうしても立村くんを評議委員として認めたくないって気持ちが強いんだよね。これ、一年の頃からものすごく強くって、美里ちゃんとこずえちゃんだけが一生懸命かばってきたんだ。けど、かえってそれが。ほら、この前話した通りなんだけど」
「悪い、もっかい言ってくれ」
「美里ちゃん、嫌われちゃってるところがあるんだよね。立村くんの影響でいつのまにか、仲間外れにされることが多くて、心配なんだ」
貴史はロビーの椅子に目を向けた。雪の混じった風が生徒玄関の三和土に吹き込み煙をたてている。猛吹雪の時間帯に当たったらしい。
「あいつがかよ」
「そうなんだ。美里ちゃん、体育の時も、家庭科の時も、男子たちがいない時は私とこずえちゃんと一緒にいるんだ。けど」
頬が真っ赤に染まっている。りんご状態。そうとう寒いにも関わらず言葉は熱い。
「こずえちゃんはみんなと仲いいからどうしてもあちこちでひっぱりだこ。私も、いつも美里ちゃんのそばにいるわけにはいかなくて、気がつくと端っこでひとりぼっちで立ってるんだ。女子同士の時だけなんだけど」
「それっていわゆるいじめって奴だろ、けど美里はなんも言わねえぞ」
「評議委員のみんながいた頃はよかったけど、今、小春ちゃんもゆいちゃんもああいう状態だし、轟さんは、あまり美里ちゃんと仲良くないし」
そりゃあそうだろう。自分の彼氏にちょっかいかけた女子なんだ。ライバル意識めらめらだろう。奈良岡はそのことを知っているのだろうか。
初めて聞く話ではない。だがあえて今頃持ち出す話でもないような気がする。
「私、はじめにこの話を立村くんのために考えたつもりだったんだよね。立村くんがこのまま誤解されたまま卒業してしまうんだったらどうなのかなとか思ったから。でも、男子の場合かえって迷惑になっちゃうんだってあきよくんとかにも言われたし、何もしないでおいたほうがいいのかなって思ってたんだ」
「それでいいじゃねえの」
気がない風に答えた。いきなり両肩をがっちり押さえつけられた。膝ががっくりきそうだ。両足踏ん張る。重たい。
大福姫のほっぺたが目の前に接近してくる。
「けどね、美里ちゃんがこのまま誤解されて卒業することだけはいやだって思ったんだ。美里ちゃんは立村くんと仲良くて、でも私たちにはどうして一緒にいたいのかわからない。立村くんだって二年の子を加奈子ちゃんの時みたいに追いかけている状態だし、みんな早く別れればいいのにと思っているところがあるんだ。」
否定できないので黙る。ものすごい圧迫感。しかも妙な匂いがする。
「この前も話したけど、やっぱり私、美里ちゃんのために何かをしなくちゃいけないなって思ったんだ。こずえちゃんは放っておけばいいって言ってるけど、だめだよみんな仲良く卒業しなくちゃ!」
「わかった、わかったからちょっと、手、外してもらえねえか」
ーー状況最悪じゃあねえかよ。予定変更どころの騒ぎじゃあねえ!
確かに美里が仲間外れ状態というのは、少し前に奈良岡からも聞いた。
驚かなかったとは言わない。
ただ、当の本人が平気な顔して流しているから何とかやっていくだろうと思っていた。
男子の目が届かない場所での状況は一層悪化していたということだろうか。
こずえや奈良岡がこまめにフォローをしていたとしても、それでも面倒見きれないこともあるということか。
「けどなあ、それと文集とは違うだろ」
「だから、この機会を生かしたいんだよね! 羽飛くん、協力してほしいんだ!」
「ああ?」
再び、今度は手だけではなく指先にまでがっちり力込めて肩を押さえられた。もう動けない。
「菱本先生は今回の文集作りを羽飛くんに任せるって言ってたんだ。私は受験勉強に専念してからでいいって。でも、この一瞬にも美里ちゃんはひとりで苦しんでいるんだよね。美里ちゃんのせいじゃなくて、たまたま立村くんと付き合っているからって理由で」
「いやそれだけじゃあねえだろ」
ぶんぶん首を振る奈良岡、そのおさげ髪が貴史のほおをビンタする。
「立村くんが誤解されてるきっかけって、一年の秋に加奈子ちゃんを追いかけ回したことがきっかけだよね?」
「ああでも、あれはほんっとの誤解であって」
言いかけた言葉をまたおさげ髪で叩き落とされた。
「男子のみんなはわかっていることかもしれないけど、女子のみんなにはちっとも伝わってないよ。ううん、もちろん羽飛くんやあきよくんが一生懸命フォローしてたことは知ってるよ。でも、友だちだからかばっているだけだってみんな思ってる。だから信じてないんだよ!」
「そりゃあまあそうだろな」
そんなわかりきったことをなぜ奈良岡はつっこみ続けるのだろう。とにかく重い、痛い、臭すぎる。
「問題の根っこはきっと、あの事件にあると私、確信したんだ! 班ノート一気に読み直してやっとわかったよ。立村くんは加奈子ちゃんのことを好きになったのはいいけれども、その時に自分がいじめられていたことを知ってごまかそうとして嘘で塗り固めて、でもそれがばれちゃって、みんなに軽蔑されちゃったって。一言で言えばそういうことだよね?」
「それ美里から聞いたのか?」
「ちょびっとだけど。でも、加奈子ちゃんからも詳しい話を聞いたし、たぶんそれが本当だと思う」
ーーオーマイゴット!
もう打つ手はなし。頭を抱えて叫びたい。
まったくもって事実では、あるのだ。
「立村が杉浦加奈子に横恋慕した」ところだけは嘘だが、それ以外は事実なのだから。
しかもそれがあっさりばれてしまったという顛末まで、なぜか奈良岡は見破っている。
「事実なんだからそれはそれでいいだろ。今更ひっぱり出さねくたって」
「いや、だからこそもう一度はっきりさせるべきなんだって私、思うんだ!」
完全に奈良岡の指はホールド状態。誰も助けてくれやしない。完全硬直状態の貴史はただ見据えるだけだ。
「だから羽飛くん、協力してほしいんだ。私、美里ちゃんのために、立村くんがかつてしてきたことを反省して、先生にもみんなにも謝って、それから再出発を図ってもらうことが一番だと思うんだ。A組の片岡くんのように。そうすれば、まず立村くんのことをきちんと水に流すことができるし、その後で美里ちゃんも前に進んでいけるよ。美里ちゃんきっと、立村くんをかばわなくちゃって気持ちでいっぱいだから、あんなにひどいことされても我慢していられるんだよ! でも、きっと美里ちゃんがきっちりと現実を見つめていけば、きっと、ちゃんと」
「別れるだろって、言いたいんかよ」
言葉を止めた。さすがに迷ったらしいが、
「でも、きっと、今まで通りの笑顔がいっぱいの美里ちゃんに戻ることができるはずなんだよ! 羽飛くんだって美里ちゃんにになってもらいたいよね? 幼なじみなんだから当然だよね!」
「あのなあねーさん、熱く語るのはありがたいんだけどな、それ美里に言ったのかよ。あいつなら絶対、そんなことさせないって言い切るだろうが」
貴史はようやく反撃しようとした。美里がそんなに哀れまれたがるわけがない。
甘かった。首を振ったのは奈良岡だった。承知しているとばかりに。
「美里ちゃんに言ったら止められるから、だから、だから、だから! 羽飛くんに協力してほしいんだ私!」
「俺が何しろっていうんだよ」
「立村くんに今までのことをきちんとクラスメートの前で話をするように説得してほしいんだ。そこはやはり、男子の羽飛くんしかできないよ、女子の言うことには耳を貸さなくても親友の羽飛くんの言葉ならきっとくれるよ。美里ちゃんのためにも、そうしてほしいよ」
こんな展開なんて求めていなかった。
女子がからむとろくなことにはならない。
貴史が男子同士の話し合いでけりをつけるつもりだった一件を、奈良岡は「美里のために」という正義でもって掘り起こそうとしている。
しかも、貴史が美里の幼なじみという事実すら突きつけるわけだ。
「無視したいんだったら無視させときゃいいだろ! 立村だってそうしてほしいだろうが」
「立村くんはそれでいいかもしれないけれど、美里ちゃんが」
「美里だってがきじゃあねえんだから、自分のことはきっちりするだろ! ねーさんお前過保護過ぎだぞ、そんなことに首つっこんでる暇があるんだったら自分の勉強しろよ、受験まであと何日なんだ?」
「美里ちゃんのためだったら落ちてもいいよ。このままぎくしゃくしたまま美里ちゃんが卒業しなくちゃいけなくなるよりはそれの方がずっといいよ!」
ーー嗚呼麗しき友情なんかくそったれ!
貴史は肩から手を振り払った。
「悪いが俺はその話、乗れねえよ。立村だってあいつなりに覚悟してやったことなんだ。ただでさえあいつの今がどん底だってっことくらいねーさんお前もわかるだろ?評議委員長から引きずり下ろされて、いるかいないか状態でうろうろしていて、休み時間なんか全然顔なんか見やしねえ。そんな状態のあいつをこれ以上たたきのめして何が楽しいっていうんだ?」
「羽飛くんだってわかってるはずだよ。立村くんは、羽飛くんを親友だって思ってないってこと。みんな、女子の目には丸わかりなんだよ」
奈良岡は食い下がった。
「余計なお世話だっつうの!」
再び両手を押さえつけられた。
ーー相撲かよ。
「つまり立村くんは、美里ちゃんのことも、羽飛くんのことも、信じてないんだってこと、外から見てたらわかるよ。もし友だちだったら辛い時こそ羽飛くんに相談したはずだよ。でも、顔見たくないって、二年E組に駆け込んでいるだけでしょう? ずっと、二年のあの子に張り付いているだけでしょう?」
「野郎同士ではべたべた友情ごっこなんかやらねえんだよ!」
「ううん、違うよ、逃げてるのは羽飛くんだよ! 羽飛くんは立村くんからずっと無視されているのに無理やり親友にして、それで仲間に入れてあげてるだけだよ。本当はそれこそ小学校時代のようにいじめられている可能性があるからってことでかばってるんだよね? これも美里ちゃんと一緒だよ。でも美里ちゃんとおなじく羽飛ぶくんはいろんなチャンスをなくしてる」
「はあ? なんだそりゃ。言い方によったらぶんなぐるぞ!」
「羽飛くんになら殴られたっていいよ。本当は評議委員になるべき人は羽飛くんだったとか、本当はずっと目立ってよかったのに立村くんに合わせて結局帰宅部だったとか。私たちみな、女子たちみな、わかってるんだよ。立村くんのしでかしたことの後始末をずっと羽飛くんと美里ちゃんがしつづけていて、それがとうとうほころんできているんだってことをね。みんなおかしいおかしい、けどどうしたらいいかわからないって。だから」
「うっせえ! 黙れ! もう近づくんじゃねえ!」
全力で手を払った。殴らなかったのは貴史なりのレディーファーストそれだけだ。野郎だったらその場で一発お見舞いしてやっている。
ーー何が? 何が、俺が無視されてる?
休み時間終了の鐘が鳴った。同時に後ろの扉から三年D組の教室に入ろうとする立村を見かけた。
前の扉に手をかけた貴史と目が合った。無視された。
ーー俺と美里が立村の尻拭いばかりしているとだと? 勝手に決めつけるんじゃあねえ!
心で叫んだ。心臓に届かず、喉ですっと溶けたようだった。