第一部 33
水面下で動き出した「菱本先生ご結婚おめでとうびっくり企画」は、貴史主導のもと動き出した。
一応立村にも伝えておこうかと思ったのだが、美里に固く禁じられた。
「悪いけど立村くんそれどころじゃないよ。しばらくいないことにしとこうよ」
ーーすげえ言い方だよな。
恋人への態度とはどうも思えない。これが美里の愛情でもある、と考えるしかない。
「女子たちにはお祝いグッズを作ってもらってるけど、先生にばれないようにするのって大変だよね」
次の日から美里はまた駆けずりまわりはじめた。
主な協力者は古川こずえと奈良岡彰子らしく、美里は教室を飛び出す前になにやらふたりへ指示を出して去っていく。評議委員会がらみの後始末もあるのだろうし、立村の様子伺いもしているのだろう。
ーーけどな、たいしてあいつ、いつもと変わらねえじゃん。
生徒達ががやがやしているのとは裏腹に、立村はいつも通り無言で通していた。
もちろん同じ教室にいるのだからまったく会話をしないわけにはいかないし、英語の訳ノートなども回してもらっている。
ただ、姿を消すスピードが確実に早まったことは確かだ。
「立村、今日これから暇か?」
何気なく声をかけて遊びの誘いをかけてみるが、あっさり断られる。
「ごめん、これから用があるんだ」
「じゃあまたな」
誘うのも今では貴史一人だけだった。他の男子連中も、ほとんどが生徒会がらみの事件を知っているからどう対応していいのか判断に苦しんでいる状態と聞く。
かばんを抱えて教室から出て行く立村を見送りながら、隣で金沢がつぶやいた。
「そんなに、立村、性格悪い女子が好きなのかなあ」
とにかく菱本先生にばれてはまずい。
「金沢、悪いがなあ、俺のうちで話、しねえか?」
「いいけど」
「例の絵の相談なんだけどな。噂になっちまったらびっくり企画にならねえだろ。だからふたりでだなあ」
放課後、他の女子たちがスカートをおっぴろげてしゃべっている姿を背に、貴史は話しかけた。背中を丸めて画伯は大きめのスケッチブックを取り出した。
「せっかくだったら、『聖家族』のパロディみたいに描こうかなって思ってるんだ。羽飛、『聖家族』って知ってるよね」
美術の授業で聞くだけは聞いた。聖書の一場面だったか。イメージは湧くがかなりブラックの効いた内容なんじゃないだろうか。
「おい、やめろ、お前ここでスケッチブック開くのはまずい!」
「スケッチ描いたんだけど」
今にも見せたくてならないきらきらした眼差しを向けられて、あわてて金沢の両手を押さえた。
「ロングホームルームで一気にばーっと見せて驚かせたいだろが! 先生の腰抜かす様見たいだろが!」
「じゃあどこで見せる?」
とにかく金沢は自作のスケッチを見せないことには動きそうにない。いつぞやのように泣かれたらどうしよう。こいつの性格も修学旅行以来つくづく感じているが、自分の意志は泣いて通す、そのくらいの頑固者だ。
「じゃあな、とにかく俺の家に行くか」
貴史が金沢をなだめようとした時、背からたぷっとした暖かい空気が流れ込んできた。
「あ、羽飛くん、金沢くん、どうしたの?」
貴史のことを「くん」づけで呼ぶのは今のところ、奈良岡彰子くらいしかいないはずだった。振り返ると奈良岡がはちきれそうな上着をゆらしながら立っていた。
「もしかして、菱本先生のあのこと?」
「あのこと、っちゃあまあそうだ。美里から聞いてるだろ?」
二重あごをゆらしつつ奈良岡は頷いた。
「美里ちゃんからも、準備しようってことになってるんだけど、もしよかったらうちに来てみんなで相談したらどうかなって思ったんだ」
「誰の家だよ」
「私のうち。誰もいないから、ゆっくり話を進められるんじゃないかな? ね、金沢くん、一緒においでよ。私もこずえちゃん含めて来週のあのこと、計画立てたかったし。羽飛くんとこよりもうち近いよ」
どうやら奈良岡は貴史たちのやりとりを聞いて口を挟んだらしい。思わず金沢と顔を見合わせた。
「いや、まあ急ぎじゃねえし」
「急ぎだよ! 来週のことだもん。こずえちゃんがあとから来るから男女比2:2で特に問題もないんじゃないかな」
言葉はゆったりと流れるのだが、いかんせん凄みを感じるのはなぜだろう。
もう金沢も言葉を失い、頷くだけ。貴史も断る必要性をさほど感じない。
「奈良岡が構わないって言うんだったらま、それもいいか。けどなあ古川も来るのかよ」
「だって女子は私とこずえちゃんと、美里ちゃんが中心なんだもの。男子は羽飛くんだって教えてもらってたし、それなら一度ゆっくり話し合って、菱本先生を驚かせたいよね、って思ったんだ」
にこにこ大福姫の笑顔に、貴史は射すくめられた。悪意など微塵もないことは承知しているのだが、それでも語る口の開き方に不思議なほど重たいものを感じてしまう。それがどこから来ているのかは貴史も見当がつかないのだが、とにかく、怖い。
「ね、じゃあ、こずえちゃん来てから一緒においでよ。こずえちゃん私の家知ってるから」
「おいおい、そう勝手に決めるなっての。第一、野郎ふたりを引きずり込んじゃあお前、いろいろ言われねえのかよ」
女子たちの目がちくりと刺さる。会話はさすがの奈良岡も聞かれないよう心配りしているようだが、接近の仕方がどうも熱い。腹に顔をぶつけそうだ。
「大丈夫だよ。いつもうちには男子の友達遊びに来てるんだ。男子と一対一にならなければいつでも出入りしてもらっていいってお父さんお母さんには言われてるし。大丈夫、待ってるね! クッキーあっためておくからね」
ーーあの、ケーキっぽい分厚いクッキーかあ!
貴史は食い気に負けた。
「奈良岡のねーさんが焼くクッキーはめちゃくちゃうめえよな」
結局、古川こずえが教室に戻ってきたのを合図に自転車で向かうことにした。こずえも対して展開には驚いていないようで、
「きゃあーラッキー! 彰子ちゃんありがとう! キス百発くらいしたいくらい!」
相変わらずのラブラブ発言を繰り返している。
ーーま、今は金沢がいるし、古川にもつっこまれねえだろ。
立村がらみの件ではその後の情報を持っているはずだし、聞きたい気持ちはある。美里はこずえにすべて話していないと説明していた。視点が変わればそれなりに違う発想が出てくるだろう。とにかく、立村の件を内密にして今は菱本先生のハッピーニュースに燃えるよう持っていこう。
「じゃ、羽飛、一緒に行こう? ラブラブ逃避行!」
「悪い、一緒にいる金沢はなんなんだ」
「あーらごめん、あんたを無視したわけじゃないよ。金沢、あんたにはこれから大仕事が待ってるんだもんね!」
気を悪くしたでもなく、古川は金沢に話しかけた。その方が助かった。金沢も自転車置き場につくまで自分の熱く燃え盛る絵画への情熱をこずえに語ることができてかなりすっきりしたようだった。そうとう、溜まっているのだろういろいろと。
貴史はひとりでさっさと自転車の鍵をはずした。奈良岡の家に向かう道順はこずえしか知らないはずだ。先頭に行かせることにした。
「わかったよ、私が先頭ね。それにしてもさ羽飛、あんた私になんか恨みでもあんの?」
「別にねえよ、なんだあいきなり?」
ペダルを踏む一瞬隣り合った時、こずえは一言言い捨てた。
「いるだけでむかつくって顔、するじゃないのさ」
返事する前にこずえの自転車は先頭へ向けて大きく弓なりにカーブを描いて進んでいった。
ーーもうちっとぶりっ子するとかだなあ、そうでもしとけば。
いや、違う。
こずえの軽いいやみが何を意味しているのか、わかるようでわからない。
実際、否定できないところではあるのだ。
ーーいるだけでむかつく。
厳密に言うと、
ーー話をするだけでむかつく。
そう感じてしまうのは事実だ。
ただその半面、裏表のない性格のこずえは男子感覚でぼろくそ言い合える相手なので、楽と言えば楽だ。
だからこそ、なんでそばに近寄られるだけでいらいらしてしまうのかがわからない。
理性では「エロ話好きのあけっぴろげな奴」と笑っていられるが、その奥にもっと別のじりじりした感情が埋もれている。
しゃべった後で、思わずがっとわめき散らしたくなるような苛立ちに襲われる。
美里には感じたことのない何かが、そこにある。
空はだいぶ曇ってきている。雨が降りそうな予感がする。こういう時に限って傘を持ってきていない。準備のよい立村が一緒ならば大抵一本予備の分を貸してもらえるのだが、相手は金沢、期待はできない。
五分くらい漕いだところで、二階建ての上品な家に到着した。こずえが自転車を留め、またがったまま
「しょーこちゃーん!」
絶叫した。もしやこの家、玄関ブザーがないんだろうか。アホな想像を一瞬してしまった。
「おいおい、これでいつも呼び出してんのかよ」
つっこむ前にまんまるお月さまが二階の窓から顔を出した。
「鍵開いてるよ! 早くおいでよ!」
ーーまさかそんな、不用心な家だったのかよ!
同じく自転車をつけた金沢は、また貴史に囁いた。
「クッキー、出てくるよね。焼きたてだよね」
ここにも食い気に負けた男子が一人。奈良岡クッキーの威力恐るべし。
やたらとごてごて飾り立てた柱やらフランス人形やら、一言で片付けると「ベルサイユ宮殿」のまねっことしか思えない屋内にしばし絶句した後、どう考えても惣菜屋の一人娘としか思えない奈良岡彰子の笑顔に迎え入れられた。二階の部屋はまさに、
「彰子ちゃん、『赤毛のアン』好きだよね」
古川こずえの言葉以外何も付け足すことはない。こういう部屋のことをどう表現すればいいのか。
「奈良岡の部屋って、乙女チックだよなあ」
金沢の正しい表現に大きく頷いてしまう。
「うん、かわいい雰囲気が好きなんだ。うちのお母さんがね、そういうの好きなんだよ」
「だからなんだ、南雲とのデートで超ぶりっこの恰好で行ったって話聞いたけど」
言い終わる前にこずえが金沢の宝・スケッチブックをひったくりぶん殴った。
「あのさ、超ぶりっこってのは失礼だよ。かわいいって言いなよ」
「悪口なんて言ってないよ。俺、あのデザイナーの描いた画集持ってるし」
「あ、そっちの話なのね」
肩をすくめてこずえはスケッチブックをあっさり返した。大して腹を立てた様子もなく、金沢は嬉々として貴史にくっついてきてスケッチブックの紐を解いた。
「ほら、これ、『聖家族』パロディ」
「パロディになってないでしょうが」
即、こずえがつっこみを入れた。指でつつこうとするのを避けようとすぐに手元に置こうとする金沢。
「なんかさあ、金沢、絵がうまいのはわかるんだけどさ。この聖母マリアの微笑みがさ、なんというか勝ち誇ったって顔しててさ。すっごくむかつくんだよね。それに何気にここでヨゼフががんばってるのはわかるんだけどさなんかさあ」
やたらとケチをつけたがるその口調に苛立ち、さっさと割って入った。相手は奈良岡だ。
「ねーさん、このクッキー、まず食っていいか? 俺、はらぺこなんだ」
笑顔満面に、乙女チックな部屋のおたふく姫は黄色く焼きあがったクッキーを大皿ごと差し出した。
当然金沢も続いて手を出し、結局こずえの絵画批評は尻切れとんぼに終わった。ざまみろ、である。
皿の底が見える程度クッキーが減った段階で、こずえが仕切り直しに入った。
「では今日の本題なんだけど、ほら、羽飛、いい加減食うのやめなよ」
「うるせえな。菱本先生びっくらぎょうてん企画だろ。俺だって考えてるぞとっくの昔にな」
「ったく、美里に頼まれたらすぐに動くんだもんねえ。私だって美里に負けないくらい働いてるんだからさ、ほら、感謝の気持ちとかなんかないの」
「わりいが俺はへそ曲がりなんで、感謝しろって言われたらその気もなくしちまうんだ」
隣で金沢がこくこく頷いている。
「あっそ。ほんとむかつくよね。とにかく羽飛、菱本先生のお祝いのことだけどさ」
「だからもう俺が計画立ててるっての!」
またがんがん腹が立ってくる。貴史なりに気を遣って言ったつもりだが、こずえには通じないらしい。割り込まれたら面倒だしさっさと話を進めた。視界には入れないことにした。
「まず、男子連中にはおっといに連絡網でびっくりおめでとう企画をやるってことを伝えてある。あるんだけどな、一週間もねえだろ? ねえならしゃあねえ、簡単なことしかできねえだろ? 簡単なことったら、大声で全員立ち上がって、小学校の卒業式みたいなのりで『先生、ご結婚おめでとうございます!』って唱えりゃあいいだろ? 美里から聞いた話だと、女子どもにはみな話がすんでるみたいだし、奈良岡印オリジナルのバタークッキーもプレゼントされるって聞いてるぞ。先生にはあとで俺たちにもおすそ分けが来るだろうしそうなったらしゃれになんねえから、奈良岡ねーさんにはクッキー作りに頑張ってもらわねばなんねえけど、それはそれで話がつくんじゃねえか? な、そうだろ、奈良岡?」
あえてこずえではなく奈良岡に振る。全身大の字に見えそうな仕草で両手を広げ、大きく頷いた。
「そうだね、私、大賛成! 今からちゃんとバターと小麦粉といっぱい用意して、作るつもりなんだ! 前の日にはこずえちゃんと美里ちゃんも泊まりに来てくれるって言ってくれてるしね。それならもう鬼に金棒だもんね!」
ーーまあ、別の意味で鬼に金棒だな。
奈良岡の他、美里とこずえが揃ったらどういう話を徹してするんだろうか。立村に関する愚痴をだらだら並べ立てるのだろうか。
ーーま、抱きつきはしねえだろな。
あの夜、車の中、感じた体温のぬくもりが不意に蘇り、貴史は思わず身震いした。
「あ、羽飛くん寒い? ストーブの温度上げようか?」
あわてて首を振った。奈良岡ひとりでペチカ並のぬくもりが部屋中に広がっているのだ、これ以上暑くなったら熱帯になってしまう。
話が一段落するのは早かった。貴史があっさりと現在の状況を説明してほぼ三分間で片付いた。
「じゃあ、おしゃべりしようよ。なんか飲みたいものある?」
奈良岡が立ち上がり、ふと貴史に小首を傾げた。そうすると首が見えなくなる。
「羽飛くん、運ぶの手伝ってくれる? 冷たい飲み物の方がいいよね。コーラあるんだ。びんごと持ってきたいんだ」
「ああ、オッケー」
貴史にとっても好都合だった。こずえとはどうも今、不協和音が鳴り響いている真っ最中、いくら金沢が間に入っていたとしても簡単に気持ちがほぐれるものでもない。ふたりになったらなったで例の立村問題について語り合わねばならないのも気が重い。何にも考えていない奈良岡がそのまんまるな笑顔で空気を和ませてくれるのならば、それはそれでまたいいような気もする。
階段を降りていき台所に入る一歩手前で、いきなり奈良岡が話しかけてきた。
「けど、すごいなって思ったな。今ね」
「さすがねーさん、いい男を見る目は鋭いな」
「うん、そう思うよ。私のまわりにいる人たちってみんないい人だもん」
いつもの決めゼリフの後、続けた。貴史を見つめる目が見えなくなり、顔に埋もれた。
「いつもだとこういう時、なかなかまとまらなくて苦労してたよね。もしこの話を、ロングホームルームで話し合いしたらきっと時間かかったと思うんだ。いろいろ意見がでて、まとめて、それから決めてって感じで。ものすごく時間かかると思うんだ」
「まあなあ、確かにな。みなだらだら喋りたがるしな」
「なのに、羽飛くん、美里ちゃんから話を聞いてすぐ、連絡網に流したんでしょ? 男子全員ができることはこういうことだってとこまで決めて、簡単な話にして、さっさと伝えて。それってほんっとすっごいよ!」
ーー簡単な話じゃあねえけどな。
おそらく美里は奈良岡に、立村がらみの事情については説明していないだろう。
「私ね、うちのお父さんお母さんにもしょっちゅう言われてるんだ。話は長いより短い方がみんな聞いてくれるしうまくいくって。決めるなら悩むよりも早くぱっぱと決めて動いたほうがいいんだって。それに背を押されて、私も受験すること決めたんだけどね」
いきなり自分の受験話に持っていってしまう。黙るしかない。
「男子たちはみんな納得してくれたよね。秋世くんもそう言ってたし。みんなきっと、羽飛くんのことだからすぐに一緒にやろうって思ったんだよ。もしこれが」
「あ?」
空間が軽く揺らいだような気がする。言葉を発してそれを留めた。
「立村くんがまとめることだとしたら、ものすごく時間がかかったんじゃないかな」
「ああ、あいつは最初からそういうおめでとう企画自体絶対思いつかねえな」
「個人的な好き嫌いとは別に、きっと全員の話を聞いて、それからまとめて、じっくり考えてってやり方をとるような気がするんだ。それが悪いとは思わないけど、ただ、今、羽飛くんみたいにわかりやすくぱっぱと片付けてくれるほうが、私は好きかな」
「好きかな」のところだけ、いきなり小声でつぶやいた奈良岡を、貴史は両手で握手に持っていった。
「どうもどうも、サンクスサンクス、やっぱなあー俺のすごさをねーさんはよく分かってくれてるよな! 俺も立村のやり方に、いい加減片付けろって怒鳴りたくなるときあるもんなあ。ま、あいつはあいつなりに頑張っていることは承知してるけどな。さんざん古川や美里に俺、けちょんけちょんに言われてるからさあ、こうやって褒めてもらえると勇気りんりん、これから明るく生きていけるような気になるんだわな。美里に爪の垢煎じて飲ませてやりてえや」
「じゃ、これ、持ってくね」
いきなり背を向けて冷蔵庫から四本、どでかいコーラ瓶サイダー瓶を取り出した奈良岡は、うつむき加減で早口につぶやき、勢いよく階段を駆け上がっていった。
「おい、俺持つぞ」
「ううん、いいよ、このくらい大丈夫!」
いったいなんのために降りてきたのかよくわからない。まあいいか。貴史はゆっくりと後を追って登った。
ーーほーら見ろ、立村、奈良岡のねーさんが言う通り、お前だらだらしすぎなんだぞ! もっとだな、てきぱきさっさと話を進めて終わらせればなんでもうまくいくってわかっただろが! なんでもかんでもお前、ややこしく考えすぎてどつぼにはまってるしな。少しは俺を見習えよな!
どちらにせよ、生徒会役員改選の後はてきぱき、あっという間に話を進めねばならないのだ。いつもの立村みたいにだらだらしていては、奴の評議員としての座もさらにはクラス内での居場所もやばいってのに、なんでほたほた逃げまわってるんだ? ったく頭くるよな! 全部片付いたら問答無用でいったん奴と差しで話するぞ。でねえと卒業まですっきりしやしねえ!
こずえに似たようなことで褒められたことがある。脳みそのどこかで覚えていた。
そんなのをはるかに越える快感。男は褒め言葉とおいしいクッキーが一番の褒め言葉なのだ。
ーーねーさんも、あんな奴を好きにならなくてもなあ。せめて水口がもう少し男になってくれりゃ、応援するんだがなあ。
恋愛なんか知ったことでない貴史であっても、やっぱり奈良岡彰子の今後には幸いあれと祈らずにいられない。