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第一部 3

第一部 3


 修学旅行が終わってから一週間以上も経つと、みな日常に戻っていく一方、処理しなくてはならない雑務が増えて大変な連中もいる。たとえば評議委員の立村とか美里とかがその代表だろう。全く手伝う気なんて貴史にはないが、横目でちらちらとチェックしては、

 ──ありゃあ、永遠に修学旅行は終わらんわな。

 合掌してしまいたくなる部分も正直ある。

 主な内容としては

・修学旅行で学んだことに関する論文 原稿用紙十枚程度

・修学旅行の思い出に関する作文 原稿用紙五枚程度

 まず上記二点をクラスメイトたちに周知し、期末試験前日までに各自より取り集める。

 ・クラスメイト全員から、撮影したおのおのの写真フィルムを預り、プリントし、アルバムにまとめて回覧。希望者の分をすべて追加注文し、後日おのおのの分を分けて渡す。もちろんその際の料金も一緒に徴収する。

 この点については当然のことながら立村が菱本先生に異議を唱えた。

「他クラスでは、個人撮影分は撮影者本人がすべて回覧してその上で追加注文するようです。評議委員が担当するのはD組だけのようですが」

 当たり前の言い分だが、菱本先生の答えはやっぱりD組だけのものだった。

「立村、わからんか。親心が」

「おっしゃる意味がわかりませんが」

「あのなあ、担任としてはだ、本来男女交際なんかを思春期のお前らに許しちゃあまずいんだぞ」

 修学旅行直後のロングホームルームで言われた瞬間の立村の顔と言ったら、そりゃあもう見物だった。全身硬直して、半ば口を開きかけていて、見事に無言。

「それをだ、今回はあの最終日のバスの中で、お前が一世一代の大告白をぶちかました勇気を称えて、あえて恋人の清坂と一緒に作業する機会を増やしてやっただけじゃないか。文句を言うな、感謝だろう? ありがとう、だろう?」

 当然、そのお相手たる美里の顔も、さくらんぼかりんごか分からぬほどの紅潮ぶりだったことは言うまでもない。悪いがこれも貴史はあえてかばわなかった。お互い、それが覚悟の上だろうし、菱本先生の言うことはまあ、わからないでもない。

 ──全くだ。いいチャンスじゃねえか。あんな泣き言言ってる暇あったらこういう時にうまく距離を縮めるとかだなあ。

 修学旅行を経て、立村と美里のカップルは正式公認となったはず、だった。

 

 ただ、仕事が煩雑なのは想像できなくもない。

 最初の作文と論文……実は修学旅行が終わるまでその実施については生徒たちに知らされていなかった……に関してはまだ時間があるし、いざとなれば適当に百科事典の記事を写したりしてごまかしが聞く。作文も書くべきところと書けないところ、それぞれの場面があるけれども、公表できるところをうまく選べばいいだけのことだろう。どちらにしても一ヶ月以上間があるのでその辺は心配していない。

 問題は、写真の件だった。 

 美里の言葉を借りれば、

「だって、あんな面倒なことなんでやんなくっちゃなんないのよ! みな、カメラで自分の好きなところ撮って、仲良しの友だちと一緒に撮って、ってそれだけじゃない。仲いい子同士の分だけ、みんなで回せばいいのにね。全員分って三十人分よ! 三十人! 全部一枚ずつプリント注文してアルバムに挟んで、みんなにチェックしてもらってって、どのくらい時間掛かるかわかってるのかなあ先生」

 立村の推理を参考にするならば、

「俺が思うに、生徒がこの五日間どのように行動したかをすべて調べたいんじゃないかって気がするんだ。あの非常識な担任の考え、だいたい読めないわけじゃない。みな、自由行動とかいって好きなところを移動したわけだけど、その写真の内容を一通り見れば、どこを通ったかなどはだいたいわかるだろう。もっとも逃げ道はあるよ。最初から写真なんて撮る気なかったし興味もないし、カメラ自体持っていかなかったって言えばそれですむことだからさ」

 そういう立村は実際、カメラを持参はしたようだが最小限の使用に止めたらしい。

 苦労をかけた我が三年D組評議委員カップルには申し訳ないが、汗と涙の結晶である三十冊のアルバムについてはとことん堪能させていただいた。男子連中、あと一部の女子が持ってきたカメラのフィルムにはなぜか貴史の出番が多く、少しでも自分の顔が写っている写真に関してはすべて購入したからだった。

「貴史、あんた何枚買ってるのよ。へたしたらあんた、五十枚以上注文してない?」

 より分けている美里に思いっきり嫌味を言われた。

「いいじゃねえの、青春の麗しき思い出だもんなあ。もっとも美里にとっては一番撮ってほしかった場面がねえかもしれねえけどな」

 さりげなくにやついて返事すると、後頭部を軽く叩かれた。

 ぽこん、程度ですんだところがみそだ。

 ──思い当たる節があるもんなあ。

 貴史は笑って、その場をやり過ごした。


 すでに写真の追加注文は一段落したらしく、この日の放課後も立村と美里がふたりで写真の配布作業に取り掛かっているようだった。

 菱本先生が言うまでもなく、修学旅行五日目の立村発言についてはクラスメートも熟知している。何事もなく次の日から見守る体勢……なわけもなく、さっそく公認カップルとしての「ひゅーひゅー攻撃」をはじめ、立村限定で男子たちからのからかいの嵐も当然起こったわけだった。貴史としてはかばう気などさらさらない。菱本先生とスタンスは同じだ。この機会にしっかりいちゃつきなさい、とまあそんな感じだ。


 ──あいつらが暇そうだったら、ちょいと茶々入れてくるか。

 美里と早朝語り合ったこともどこかひっかかっていた。

 周囲がふたりを守り立てているのは事実だが、それ以上の展開が進んでいるとも思えない。

 むしろ照れで避けあっているというのに近い。露骨に交際を認めさせられたようなものなので、それはそれで仕方ないことだろう。お互い憎からず想っているのは見え見えだ。

 ただ、ときどきだが、

 ──美里、とんでもないこと口走って立村を怒らせることあるからなあ。

 本人としては女子としてのアドバイスのつもりなのだろうが、余計なお世話と跳ね返す立村に戸惑ってしまい、かえって状況を悪化させてしまう、そういうことも多々ある。

 ──女子にはその辺の男子の本音がわからねえよな。

 例外、自分のみ。やはり立村と貴史自身を重ねることはできない。

 となると、うまく空気をかき回すことができる貴史が様子を伺うのも当然のことだった。

 貴史は三年D組の教室を覗き込んだ。まだ五人ほど生徒が窓際で喋っている。女子だけだ。男子も三名ほど、それぞればらばらに席につき、それぞれの用事を済ませている。

 美里と立村は、扉入り口側の席で向かい合い、なにやら話し込んでいるようすだった。

「よお、おふたりさん、デートの最中にすまねえな」

 ──貴史! デートなんて言わないでよ!

 美里から手厳しい言葉が返ってくると思いきや、無言でふたり、じっと貴史を睨み据える様子だ。机にはそれぞれより分けが済み、各生徒の名前が記載された封筒も十通以上積まれている。まだ手付かずのスナップ写真もまた多そうだった。

「おいおいどうした? なんで俺を睨むわけなんだ?」

「悪い」

 立村が短く答えた。すぐに美里へと向き直り、正面から言い放つ。

「悪いけど、俺はこの写真だけでいいから」

「けど、立村くん、それって変よ」

「変じゃないよ」

「だって!」

 美里が机を平手で叩き首を振った。公認カップルとなった評議委員おふたりさん、なにやら痴話げんかの様子らしい。もっともこのふたりの場合、「痴話」と言い切れない場面も多々あるので要観察だ。

「おいおいおいおい、何が変なんだ? ほらほら美里、お兄さんに話してみなさい」

「気色悪いこと言うんじゃないの!」

 ぴしゃり、跳ね返された。どうやら美里もかなりご機嫌斜めらしい。立村に向かって一枚一枚スナップ写真を五枚横に並べた。みな、お寺や景色の背景写真ばかりだった。

「あのね、立村くん。私、責めてるんじゃないよ。ただ、もったいないって言いたいの!」

「もったいなくないよ。かえって買わない分お金もなくならないし」

「そういうこと言ってるんじゃないの!」

 次に美里は、一枚ずつ人差し指で写真を指し示した。きらきら白い光が水溜りのように写真へ落ちる。

「立村くん、どうしてこれしか選ばなかったの? この写真だけって、何か変だよ」

「だから清坂氏には変かもしれないけど、俺にとっては満足なんだよ。それ以上に理由要るか?」

 うんざりしきった顔で立村は繰り返す。この様子、かなりいらだっている様子だ。立村の場合露骨に怒鳴ったり手を出したりすることはあまりない。ただ、穏やかな口調の後でバスを飛び降りて脱走したり、いきなり教室から出て行ったりとかなり過激な行動を取ることが多い。過去の立村体験を踏まえて言うと、これから先何をやらかすかはわからない。要観察は続く。

「要るよ! 当たり前じゃない!」

 甲高い声を出す美里。これもまた、要注意のサインだ。

 かつて美里は立村を相手にさまざまなトラブルに巻き込まれてきた。もちろん自業自得の部分も強いのだが、主に美里がつっかかって立村の繊細なプライドを傷つけて怒らせるケースが非常に多い。もっとも美里は「怒らせた」認識はないだろう。立村も自分から折れてすぐ謝るし、美里自身も自覚は薄いだろう。だが、いつ爆発するかわからないダイナマイトであることをもう少し美里も認識すべきだ、と貴史は思う。とばっちりが来るのはいつも貴史自身だし、できれば予防はしておきたい。

「美里、何怒ってるんだよ。写真か? いい写真じゃんこれ」

「いいに決まってるよ。だってこの写真、みんな金沢くんのだもん」

 くい、と直角に首を曲げ、美里は貴史を見あげた。かなり拗ねた口調だった。

「そういう問題じゃないの! ただね、私が言いたいのは、なんで立村くん、自分の写ってる写真を一枚も買わないの? あんなに、たくさん写ってるのに!」

「おい、ちょいと待った」

 ぴんと来た。美里の激怒したポイント発見だ。貴史は写真をそれぞれ一枚ずつ指差した。

「つまり、なんだ。立村、お前これしか写真を買わなかったと、そういうわけかよ」

「悪いか」

 端的な答えだった。もちろん、悪くはない。だが美里が怒るのももっともだ。

「それって、もったいなくねえかってことを、美里、お前、言いたいんだろ?」

「もったいないってか、なんていうか、そういうだけじゃあなくって!」

 おかっぱの髪を激しく振り乱し美里はトーン高く言い募った。

 まだ座ったままなのが救いだ。ここで立ち上がって、指差しながら立村を糾弾しだしたらもう、止まらない。

「立村くんにとって、修学旅行って、たった四枚の写真で終わっちゃうことなわけ?」


 ──ははあ、そういうことか。

 面白いくらい美里の本音が、貴史には伝わってくる。

 ──自分の混じった写真を一枚も買ってもらえねえもんだから拗ねてるのかよ、ったく。 

「立村くん、修学旅行って五日間もあったよね! いろんなとこ行って、いっぱいおしゃべりして、それからいろいろあったよね! いいことも悪いこともそりゃあったけど、でも、トータルで見れば、楽しかったと思わない?」

「思うよ」

 また、単純な答えでストロークを返す立村。もうまともに取り合いたくないというのがありありと顔に浮かんでいる。視線を扉に向け、いつ脱出すべきかを真面目に考えているかのようだ。ついでに美里からも逃亡したいのだろうか。

「で、それでたったの四枚しか、それも風景写真しか、思い出が要らないってどういうこと? そりゃね、立村くんの写真が最初から少ないんだったらわかるよ。でも、みんなのアルバムにそれぞれ二枚くらいは最低でも入ってたし、私のカメラだって、こずえだって、貴史だってね」

「わかってる。でもそれぞれが保存してくれるからいいかなと思って」

 言いかけた立村を遮る。これがまずいとどうして気付こうとしないのか、美里に教育的指導を入れたくなるが、まずは話をさせる。

「私が保存してどうするのよ! もちろん、写真だもん、捨てたりなんてしないよ。けど、やっぱり立村くんだって自分の写真くらい手元におきたいでしょ?」

「おきたくないから、申し込まなかったんだけど」

 わかりやすい答え。しかし美里は追求の手を緩めない。

「自分のアルバムに貼って、何度も見返して、ああ修学旅行って楽しかったなって、思ったりしない?」

「あまり、そういうことしないな。それにクラスの集合写真は学校側から強制的に一枚購入するし」

「のらりくらり交わさないでよ! なんで立村くんいっつもそうなの? 学校の集合写真って学年全員の分でしょ。そんな豆粒みたいな写真なんて楽しくないじゃない! そんな写真よりも私たちが盛り上がって、楽しいことしてて、あああんなことしたんだなって思い出せる、そういう写真が欲しいじゃない?」

「ごめん、俺と清坂氏の価値観とは百パーセント違うんだ」

「何が百パーセントよ!」

「思い出を形に残るものでって認識がないんだ。記憶に残っていればそれでいいと思う。それに撮ってある写真で自分の顔見たけど、あんまり見栄えするものじゃなかったし」

「しょうがないじゃない! 撮っていいって聞いたら立村くんいつも嫌な顔するんだもん!」

 否定はできない。あいつはどうも写真が苦手のようだから。見事な仏頂面しか残っていない。

「立村くんが写真嫌いなのはわかるけど、でも今写真買わなかったら絶対後悔するよ。あの時買っておけばよかったって言われても、私、焼き増しなんてしてあげないからね!」

「頼まないし、それはそれでいいよ。もういいだろ。仕事進めようよ」

 立村はそれでも、写真のより分け作業を続ける気らしい。あそこまで言われて席についたままというのは、いい根性している。

「あと誰の分だっけ」

 しかし視線は合わせずに、まず四枚分の写真をひとつにまとめ、封筒に入れようとする。特に中身を確認しようとしないのはなんでだろう。貴史だったら一枚くらいぱらっと覗いてみたりするのだが。

「立村、あのなあ、お前もう少し大人になれよ」

「個人の好みに口出しするなよ」

 怒りを通り越し無表情な立村が、貴史の顔を見上げた。

「写真がどうのこうのって問題じゃあねえだろ。美里ももう少し言い方ねえのかよ」

「なによ、私の言い方が悪いっていうんでしょ!」

 完全に気が立った美里がぱしっと言い返す。またふたりの視線、四つの眼で射し返される。

「そういうんじゃねえよ。ったく手間掛けるなよなあ」

 貴史はしゃがみこみ、写真の並んだ机にそのまま顎を乗せた。こうすると視線が上から下へと降りて少し圧迫感がなくなる。どういう理由があるにせよ、攻め立てられるのは勘弁してほしい。

「立村、お前がさ、写真嫌いなのは昔からの付き合いだしよく分かってるけどな、たとえば美里の分から一枚くらい選んでやるとかさ」

「なんでそんなことする必要あるんだよ」

 腹立ちの気配を消そうとして失敗している様子の立村。溜息の濃度が高い。

「美里もそうだぞ。そんな持って回った言い方するよかもっとはっきりと、『なんで私の写真を一枚も買ってくれないの!』とか『私とツーショットの写真一枚くらい手元に置いてチューしてよ!』くらい言えば、立村だってわかるだろうが」

「貴史、あんた、正気?」

 以上、貴史の発言は日常の教室に響く程度の声で行われている。当然、周囲の男子女子若干名の耳にも入っているようだ。別にこの二人は当人同士が認めたカップルなのだから、隠すことはない。むしろ、事情がわかれば他の連中も……すべてとは言わないにしても……協力してくれるはずだろう。

「私、そんなこと言いたいんじゃなくって!」

「うそこけうそこけ、隠したって俺にはわかるんだぞ、ざまあみろ。とにかく、この件は立村が折れて一枚ツーショットを買えば、それで十分じゃねえの」

 もう一度立村の顔を見据えてやる。さんざん睨まれてきたのだから、この辺は少しやりかえしてやりたかった。目を三角にしている美里のことなんぞ放っておいて、貴史はにんまりとふたりを見返した。


 立村が立ち上がった。静かに椅子を引いた。表情は少し俯いたままだった。片手に鞄をぶら下げた。

「立村、くん?」 

 不安そうにつぶやく美里の声が響く。

「どうした?」

「悪いけど、天羽たちに連絡すること忘れてた。先に帰る。明日、続きやるから」

全く表情は変わらなかった。怒っているとか泣いているとかそういう感情の動きは全く感じられない。ただ、この場にいるのはたくさんだ、といったうんざりした気持ちだけが白いシャツとその襟から覗いた喉の動きで伝わってくる。

「ちょっと待てよ、逃げるのかよ」

 いくらなんでもそれはないだろう? 貴史も他人事ながら口出したくなる。なぜそこで立村は逃げ出したりするのだろう。別に奴を責めているわけじゃないのに、ただスナップ写真一枚くらい増やしたってせいぜい四十円程度のものなんだしそんなに財布の負担となることもないだろう。

「お先に」

 無言で睨み据える美里に一言残し、立村は席をそのまま向かい合わせにしたまま教室から出て行った。扉も静かに閉じられた。


 様子を伺っていた他の男子女子が、興味ありげに机の前へと集まってきた。美里と立村ふたりの世界を邪魔するのは、やはりためらわれたものの、やはり異様な雰囲気にはぴんとくるものがあったのだろうか。女子の中に「下ネタ女王」の古川こずえはいなかった。それがよかったのかまずかったのかはわからない。美里がふくれっつらで立村の放り出していった写真をもう一度まとめ直していた。

「何かあったの?」

「ううん、なんでもない。立村くん用事があるんだって」

 さらに何か言いたそうな女子を制するように、ひとり男子が貴史の脇に立った。

「どうしたの、金沢くん」

 修学旅行中は嵐のような芸術談義の雨を降らされてびっしょり状態だった、金沢だ。三年D組の天才画伯と呼ばれ、修学旅行中は彼の敬愛してやまぬ日本画家の先生と対面し繋がりをこしらえ、将来の路を美術へとしっかり方向を固めているといった奴だ。もっともその顔は幼顔で、まだまだその辺でトランプやって遊んでいる奴らと見分けはつかないだろう。

「あの、羽飛、さっきちょっと聞こえたけど、聞いていいか?」

「ああなんだ」

「立村が選んだ俺の写真って、どれ?」

 周囲の雑音がぱたと、止んだ。

 美里が黙って金沢の前に、立村分の写真を四枚並べて見せた。

 山門から緑溢れる階段を見下ろす写真、どこぞの庭園で新緑のあふれる写真、猫が一匹、木から景色を見下ろしている写真、池の鯉と光の混ざり合いが妖しい雰囲気をかもし出している写真、だいたいそんなところだ。

「金沢くんの撮った写真って、お部屋に飾ってもいいよね」

 とってつけたように美里が呟いた。聞いてないのか、金沢は貴史に話し掛けた。

「この池の鯉の写真、絵にしたら、いいと思うんだけどさ、羽飛どう思う?」

 立村が座っていた席に腰を下ろすと、金沢はどんぐり眼をきらきらさせながら貴史に問い掛けた。この瞬間、貴史は観念した。

 ──金沢の奴、また芸術を語りたくてうずうずしていたんだな。こりゃあもう、付き合うしかねえな。美里、お前も今日は、俺と一緒に金沢画伯の臨時美術講義に付き合えよ。

 修学旅行中つくづく思った。普段より美術の才能に溢れていながらその言葉を絵でしか現すことができず、金沢はストレスが溜まっていたのだと。そのはけ口としてたまたま貴史が選ばれ、立村と行動を別にしていた時間はほとんど金沢の芸術談義に付き合わされたわけだ。語り出したら止まらないのだ。どんなに方向転換したって、無駄なのだ。

「なんで立村、この写真選んだのかなあ。俺もこの光景、帰ってからスケッチに起こそうと思って撮ったんだけど、やっぱり分かってるんだなあって思うよ。今度立村からもその理由、聞いてみたいけど、どう思う?」

「いや、今は、やめとけ」

 これが精一杯だった。ただでさえかっかきている立村が、金沢にまた無邪気な芸術攻撃しかけられたら、何しでかすかわからない。貴史にできることは予防策だけだ。

「ねえねえ、金沢くん、よかったらこの写真どうして撮ったか、教えてくれる?」

 美里も貴史と金沢の顔を見比べた後、これからどう行動すればよいかを読み取ったらしい。すぐに話の焦点を金沢と写真に向けた。これらの察しのよさがなぜ、立村および他の女子たちとの間には生かされないのか、貴史にはそれも疑問だった。


 ──とにかく立村とは、改めて事情聴取しねばなんねえな。

 金沢の熱い美術へのこだわりを右から左へと聞き流しながら、貴史は次の一手を考えた。

 このまま放っておくのはいくらなんでもまずいだろう。それこそ、美里の八つ当たりが激化するは勘弁してほしいものだ。

 



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