栞さんとの"最後"のデート(3)
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫か?ほい、これ」
ベンチに座り、息を切らす神崎にお茶を渡す。
「いくらでしたか…?」
「こんぐらい大丈夫だよ」
「でも…」
「いいっていいって」
財布を取り出そうとする神崎を両手を前に出すことで静止させ、俺も少し間を開け、隣に座る。
「すいません、こんな…」
神崎が申し訳なさそうに言ってくる。
「こんなの謝られるようなことじゃないから、大丈夫だって。それより、神崎は大丈夫なのか?」
「は…はい、大丈夫です。ちょっと目が回っちゃっただけなので…」
神崎はそう言い、ゆっくりと立ち上がる。足下が少しふらついたが、それもすぐになくなり、凛としたいつもの立ち姿になった。
「休憩しなくていいのか?」
「はい、もう大丈夫です。それより、次は何に乗りましょうか?」
「お、おう…そうだなー…」
想像以上に早い復帰を遂げた神崎にたじろぎながら、辺りを見渡す。
「休憩がてら、あれなんてどうだ?」
俺はそう言い、メリーゴーランドを指す。
「酔いそうだったら他のに変えるが…」
「もう酔いません!メリーゴーランドに乗りましょう!」
そう言って、神崎は意気揚々と歩きだした。
そして俺はその後ろを、追いかけるように歩いた。
「この遊園地、懐かしいアトラクションも多かったし、楽しかったな」
夕暮れ時。
殆どのアトラクションを回り終えたところである。
「楽しかったですね!あ、最後に観覧車にでも乗りませんか?」
栞が指差す方向には、直径40メートルはあるであろう観覧車が立っていた。
「お、良いな。夕方の観覧車ってなんか風情あるよな。うん、エモい」
流石に1日遊んで疲れたのか、神崎は走って燥ぐことなく、俺を先導するように歩いている。
「凄い景色だな」
そのまま観覧車に乗り込んだ俺たちは、少しずつ高くなる自分の目線を楽しんでいた。
「本当ですね。……綺麗」
そう言う神崎の目は、何処か遠いものを見ていた。
手が届かない、空想のようなお話。
観覧車の室内に夕日が差し込み、どこか悲しげな美少女の顔へ差しかかる。
それは、霞色に照らされた景色の重なり合って、幻想的とまで言える光景だった。
「なあ、栞……」
数分ばかりの沈黙の後に、俺は神崎に話しかけた。
だが、ここから先の言葉は出ず、喉は震え、手には力が篭る。
「どうかしましたか?」
神崎が続きのない呼びかけを疑問に思ったのか、続きを促す様に呼びかけてくる。
「教えて……くれよ。」
未だ震えている喉から言葉を絞り出す。
「なんで……急に余所余所しくなったんだよ……?」
「それが……駄目だとは言わない。嫌いな人も好きな人も居るのは当たり前だ。嫌いになる事だってある……」
「せめて……お礼がどうのとか、お詫びがどうのとかじゃなくてさ……」
「理由を……お願いだから、理由を教えてくれよ……!」
思っていることを、なんとか継ぎ接ぎして言葉にする。
喉の震えは収まらないし、言葉を発するたびに手に力が篭っていく。
密室の観覧車は暑く、汗がじんわりと出てくる。
ふと神崎を見ると、今にも泣き出しそうな表情をしていた。
やってしまった。と思い、どうにか話題を変えようと考えていた時、神崎が口を開いた。
「私は……高校で大輝くんに会えて嬉しかった。こんなに遊びに行けるなんて思っても無かったし、本当に楽しかった」
神崎は、しゃくり上げるのを抑える様に話し始めた。
「家にお邪魔させて貰えて嬉しかったし、周りにからかわれる事もなくなった」
「私は……ずっと考えてた。大輝くんに恨まれてないかって、嫌われてないかって。でも、楽しそうにしてる大輝くんを見て、そうじゃないって思い始めてた」
「でも、実家に帰って、中学校の頃の同級生に、「いじめの原因を作った奴と一緒にいるのかよ?」って言われて、初めて気づいた」
「私は……大輝くんに対等に関わっちゃいけないんだって。許されなくちゃいけないんだって」
「だから私は……だからっ……!」
神崎は、泣きじゃくる様な声でそう言った。
目には涙が浮かび、肩は震えている。
「……なんだ、そんなことか」
「そんなことなんかじゃない!私は、償いを……」
「もういいよ。俺は神崎を恨んでもないし、嫌いでもない。なんだったら……」
「でも、私は……!」
「だって、俺がいじめられてたのはあいつらのせいだ。神崎は何も関係ない。それに、机を拭いたりしてくれてるの、知ってるしな。なんにも神崎に思ってることはないよ」
そう俺が言うと、神崎は下に向けていた顔を俺の方に向けた。
「……大輝くん」
覚悟を決めた様な顔で、話しかけてくる。
「私は……大輝くんのことが好きです。……ずっと、好きでした。大輝くんにふさわしい人になれたかは分からないけど……」
神崎は、心を整えるように息を吸った。
「私と…付き合って頂けませんか……?」
俺も、心を落ち着ける。
まさかこうなるとは思ってもいなかったが、求められたのなら答えるまでだ。
「俺も……好きでした。こちらこそ、よろしくお願いします」
夕日が差し込み、霞色に輝く観覧車の中で。
この街で一番高いところで、そう返事をした。
創作活動の辛さを知った作品でした。
もっと書きたいところはあったのですが、反響がないと虚しいですね。
萎えて、飽きて、エタって。でも、雑な形ではありますが完結しました。他の作品を書くかは分かりません。
またこの作者を見つけたら、「またやってるよ」とでも思って、暖かく見守ってください。