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第一部 38

 美里を捕まえる前にまず、三年A組へと向かった。菱本先生が職員室に戻ってから数分でクラスの連中がうごめき出したようで、へたなことは喋ることができそうにない。なによりも張本人の立村と美里と接する前には下準備が必要だ。

 ──第一、俺になんにも言わねえってところが、なんだかな。

 立村はともかく、いつもびいびい泣きついてくるはずの美里がひたすら連絡よこさないというところからして変だ。

 向こうがそういうつもりなら、こちらとて別のやり方があるというものだ。

 ──まずは、天羽だ。


「天羽、いるかあ?」

 まだ八時十五分になるかならないか。A組の連中はどちらかいうとのんびりとっぽりした奴が多くて、ぎりぎりの八時十九分五十五秒くらいにならないと顔が揃わない。当然天羽もそのひとりのはずなのだが、

「よお、羽飛、おはようさん」

 脳天気に頭をかきながら現れた。自分の方から廊下に出て話をしようとする寸法らしい。

「悪いがちょいと」

「ああ、あのことだろ」

 すれ違う男子女子、それぞれが「そういえば評議委員長が」などと、明らかに「評議委員長」のところだけ強調しつつ通りすぎていく。

 それなりに情報は流れているということなのだろう。天羽は顔をあげてちらと目を泳がせたのち、

「立村から、聞いたのかい」

 江戸っ子風……がどんなもんなのか貴史もわからないが……に軽く尋ねてきた。時代劇によく出てくる「遊び人の」なんとかさんみたいな感じだ。

「聞いてねえ」

「じゃ、清坂ちゃん?」

「わからんからお前んとこに来たんだろが」

 もう少し神妙な態度かとおもいきやこのいい加減さ。舌打ちしたくなる。菱本先生と南雲から仕入れた情報を急いでまとめる。

「評議委員長選挙で何があったかってことを確認したかったんだよ。俺だってこれから立村に何言えばいいんだっての」

「誰もわからねえよ、そんなこと」

 初めて天羽はため息らしきものをついた。「吹いた」といった方が正しい。唇を尖らせ息をふうと洩らす。

「詳しいことはあとで話すが、一言でいっちまうと、難波のクーデターだ」

「難波が? あの似非ホームズ何考えてるんだ?」

「俺もわからねえ」

 天羽は肩をすくめた。言葉少なに貴史をじんわり見つめてきた。

 ーー難波が、なんでだ?

「わからねえだろ。俺も何度考えてもわかんねえよ。どちらにしろ、俺は後期評議委員長になっちまった」

「お前がなったっつうことは、立村が落ちたってことだよな。けど新井林が対抗馬だって聞いてたけどなんでお前が立候補した? そこんところがわからねえ」

「作戦」

 天羽は小声でつぶやいた。

「俺なりに立村を委員長に持っていくつもりでいたんだがな。足元を掬われちまったってことだ。あの馬鹿野郎が」

 珍しく天羽は難波を口汚く罵った。

「どちらにせよ、俺も立村のことは考えてる。羽飛、知恵貸してくれるよな?:

 それだけつぶやくと素早く教室に戻り扉を後ろ手で閉めた。すっとんきょうないいつもの声で受け答えする天羽、廊下にも響き渡った。

 ──いやー、なんだろなあ、俺もまったくわからねえー! あ、近江ちゃーん! おっはよー!


 次にB組へ向かうつもりだったが、すでに時計は二十分を回るところだった。

 ──難波か。

 天羽と難波との間にいざこざがある、とは聞いたことがない。少なくとも女子の好みは露骨に異なるし特別に何かトラブルを起こしたこともないはずだ。それを言うならむしろ立村との方がけんかのひとつふたつはさんでいそうな気もするが、そんな気配もない。

 難波のクーデター、と天羽は確かに口にしていた。

 わからねえ、と繰り返していた。あの口調を嘘とは思いたくない。

 ──けど、なんで難波がそんなことする必要あるんだ? それに天羽も作戦とか言ってたけどなんで評議委員長に立候補する必要があったんだ?

 万が一立村が落ちるとしたら、新井林との対決で票を稼げなかった場合に限られると聞いていた。そして、三年男子評議の結束は固いとも聞いていた。もちろん美里は不安がっていたけれども、男子連中の足並みが揃っていれば問題なく立村評議委員長でおさまるはずとも。

 それが、なぜ、こけたのか? 

 なぜ、難波がクーデターなんぞ起こしたのか? いやなによりも、

 ──奴がクーデターを起こすとしたら、まず自分が委員長を狙うだろ? 男としたらそれが当然だろ。

 天羽を委員長に推すためになぜ難波が意味不明な行動を取ったのか。そこのところが貴史には理解できなかった。

 教室に足を踏み入れ直すと同時に、二十分の鐘が鳴った。

「おーい、美里いるか?」

 呼びかけてみたが、まだ来ていない。代わりにわらわらと女子たちが貴史のもとへ駆け寄ってくる。かもめに餌付けしているわけでもないのに、勢いがよい。

「おいおい、お前らなんだよいきなりファンクラブ化してるぞ」

 軽口で迎えてみるが、女子たちの目は本気だ。冗談で交わせそうにない。助けを求めたいところだがそうできる相手はせいぜい金沢か水口のみ。当てには出来ない。立村なんて問題外。第一まだ教室に来ていない。

「羽飛、聞いた?」

「なんだよ」

「立村が評議委員長から落とされたってこと」

 女子チームの中には当然美里も古川も混じっていない。そこから情報がもれたわけではなさそうだ。ということは、すでに全校的に広まっている事実ということなのだろう。貴史は首を傾げつつ答えた。

「それがどうした?」

「じゃあ、ほんとなんだね?」

「やっぱりそうなんだー!」

「やっぱ、見ている人はわかるんだよね」

「歴史が動いたよね」

 ──はあ? こいつら何、盛り上がってるんだ?

 奇妙な和気藹々ぶりに立ち尽くすだけの貴史。

 女子五人が手と手を取り合い熱く語っている。

 それこそ「歴史の立会人」みたいな気分のようだ。

 ひとりが貴史に向かい早口に語りかけてきた。

「今まで、ずっとずっとずーっと、何か違うって思ってきたのに、一方的に決まってきてたってとこあったじゃん? 昨日の委員決めだってなんか清坂さんがひとりであせって無理やり押しきってただけだったし! けど、無理なことってやっぱり通じないんだよ。そうだよ、そういうことなんだよね!」

「お前ら、立村が落選して、すげえ喜んでたりする?」

「違うよ、そういう意味じゃなくって」

 別の女子が、また勢いづいてしゃべり続ける。

「政治と一緒ってことだよ! 今までおかしいことがまかり通ってきたのに、やっと本当のことが言えるようになったって! フランス革命とか明治維新とかあるじゃん? それと一緒だよ!」

 ──それは違うだろ。

 まったくもって女子たちの意見には賛同できない。いや、それ以前の問題だ。

 ──なんで政治の話にまで持っていっちまうんだ?

「お前らなあ、ちょいと待てよ。立村のことそこまでコケにして楽しいか?」

 誰も聞いてはいなかった。次の瞬間、後ろ扉が開いた。

 ──立村、か。

 みな、静まり返った。

 敗北者が身を半分はさめるようにして、扉の陰に立っていた。


 大抵の沈黙は一秒程度で崩れて即ざわめきの波にあふれるはずだった。

 なのに、今は違う。

 誰一人、本当に何も口にしようとしない。

 男女みな、ストップモーション状態だ。何かを動かそうとすらせずにじっと立村だけを見据えている。

 ーーやべ、あいつ入ってこれねえぞ。

「立村、おはよ」

 急いで挨拶の言葉をぶつけてみる。しかし誰一人それに受け答えしようとしない。

 囁き声すらない。


 ──なんなんだ? こいつら?


 男子連中が立村を迎えようとして混乱しているのはわからなくもない。

 金沢も、水口も、何か言葉が見つからないようで呆然としているだけだ。

 南雲が静かに見守っている様子も伺えた。

 しかし、女子たちの不自然過ぎる沈黙、これは何なのだろう?

 貴史に詰め寄るようにして「歴史が変わったよね!」などと話しかけてきた女子とは違う、冷たい視線であふれている。

「おいおい、お前ら何やってるんだよ、ったくわっけわからねえの」

「いいのそれで」

 また、わけの分からないことを告げる別の女子がいる。

 しばらく無言のまま女子約五名ほどは立村の半身を睨みつけていたが、

「もどろ」

 一言で即、自分の席についた。同時に言葉も少しずつ男子たち中心ににじみ出してきたが、女子たち一群は奇妙なほど統一された行動を取っていた。

 美里も、こずえもいなかった。


「立村、ほらあんた何ふんずまりしてるの! とっとと入った! あのさああんた、そうそういじいじしてたら生きていけないって私、何年言ってるのさ。いつまで経ってもそんな赤ちゃんみたいなこと言ってたら、誰もお婿にもらってくれないよ。ほらほらほらほら!:

 修復できないざらついた空気をなめらかにしたのは、やはり下ネタ女王さまのお言葉だった。

 ずっと入り込めないまま突っ立っている立村を、半ば強引に押し込み、コートを脱がせようとする。もちろん露骨にそれは拒否している立村、手を振り払うように押しのけあっている。あっさり引いてさらに続けるこずえの言葉は教室にもろ響き渡った。

「あのね、たかが一度か二度の選挙で滑ったからって人生お先真っ暗な顔してたら、平均寿命七十年のこの時代、何度死んでたらいいのさ。あんたねえ、よく考えてみなよ。普通の委員会なんて、半年任期終わったらすぐに委員長代わるんだよ。うちのがっこみたいに一年の時から純粋培養なんて普通やんないの。いいじゃん、あんたも身軽になったんだしさ。それにやることやりとげたんだからあとは大威張りで天羽に後片付け任せとけばいいじゃん! ったくあんたねえ、そのぐずぐず泣きそうな顔してるのやめなさいよ。なんてっかその、陰気臭いというかこの教室だけ幼稚園になっちゃうみたいな状態、悪いけど私、パスだからね!」

 さすがにこれは貴史の出番だ。もそもそコートを脱ぎロッカーにしまおうとしている立村を押しのけ、こずえに立ち向かった。

「お前なあ、もう少し喋るのやめろ」

「あーら、ごめんなさいね、羽飛に怒られちゃうなんて思わなかったわね! あ、それとどうでもいいんだけどあの靴下誰のよ。くっさいったらないじゃん!」

 ──あ、俺のだ。

 ストーブにかけっぱなしの汚れた靴下を慌ててポケットに突っ込んだ。とたん、爆笑が起こった。

「やんや、あれ、羽飛のかよ! きったねえー」

「じゃ、お前まだ裸足なの?」

 金沢に不思議そうな眼差しで問われ、戻った貴史は靴を脱ぎ椅子の上に置いて見せた。

「くっせー、水虫になるよなあ」

 笑いだけですべてが被われる。いつの間にかコートを片付けた立村が席につき、無言のまま教科書を取り出していた。前の扉を開ける気配がし、同時に微かなせっけんの香りが漂ってきた。菱本先生を先導する恰好で、美里が教科書と年表の巻物を抱えたまま入ってきた。

 無感情、無表情。立村のお株をすべて奪っていた。

「よっしゃー、みんな昨日はあんがとな。じゃあ出欠取るぞ!」

 今朝の思いつめた表情とは打って変わり、菱本先生のテンションはいつもの熱血教師そのものだった。

 貴史と目が合った時だけ、ふっと息を止めていたように見えた。

「はとばー、最後はりつむら、いるか?」

 立村は返事をしなかった。ただ顔だけ上げていた。

 いつもの無視ポーズで反抗しているだけにも見えた。

 奥に何か隠しているのか、現段階では見出せなかった。


 いつものように授業が始まり、特段何かが起こるでもなく一時間目が終了した。

──菱本先生何かやるのかと思ってたのになあ。

 今朝の状況を考えると菱本先生なりに、立村へのフォローを準備しているのではとも思っていた。

 同時にえげつなく立村がはねつけるであろうことも予想できた。

 しかし、何事もなく菱本先生は職員室に戻っていった。

 貴史はすぐ教室を出て、次のターゲットであるB組へと向かった。

 難波とは休み時間十分あればある程度の話はできるだろう。

 教室にさっさと入っていき、両腕組んでボールペンをくわえている難波を見つけた。

「よ、タバコはうまいかよ」

「タバコじゃない、パイプだ」

 アホだと思う。貴史はすぐにそれを引っこ抜いた。

「悪いが昨日のことについて少々聞きたいんだがな、ホームズさん」

「なんだ」

 機嫌はお世辞にもよくなさそうだが、殴りかかってはこないとこみるとまともな対話はできそうだった。

 ふたり、まずは廊下に出ようとしたが難波が立ち止まり自席に戻り、貴史を手招きした。

「外だとD組に聞かれるだろ」

「中だとB組に筒抜けだぞ」

「どっちもどっちだ、あいつがいないだけましだ」

 立村に聞かれるのを恐れたのだろう。もっともだ。貴史は一足早く難波の席を陣取った。

「おい、俺の席に座るんじゃない」

「時間ねえから、早く聞かせろ。昨日のクーデター、ありゃあなんだ」

 小声で囁いた。「クーデター」の響きにかちんときたようだ。腕を組み直している。そっぽを向こうとするのを貴史は両手で向き直させた。

「あのな、俺の現在の立場わかるか? D組、えらいことになってるんだぞ。予定通り立村が委員長におさまんなかったもんだから、野郎連中は腫れ物に触るように様子伺ってるし、女子は女子で勝ち誇って立村を無視してるし、もう居心地悪いったらねえぞ。ま、卒業するまでの間だからしゃあねえったらしょうがねえけどな。あいつの面倒をこれから見る俺の立場も考えろよな」

「ああ、そうだな。羽飛だな」

 頷き、難波はさっき取り上げられたボールペンをもう一度くわえなおした。何がホームズ気取りなんだか。あほらしい。

「立村は何か言ってたか」

「言える状態じゃあねえだろ。べそかいてたぞ」

「やはりな」

 またこくこく頷き、

「天羽は?」

「難波、お前天羽になんか恨みでもあんのか? 激怒してたぞ奴も」

「しょうがないだろう。覚悟はしていた」

 微妙な響きの返事が帰ってきた。しゃがみ込み、貴史の肩に頭を合わせた。

 人に聞かれないように囁いた。

「羽飛、お前覚えてるか」

「何をだ?」

「いつだったか、お前が言ったんだぞ。なんで立村が評議委員長にならねばならないのかって。もしあいつが評議委員長に選ばれなかったら何か困ることあるのかってな。覚えてないだろうが、言ったんだ」

「はあ?」

 思い出せない。そんな血迷ったこと、口走った記憶がない。難波は唇を歪めて続けた。

「そうだな。お前は立村の親友だから、ただ言っただけだよな」

「あのなあ、何が言いたい」

 眼鏡のふちを拭き、難波は膝を替えてしゃがみ直した。

「つまり、立村が必ずしも評議委員長に選ばれなくてもよい、という選択肢があるってことだ」

「今更だからか? クーデター起こしたのは俺がなんか言ったからってことか!」

「そうだ。羽飛、お前がきっかけだ」

 難波は深く、重く、つぶやいた。

 ──俺のせいかよ! 天羽もわけわからねえが、難波、こいつもとんでもねえ!

 貴史の憤りなんて知ったことじゃないとばかりに、難波のホームズトークは続いた。

「俺は、すべてを疑うのを忘れていた。お前の疑問で一度、すべてを洗い直してみたら、確かに見えてきたものがあったんだ」

「はあ? なんだそれ」

「今まで起こった出来事が仮に、別の委員長だった場合、どう進行していったかをシュミレーションしてみた。いくつかのパターンを見つけてみた。その結果、どの方向から見ても、天羽が評議委員長として動く方がうまくいくという結論に達した」

「そりゃお前の頭の頭の中ではだろ! 現実は違うだろうが!」

 がまんできなかった。立ち上がり、難波を見下ろした。椅子ががらりと鳴った。

「そういうのを机上の空論って言うんだろうが! よくわからねえけど!」

「羽飛、お前だって気付けよ。今まで麻痺し過ぎていたんだ。立村も、天羽も、すべてあるべきものを見ずに通してきたことに気づいてなかったんだ。それに、俺から見たらお前だってそうだぞ。お前も本当は」

「俺のことなんてどうでもいいだろが! この似非ホームズが!」

 貴史は難波の胸ぐらをつかもうとした。ネクタイがしゅるりと手からすり抜けた。

「あのな、シュミレーションなんて推理小説で十分だろ! 俺が聞きてえのはなぜ、今までずっとお前らが支えてきた立村を、見殺しにしちまうことしたんだってことだ! 天羽はお前のクーデターだと言ってたし、他の連中は立村をざまみろ扱いしてるわけだ。そりゃ俺は、評議委員会なんて知ったことじゃねえし上になるのが誰だかどうだっていいが、そこで今度やってかねばなんない俺たちD組連中と、それとあいつ、立村はどうなるんだ? 立村はただでさえ見下されてるってのに、このままだとどん底に突き落とされるんだぞ。まあそうだな、お前らなら、自業自得って言うんだろうがそこまで俺も人間くさっちゃいねえよ」

「羽飛、落ち着け。一度、ゆっくり説明する。天羽も含めてゆっくり話し合いたい」


 不意に横を深海魚……ではなく轟琴音が通りがかった。歩くだけでわかってしまうのはその雰囲気からか。

「難波くん、そろそろ時間だよ。羽飛くん、悪いんだけど教えてもらえると助かる」

「評議委員のことなら美里に聞けばいいだろ」

 飛び出た目でつきまとう轟。隣で難波が「トドさん、評議のことは俺が」とくちばしをはさむが無視された。

「単刀直入に聞くけど、立村くんに向いている仕事ってなんだと思う?」

「わかるわけねえだろ。ま、あいつ、英語が出来ることくらいと、あと字か」

「字?」

 いきなり方向の異なる話題を振られ、貴史も慌てて答えるしかなかった。いったい轟も何を考えているのだろう? 

 ーーそういえば轟といえば、確か立村を。

 絶対このご面相だと美里のライバルにはなるわけないということで、すっかり忘れていた。

 轟は難波に話しかけた。

「そうだね、立村くんは字が綺麗だよね。そういうことだよ、難波くん」

「あ? ああ」

 すっかりかき回されてしまったのか、難波はぽかんとしたまま立ち上がって、貴史を促した。

「次の授業が始まるから、立てよ羽飛。それと、さっきの件は天羽と更科含めて、きちんと説明する。明日まで待て」


 ──難波の野郎、何をしたかったのかわからねえよ。

 

 結局、難波ひとりの計画で始まったことらしいということは理解したつもりだ。

 そのきっかけをこしらえてしまったのが、どうやら貴史らしいということも。

 だがそんなことで責任問題にされても、貴史としてはたまったものじゃない。

 懸命に美里たちと協力し、立村を評議委員に押し込みあとは自動的な改選を待つのみだったし、それをつぶす気などさらさらなかった。

 なのになぜ、一番味方のはずだった三年男子評議たちが寝返ったのだろう。

 ──シュミレーションで結局、天羽が委員長になるのがベストってどういうことだよ?

 ──立村を今まで持ち上げてきてその上でいきなり、手を離すのか? そりゃ卑怯だろうが!

 その事実が正しければ、立村の衝撃は半端なものではないだろう。

 美里が下手な慰めをかけられる状態では決してないだろう。

 評議委員長から引きずり下ろされただけではない。

 ──親友から裏切られたんだ。親友「たち」からな。そりゃ、地獄だろ。


 たぶん立村は教室から飛び出して別のところで時間つぶしし、また戻ってくるのだろう。

 何か言わなくては、貴史が自分ではないような気がした。

 鐘の鳴るぎりぎりまで貴史は廊下で立村を待っていた。


 予想通り立村は戻ってきた。一階の階段を登り終えうつむいたままD組の後ろ扉に手をかけようとした。

「立村、あのな」

 ──むかつくことあるんだったら、話くらいは聞くぞ。

 そう言おうとした。とたん、割れんばかりの瞳で睨み返された。頬に穴が空きそうなほど歯を食いしばっていた。端正な顔立ちが福笑いの失敗作のように崩れていたかに見えた。慌ててすぐに目を逸らした。

「ごめん、俺が悪かった」

 いつもの口癖を残し、立村は素早く教室へ入っていった。

 ──なんも俺、言ってないだろうがよ。

 仕方なく貴史は前扉から入り直すことにした。裸足の指先がむずむずしてきた。

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