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第一部 39

 菱本先生には放課後話をするつもりでいたが、まずは当事者たちにもう少し膝詰でやりあわないとまずい。

「先生、悪いんだけど、今朝のこと」

「ああ、どうした」

「ちょっと気になることあるんで、明日にしてもらえねえかな」

 確か職員会議がどうたらこうたらと聞いていたので、問題はないとは予想していた。

「立村のことか」

「そ。俺なりに考えあるし」

「無理するなよ」

 親指立てて頷き、貴史は素早く教室を出た。どしゃぶりの雨はすっかり上がっていた。水たまりだけやたらと深い。雪も積もりかけていたものが半分解けているようで、歩く場合はつま先でいったんつついて確認してから踏み出さないとまずい。

 外の風は雪降った後としては少し温めだった。ただ、靴の中が生渇き状態のため、乾かした靴下が妙にしんなりするのを感じる。気持ち悪い。

 ──まずは、美里探さねばな。

 「当事者」とはすなわち、美里しかいない。


 天羽や難波から聞き出した情報でもって、だいたいの流れをつかむことはできた。

 ──すなわち、難波の寝返りが発端か? それと天羽の小細工か?

 鉄壁と思われていた三年男子評議委員四人の間で何か、トラブルが存在したのだろうか。

 あまり貴史も評議委員事情を知る方ではないが、

 ──立村が言い出した「大政奉還」とかいうあれが、まずかったんじゃねえのか?

 そのくらいの想像はつく。

 立村が生徒会と評議委員会との融合対策を練っていて、元生徒会長の藤沖と単独で話し合いを進めていたことは聞いている。

 せっかく得た評議委員長としての権力をさっさと手放したがる立村の行動に天羽たちが共感していたとは、考えにくい。

 ──けど、それでもやっぱり三年一緒にやってきただろ?

 とりあえず立村を評議委員長に推しその上で、もう一度話し合いをするという方法だってあったはずだ。

 少なくとも天羽の口ぶりからは、立村を引きずり下ろそうとする意向は感じられなかった。

 ──となると、やっぱりありゃあ、難波のスタンドプレーかよ。

 難波は貴史を無理やり共犯に仕立てようとしているきらいがある。きっかけがたまたま貴史の発言にあったのかもしれないが、そういうところからいきなり立村を下ろそうとするやり方はやはり、汚いと感じる。背中からわっと驚かせて前のめりに倒すような卑劣さすら覚える。

 ──けど、待てよ。

 

 天羽が評議委員長に立候補したとしても、票の流れがきちんと読めていれば問題はなかったのじゃないだろうか?

 いきなり思い立って手をあげて、やる気出したふりをしても、今までの立村の活動内容をよくよく見ていればいきなり手のひら返したような票の入れ方はしないはずだ。かねてより確執が噂されていた二年の新井林健吾に票を奪われる方がまだしっくりくる。同じ負けだとしても、

 ──新井林は評議委員としての活動をそれなりに見せつけてるわけだし、立村よりもそっちの方がいいってことなら、そりゃ票も流れるわ。

 ──けど、天羽がいきなり立候補して、そこで決まっちまうってのはどういうことだよ。

 ──それも今まで、ずっと立村を応援しようと手回しいていた三年がだぞ? 評議の連中ってそこんとこ、考えねえのか?


 天羽の計算が甘く、本来なら立村が得るはずの票が流出してしまったということになる。

 難波が天羽に票を入れたとして、それでもたかが一票。かなり大量の立村への票が失われた結論となる。

 ──さすがに美里はな。

 美里がまさか、天羽に入れるとは思えない。

 三年評議たちの票がいきなり天羽に回ってしまい、結果立村は落選するはめになったということだ。

 どうも、もやもやして腹の中が落ち着かない。

 ──やっぱりこりゃ、美里と直接話をしねえと、どうしようもねえな。

 実際その場にいたのは美里だ。天羽と難波の野郎チームに聞いたところで行き着くところは一緒。評議には女子だっていたのだから、そいつらの考えがどうなのかを確認する必要が確かにある。


 自転車置き場に向かおうとし、すぐ思い出した。

 ──今日、バスで来たんだよなあ。

 習慣というのは恐ろしいものだ。さすがに今日、自転車で通学した奴はいなかったらしく、自転車置き場は小型車一台がすっぽり収まるくらいのスペースが区切られて空いていた。いつもなら立村も自転車で来ているはずだ。隣に付けているはずなのだがもちろん、ない。帰ったかどうかもわからない。

 バスターミナルに向かい、これから帰ろうとする生徒たちを目検分した。まだ美里も立村もいない。

 ──先に帰っちまったかな。

 できれば学校にいる間に捕まえたかったのだが。


「おいおい、おーいおいおい!」

 呼び止められた。バス停長蛇の列、三分の一ほどの位置で靴をぐつぐつ鳴らしていたところだった。

「天羽?」

 まず声の主に挨拶をしようとし、隣に寄り添う女子を見て絶句した。

「あれ、あの、お前さあ」

「さっきはどうもね、羽飛くんこれからバスで帰るの?」

 ──こいつの彼女って確か、髪の毛くりくりに丸めたあの、確か。

 なんで天羽の隣に、B組女子評議の轟琴音がいるのだろう。一度見たら忘れない強烈な顔立ちの持ち主で、まず見間違うことはない。目が深海魚っぽく飛び出ていて、歯並びもでこぼこ。まあ、悪い奴ではないと思うが、恋愛対象にはまず、なり辛い存在だろう。少なくとも美の基準が鈴蘭優の貴史としては。

「せっかくの天気ですし旦那、ちょいと付き合ってもらえねえかねえ」

 笑顔満開で、時折他の生徒たちの挨拶にも答えている。すでに天羽が評議委員長として動き出した証でもある。

「ああ、かまわねえけど、けど?」

 隣の轟は大きく頷いた。天羽に向かい「よっし、これでいいよ」と囁いた。

「ちょうど良かったよ。できるだけ早く、羽飛くんと話せたらなって天羽くんと言ってたんだ」

「はあ?」

 評議委員同士、基本として仲良しだということも、以前より立村からは聞いていたがそれでもこの乗りはなんだろう。妙に楽しげだ。

「例の件でな、ちょいと。できれば人のいねえとこでしっぽりと」

 答える代わりに貴史は天羽のおでこを軽くひっぱたいた。

「悪いが、俺は鈴蘭優ちゃん以外になびく気なんかねえからな。気色悪い奴」

「俺も今は、近江ちゃん一筋なんでね、ご心配なく」

 笑って返す天羽の軽さに押されて貴史も質問を繰り出した。もちろん歩きながら。三人並んで。

「その彼女、今日はいねえなあ。お前ベタ惚れのくせに」

 もちろん「なんでよりによって轟などと一緒に?」とは聞かない。

「ああ、今日は近江ちゃん、おデートなの」

 泣く真似をした。

「相手は清坂ちゃん。近江ちゃんにとって俺は二番手なの。うわあん」

 笑いながら、泣きまねしても説得力がない。轟がすぐ助け船を出してくれた。

「近江さんは美里ちゃんと今日、お茶して帰るんだって。だからってことよ」

「ははーん」

 道理で美里が見つからないわけだ。時間有効活用、感謝である。


 話によるとふたりともバスは利用していないらしく、やたらと学校近辺の情報に詳しかった。

「とりあえず食うもん食うか」

 天羽が自ら財布を取り出し、肉屋でコロッケを六枚ほど購入した。揚げたての匂いに誘われて、貴史は一気にかぶりついた。

「言っとくけど、今日はおごりだからな。委員長就任の、俺なりのな」

「いつもごめんねえ」

 特にためらうでもなくお礼を言う轟。三人それぞれ腹を満たしたのち、足の向いた先はお稲荷さんの祭られた神社だった。

「ここなら、そうそう来ねえだろ」

「お稲荷さんだからね」

 小さな祠に轟がちらと目を向け、

「けど、商業の神様だし、お店の人がお参りにくるかもよ。鳥居の前でも大丈夫じゃないの?」

「ああ、そうか」

 よくわけわからないなりにまずは、巨大な銀杏の木に寄りかかり息を大きく吐いた。天羽もコロッケの入っていた包み紙を轟に渡して大きなあくびをした。轟だけがちょこまかと動き回って周囲を伺っていた。

「で、話、先に言えよ。例の件ってな」

「ああ、そこなんだけどさっき羽飛くんが難波くんと話してた時、立村くんの得意分野って文字を書くことだって言ってたでしょ。そこのところをもう少し詳しく聞きたいなって思ったわけ」

 天羽が口を開く代わりに轟が早口に尋ねてきた。かなり寒い時期なのに薄いコートというのがかなり哀れだ。

「あ、そんなこと言ったか?」

「言った言った。ほら、天羽くん」

 促されて天羽も補足説明しようとしはじめた。

「つまり、その、あれだ。立村が評議委員長から降りたってことはすなわち、役なしになっちまったってことだろ?」

「そりゃそうだろ」

 当たり前過ぎることを繰り返すのが、天羽の衝撃度を表しているのかもしれない。「老人の繰り言」……これはちょっと違うか。頭で打ち消した。

「で、評議委員会ってのは、結城先輩の頃から副委員長ってのを置いてねえんだな。ついでに言うと書記もいねえんだ」

「そういうもんじゃあねえのか?」

「今までは伝統的に通してきたけどな、今回思い切ってその役職を復活させちまおうかと、考え中なのだよ」

 ーーなるほどなあ。

 ぴんときた。確かにこのあたりの点は立村や美里から聞かされる度、不思議には思っていた。小学校の学級会でも級長というのがいて、ついでに副級長というのも、また書記もいた。生徒会だってそうだ。生徒会長、副会長、会計、書記。それぞれ分担されている。評議委員会だけはその「長」ひとりに集約されていて、手伝ってくれる副にあたる奴がいないとも聞いていた。ただ、そういうもんなんだろうと思うだけでそれ以上は考えなかったが。

 轟が頷きながら言葉をはさむ。

「今までは評議委員長ひとりがいればそれでよかったし、あとはみんなが盛り立てていけばよかったんだよ。前期後期すべて同じ委員長だったらかえって副とかいろんな役付がいてもやり辛いだけだってね。特に本条先輩がその傾向強くってそれに合わせてたんだよ。立村くんも基本は本条先輩路線を進むつもりでいたようだし」

「けど、この状況考えてみろよな。羽飛、わかるか、俺の置かれたとんでもねえ状況を!」

 ──自業自得だろ。

 つっこみたいが、話を聞きたい気持ちが勝ったので黙る。

「難波の奴がわけわからねえことしちまって今、後始末で俺ぱにくってるんだぞ! なあ、わかるだろ?」

「あいつと話はしたのかよ」

 黙る天羽に、補足説明はやはり轟だ。合の手お見事。

「一度きちんと評議全員で話そうって言ってるんだけど、天羽くんだけが意地張っちゃってるのよ。あんたももう少しおおらかになりなよ」

「うるせえなあ! あいつ裏切ったんだぞ! 俺たち評議委員の絆をだぞ!」

 怒りを溜めてはいるのだろうが、顔だけがにやついているので真意をつかむのが難しい。

「ま、明日にでももう一度話し合いをしよってことで、難波くんには伝えてあるよ。ただ、立村くんがね。羽飛くん、立村くんの様子、相変わらずだったかな?」

「美里から聞いてねえのかよ」

「だから、美里ちゃんは近江さんに相談乗ってもらってるみたい。私は私で別に動いてるの。そうだよね、天羽くん」

 なんといえばいいのか、このふたり結構馬が合うようだ。ある意味天羽のベタ惚れな近江よりもはるかに、漫才のボケツッコミ担当がきちんと分かれていて話もわかりやすい。同時に美里がこの乗りを好むかどうかが微妙なところだとも感じた。

 ──ま、関係ねえか。

 天羽が近江を好きなように、轟は。

 ──修学旅行四日目で美里に頭を下げてまでして、立村を貸してもらったくらいあいつが好きなんだ。

「立村は、めげてるぞ」

 短くまずは伝えた。

「全然教室でしゃべんねえし、それに面倒な女子どもになぶられちまってるし」

「女子たちになぶられるって、まさか杉本さんのことで?」

「よっくわからねえけど、もともと立村は女子受け最低だったしな。美里だけが例外って奴。だからあいつが評議委員長から落っこちたらただの陰気野郎で片付けられちまう。ま、いろいろあるけどな」

 ふむふむ頷く天羽を横目で見ながら、轟に尋ねた。

「役職を復活させるってことは、つまり立村を副委員長かどっかに押し込むってことか?」

「そう、なんだけどねえ、簡単に行かないのよそこんとこが」

 轟はため息をついて天羽を見やった。

「そこんところは天羽くん、続きよろしく」

「おうさトドさん」

 天羽は天に向かって両手を伸ばし、ぐるんと腕を回した。


「順番としては立村を副委員長に置いて、ついでに次期評議になるであろう新井林を脇に置こうってのが俺の案だったんだわよ」

「ふんふん」

「ところがそこんところで顧問からクレームが出ちまったってわけ」

 誰が顧問だったかは覚えていないので突っ込まず聞き流した。

「つまりな、うちの顧問はどうも立村の力量だったか?に今ひとつ納得できてねえみたいでな。できれば新井林を副委員長にした方が自然じゃねえのかって言い出したんだ」

「おい、待て。こういうことこそ選挙で決めるってのが民主主義じゃあねえのかよ?」

 天羽と轟はふたり同時に首を振った。

「もともと役職がねえんだから、決めようがねえよ。ただ次の委員会までに俺をやさしくサポートしてくれるシートベルトみたいな誰かを置きたいってことで話を進めたんだよ。今日な」

 早く動いたというわけだ。轟が続けた。

「つまり、立村くん自体に役職をやるだけの力がないんじゃないかってはっきり言われたんでしょ? むしろ二年生中心で委員会活動を進めた方が学ぶものいっぱいあるしいいんじゃないのと。そういうことよ」

「ひでえ話だな」

 このあたりはまったくわけがわからない。ただ、卒業してしまう三年よりも来年引き継ぐ二年に仕事を任せた方が楽だろうという気は、確かにする。あまり上がつかえているとかえって鬱陶しい。

「で、そこで問題。このまま顧問の言う通り立村くんを平のまんまにしといていいのかってこと。羽飛くん、どう思う?」

「立村はまじで泣くなあきっと」

 自然と本音がもれた。

「でしょ? せめて副委員長には入れないとって思ってたけど、先生たちの力って強いんだよね。本条先輩なら口八丁手八丁でいくらでも押せたけど、天羽くんだと、なんってっかその、あれなのよ」

「なんだそのあれって」

「民主主義の賜物ってことでな」

 天羽が頭をかきながら答えた。

「今まで評議委員会は裏ですべて物事を片付けてきているきらいがある。けど、今回の委員長改選ではみんながノーをつきつけた。ということは根本的に裏でこそこそ動くよりもきちんと日の当たるところですべてを進められるようにしたほうがいいんじゃないかと、ま、先生のお言葉ですわな」

 言っていることがわかるようでわからないが、委員長育成制度のようなものに批判が集まっていたのは確かのようだ。

「ま、先生としちゃあ、どういう形にしても大人に話を通してから進めろと、ただそう言いたいだけみたいだけどねえ」

 轟の言葉が一番わかりやすかった。

 ──副委員長にもなれないってわけか。そりゃひでえわ。

 貴史なりに頭の中を整理して考えた。銀杏の木にもたれようとしたが、木々の凹みに雨水がたまっていて今度は背中がびしょ濡れになってしまった。

 ──先生がたとしては、新井林を副においてってことで考えてるってわけか。

「で、立村はどうすりゃいいんだ?」

 改めて問うと、天羽は立ち止まった。

「そこなんだよ、問題は。俺としてはせめて前期委員長だった立村を脇に置きたい。せっかく貴重なノウハウ手帳ももらったけど、肝心要の奴がいなくちゃあわけわからねえだろ」

 カバンから取り出したのは、黒い手帳だった。使いこまれているのか角がすれていた。

「立村くんがね、昨日天羽くんに渡したの。もう自分にっは必要ないからって」


 ──立村はもう、完全に諦めてたってことかよ。


 本条先輩にべったりくっついてあれやこれや教えてもらっていた立村が。

 自分より出来のいい後輩を押しのける形で無事委員長に選ばれるまで、黒い手帳はずっとそばにいただろう。

 その手帳を手放したということは、つまり。

「で、羽飛、あいつの売りになるポイントはどのあたりだろうなあ」

 天羽は手帳をしまいこみ、ジャンバーのポケットに手をつっこみ尋ねた。

「トドさんの言う通り、やっぱり文字の綺麗さかねえ。男子のひとりとしちゃあ、そんなとこ褒められたってたいしてうれしくもねえだろ? けど、そうしたら書記に回すことができるんだよ。うちの顧問に、同情じゃなくて立村の文字が綺麗だから書記にしたいんだけどってことで進めたいんだよ」

「つまり、立村に役をつけさせるためにどうすりゃいいのかってことか!」

「大当たり!」

 天羽と轟が手を取り合いふざけたように万歳をした。


 ──そうだな。立村のノートは基本としてすげえ綺麗だわな。

 貴史だけではなく、美里も同じことを話していた。英語関連の問題集答え合わせをする時も立村のノートだけはどこかのお姫様が羽ペンもってすらすら書くような上品さを讃えていた。男子としては珍しいお嬢様文字とからかったりもしたものだ。

 ──ただ、綺麗なんだけど、それだけなんだよな。

 異様なほど細かくノートに書き込まれてはいるし、読み取りやすいことは確かだった。立村にとっての天敵ともいえる数学ですら、答えはそのまま丸写し。

「俺も、立村を書記に回す方がいいと思う。けど、顧問につっこまれそうなとこあるから言っとくな」

 言葉を選びながら貴史は足を組み替えた。ずぶりと水たまりに足を突っ込みそうになった。

「そん時に、判断する仕事は一切させないって風に強調しといたほうがいいと思う」

「うちの顧問にか?」

「そ。もちろん天羽が立村にいろいろ聞くのは自由だし、むしろそうした方があいつだって救われるだろ? けどさ、立村を落としたっつうことはつまり、あいつに上からものを言われたくねえよって意思表示なわけだろ? だったらしょうがねえよ。立村を役につけるかわりに、これは単なる筆記係なんですよって風に先生に強調しとけば他の連中も文句言わねえだろ。もちろん立村にはちゃんと話通しておけよ」

 さっきまでへらへらしていた天羽が、いきなり貴史の顔を真顔で見た。

「けどそりゃあ」

「しゃあねえだろ。うちの組の女子連中が立村のまん前で露骨に喜んでるのは、あいつにこれ以上頭押さえつけられないですむと思ってるからなんだよ」

 

 轟が首を振り何かを口にしようとした。すぐに閉じてまた別の言葉を発した。

「立村くんをこれ以上傷つけないためにはこうするしかないかな。そうだよね。変えてほしいってのが評議委員全体の意志だったら、今の段階ではそれにしたがうしかないよね」

 男子からしたら「傷つけないために」なんて甘いこと言われること自体が屈辱だろう。しかし、立村というのはそういう奴なのでしかたない。

「とにかく、表向きはこれ以上騒ぎにならないように、立村くんが叩かれないように持っていって、先生たちの目につかないところで立村くんの知恵を借りるって方向で進めた方がいいよ。天羽くん。羽飛くんの言う通り、たぶん立村くんを積極的に推してったら難波くんも腹立てるよ。難波くんは、天羽くんの力を認めて、その上であんんなことしたんだから。感謝しなくちゃだめだよ」

「トドさんは長年のパートナーに甘いですな」

「美里よりましよ」

 沈黙した。貴史が尋ねた。

「おい、難波は結局なんであんなことしたんだ? 轟はどう解釈してる?」

「美里ちゃんから聞いてない?」

 繰り返したのち、はっきりと答えた。

「難波くんは前から委員長に天羽くんを推してたのよ。でも本条先輩の後ろ盾ありの立村くんを無理に引きずり下ろすこともないと思ってたのよ。でも、彼なりに考えて適材適所、立村くんは評議委員長向きではないしむしろ天羽くんの方が上だと判断したようよ。つまり、正しい民主主義のもと、難波くんは自分の意志で出来レースをぶっこわしたってわけ。そのとばっちりが立村くんに飛んじゃったのは辛いところだけど。ただ天羽くんが立候補した段階で票が流れたのは事実よ。天羽くんは選ばれたのよ。評議委員長として適任者だって、はっきり評議のみんなが選んだのよ」

 本当に轟は立村のことが好きだったのだろうか? 今の発言を聞いている限りそうとは思えない。こきおろし、といっても差し支えない。

「だから、いい加減自信を持ったら? 羽飛くんに聞きたかったのは、立村くんの一番向いているポジションがどこなのかを確認したかったということ。天羽くんはなんとしても立村くんを副委員長にするつもりだったし私もそれがいいいかなとも思ってたけど、そうだよね。天羽くん。ふたりも委員長はいらないよ。委員長はひとりで、立つべきなんだよ」

 貴史に話しかけているはずなのに、その言葉は目の前の天羽に向かっているように聞こえた。

 水っぽい銀杏が頬に落ちて張り付いた。


 問われるまでは貴史も意識していなかった。

 天羽の言う通り、副委員長に立村を置くことがベストだと、友だちとしてならはっきり言いきれただろう。

 ──でも、それは許されねえな。

 さまざまな情報を集めた結果、出した結論だった。

 お情けで立村がこれから先、天羽の側に座っているよりも完全に割りきらせた方が楽だ。

 手帳を渡した段階で立村も覚悟を決めたことだろう。

 難波も、轟の話を聞く限り軽い気持ちで行動したことではなさそうだ。貴史が疑問に思っていた点……どのくらい天羽に票が流れたのか……も、どうやら他の評議委員たちからのものらしいし、概ね立村の指導力に疑問を感じて出した結果というのは納得した。

 つまり、天羽を評議委員長として選んだということだ。

 ──それはやっぱし、尊重しねえとまずいだろ。俺と立村が友だちだからってこと以前にだ。

 評議委員会の内部事情については、これ以上情でもって踏み込むべきではない。

 踏み込める場所があるとすれば、そこは一ヶ所だけだ。

 ──美里と話さないとやばいな。

「悪いけどな、俺も聞きてえことあるんで、天羽、教えてもらいたいんだけどな」

 まだ近江とのお茶会は終わっていないだろう。その間に貴史も、美里がどのような行動をしたのかを完璧把握しておきたかった。すべてを聞き出しその上で、美里をとっつかまえたかった。その上でしっかり、

 ──なぜ、俺にいっちゃん最初に報告しなかったんだ。

 そのことを、確認したかった。 

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